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第十二章 新たな命
17 小さな命
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照合確認が済むと、犬の顔をしたセンター長がふたりにさらに前へ進むようにと促した。
巨大な円筒のすぐ前に立つと、目の前のパネルに魔王と一緒に手を置くようにと勧められる。
「そちらのボタンを、おふたりで呼吸を合わせて共に押してくださいませ。そうしてそのまま、私が合図をするまで押し続けてください」
「了解した」
「わ、わかった」
どきん、どきんと胸が高鳴り始めるのを感じる。ボタンは赤くて直径が二十センチほどもある大きな丸いものだった。大きな体の種族でも指が置けるようにという配慮なのかもしれない。魔王とリョウマは、そこに手を並ぶようにして置いた。
(い、いよいよか……)
ごくん、と知らず喉が鳴る。
隣に立つ魔王がふとこちらを見下ろし、優しく微笑んだ。もう片方の手が、いつのまにかリョウマの腰に回っている。
(う……?)
なんという優しそうな笑顔だろうか。かつて自分の最大の敵だったはずのあの恐るべき魔王が、まさか自分に向かってこんな表情をする男になるなんて。かつては想像さえもしなかったことだ。
その彼と、今はこんな関係になっている。そのうえ、今や子まで成そうとしているなんて!
どぎまぎしている間に、その笑顔のまま魔王が静かに唇を動かした。
「リョウマ。愛しておるぞ」
「え? えええっと……」
ずるい。いきなりの愛の告白はずるい!
リョウマはしどろもどろになり、きょろきょろ目を動かしたが、思い直してぐっとこらえた。そうして顎を上げ、しっかりと魔王の目を見返した。
「俺だって愛してる。……エルケニヒ」
魔王の目がさも嬉しそうにすっと細められる。男はひとつうなずくと、腰をかがめてリョウマの唇に触れるだけのキスを落とした。リョウマもそれに合わせて目を閉じ、静かにその愛の行為を受けた。
「始めてくれ」
「はっ」
センター長が所員に目配せをすると、彼らの指先が画面上を動き出した。やがて彼らの手が止まり、センター長がそれを確認してこちらを向く。
「……では。押してくださいませ。どうぞ」
「ん……っ」
ぐっとパネルに力を籠めると、そこがぼんやりと光りはじめ、うっすらと温かくなり始めた。それに従うように、円筒内部に光が宿り始める。
円筒の中に降りてきていた二つの容器がゆっくりと近づきはじめ、やがて容器の輪郭がぼんやりしてきたかと思うとすうっと消え去った。
「あっ……」
「配殿下。力を抜かぬよう、お気を付けを」
「う、うんっ」
センター長の注意に気を引き締め、魔王とともにパネルに力を入れ続ける。円筒の内部では、いまや二つだったものが一つに合わさり、ゆっくりと球体を形成し始めていた。
やがて次第にその光が穏やかになっていくにつれ、小さな小さな球体の姿がはっきりと目に見えるようになった。
「……た、たま、ご……?」
「そうだ。そなたはもう知っていると思ったが」
「んえ?」
「私があのとき、そなたの腰のケースで再生したのを見たではないか? ずっと」
「あ、え……そ、そりゃそーなんだけど……」
確かにあの時、魔王が消えてしまってから再生するまでの間、男は卵の状態だった。そこから小さな竜の姿で生まれてきたのだったが。まさか自分たちの子も卵から産まれるのだろうか? そして竜の状態なのか?
と、センター長の「はい、もう結構です。お手をお離しくださいませ」との声が掛かって、二人は円筒から離れた。
周囲の所員たちと軽く目配せをし合って、センター長がこちらに近づいてくる。
「おめでとう存じます。お子様はご無事に卵になられたとのこと。今のところ、ご健康面にはなんの問題もないとのことです」
「おめでとう存じます」
ほかの所員たちも声をそろえて言ってくれる。みんな嬉しそうな笑顔だ。
「そ、そーですか……ありがとう」
リョウマは一応そう言いつつも、目は円筒内の小さな卵に釘付けだ。本当に小さい。表面はつるつるで、真っ白な卵だ。まだ小指の爪の大きさもないほどだ。大きさといい色といい、なんとなく王宮で見た真珠とかいう宝石みたいに見える。あんなに小さくて、本当に無事に育ってくれるのだろうか……?
