8 / 10
ほづとしのりんの場合
1
しおりを挟む「うーん。ああは言ったけど……」
ぼくは通学用のリュックを背負い、家への道を急いでいる。
今日は珍しく、ほづがこっちに来てくれる日だ。いつもはサッカーの練習で忙しくて、あんまり時間が取れないから、ぼくがあっちに行くことが多い。
ほづの部屋って相変わらずちっとも片付いていないから、ホテルを使うことも多いかな。
ほづ──茅野穂積──は、高校時代からのぼくの「彼氏」だ。
高校の頃、「こんなぼくじゃあ告白すら無理だよね」って、最初から完全に諦めていたぼく。そんなぼくを、ほづはとうとうつかまえた。
生まれたときにお医者さんから「男の子です」って言われて以来、「篠原和馬」として生きていたぼく。でも、心の中は男の子ではないんだって、小学生ぐらいの頃から気づいてた。
高校生になって、ちょっと腐った活動を通じて友達になった、ほかの高校の女子、ゆのぽん──柚木美優さん。彼女とほづを巻き込んで起こったとある事件を通じて、ぼくたちは本当の親友になり、やがてぼくとほづは……つまり、そういう関係になった。
内藤くんのところではお父さんが厳しい方みたいで、佐竹さんと内藤くんは二十歳になるまで深い関係になることを禁止されていたんだそうだ。
うーん。つらそう。
ちょっと気の毒だけど、仕方ないよね。
あの超真面目な佐竹さんなら、絶対にしっかりそれを守るに違いないし。
でもまあ、そんな縛りのなかったぼくとほづは、高校時代からすでにそういう関係になっていた。
……本当は、いろいろ不安だった。
だってぼく、女の子の体はしてないし。
ほづには言ったことないけれど、本当は、本当の本当は、女の子の体には絶対についてないもの、ずっと切り落としたいぐらい嫌だった。
だからそんな嫌な体を、ほづに愛してもらうのにも躊躇いはあった。本当は、もっとちゃんと「女の子らしい身体」になってから、ほづに抱いてもらいたかった。
でも、ほづは「いい」って言った。
「どっちでも、シノはシノだろうがよ」って。
「俺は、シノだから抱きたいんだよ」って。
実は複雑だったけど、嬉しかったのも本当だ。
高校生になって、あの事件があってからは、幸い家族が理解してくれたので、女性ホルモンの薬を使うこともできている。ぼくみたいな人たちのために、これ以上体が男性化していかないようにする薬だ。
幸いっていうか、ぼくはほづのお兄さん──いや、今は「お姉さん」って言ったほうがいいんだろうけど──とは違って、もともと小柄で華奢な体形をしていた。顔もそんなにいかつくないし、喉ぼとけもほとんど出ていない。声だってそんなに低くない。
だからホルモン剤を使うことで、体が男性化していくのはどうにか抑えられている。女の子の服だって、大体はきれいに着こなせている。ウィッグをつけて化粧をすれば、ほぼ誰にも「男だよね」ってばれないぐらいには化けられる。
(でも、それでも)
女の子にはあって、男にはない部分。
二人の絆を確かめ合う行為の中で、それは切り離して考えることのできないものだ。
でも、ぼくにはそれがない。
ないから、ほづとは男同士でする行為をするしかない。
これまでいろいろと調べてみたけど、本当にそれを作ろうと思ったら、海外に渡航して大きな手術を受けなきゃならない。それには大変な覚悟と、時間と、お金がかかる。
今のぼくには、とてもそれをする余裕がない。心も、もちろんお金もだ。
ほづはいつも、「無理すんな」って言う。
「今のままのシノで、俺は十分なんだから」って。
「シノがそうしてえんなら、応援する。でも、それでなんか病気になったり、傷のせいでシンドイことになるんなら、あんまり賛成はできねえかも」って、すごく心配そうな顔で言う。
この話になると、ほづがかなり困った顔になっちゃうから、ぼくもそれ以上はなんとなく相談できなくなってしまう。
両親も、大体はおんなじような感じ。
本当は、全部ぜんぶ、女の子になってしまいたい。
胸だってもっと大きくしたいし、余計なものは全部取っちゃって、すっきりしてしまいたい。ぼくの体の中で「男だよね」って言える部分は全部、なかったことにしてしまいたい。
そこに潜んでいる物凄いリスクのことは知っているけど、それでも挑戦したいと思ってしまう。
……そのぐらい、心と体の性の乖離って、シンドイってことだ。
◆
自宅マンションに戻る前に、ぼくは近くのスーパーに寄った。
ほづはめちゃくちゃ食べるから、「このぐらいで十分だよね」と思って買って帰っても、大抵食材が足りなくなる。
一度なんて、「ちょっと足りねえ。注文していい?」って、なんとピザまで頼んでたからね。
ほっとくと肉ばっかり食べたがるから、強制的にサラダとか煮物とかも食べさせるように気を付けてる。実はほづのお母さんからこっそりと、「あの子のこと、よろしくね」なんて頼まれちゃってるし。
なんかもう、「すでに奥さんか? ぼく」って思っちゃう。
ほづ、なんだか時々、小さな子供みたいなときがあるもんね。
やっぱり、上にきょうだいがいる弟気質だからかなあ。ぼくは下に妹がいるから、基本的には姉気質なんだと思うんだよね。
ほづは一見硬派な顔してるけど、どっちかっていうとかなり甘え上手だと思う。
食欲もがつがつ、性欲も……あ、うん。やめとこう。
関東でひとり暮らしをするようになって、ぼくは初めてちゃんと料理というものをした。最初のうちはひどいもんで、砂糖と塩を間違えるなんて当たり前。「お米を洗う洗剤ってどれなの?」って悩むレベル。
うあ、今思うとほんと恥ずかしい。
大学で知り合った内藤くんがとっても料理の上手な人で、いっぱい教えてもらってからは、だいぶ手際もよくなったけど。
そういえば、内藤くんの彼氏である佐竹さんも、料理の腕前はすごいらしい。高校の時、お母さまが亡くなって苦労していた内藤くんに料理を教えたのも彼だそうだ。
文武両道どころか、家事までパーフェクト。
佐竹さん、やっぱりおっそろしい人だ。
あ、内藤くんと佐竹さんは同い年なのに、ぼく、つい佐竹さんには「さん」ってつけちゃう。なんかもうね、これは完全にフィーリングだよね。
「佐竹くん」とかぼく、呼べないもん。なんかもう、畏れ多くて。
とかなんとか考えながらあれこれ料理していたら、チャイムが鳴った。
ここはセキュリティのしっかりしたマンションだから、まずはこっちの部屋から入り口のロックを外してあげなくてはならない。
モニターのボタンを押すと、そこにうっそりと見慣れた大柄な男が映った。黒いウインドブレーカーに、大きなスポーツバッグを担いだいつもの姿。
『うぃーっす。悪い、遅くなった』
「ん。大丈夫。そろそろゴハン、できるからね」
言って、ロックを解除する。
部屋の中央に置いた小さなテーブルに、できた料理と食器を運ぶ。
ふと気が付いたら、ふんふんと鼻唄なんか歌っていた。
……幸せ。
本当は色々あるけど、いま、ぼく幸せなんだ。
もうすぐ、ほづがやってくる。
あの大きな手で、ぼくをぎゅってしてくれる。
……それを待ってる。
この時が一番、しあわせなんだ。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~
春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』
アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。
唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。
美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。
だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。
母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。
そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。
——カイエンが下す「最後の選択」とは。
ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる