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第六章 帰還
13 口減らし
しおりを挟む「なんか……もっと、うまくはやれないのか、お前たち」
「うまくやる……。どういう意味かな」
気味の悪い笑みはそのままだった。
「だからさ。お前たちも、未来のシンケルスたちと同じ運命だったんだろう? 自分の生きてきた土地を失って、ほかの世界を探しにここへ来たんだろ」
「ああ。そうだね」
「だったらさ。もう少し人間とうまくやったらどうなんだ。こんな風に敵対して、このチキュウを全部奪うとか、人間を滅亡させるとか、物騒なことばかり言わないでさ」
「……ふむ」
少年はこてんと首を右に傾けた。
「そこはさすがに、大帝国アロガンスの皇帝陛下の面目躍如ってところなのかな?」
「茶化すなよ。いちいち腹たつなあ、お前」
ぐっと睨んだら、少年はなんだか楽しそうな笑顔になった。
「別に茶化しているつもりはないよ。まえから帝国アロガンスは、文化的にはなかなか融通の利く国だなとは思っていた。したがえた周辺の国々の民を取り込むために、彼らの宗教や習俗なんかを頭から否定しないだろう?」
「まあ、そうだな」
「むしろうまく取り込んで、自分と同化させてしまう。常々、うまいなあと思ってたのさ。やり方がね」
「へえ」
なんだか意外なことを聞いた。
「まあ、反抗してくる限りはとことん殺し尽くす、ってところはほかの国と大差ないわけだけどさ」
「……それは仕方がない。反逆者を野放しにしていれば、大帝国アロガンスといえどもいつかは足もとを掬われるからな」
本物の王者になるつもりならば、獅子は足もとのちいさな蟻の反逆にすら苛烈な対応をせねばならない。めんどうがってそれを厭うてはならないのだ。為政者として、大国の王として、そのことは自分も子どものころから骨の髄まで叩き込まれている。
少年は満足げにうなずいた。
「うんうん。一理ある。君たち、そういう手合いはどこまでも、しらみつぶしに探し出して処刑していたもんねえ」
恐らく褒めているつもりなのだろうが、あんまり褒められた気がしないのはなぜだろう。
「僕らだって考えたんだよ。この地球に平和裏に住むことができるんなら、それ以上のことはない、ってね。アロガンスがやってきたように、うまく地球人と融合できたら理想的。でも、これまでそうした努力はことごとく失敗してきた。それゆえの結論なんだよ、これは」
「失敗してきたって……」
少年の話はこうだった。
比較的すみやすいと判定されたこの惑星にやってきてみたまでは良かったものの、この惑星の環境は思った以上にかれらの体質に合わなかった。
惑星を自分たちの生体が生きやすい環境に変化させる手段は持っていたけれども、以前もきいたようにその手段は長く宇宙をわたるうち、不慮の事故によって失ってしまった。
その技術をもう一度構築するためには、ある程度この地球に順応し、物資を集めて加工、製造する必要がある。そのためには、ちゃんとこの環境で使うことのできる「体」がどうしても必要だ。
だから彼らは人間の頭の中に仮住まいすることを考えた。
「そうやっているうちにね、僕らにもだんだんわかってきた。人間がどういった性質の生き物なのか。最初のうちは、ある程度の話し合いで共存する方向もあるかもしれないと唱えた仲間も大勢いたんだ。……でも、やがてあきらめざるをえなくなった」
「なぜ?」
「なぜって──」
少年はまた皮肉めいた笑みをうかべた。
「自分でわからないのかなあ。……君たちって、自分で思っている以上に排他的なんだよ。ほんのわずかに肌の色が違うだとか、故郷が違うとかいうだけの理由で、どれだけ同族の人間を差別したり虐げたりしてきているの?」
「…………」
「いまだけのことじゃないよ。あのシンケルス君たち未来人の世界ですらそうだった。もう聞いていると思うけど、彼らには子供をつくる能力がない。……つまり、あちらの世界における彼ら自身が《異端》であり《異分子》だった」
ストゥルトは相手を睨みつけたまま黙っている。
「想像がつくだろう? 彼らはあのままあちらの世界にいても、相当なバッシング……つまり、迫害だね。それを受ける存在だった。少ない食料を奪い合い、『人類の未来にとって役立つ者』だけに配分しようとする世界さ」
「なんだって──」
「エージェントたちはあちらの世界にいたくても、いられる状況じゃなかったのさ。だからいやでもこのミッションに参加するしかなかった。本人たちは自ら志願したっていうだろうけど、実際はそんな甘いもんじゃなかったんだよ」
「……なんで、そんなことまで知っているんだ」
「あれっ。忘れちゃったのかな? 僕らの仲間のひとりが、リュクスって子の中にいたんだってこと。あれは僕らの未来の仲間のひとりだって言ったよね」
そういえばそうだったと、ここではじめて思い出す自分が恨めしくなる。
(そんなことまで……。シンケルス)
どうして教えてくれなかったのかと恨みたい気にもなったが、すぐに思い直した。あの男が自分の口でそこまで説明するはずがない。
シンケルスたちには「子種がない」と聞いた。つまり彼らには子孫を儲けることができない。そういう役立たずな者たちは、この世界でもよくあるような「口減らし」の憂き目を見たということなのだろう。
そちらで役に立てないならこちらで立てと、エージェントになることを強要されすらしたのかもしれない。
そのときのシンケルスの気持ち。
どんなにか情けなく、つらかったことだろうか……。
なんだか塞いだ気持ちになっているところへ、急ぎ足にシンケルスとレシェントがやってきた。
「準備完了だ。降下するぞ」
「あ。う、うん……」
ストゥルトは慌てて立ち上がった。
と、こちらの表情に気付いたものか、シンケルスが妙な顔になってまじまじとストゥルトを見つめてきた。
「どうした。あいつと何か話したのか」
「え……? いや。なんでもないよ……」
シンケルスは一瞬怪訝な目になったものの、「我関せず」とばかりそっぽを向いている少年の姿をちらりと見ただけでそれ以上は何も言わなかった。
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