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第九章 暗転
13 金色の人
しおりを挟む「いんてちゅちゃま?」
「あ、うん。そう。金色のお日様みたいな髪と、この首飾りみたいな紫色の目をした男の人」
「うん! あるよ」
無邪気に答えられて、きゅんと胸が疼いた。
少女のたどたどしい言葉をよくよく聞いてみると、インテス様はこの十年ばかり、こちらに何度か足を運ばれていたらしい。レオ千騎長を見出したのはかなり前の話だから、この少女と話されたのはそれよりだいぶ後のことだろう。
インテス様はこちらへお立ち寄りになって以降、この貧しい村を何くれとなく援助していたという。必要な物資を送ったり、ささやかな村の手工芸製品を売るつなぎをつけてやったり、大雨などで崩れた崖や堤を補修する作業を手伝ったりと。
ゆえにこの村でのインテス様に対する感情はもはや信仰にも近いものがあるらしかった。
(そうだったのか……)
セネクス翁がシディをこちらに連れてきたのもうなずけるというものだ。
「いんてちゅちゃま、とうちゃんとかあちゃんにいってたんだって。『わたしのかみさまをさがしてるんだよ』って。『ずっとずっとさがしてるんだよ』って」
「そう……」
「だーいじな、だーいじなひとなんだっていってたんだって」
「そ……」
ぐっと喉の奥がつまったようになって、奥歯を噛みしめた。
インテス様は本当に長い間、世界中を回って自分を探してくださっていた。話には聞いていたけれど、こうして他の人の口から聞かされると、そのことがより胸に染みるようだった。
それでようやく、自分はあの地獄のような環境から救いだしていただけたのだ。
一度、シディが海の精霊によって隠されてしまったときには心を打ち砕かれるような思いをされたのに違いない。それはちょうど、今のシディのような状態だったのだろうか。
胸にぽっかりと穴があき、自分がなんで生きているのかもわからなくなり……。どうかすると「もう生きていなくてもいいんじゃないか」なんて、ふと思ってしまったりする。こんなことではいけない、いけないと思いながらも、《闇》の誘惑に負けてしまいそうになるのだ。
まだ幼かったインテス様は、そのときどんなにつらかっただろう?
どうやって、こんな虚しい人生を乗り切っていこうと思えたのだろう。
(インテス様──)
「……おにーたん。どうしたの? どこかいたいいたいなの」
あどけない声で訊ねられて初めて、自分がまた情けなくもぽたぽたと目から雫を落としていることに気付いた。
「あっ。……ち、ちがうんだ。大丈夫。ごめんね」
慌ててごしごしと目もとをこする。
「そうなの?」
「うん……。ちょっと目に埃がはいっただけだから」
「そっかあ」
くるくるした濁りのない瞳で見つめられてさらに恥ずかしくなった。
一体なにをやっているんだろう、自分は。こんな小さな子の前で。
「きみ、名前はなんていうの」
「アイカ」
「そう。アイカちゃんか」
「おにーたんは?」
「オレ? オレはシディ」
よろしくね、と言うとネズミの少女はにこにこした。まったく濁りのない笑顔にほっとしてしまう。
「しでぃおにーたんも、きんいろのおにーたんをさがしてるんでしょ? とうちゃんがいってたよ」
「うん。そう」
「かくれんぼしてるの? こんどはしでぃおにーたんがおにさんなの?」
「かくれんぼ?」
幼児にはそんな風に思えるのだろうか。
本当にこれが、子どもの遊びの鬼ごっこだったらどんなにいいか。
「うん。今度はオレが鬼をやる番なんだよ」
「そっかー。じゃあ、がんばってさがしてね」
少女はなぜか、得意げに胸を張った。
「ぜったいにあきらめないでね!」
「えっ」
「きんいろのおにーたんも、『ぜったいにあきらめない』っていってたんだって!『どんなことをしても、せかいのはてまでまわっても、きっときっとそのひとをみつける』って。『なんねんかかってもさがしつづける』っていってたって」
「……っ」
シディは慌てて顔をそむけた。
目元が大変なことになってしまって、とてもではないがこんな小さな子には見せられない顔になってしまっていた。
「あれ? おにーたんどうしたの」
「ごっ、ごめん。オレ、もう行かなきゃ──」
慌てて立ち上がり「話してくれてありがとね」と言って、そそくさとその場を離れる。
「おにさんがんばってね、おにーたーん!」
背後から少女のあどけない声が追いかけてきた。
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