30 / 37
第四章 この宇宙の片隅で
6 告白
しおりを挟むそのまま男に肩を貸し、青年はゆっくりとベッドルームに戻った。そうやっているわずか数分の間にも、男の足取りは次第にしっかりしてきているようだった。回復するとなれば異様な速さを示すのが、かれら「人形」の特質でもあるのだろう。
寝台に座らせてその隣に腰かけると、男は低い声でぼそっと言った。
「元気だったか。あいつは」
「え? あ、うん……」
急に言葉に元気のなくなったこの男を前に、どうしたらいいか分からない。
この際、言いたいことは全部言ってしまえと思っていたのに。こんなこの人を前にしたら、半分も言えなくなってしまった。ちょっと歯がゆい思いがする。
「うーんと……。上の弟はセディっていってね。いま大体、このぐらいの背丈」
座ったまま、手を持ち上げて高さを示す。
「黒髪の、とっても元気で優しい子だったよ。どっちかと言うとヴォルフパパ似かな? 下の弟はテディ。こっちはまだ赤ちゃんだった。フランパパによく似てて、めちゃくちゃ可愛かったよ」
「…………」
「宇宙連邦の辺境の星域でね。田舎の村でみんなで仲良く暮らしてた。まだまだ子供も生みたいんだって」
そこでちょっと言葉を切った。
「みんな、とっても幸せそうだったよ」
男はふいと顔を上げ、青年を見た。
「……そうか」
そこから、不思議な沈黙があった。男が何を思っているのか皆目わからず、青年は戸惑いながら綺麗な横顔を見つめるしかできなかった。
やがて男はぽつりと言った。
「別に、構わないんだぞ」
「え?」
「フランに会ったのなら、もう聞いたんだろう。お前が本当はだれの子か」
「え? あの……」
青年は一瞬、返答に詰まった。が、それでも一度こくりと頷き、小さく「うん」と返す。
「それなら話は早い。お前が望むなら、無理にここにいる必要はない。あっちで本当の親兄弟と暮らしたって構わないんだぞ。そう言ってるんだ」
「え、パパ……」
青年は困惑して男を見返した。男はこちらを見ようともせず、じっと部屋の隅の床あたりを見つめたままだ。
「聞いたんだろう? そもそもは、俺が無理やりあいつらからお前の『卵』を奪ったことが始まりだ。……すべて、俺の身勝手な望みから生じたことだった──」
「…………」
「だから、すべての意思決定権はお前にある。あいつらだって、お前を受け入れてくれるはずだ。そう言ってくれたんじゃないのか?」
「ちょっと、パパ……待ってよ」
「これからどこで生きたいかは自分で選べ。お前自身の自由な意思でな。どんな選択をしたとしても文句は言わん。約束する」
「待ってってば!」
とうとう我慢できずに、青年は立ち上がった。男に向き直る。
「なに勝手に話を進めてるの? 僕、いまひと言でも『あっちに帰りたい』なんて言った?」
「しかし──」
「ああっ、もう!」
青年はそこにかがみこむと、真正面から男の顔をぱっと両手で挟み込んだ。そうして鼻先が触れるほどに顔を近づける。
「パパ。ちゃんと聞いて。お願いだから。……僕、とっても大事なことを伝えようと思って帰ってきたんだから」
男は沈黙したまま、ゆらゆらと揺れる視線を上げた。透明な澄んだ氷みたいな瞳の奥で、明らかに寂しげな光が揺れている。
(まったくもう。この人は!)
青年はひとつ大きく息をつき、それから一気に言った。
「パパ。……僕、パパが好きだよ」
「…………」
男の両目が大きく見開かれ、二、三度瞬いた。
なにがそんなに意外なのだろう。そう思ったら、青年の腹の底でちろちろと赤い炎がゆらめきだした。その名はきっと「苛立ち」だ。
「パパが起きたら、ちゃんと言おうと思ってたんだ。それなのに、いつまでも目を覚ましてくれないんだから。もう、すっごく不安だったのに!」
男は絶句して、ただただ青年を見返しているばかりだ。
「パパが大好き。……パパとしてもそうだけど、それ以上の意味でもね」
「え……?」
「『それ以上』って、意味わかるよね?」
男はひたすら、目を瞠ったまま沈黙している。
「フランパパが、あのヴォルフパパを大好きでいるみたいに。この宇宙でたった一人の、あなたの特別なだれかになりたい」
「…………」
「僕、パパにとってのそんな人になりたいんだっ……!」
男は絶句したまま、口元を片手で覆った。その視線は相変わらず、戸惑ったようにそこいらをうろついている。
青年は次第に心がざわつきだした。胸の鼓動がどんどん早くなり、血流が耳の奥でうるさいぐらいにその音をがなり立たせている。
「……ダメ、かな? やっぱり、僕なんかじゃ」
小さな声でそっと訊いたら、男はやっとこちらに目を合わせてくれた。
「すまん。……いや、ちょっと待ってくれ。混乱してる」
男は肩を落として大きく息を吐くと、片手で目元を覆ってうなだれた。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる