剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十五章 最後の御留郵便

共闘

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「砲は艦首に1、艦尾付近に2。装甲で覆われているが射撃態勢では防楯が跳ね上がる。そこを狙って撃て」

東堂の言葉に、海兵らと屯田兵らが明光丸の舷側に並んで身を伏せた。
隼人・草介・由良乃も刀の柄を手元に引き寄せ、六連発の護身用リボルバーを右手に構えている。
焼け石に水ではあろうが、威嚇の一助にはなるだろう。

「片倉殿」

すぐ隣の山本大尉が、隼人に向けて囁いた。

「お渡しする機を逸し申した。貴殿にお預けするのが最も安全と、それがしは断じてござる」

襷掛けにしていた行嚢こうのうには、細長い桐の箱が。
まさしく火中の栗となっている資源地図だ。

「お預かりいたす」

これが隼人たち本来の任務だったのだが、山本大尉はついに守り続けていた地図を手放したのだ。
それは大尉らが荷のくびきを解き、この場で命を懸けて戦うという決意にほかならない。

「合図とともに各個照準。目標、甲鉄艦・龍門の砲開口部」
「各々方、装甲の隙間を狙え! なに、鹿より速くは動かぬよ!」

東堂と山本大尉が、それぞれの隊に指示を出す。
指揮官二人は、全神経を集中して攻撃の機会を見計らっている。

任那少佐の操る龍門が、東堂の乗艦・摩尼まにと明光丸に完全に挟まれる形となった。
摩尼もすでに態勢を立て直し、おそらく砲の準備を整えているはずだ。
だが接近しすぎた状態での砲撃は危険だ。龍門はおそらく、もう間もなく先に明光丸を狙って砲門を開くだろう。

ギッ、と龍門の艦首と艦尾に四角い筋が浮かび上がった。
そして防楯が跳ね上げられ、奥に黒鉄の巨大な砲口が光っている。

zielシエル!」

東堂と山本大尉が、同時に叫んだ。
“狙エ”の号令で兵たちが一斉に舷側から身を曝し、砲門に照準した。

Feuerフォイェァル!」

幾条もの火雷が矢となって殺到し、次々に龍門の砲周辺に突き立ってゆく。
隼人たちも続けざまに発砲し、六発を瞬く間に撃ち尽くした。
甲鉄艦の装甲には無論致命打は与えられないが、砲撃はない。
砲手のいずれかに手傷を与えたようだ。

だがその直後、龍門のデッキ上に兵たちが躍り出てきた。
構造物に身を隠しながら応射してくる。

「命令を待たず続けて撃て!」
「長く身を曝すな!」

徐々に龍門からの射撃も激しさを増してきた。
乗員が可能な限り出てきているのだ。
一方では摩尼のデッキ上にも兵が姿を現し、そちらからも援護射撃を行っている。
小銃弾による十字砲火を浴びる羽目になった龍門は、両艦の間から脱しようともがいている。

「大尉、残弾は?」
「もう10はござらん。そちらはいかに」
「同じく。だが龍門のクルーもそうだ。――斬り込むか」

その時、苦し紛れに龍門の砲が火を噴いた。
照準は定まらず明後日の方向に水柱が次々に立ち、衝撃が明光丸のデッキにまで伝わって皆船べりに取り縋った。
水飛沫が細かい霧となり、戦場をしばし覆い隠す。

「総員無事か。これより本艦は龍門に接近、摩尼と共同でその船足を止める」

伝声管越しに高柳艦長が宣言し、明光丸はさらに甲鉄艦との間合いを詰めていく。
それに呼応するように、摩尼も同じ機動で龍門を挟んで封じる構えだ。

艦長キャップはぜったい体当たりするよ! みんな衝撃に備えて!」

しのぶが叫び、その直後に鉄と鉄が摩擦する悲鳴のような音と共に、船体が激しく横に揺さぶられた。
由良乃をかばった草介が跳ね飛ばされたが、すぐさま起き上がると舷側の眼下に甲鉄艦の姿が。
摩尼と明光丸によって挟み込まれた龍門のデッキには、幾人もの兵が倒れ伏していた。

「これより龍門を制圧する。降下する者は――」

東堂が言いかけたその時、突如として反対側の舷側から銃撃音が鳴り響いた。
屯田兵と海兵の幾人かが、弾を受けて仰向けに倒れてゆく。

「退避! 応射せよ!」

山本大尉が叫び、各員がデッキ上の構造物に身を隠したが既に弾はもうない。
号令を待たず兵らが続々と着剣し、隼人・草介・由良乃も刀の鯉口を切った。

「おや、弾切れですか」

涼やかな声が、場違いに木霊する。

「征士郎――?」
「いつの間にこちらに……!」

そこには砲撃の水飛沫に紛れて明光丸の逆側に回り込んだ任那少佐が、手勢を引き連れて登ってきていたのだ。

「実は我らも弾がありませんでしてね。もっとも、この間合いでは斬り合うしかありませんが。――bajonet opハンヨネット・オップ!!」

“剣着ケ”のオランダ語号令と共に、任那隊が一糸乱れぬ動作で銃身に短剣を取り付けた。
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