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序章

豚汁の熱

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冷え切った指で包んだ大ぶりの椀は、力強い温もりを発していた。
まだ両手は細かく震え続けていて、落とさないよう気を付けてお椀を取り上げると、芳しい湯気が凍えた鼻先にまとわる。

中身はたっぷりの豚汁だった。

里芋とかにんじんとかレンコンなんかがゴロゴロしていて、やわらかそうに煮込まれた豚の三枚肉がてろんてろんといくつも顔を出している。

唇を近付け、お椀を傾ける。汁の表面に浮かぶ無数の脂の膜がちゅるちゅると流れて集合するさまが、スローモーションのように目に映った。

舌先にがつん、と感じたのは熱だ。無数の小さな刃物で切りつけられるかのような熱さは瞬く間に口いっぱいに広がり、少し遅れて旨味が弾けた。

こっくりとした脂と野菜の甘み、そして味噌のコクが一体となって押し寄せ、熱を保ったままに喉を通り過ぎてゆく。
二口めはさらに、三口めはもっと、鮮明さを増していく旨味の本流に夢中になるうち、いつしかおなかの奥が燃え立つように温まってきていた。

鴻上こうがみくん」

洟をすするのと同時に呼ばれて顔を上げると、心配そうに野窓のまどさんが覗き込んでいた。
手には白い小鉢。前髪を揃えたショートボブでよく見えないけれど、眉は八の字に下がっているに違いない。

「よかった。食べたあるな。これ、おネギ」

そう言って小鉢からわさわさと豚汁のお椀に刻みネギを入れてくれる。
さらに思い出したように前掛けのポケットから取り出したのは、七味とうがらしのビン。

「かける?かけやん?」

僕が答える前にもうすでにぱっぱっぱっと七味を振りかけ、

「かけてもた」

と舌を出した。

ネギの緑に赤やら黄やらの七色が彩りを添え、ぜったいにさらにおいしい。

「おおきに、のまどさん」

やっと声が出てお礼をいえた僕に野窓さんは少し目を細め、七味をおまけにもう一振りして今更ながらの注意をした。

「まだ熱っついさかい、ふうふうして食べりよ」
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