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第二章 事件
2 警戒
しおりを挟む「いやその。実はさ……」
しょうがないので、正直に全部話した。まあ、隠す意味はねえもんな。
もちろん他の奴に聞かれるわけにはいかねえから、場所は選んだ。いつもの人のいない学校の屋上だ。「いますぐ話せ」ってかなりしつこく言われたけど、朝練まで時間もなかったんで、昼休みまで待ってもらった。
授業中、俺の背中には穴があくんじゃねえかって思うほど、ずっと凌牙の視線がぶっ刺さってきていた。
屋上で昨日の話を聞いているうちに、凌牙の目には見間違いようのない殺気がどんどん溜まっていくのがわかった。
「あの……えっと。まあ落ち着けって、凌牙」
「これが落ち着いてられっかっつの」
グルルル、と狼の唸り声みたいな声で言う。本当に狼が唸ってるみたいだ。いや、だから俺を睨むなっての。剝きだした犬歯もかなり怖いぞ。
「前にも似たようなことがあったよな? こうなる前に」
「あ、うん」
ちょっと前、ひとりで登校したときに電車内で痴漢にあったことを、俺は前に凌牙に話していた。ふん捕まえてブン殴って、そいつがほうほうの体で逃げてったことも。
凌牙は腕組みをし、片手を顎にあてた。
「そうか。もしかしたら同じ奴かもしんねえな」
「えっ。そうなの?」
「いや、これだけじゃわかんねえが。変な逆恨みを買ってる可能性もなきにしもあらずだろ。こういうこともあるかと思って、ここんとこ俺がずっと一緒にいたんじゃねえかよ。そーゆー奴の思考回路はねじ曲がってんのが普通だしよ」
「あー。そういうこと」
そっか。それでこいつ、ずっと登下校のとき、俺と一緒に行動してたんだな。うるさいぐらいに。
「ってお前は。暢気だな!」
片眉を上げて呆れた顔をされたけど、なんか納得いかねえぞ。
「えー。だって俺、別にか弱い女子とかじゃねえし。そりゃキモいけど、見つけりゃまたブン殴って撃退できるしさ。もう顔だって覚えてるし」
そうだ。いっぺん殴ったぐらいなんだから、もちろん顔は覚えてる。とはいえ、印象の薄い男だった。くたびれたスーツ姿の、中年リーマン。どこにでもいるような、冴えない男だったと思う。
「……お前な」
凌牙の目がますます怖くなっていく。
「次も痴漢ごときで済めばいいが、そうとは限んねえだろが」
「え? どういうこったよ」
「逆恨みしてくる奴ってえのは、行動がエスカレートしがちなんだよ。実際、今回は段階が一気に上がってるじゃねえか」
「あー、そりゃそうか」
「一回殴ったって言ったよな。同一人物だった場合、なんかお前に変な恨みを持ってる可能性大だぞ」
「って。迷惑行為をやらかしてんのはあっちだろ? 恨むっておかしくね?」
「ああいう手合いの思考回路は偏りまくってんだって。勝手に被害妄想に陥って、それをどんどんふくらませる。自分がうまくいかねえのは全部周りのせい、相手のせいってことにする。そんなもんだ。お前を特定のターゲットにした時点で、危険度は跳ね上がってると思った方がいい。認識をあらためろ」
「えー。でも、そんじゃどうすればいいってんだよ」
「まあ、俺が隣にいるぶんには問題ねえが」
凌牙の視線が空を向いた。
ああ、そっか。
俺は密かに納得した。
問題は満月の日なんだよな。
◆
その日から、凌牙はこれまで以上に俺にくっついて行動するようになった。
朝は俺の家の前まで迎えに来る。そのまま一緒に登校。同じ車両に乗り、学校までぴったりと同行してくる。帰りも同じ。俺が家の中に入るまで、門扉の前に立っている。ほとんどSPかよっていうレベル。
移動中は、俺と軽口をたたいてにこにこしている風を装いつつ、鋭い視線で周囲に目を走らせている。駅や車内で上背のある凌牙からギロリと睨まれるだけで、周囲の男性客たちはなんとなく顔をこわばらせて距離を置いた。関係のないお客さんには、もはやいい迷惑でしかない。
でも「なにもここまでしなくっても」という俺の訴えは、いつもあっさりと却下された。