硬い円筒の表面から、卵を撫でるようにそっと手を這わせると、その手の上に魔王も手を重ねてくれた。やっぱり大きくて暖かい手だ。
リョウマの不安を察したように、センター長がゆるりと微笑んだ。
「ご心配は無用にございます。殿下がお二方のお手元に参られるのはもう少し先になりますが、それまではこちらでしっかりとお世話をさせていただきますゆえ、どうかご安心くださいませ」
「えっ。連れて帰れねーの?」
この場合の「殿下」というのはこの卵のことだとようやく悟って、リョウマは思わず声をあげた。
「はい、申しわけありませぬ」センター長はちょっと困ったような笑顔になった。「しばらくは殿下のご健康と安全のため、こちらでのお世話が義務づけられております。これは、いずれのご両親様であっても変わらぬ規則にございまして……」
「そ、そーなんか……」
ちょっとがっかりしてしまった。リョウマは勝手に、子どもはすぐに連れて帰れるものと思い込んでいたのである。
「リョウマ。一般的な卵生の生き物でも、しばらくは卵が親の体内で育つ時間が必要であろう? できたての命はまことに弱いゆえな。つまりここは母親の胎内のようなもの。そなたの気持ちはわかるが、これも子のためだ。どうか理解してくれ」
「お、……おお。そりゃそうだよな。わかった」
「卵を待つ間、われらはせいぜい新たな子を迎え入れる準備に勤しもうではないか。ん?」
「んぎゃっ。い、いきなりすんなやああっ」
ちゅっと額にキスを落とされ、リョウマは飛び上がった。が、すぐにセンター長や所員たちが心配そうな目でこちらを見ているのに気づいて、キスされた額をごしごしこすりつつ、慌てて笑顔を作った。
「ごめん、もちろん俺もそれでいいよ」
「では、センター長。よろしく頼むぞ」
「はい。ご移動の時期は、また追ってお知らせをいたします」
「よ、よろしくお願いします……」
「ああ、それと」
「はい?」
「ん?」
「せっかくここまで来たのだ。どうせなら生きのいい《サンプル》の採取もしておくとよいと思わぬか? 今後のために。なあ、センター長」
「はへ?」
にやりと口角をあげた魔王の笑顔。
それは、先ほどまでの慈愛に満ちた笑みとは一線を画するものだった。
巨大な円筒のすぐ前に立つと、目の前のパネルに魔王と一緒に手を置くようにと勧められる。
「そちらのボタンを、おふたりで呼吸を合わせて共に押してくださいませ。そうしてそのまま、私が合図をするまで押し続けてください」
「了解した」
「わ、わかった」
どきん、どきんと胸が高鳴り始めるのを感じる。ボタンは赤くて直径が二十センチほどもある大きな丸いものだった。大きな体の種族でも指が置けるようにという配慮なのかもしれない。魔王とリョウマは、そこに手を並ぶようにして置いた。
(い、いよいよか……)
ごくん、と知らず喉が鳴る。
隣に立つ魔王がふとこちらを見下ろし、優しく微笑んだ。もう片方の手が、いつのまにかリョウマの腰に回っている。
(う……?)
なんという優しそうな笑顔だろうか。かつて自分の最大の敵だったはずのあの恐るべき魔王が、まさか自分に向かってこんな表情をする男になるなんて。かつては想像さえもしなかったことだ。
その彼と、今はこんな関係になっている。そのうえ、今や子まで成そうとしているなんて!
どぎまぎしている間に、その笑顔のまま魔王が静かに唇を動かした。
「リョウマ。愛しておるぞ」
「え? えええっと……」
ずるい。いきなりの愛の告白はずるい!
