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第三章 秘密
16 湯殿にて(2)※
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それは、軽くふれるだけの口づけだった。
夢でも見ているのではないかと、少年はしばらく自分の感覚の方を疑っていた。
おそるおそる両腕を男の首に回す。ゆっくりと目を閉じた。
少年の片足は、滑った拍子に男の腰に掛かった状態になっている。
「ん……」
少し唇が離れて薄く目を開けると、男は愕然とした顔で彫像のようになっていた。まるで自分のしたことが信じられないとでも言いたそうな顔だった。次の瞬間、痛くない方の肩をぐいと掴まれ、あっというまに引き離されそうになる。
(やだっ!)
少年は抵抗した。男の首に回した腕にさらに力を籠め、今度は自分から男の唇に吸いついた。男はまたしばし固まった。が、やがて腕からふっと力が抜けた。恐らくは少年の体の傷を気にしてのことだろう。それをいいことに少年は右に左に首を動かし、男の唇を吸いつづけた。
男の唇は固く閉じられたままだ。だが、これといって拒否する様子はなかった。
少年は唇を開くと、男の唇を喰むように愛撫した。唇のたてる小さな音が湯殿に反響する。
湧きおこる興奮はそのまま、少年の足の間のものにも欲望を伝えてしまった。
と、腿の下でむくりと硬い何かが起き上がるのを感じる。男のものだ。
少年はそうっと唇を離すと、至近距離から男の瞳を覗きこんだ。
「……お前、誰に口づけをしたつもりだったんだ?」
男は答えない。
ひどい渋面を作り、眉間の皺は今までで一番深く見えた。
「お前ともあろう者が、この美しい少年の身体に目がくらんだのか? 中身はあの私だぞ? あのどうしようもないデブのこっ──」
「皇帝ストゥルトだぞ」と言いかけてまた喉が詰まる。そうだ、これを自分で言うことはできなかったんだ。すっかり忘れていた自分が忌々しい。それが余計に少年のささくれた気持ちを煽った。
「っ……だぞ。お前が大嫌いだった、愚か極まる男だぞ!」
「…………」
答えない男の凍り付いた顔を見ているうちに、少年の腹の底でむらむらと熱い溶岩が沸き立ちはじめてしまう。
「そうだよな! お前が好きなのはインセクだものな!」
男がようやく、怪訝な目でこちらを見た。
「インセクだと……? どういうことだ」
「だってそういうことだろう? お前は私とインセクをごっちゃにしてるんだ。だから思わず口づけなんてしてしまうんだろっ。この大バカ者が。バカ、バカバカ!」
本当はこんなこと、言いたくない。
言いたくないのに、少年の口はどうしても止まらなかった。
美しい少年、インセク。そのうえ心根までが清らかで美しい。誠実で努力家で、誇り高い族長の息子。ひとを見下したり裏切ったりするようなところもいっさいない。あの少年を嫌うような者はいないだろう。そう素直に思える。あれはそんな少年だった。
あんな少年と比べられて、どうして自分が勝てるものか。
どこに勝てる要素がある? 小指の先ほどもありはしない。
こんなずぶずぶに穢れたどうしようもない、無能で肥満の皇帝なんかに。
男は沈黙したまま、じっと少年を見つめ返しているばかりだ。
少年はしゃくりあげそうになる自分の声を必死に励まして言った。
「だったらちゃんと、あいつの心がこの身体に戻ってから手を出せよ。バカなのかよ。今はこの私が中にいることを忘れるな。お前の大嫌いな私がな!」
我慢しているつもりなのに、声がみっともなくひしゃげて掠れてくる。次第に目元があやしくなってきて、少年は思わず顔をそむけた。ごそごそと男の上からおりようとする。
もういやだ。さっさと部屋に戻って寝てしまいたい。
こんな奴の顔、見たくもない。もうなんでも勝手にするがいいのだ。
と、ぐいと体を引き戻された。
「えっ……」
痛む場所を器用に避けて、膝の上に座らされる。それでいて、決して逃げられないように固定されてしまっている。
そうして今度はさっきとはまったく違う、深い口づけが降りてきた。
「んんっ……?」
びっくりして固まっていると、少年の反応に構わず、唇の間からぬるりと舌を這いこまされた。
(シ、シンケルス……?)
わけもわからず翻弄された。
舌を絡めあわされ、歯列の裏や上顎の内側まで存分に愛撫される。脳がどろどろに溶けてしまいそうな快感に、少年はもう男の首にすがりついていることしかできない。
「はっ……んう」
腿に当たる硬いものがさらに大きくなっている。心音が跳ね上がり、頭の芯に霞がかかったようになっていく。
「シ……シンケル、ス……」
ようやく唇を離された時にはもう、少年はすっかり息があがってぐずぐずに蕩けていた。足の間のものが恥ずかしげもなく天を指して勃ちあがっている。こうまでなってしまったら、一度出すほかどうしようもない。
少年は羞恥のあまりに両手で顔を覆ってしまった。
「バ……バカっ。そんなことをするからっ……」
「先日は済まなかった。今日はあんな真似はしないから心配するな」
「って。ええっ……?」
びっくりしているうちにひょいと抱え上げられ、気が付いたら湯舟の縁に腰かけたシンケルスの膝の上に向かい合わせで座らされていた。つまり馬乗りの状態だ。
「なっ、なっ……なにすっ……ひゃあ!」
「彼の体に勝手にこのようなことをしたことは、きちんとインセク本人に報告と謝罪をしておく。罪に問われるのは俺だけでいい。罰は甘んじて受ける。今はだまって任せてくれ」
「な、なにを……ひいっ!」
言うなり男がふたりのものを一緒に握りこんで、思わず悲鳴がこぼれでた。
夢でも見ているのではないかと、少年はしばらく自分の感覚の方を疑っていた。
おそるおそる両腕を男の首に回す。ゆっくりと目を閉じた。
少年の片足は、滑った拍子に男の腰に掛かった状態になっている。
「ん……」
少し唇が離れて薄く目を開けると、男は愕然とした顔で彫像のようになっていた。まるで自分のしたことが信じられないとでも言いたそうな顔だった。次の瞬間、痛くない方の肩をぐいと掴まれ、あっというまに引き離されそうになる。
(やだっ!)