「お前は気づいてねえだろうが。いつもうっすらと例の野郎の臭いがする。駅とか電車の中とか、人間が多すぎて特定できねえときに限ってな。遠くからだが、確実に毎日お前を見てるぞ」
「うわー、まじかよー。勘弁しろよー」
喉から平板な声がでた。思わず肩を落としてしまう。
「朝、お前の家まで行くと野郎の臭いが残ってやがる。夜のあいだに近くをうろついてるのは間違いねえぞ。後をつけられて、家も特定されてるってこった。舐めてちゃ危ねえ」
「げげ……それってストーカーってこと? 怖えよう」
男が好きっていう点は俺も責められねえわけだけど、やっぱ変態の痴漢野郎でガチのストーカーっていうのは怖い。家まで特定されてるんじゃ、いつ家族に被害が及ばないとも限らないし。家族に迷惑を掛けるのだけは俺だっていやだ。
「なあ。もう警察に相談したほうがいいんじゃね? 凌牙」
「本来はそうだ。だが、この段階で警察にできることはほとんどねえよ。しかも野郎同士だ。まともに取り合ってもらえるとは思えねえ」
「そ……そうか」
「せめて野郎のザーメン残しておくんだったな。物証になったのによ」
「うわ、それは考えが回んなかった」
だって、とにかく気色悪くてさ。すぐにも洗い落とさずにいられなかったんだもんよ。あんなのべったりくっつけたまま鞄の中に入れておけるか? しかも何時間もさ。鞄全体がイカ臭くなりそうじゃね?
思い出したら、なんかまた胃の辺りがむかむかと気持ち悪くなってきた。
俺の表情に気付いたのか、凌牙はふっと頬を緩ませて、軽く俺の肩を叩いた。
「ま、心配すんな。俺らのネットワークはここの警察よりよっぽど優秀だぜ。この時間帯でこの路線を使って通勤あるいは通学してる野郎は多いが、それでも限定できねえわけじゃねえ。人種、性別、年齢層もある程度は絞れてる。臭いっていう確実な証拠もあることだし」
「ん? お前らのネットワーク……?」
「ここいら一帯は、俺らのテリトリーだ。つまり人狼のな」
「ええっ……」
「ら」ってつくってことは、こいつには仲間がかなりいるってことか。いや、考えてみれば当たり前だけど。
「もっと言えば、お前の家を中心に半径二十キロ圏内は全部俺らが掌握してる。ほかの人外が入ってくることはまずないし、住んでいる人間、出入りしている人間のことも分かってる」
「ま、マジかよっ」
「マジだ。俺らウェアウルフは縄張り意識が強いもんでな。……特に、自分のもんだと認識したもんにちょっかい掛けられたら、ガチ切れする奴が多いぜ。もちろん俺も例外じゃねえ」
「じ、自分のもんって……」
「俺の場合は、まずお前だ」
言うと同時に、ちゅっと頬に軽いキスを落とされた。
「わっ! なな、なにしてんだよっ」
「誰も見てねえ。俺の五感を信じろ」
いや、そこはまあ信じてるけど。帰宅途中の路上でいきなりこんなのされたら、誰だって驚くだろう!
「もちろん、監視カメラそのほかにもひっかかってねえかんな。安心してされとけって」
「されとけって……あのなあ!」
そうこうするうち、あともう少しでうちの門扉が見える場所まできてしまった。この角を曲がれば、もう家だ。
凌牙が先に角を曲がる。その瞬間だった。
凌牙の目がぎらっと光った。口の中で、チッと舌を鳴らす音がする。
「……野郎。舐めた真似を」
「えっ」
驚いて凌牙の視線をたどって、俺は凍りついた。
なんだ、これ。
別にそんなに大きくもない俺の家。門扉の横のコンクリートブロック壁にでかでかと、赤いスプレーで殴り書きがされている。
俺は思わず足もとをふらつかせた。どん、と背中が凌牙の胸に当たる。凌牙の腕ががっしりと俺の肩を掴んで支えてくれた。
『この家の息子はホモです』
『汚ねえホモは消えろ』
『キモい』
『死ね』
『町から出ていけ』──。
殴り書かれた汚らしい文字の羅列が、俺の視界にいっぱいに広がっていた。
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