白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
12 / 209
第二章 新たな生活

5 忌み色

しおりを挟む
 促されるまま寝台をおり、少年はその謎の物体の前へ歩いていった。

(えっ……?)

 近づきかかって、ぎょっとした。思わず立ちすくむ。
 壁に立てかけられるように置かれている板のようなもの。その中に、真っ黒な耳と尻尾と肌をした少年が驚いたような顔で立ち尽くしていたのだ。少年は着ている上等そうな衣服の前をもじもじと握りしめるようにしている。
 「だれだろう」と思う間もなかった。板の中の人物のすぐ隣に、ほかならぬインテス青年が微笑みながら立っていたから。

「鏡を見たことはないのかな?」
「……う、うう」

 こくこくやったら、鏡の中の黒い少年もこくこく。今まであまり意識していなかったが、こうして見ると自分は青年の肩のあたりまでの身長しかない。
 少年はあらためて鏡の中の自分を凝視した。

(……すごい。耳が……尻尾も)

 ふさふさした黒い毛並みに覆われた大きめの耳。そして長くて大きな尻尾。ちぎられむしられてボサボサに醜くなっていたそれらが、いまやきれいに元通りになっていた。
 思わず自分の耳と尻尾にさわってしまう。あれだけごわごわになっていたはずなのに、なめらかな毛並みが手に触れた。なんと、汚れまで落とされてきれいになっているようなのだ。
 あまりの驚きに声もでない。

「どうだ? 私が『美しい』と言うのは嘘ではないだろう?」

 鏡の中の青年がこちらを見て笑いかけてくる。
 途端、鏡の中の少年の顔がぶわわっと赤くなったのが見えた。

「で、……も」

 そうだった。よく見ると、すっかり抜かれてしまっていた牙もきれいに生えそろった状態にもどっている。
 しゃべれる! 言葉をつむぐことができている!

「ぼ、……オレ、くろい、し」

 それでも訥々とつとつとしかしゃべれない。あまりにも長くしゃべらずにいたことの弊害だろうか。舌や唇がうまく動いてくれないのだ。
 実は自分のことを「ぼく」と言うのか「オレ」と言うのかでも迷った。ずっと幼いころは「ぼく」だったような気がするけれど、あの売春宿では無理をして「オレ」と言うことが多かったのだ。あそこにいる少年たちは、自分のことを「ぼく」なんて言う奴はすぐにバカにして見下したものだから。
 まあ普段は「オレ」なんて得意げに言っていながら、ついた客によってはすぐに「ぼく」呼びに変えて媚びを売る少年が大半だったけれども。少年はそういうあたり、まったく器用にはできなかった。
 が、たとえ少年が「オレ」を使ったところで、ほかの少年たちから距離を置かれたことに変わりはなかった。

「の、ろわれた、こ……だし」
「そのような──」

 どんなに傷がきれいになったところで、全身真っ黒の「呪われた仔」は「呪われた仔」でしかない。
 ぼそぼそとそう言うと、青年の目がまた少し悲しげに曇った。隣ですっと片膝をつき、少年の手を取る。途端、少年はびくっと体を竦ませた。

「そんなことを言わないでおくれ。『呪われた仔』だなどと。その呼び名こそが、なにより忌まわしいではないか」
「で、……でも」
「さきほどキュレイトーも言っていただろう。そなたは私の唯一無二の半身なのだよ。私が長年、どんなに会いたいと思い、探しつづけてきたと思う?」
「…………」

 そう言われても、自分にはなんの実感もないのだ。自分にあるのはただただ、「呪われた忌み子」として蔑まれ、嘲られ、性奴隷として日々いたぶられるだけの経験だけだった。
 と、老人がゆっくりと口を開いた。

「体の傷は、治癒のわざさえありますればいくらでも癒せまする。が、心のそればかりは治癒師のこの身にもなかなか癒せるものにはございませぬ」
 インテスがハッと老人を見て目を見開く。
「キュレイトー」
「それは、殿下。これからのあなた様のお仕事にござりましょうな」

 ほほほ、とまた笑う目は皺の間に埋もれてみえないが、ひどく優しいものに見えた。少年はほっとした気になって体から力を抜いた。
 インテスも少し何ごとかを考えた様子で、再び少年を見上げた。

「……そうだな。じいの申す通りだ。すまない、シディ」
「う、うう」

 彼に頭を下げられてしまって、少年はびっくりして首をぶんぶん横に振る。

「だが、信じてほしいんだ。……そなたは美しい。そもそも『黒は悪いもの、醜いもの』という考え方を私は信じぬし」
「え……?」
 意外なことをいわれて、首をかしげる。
「そうじゃのう。確かにおぬしの体は黒い」

 返事をしたのは老人のほうだった。これは少年に対してだったが、つぎに老人は青年に目を向けた。

「確かにこの国の習わしとして、民らが黒きものを忌むのは事実。長年の習慣ですがのう。どうもわしは、あれを今ひとつ信じられませぬでの。殿下には以前にも申したことですじゃが」
「ふむ。そうだったな」
 青年がひとつ頷く。
「風のヴェントスは緑。火のイグニスは赤。土のソロは茶──」
 歌うように老人がいいかけるのに、青年がつづいた。
「金のメタリウム、黄色。そして水のアクア、青……。それが?」
「左様」
 老人は満足げに目を細めた。
精霊スピリタスに黒という色はない。ゆえに我が国にあっては長年、『黒はいろ』と言われてまいった。……しかしまことに、そうなのであろうか。黒はまことに、忌むべき色と申せるのか──」
「と言うと?」

 青年はもう少し詳しく話を聞く気になったらしく、少年とともに老人をそばの椅子の方へ導いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...