少年は抵抗した。男の首に回した腕にさらに力を籠め、今度は自分から男の唇に吸いついた。男はまたしばし固まった。が、やがて腕からふっと力が抜けた。恐らくは少年の体の傷を気にしてのことだろう。それをいいことに少年は右に左に首を動かし、男の唇を吸いつづけた。
男の唇は固く閉じられたままだ。だが、これといって拒否する様子はなかった。
少年は唇を開くと、男の唇を喰むように愛撫した。唇のたてる小さな音が湯殿に反響する。
湧きおこる興奮はそのまま、少年の足の間のものにも欲望を伝えてしまった。
と、腿の下でむくりと硬い何かが起き上がるのを感じる。男のものだ。
少年はそうっと唇を離すと、至近距離から男の瞳を覗きこんだ。
「……お前、誰に口づけをしたつもりだったんだ?」
男は答えない。
ひどい渋面を作り、眉間の皺は今までで一番深く見えた。
「お前ともあろう者が、この美しい少年の身体に目がくらんだのか? 中身はあの私だぞ? あのどうしようもないデブのこっ──」
「皇帝ストゥルトだぞ」と言いかけてまた喉が詰まる。そうだ、これを自分で言うことはできなかったんだ。すっかり忘れていた自分が忌々しい。それが余計に少年のささくれた気持ちを煽った。
「っ……だぞ。お前が大嫌いだった、愚か極まる男だぞ!」
「…………」
答えない男の凍り付いた顔を見ているうちに、少年の腹の底でむらむらと熱い溶岩が沸き立ちはじめてしまう。
「そうだよな! お前が好きなのはインセクだものな!」
男がようやく、怪訝な目でこちらを見た。
「インセクだと……? どういうことだ」
「だってそういうことだろう? お前は私とインセクをごっちゃにしてるんだ。だから思わず口づけなんてしてしまうんだろっ。この大バカ者が。バカ、バカバカ!」
本当はこんなこと、言いたくない。
言いたくないのに、少年の口はどうしても止まらなかった。
美しい少年、インセク。そのうえ心根までが清らかで美しい。誠実で努力家で、誇り高い族長の息子。ひとを見下したり裏切ったりするようなところもいっさいない。あの少年を嫌うような者はいないだろう。そう素直に思える。あれはそんな少年だった。
あんな少年と比べられて、どうして自分が勝てるものか。
どこに勝てる要素がある? 小指の先ほどもありはしない。
こんなずぶずぶに穢れたどうしようもない、無能で肥満の皇帝なんかに。
男は沈黙したまま、じっと少年を見つめ返しているばかりだ。
少年はしゃくりあげそうになる自分の声を必死に励まして言った。
「だったらちゃんと、あいつの心がこの身体に戻ってから手を出せよ。バカなのかよ。今はこの私が中にいることを忘れるな。お前の大嫌いな私がな!」
我慢しているつもりなのに、声がみっともなくひしゃげて掠れてくる。次第に目元があやしくなってきて、少年は思わず顔をそむけた。ごそごそと男の上からおりようとする。
もういやだ。さっさと部屋に戻って寝てしまいたい。
こんな奴の顔、見たくもない。もうなんでも勝手にするがいいのだ。
と、ぐいと体を引き戻された。
「えっ……」
痛む場所を器用に避けて、膝の上に座らされる。それでいて、決して逃げられないように固定されてしまっている。
そうして今度はさっきとはまったく違う、深い口づけが降りてきた。
「んんっ……?」
びっくりして固まっていると、少年の反応に構わず、唇の間からぬるりと舌を這いこまされた。
(シ、シンケルス……?)
わけもわからず翻弄された。
舌を絡めあわされ、歯列の裏や上顎の内側まで存分に愛撫される。脳がどろどろに溶けてしまいそうな快感に、少年はもう男の首にすがりついていることしかできない。
「はっ……んう」
腿に当たる硬いものがさらに大きくなっている。心音が跳ね上がり、頭の芯に霞がかかったようになっていく。
「シ……シンケル、ス……」
ようやく唇を離された時にはもう、少年はすっかり息があがってぐずぐずに蕩けていた。足の間のものが恥ずかしげもなく天を指して勃ちあがっている。こうまでなってしまったら、一度出すほかどうしようもない。
少年は羞恥のあまりに両手で顔を覆ってしまった。
「バ……バカっ。そんなことをするからっ……」
「先日は済まなかった。今日はあんな真似はしないから心配するな」
「って。ええっ……?」
びっくりしているうちにひょいと抱え上げられ、気が付いたら湯舟の縁に腰かけたシンケルスの膝の上に向かい合わせで座らされていた。つまり馬乗りの状態だ。
「なっ、なっ……なにすっ……ひゃあ!」
「彼の体に勝手にこのようなことをしたことは、きちんとインセク本人に報告と謝罪をしておく。罪に問われるのは俺だけでいい。罰は甘んじて受ける。今はだまって任せてくれ」
「な、なにを……ひいっ!」
言うなり男がふたりのものを一緒に握りこんで、思わず悲鳴がこぼれでた。
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