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1. 異世界デビュー
異世界に立つ
しおりを挟む扉を開け、1歩踏み出すと、そこは設定通り、町の近くのフィールドだった。俺は、街道から少し外れた木の陰に立っていた。
安心感と共に何か不自然さを感じて振り返ってみたのだが、そこには何も無かった。ただ自然の、人工物など何もない自然な景色が広がっていた。
そしてその不自然さがなんだったかを認識する事は出来なかったのだが、何となく覚えているのは、自らの意思でここにやって来た事。そしてここで生きて行く事。生きて来た事。のような漠然とした感覚だけだった。
いや。それと、俺は異世界に転生した事も。それはもうしっかりがっつり覚えている。それが俺が選んだ事だったから。
少し離れた視界の先に、大きな壁が見える。そこが町。そういう事だ。
それなりに人通りもあるようだから、そこを目指して早速歩いて行く。町に入る前に、ちょっと木陰で用を足していたくらいの感覚で。
本当は直ぐにでも魔法を使ってみたかったのだが、流石にこんな所で試し撃ちとかやっちゃいけない事くらいは分かる。とっても非常にかなり残念なんだけど。
うおー。すげー。
町を取り囲む巨大な壁。おそらく一周ぐるっと続いているのだろう。
よくある石壁で囲まれた町設定。読むのと実際に見るのじゃ大違い。圧倒されます。
万里の長城を地上から眺めた時の感覚。人間って凄いよね。こんなの作っちゃうってさ。ここでは土魔法があるから思った程は大変じゃないみたいだけど。
それでも土魔法使いがそれなりの人数で、それなりの日数を掛けて築くらしい。それはそれは大仕事になるみたい。
こっちの世界の『一般教養・一般常識』があるからか、初めて見る景色なはずなのに、なぜか違和感がない。でも感動してしまう俺も居る。相反する感覚が共存する。その方が違和感があったりして。
これもそのうち慣れるのだろう。
はは。異世界生まれ変わり。万歳?
町の出入り口付近に、長蛇の列とは言わないが、10人程の人達が行儀よく1列に並んでいる。勿論、大人しく最後尾に並ぶ。
その先には、門番をやってる警備隊員が。年齢は俺より若いと思われる兄ちゃんが2人居る。しっかり武装して。
しかも2人共がたいが大きい。筋肉も凄そうだ。体の厚みが違う。この時点で下手に出たくなる体質。それも仕方ない。以前は身体能力的には劣等種。中でもややビールっ腹を弛ませていた身だ。
レベルのある世界だし、スキルも人それぞれに持ってる世界なんだから戦ってみないと分からないとは思うが、そこもやはり元非戦闘民族。
ゲームの中やルールのある範囲内でしか戦闘経験は無い。それもスポーツとも言う競技。酔っ払いの暴漢を複数人で制圧したのは遠い記憶の話。
いくら身体が変わっても、こちらの世界での平均的な体格でも、少し若返ってステータス値を増加させたとしても、野蛮な方向には考えられない。今はまだ?
弱めの魔物とは1度戦ってみたいとは思ってるけど。折角装備も揃えたし、魔法も試してみたいから。
なんて考えていると、特に問題も無く、少しすると順番が来た。
『身分証を出してもらおうか』
なんて警備隊員に言われる前に『商業ギルド証』を提示する。流れは見てたし、こうするものだとの常識が頭の中を過ぎて行く。
ちなみに、商業ギルド証は、ドックタグとも言われる軍隊の個別認識票くらいのサイズで、名前、所属、職業が刻まれている。
これは商業ギルドに限らず、どのギルドでも、国民の身分証としても同一の規格となっているようだ。
勿論、俺の身分証には、
◇□◇□◇□◇
モルト・ラングレイ
ジャーバングック王国 商業ギルド
行商人
◇□◇□◇□◇
と刻まれている。
名前のセンスについては触れて欲しくない。これでもそれなりに考えての名付けだった。
「お、おお。行商人のモルトだな。このプレートに手を乗せて、名前とこの町に来た目的を言ってくれ」
初めての体験に少しどきどきしながらも、これもこっちの世界の『一般教養・一般常識』のお陰なのだが、特に疑問を感じる事もなく、本当なら初めて見る見慣れないプレートに平静を装いながら言われるがままに手を乗せて告げる。
「モルト・ラングレイ。この町には商品の仕入れに来た」
すると、ほんの僅かだが、すうっと何かが体から吸い取られるような感覚があり、プレートがぼわあんと青く光った。
強制的に魔力を使われた感覚。これがこの世界での入町時のお決まりの遣り取り。
問題が無ければプレートは青く光り、逆の場合には赤く光る仕組みになっている。らしい。
詳しい事は分からないが、魔法があるからこそのファンタジー入町チェック。これで出入りは管理され、町を出る時にも同様の遣り取りが待っている。
「よし。入町料はそこにも書いてあるが、
当日 1000、
1日 2000、
3日 5000、
5日 8000ジェニだ」
警備隊員が顔も向けずに親指で指差した先の、受付け窓口のようなカウンターの上に、確かにそう書いてあった。
当日とは、言わば日帰り。少し用を済ませて直ぐに出て行く人向け。後は、厳密に24時間という事でもないが、要は宿泊日数。多少の前後はあるが、翌日の門が閉まる日暮れまでと言った感じだ。
この、ファウステンシステンの町は、王都からかなり離れてはいるものの、大抵の物は何でも揃うという謳い文句の辺境の町だけに、それなりの規模の交易の町でもあるだけに、この料金設定なのだろう。
どう感じるかは人にも依るだろうが、大体こんな感じらしい。
入町税に関しては、立派な防壁があるような町では大概徴収される。警備隊員も居る事から、防衛費、治安維持費に充てられるのだろう。そう理解するのが正しいようだ。一般人のレベルでは。
金額は町の規模によっても変わり、集落や警備隊員なんてものが不在の小さな村では徴収される事は殆どない。
往来の激しい町ならば、それだけでもそれなりの税収になると思われるが、町中での安全を買うという意味では必要経費。
人を循環させて経済の発展を促しているとも取れる。かもしれないし、貧乏人や不審者を受け付けない。とも取れるかもしれない。
自己申告して金を払って中に入るのだが、しっかりプレートにも記録され、早く町を出るからと言って返金はなく、延長の場合はその日数に応じた追加料金を払わないと町を出られない。
払え無ければ、……。皿洗いじゃないけど、汚れ仕事、町の清掃や溝浚いなんかをやらされるらしい。場合によっては奴隷落ちなんて事もあるようだ。
やはり怖い世界だと思う。一瞬レンタルの仕組みに似てるなと思ったのに。そんなに甘い仕組みではないようだ。流石にそこまではやらされないと思うから。
と、とにかく、本人の都合に合わせて任意の金を払う事で、町での滞在が許可されるという感じだ。
ちなみに、冒険者には入町税は無い。毎回の支払いを考えてしまうと冒険者も悪くないと思えてしまうが、当然商売は出来ないし、それなりに命を懸けないと豊かな生活を送る事は難しい。だから難しい。
人生、何を選んでも甘くはないのだ。
情報収集と市場調査、何より異世界暮らしを体感する為に、取り敢えず3日を申告して5000ジェニを渡すと、金を確認した後、警備隊員がプレートを操作してから、「間違いないがないか確認して魔力を流してくれ」
そう言って内容を確認させられた。
プレートに『3日間5000ジェニ』と表示されている事を確認して、そこに手を置いて魔力を流すと、また青く光った。これで完了らしい。
初めて自らの意思で魔力を流してみる事になったのだが、なんとなくで出来てしまった。誰に教わった訳でもなかったのに。
しつこいようだけど、これもこっちの世界の『一般教養・一般常識』のお陰。思わず息んで下の方の穴から大きな音を出して恥ずかしい思いをする。なんて事態は避けられた。
「よし。ファウステンシステンの町へようこそ。では、次だ」
ここで漸くお決まりの台詞が聞けたけど、それなりの事務的な応対だったけど、ちょっとだけ笑顔を見られたか。本当にちょっとだけだったけど。
サービス業ではないからか、慣れてもないからか、笑顔に値段は付けられないからか。そもそも野郎の笑顔に値段は付けたくないからいいのだが。
これも金をちょろまかすとかの不正は出来ない仕組みと捉える事も出来る。商売ギルドの場所を聞こうと思ったのだが、少し先に『案内図はこちら』との貼り紙と共に、大きな案内図らしき物が掲示されているのが目に入った。
きっと多くの人達が同じように考えて行く先を尋ねていたのだろう。一々対応するのも時間が掛かる。それなら主要な箇所を分かり易く表示させておく方がお互いの為でもある。
なかなか合理的に発展した世界のようだ。今の所、特に不快感はない。
下水の嫌な臭いもしないし、それ程高圧的な態度も取られていないし、荒くれ者が我が物顔で跋扈している雰囲気もない。
町並みも綺麗だし、ゴミやお食事中に言葉に出来ないような汚物が落ちてる事もない。
少なくとも、警備隊員がいる辺りでは、秩序があって平和が保たれていると感じられた。取り敢えず、壁の内側では身の安全は保証されていると思わせてくれた。
油断はいけないし、独りなんだからそれなりに気を付けなきゃいけないけど。夜の裏通りなんかはこれまた違うのだろうけど。要はそういう所に近付かなければいいだけだ。
いやはや。これは、それなりに楽しみが広がりそうな世界です。
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