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第十四章 北海の旧幕兵団
龍の顎門
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幾艘もの丸木舟が、渚滑川を悠々と下ってゆく。
チプと呼ばれるそれらの舟の舳先には、木を削って御幣のように作ったイナウが立てられている。
だが、乗っているのはいずれも和人の屯田兵団だ。
隼人・草介・由良乃の三人はそれぞれ兵たちに監視されつつ、別々のチプに分乗していた。
「任那殿は、計画に興味を抱いたならば港まで来られたしと申されましてな。我らはもう一度詳細を語らうために参るところでござった。それに、もし御留郵便を名乗る方々と出会うたならば、ぜひご同道願いたいとも――」
淡々と語った山本大尉の言う通り、隼人たちは一足遅かった。
屯田兵団には既に任那少佐が接触しており、彼らは北海道緩衝地帯化計画に一定の理解を示す立場なのだ。
どうやら任那少佐は一人でキイ・コタンを訪れたようで、資源地図も強奪することはなかった。
むしろ屯田兵団の賛同を確信し、そのまま兵力として迎え入れることも目的だったと思われる。
松浦卿はコタンに留め置かれ、隼人たちはそのまま舟に乗せられ一路海へと下っているのだった。
いずれも両手を拘束されて武器は取り上げられ、複数の兵が目を光らせているため川に飛び込んで離脱するのも現実的ではない。
任那少佐が何を意図して隼人たちの生け捕りを望んだのかは分からないが、少なくとも港でもう一度屯田兵団と海軍特務の会談が設けられることは確実だ。
その折にできることを捉えるべく隼人はもちろん、草介も由良乃もじっと瞑目して気を高めている。
北の大地の雄大な光景が、皮肉のように舟尾へと過ぎ去ってゆく。
やがて、広大な河口が見えてきた。
隼人たちが上陸した紋別港から、すぐ北側の位置だ。
そして沖には、禍々しさすら感じさせる黒鉄造りの艦が――。
「2隻、だと――」
隼人が思わず驚きの声を上げた。
その海には、同型の甲鉄艦が双子のように浮かんでいたのだ。
屯田兵団の到着を確認したのか、それらから1艘ずつカッターボートが降ろされてゆく。
そして2艘のボートとチプの舟団は、河口からの流れが緩まる辺りで対峙した。
「必ずいらっしゃると申したでしょう、養父上」
「ああ、お前の言った通りだ」
水兵たちがオールを握るボートに立つ、海軍の軍服に身を包んだ二人の男。
一方には東堂靫衛、そしてもう一方には任那征士郎。いずれもサーベルではなく日本刀を腰に吊り下げている。
東堂と隼人の視線が、一瞬ぶつかり合う。
「ご来臨、感謝いたします。山本房治郎大尉。そして――北辺の精鋭各位」
「前置きはご無用。本題をお伺いいたそう」
芝居がかった様子で鷹揚に声を発した征士郎少佐に、山本大尉が地図の桐箱を見せつつにべもない様子で応える。
少佐は少し微笑み、続けて大尉に問いかけた。
「先頃の件はご検討いただけましたね」
「いかにも」
「我らの計画にご賛同いただけると。では、共にいらしてくださいますね?」
「それは本心を伺うてからでござる、少佐殿。貴殿らの計画を遂行するとして、いかに見積もっても兵が足らぬ。どのようにお考えかお聞かせ願いたい」
「御明察――」
少佐はにっこりと笑い、なぜか大尉ではなく東堂に顔を振り向けた。
「養父上、申し訳ございません。――あれを」
そう言って少佐が指し示したのは水平線の彼方。
そしてそこには、はるか遠く数隻の艦が姿を現していた。
「征士郎、これは――」
「そう。諸外国の特務艦です」
1…2…3…4……。
4隻の戦闘艦が、互いに距離を保って水平線上に展開している。