リョウマはしどろもどろになり、きょろきょろ目を動かしたが、思い直してぐっとこらえた。そうして顎を上げ、しっかりと魔王の目を見返した。
「俺だって愛してる。……エルケニヒ」
魔王の目がさも嬉しそうにすっと細められる。男はひとつうなずくと、腰をかがめてリョウマの唇に触れるだけのキスを落とした。リョウマもそれに合わせて目を閉じ、静かにその愛の行為を受けた。
「始めてくれ」
「はっ」
センター長が所員に目配せをすると、彼らの指先が画面上を動き出した。やがて彼らの手が止まり、センター長がそれを確認してこちらを向く。
「……では。押してくださいませ。どうぞ」
「ん……っ」
ぐっとパネルに力を籠めると、そこがぼんやりと光りはじめ、うっすらと温かくなり始めた。それに従うように、円筒内部に光が宿り始める。
円筒の中に降りてきていた二つの容器がゆっくりと近づきはじめ、やがて容器の輪郭がぼんやりしてきたかと思うとすうっと消え去った。
「あっ……」
「配殿下。力を抜かぬよう、お気を付けを」
「う、うんっ」
センター長の注意に気を引き締め、魔王とともにパネルに力を入れ続ける。円筒の内部では、いまや二つだったものが一つに合わさり、ゆっくりと球体を形成し始めていた。
やがて次第にその光が穏やかになっていくにつれ、小さな小さな球体の姿がはっきりと目に見えるようになった。
「……た、たま、ご……?」
「そうだ。そなたはもう知っていると思ったが」
「んえ?」
「私があのとき、そなたの腰のケースで再生したのを見たではないか? ずっと」
「あ、え……そ、そりゃそーなんだけど……」
確かにあの時、魔王が消えてしまってから再生するまでの間、男は卵の状態だった。そこから小さな竜の姿で生まれてきたのだったが。まさか自分たちの子も卵から産まれるのだろうか? そして竜の状態なのか?
と、センター長の「はい、もう結構です。お手をお離しくださいませ」との声が掛かって、二人は円筒から離れた。
周囲の所員たちと軽く目配せをし合って、センター長がこちらに近づいてくる。
「おめでとう存じます。お子様はご無事に卵になられたとのこと。今のところ、ご健康面にはなんの問題もないとのことです」
「おめでとう存じます」
ほかの所員たちも声をそろえて言ってくれる。みんな嬉しそうな笑顔だ。
「そ、そーですか……ありがとう」
リョウマは一応そう言いつつも、目は円筒内の小さな卵に釘付けだ。本当に小さい。表面はつるつるで、真っ白な卵だ。まだ小指の爪の大きさもないほどだ。大きさといい色といい、なんとなく王宮で見た真珠とかいう宝石みたいに見える。あんなに小さくて、本当に無事に育ってくれるのだろうか……?
硬い円筒の表面から、卵を撫でるようにそっと手を這わせると、その手の上に魔王も手を重ねてくれた。やっぱり大きくて暖かい手だ。
リョウマの不安を察したように、センター長がゆるりと微笑んだ。
「ご心配は無用にございます。殿下がお二方のお手元に参られるのはもう少し先になりますが、それまではこちらでしっかりとお世話をさせていただきますゆえ、どうかご安心くださいませ」
「えっ。連れて帰れねーの?」
この場合の「殿下」というのはこの卵のことだとようやく悟って、リョウマは思わず声をあげた。
「はい、申しわけありませぬ」センター長はちょっと困ったような笑顔になった。「しばらくは殿下のご健康と安全のため、こちらでのお世話が義務づけられております。これは、いずれのご両親様であっても変わらぬ規則にございまして……」
「そ、そーなんか……」
ちょっとがっかりしてしまった。リョウマは勝手に、子どもはすぐに連れて帰れるものと思い込んでいたのである。
「リョウマ。一般的な卵生の生き物でも、しばらくは卵が親の体内で育つ時間が必要であろう? できたての命はまことに弱いゆえな。つまりここは母親の胎内のようなもの。そなたの気持ちはわかるが、これも子のためだ。どうか理解してくれ」
「お、……おお。そりゃそうだよな。わかった」
「卵を待つ間、われらはせいぜい新たな子を迎え入れる準備に勤しもうではないか。ん?」
「んぎゃっ。い、いきなりすんなやああっ」
ちゅっと額にキスを落とされ、リョウマは飛び上がった。が、すぐにセンター長や所員たちが心配そうな目でこちらを見ているのに気づいて、キスされた額をごしごしこすりつつ、慌てて笑顔を作った。
「ごめん、もちろん俺もそれでいいよ」
「では、センター長。よろしく頼むぞ」
「はい。ご移動の時期は、また追ってお知らせをいたします」
「よ、よろしくお願いします……」
「ああ、それと」
「はい?」
「ん?」
「せっかくここまで来たのだ。どうせなら生きのいい《サンプル》の採取もしておくとよいと思わぬか? 今後のために。なあ、センター長」
「はへ?」
にやりと口角をあげた魔王の笑顔。
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