「山本大尉のご指摘通り、養父上の計画ではとても理想は叶いますまい。そこで私は、外にも同志を求めたのですよ」
「なんだと……?」
「この北海道に関心があるのは諸外国も同じこと。ならば複数の国の有志が共同統治すればよいのです。特定の国ではないこの地域で、各国が拮抗してこそまことの緩衝地帯になるでしょう」
「征士郎、お前は――!」
「ご賛同いただけませぬか?」
「ならぬ! それこそもっと大きな戦の火種だ!」
「そうですか。それは――残念」
少佐は少し悲しそうな表情を見せたものの、直後にさっと手を挙げた。
少佐のボートに乗り組んでいた兵たちが、一瞬で銃を構えて東堂隊に照準する。
「山本大尉、いかがですか? お話くだすった、あなたの理想に近い形ではと思いますが?」
「……正体を現しましたな、任那少佐。だが――それがしも承服しかねる。ziel!」
“狙エ”の号令で、チプに分散している屯田兵団が次々にドライゼ銃を構えた。
「Feuer!」
轟音が鳴り響き、征士郎少佐のボートに向けて集中砲火が浴びせられた。
各員が咄嗟に身を伏せつつ、全速力で漕ぎ出だす少佐のボート。一瞬遅れて東堂隊もそちらへ向けて射撃を開始した。
チプの中では、兵たちが次弾を装填しつつ銃剣で隼人・草介・由良乃の縛めを断ち、没収していたピストルと刀を手渡す。
山本大尉も発砲しつつ、隼人に頭を下げた。
「騙すようなことをして面目次第もござらん」
「山本殿――」
「心が動かなんだといえば嘘でござるがな。我ら北の防人が、この地を売るような真似はでき申さぬ」
遠ざかってゆく少佐のボートを追うべく、屯田兵団のチプと東堂隊のボートも加速する。
だがほぼ同時に、停泊していた2隻の甲鉄艦のうち任那少佐の艦が回頭を始めた。
その直後艦首の砲門が火を噴き、東堂が指揮する艦のマストを吹き飛ばす。
あたかも龍の顎門となったこの海域で、戦いの火蓋が切って落とされた。
チプと呼ばれるそれらの舟の舳先には、木を削って御幣のように作ったイナウが立てられている。
だが、乗っているのはいずれも和人の屯田兵団だ。
隼人・草介・由良乃の三人はそれぞれ兵たちに監視されつつ、別々のチプに分乗していた。
「任那殿は、計画に興味を抱いたならば港まで来られたしと申されましてな。我らはもう一度詳細を語らうために参るところでござった。それに、もし御留郵便を名乗る方々と出会うたならば、ぜひご同道願いたいとも――」
淡々と語った山本大尉の言う通り、隼人たちは一足遅かった。
屯田兵団には既に任那少佐が接触しており、彼らは北海道緩衝地帯化計画に一定の理解を示す立場なのだ。
どうやら任那少佐は一人でキイ・コタンを訪れたようで、資源地図も強奪することはなかった。
むしろ屯田兵団の賛同を確信し、そのまま兵力として迎え入れることも目的だったと思われる。
松浦卿はコタンに留め置かれ、隼人たちはそのまま舟に乗せられ一路海へと下っているのだった。
いずれも両手を拘束されて武器は取り上げられ、複数の兵が目を光らせているため川に飛び込んで離脱するのも現実的ではない。
任那少佐が何を意図して隼人たちの生け捕りを望んだのかは分からないが、少なくとも港でもう一度屯田兵団と海軍特務の会談が設けられることは確実だ。
その折にできることを捉えるべく隼人はもちろん、草介も由良乃もじっと瞑目して気を高めている。
北の大地の雄大な光景が、皮肉のように舟尾へと過ぎ去ってゆく。
やがて、広大な河口が見えてきた。
隼人たちが上陸した紋別港から、すぐ北側の位置だ。
そして沖には、禍々しさすら感じさせる黒鉄造りの艦が――。
「2隻、だと――」
隼人が思わず驚きの声を上げた。
その海には、同型の甲鉄艦が双子のように浮かんでいたのだ。
屯田兵団の到着を確認したのか、それらから1艘ずつカッターボートが降ろされてゆく。
そして2艘のボートとチプの舟団は、河口からの流れが緩まる辺りで対峙した。
「必ずいらっしゃると申したでしょう、養父上」
「ああ、お前の言った通りだ」
水兵たちがオールを握るボートに立つ、海軍の軍服に身を包んだ二人の男。
一方には東堂靫衛、そしてもう一方には任那征士郎。いずれもサーベルではなく日本刀を腰に吊り下げている。
東堂と隼人の視線が、一瞬ぶつかり合う。
「ご来臨、感謝いたします。山本房治郎大尉。そして――北辺の精鋭各位」
「前置きはご無用。本題をお伺いいたそう」
芝居がかった様子で鷹揚に声を発した征士郎少佐に、山本大尉が地図の桐箱を見せつつにべもない様子で応える。
少佐は少し微笑み、続けて大尉に問いかけた。
「先頃の件はご検討いただけましたね」
「いかにも」
「我らの計画にご賛同いただけると。では、共にいらしてくださいますね?」
「それは本心を伺うてからでござる、少佐殿。貴殿らの計画を遂行するとして、いかに見積もっても兵が足らぬ。どのようにお考えかお聞かせ願いたい」
「御明察――」
少佐はにっこりと笑い、なぜか大尉ではなく東堂に顔を振り向けた。
「養父上、申し訳ございません。――あれを」
そう言って少佐が指し示したのは水平線の彼方。
そしてそこには、はるか遠く数隻の艦が姿を現していた。
「征士郎、これは――」
「そう。諸外国の特務艦です」
1…2…3…4……。
4隻の戦闘艦が、互いに距離を保って水平線上に展開している。
「山本大尉のご指摘通り、養父上の計画ではとても理想は叶いますまい。そこで私は、外にも同志を求めたのですよ」
「なんだと……?」
「この北海道に関心があるのは諸外国も同じこと。ならば複数の国の有志が共同統治すればよいのです。特定の国ではないこの地域で、各国が拮抗してこそまことの緩衝地帯になるでしょう」
「征士郎、お前は――!」
「ご賛同いただけませぬか?」
「ならぬ! それこそもっと大きな戦の火種だ!」
「そうですか。それは――残念」
少佐は少し悲しそうな表情を見せたものの、直後にさっと手を挙げた。
少佐のボートに乗り組んでいた兵たちが、一瞬で銃を構えて東堂隊に照準する。
「山本大尉、いかがですか? お話くだすった、あなたの理想に近い形ではと思いますが?」
「……正体を現しましたな、任那少佐。だが――それがしも承服しかねる。ziel!」
“狙エ”の号令で、チプに分散している屯田兵団が次々にドライゼ銃を構えた。
「Feuer!」
轟音が鳴り響き、征士郎少佐のボートに向けて集中砲火が浴びせられた。
各員が咄嗟に身を伏せつつ、全速力で漕ぎ出だす少佐のボート。一瞬遅れて東堂隊もそちらへ向けて射撃を開始した。
チプの中では、兵たちが次弾を装填しつつ銃剣で隼人・草介・由良乃の縛めを断ち、没収していたピストルと刀を手渡す。
山本大尉も発砲しつつ、隼人に頭を下げた。
「騙すようなことをして面目次第もござらん」
「山本殿――」
「心が動かなんだといえば嘘でござるがな。我ら北の防人が、この地を売るような真似はでき申さぬ」
遠ざかってゆく少佐のボートを追うべく、屯田兵団のチプと東堂隊のボートも加速する。
だがほぼ同時に、停泊していた2隻の甲鉄艦のうち任那少佐の艦が回頭を始めた。
その直後艦首の砲門が火を噴き、東堂が指揮する艦のマストを吹き飛ばす。
あたかも龍の顎門となったこの海域で、戦いの火蓋が切って落とされた。
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