9 / 191
第一章 蜥蜴の男
7 ※
しおりを挟む
男の言う「辺境」とやらに着くのには、そこから十日ばかり掛かった。
あの蜥蜴の男のものだった大商船であれば簡単に移動できる距離であっても、このような小型の宇宙艇では何度か異空間航行を繰り返す必要があるためである。
医務室を居室がわりに使わせてもらい、時折りベータに手ずから治療してもらったことで、アルファの足の傷も少しずつ回復してきた。
男が「そろそろ風呂に入りたいんじゃないのか」と言い出したのは、脱出から二日目のことだった。
「入浴……?」
こんな小型艇の中に、そんな設備があるのだろうか。
アルファのための食事をトレーに乗せて運んできた男は、そんなアルファの思考を正確に読み取ったらしかった。早速、苦笑顔を作っている。
ちなみに男はあれ以来、アルファの前であの被り物をつけることはしていない。服装もごくラフな感じであって、黒の長袖Tシャツにアウトドア用のジャケット、カーキ色のカーゴパンツという姿に変わっている。
手には革手袋をつけているが、左腕には二の腕にかかるあたりにまでぐねぐねとした紅色の刺青のようなものが浮き出ている。それはちょうど、伝説上の神獣――確かドラゴンといっただろうか――のうねったような形をしていた。
「まあ、手狭なのは確かなんだが。『分解シャワー』ぐらいならあるぞ」
「ああ、なるほど……」
「入りたいか?」
「え? あ、はい……うん」
一瞬、ぎらりと光った男の視線に戸惑いながら、アルファはなんとか言い直す。
この男、相変わらず言葉遣いにうるさいのだ。
あれからアルファも自分なりに努力はしているのだったが、やっぱりどうも、「はい」とか「いいえ」などと丁寧な言い回しを使う習慣からは抜けにくい。記憶をなくしたところへもってきて、よりにもよってああいう怪しからぬ「教育」を三年も掛けて施されてしまったのだ。そこから脱するというのは、なかなか難しいものだった。
「手を貸そう」
食事が終わった頃を見計らって、男はもう一度やってくると、着替え等々を準備した上でアルファに手を差し出してきた。
「いえ、もう一人で歩けますから」
どうかお構いなくと慌てて固辞するが、それはむしろ逆効果だった。男はしれっとした顔で、こう言い放ったからだ。
「また言葉遣いが戻ってるぞ。だからこれは、ペナルティだ」
そのときにはもう有無を言わさず、彼はアルファの片腕を持ち上げて肩を貸してくれていた。
「遠慮するな。ついでに俺も浴びるしな。入浴代の節約だ」
「え……」
驚いて体を離そうとしたのだったが、それは無駄な抵抗だった。アルファはそのまま問答無用で、分解シャワールームへ引きずられていった。
◆◆◆
そこは男が二人も入ればもういっぱいになるほどの、それは狭いスペースだった。
分解シャワーというのは、要するに水を使わないシャワーである。人の体表からは常に古くなった細胞が剥がれ落ちているわけなので、それを分解してとりのぞく、そういう機能のシャワーなのだ。
シャワールームの隅に設置されている吸入口から吸いこまれた有機物については、艇内のありとあらゆるところにリサイクルされる仕組みにもなっている。有り体に言ってしまえば、それは回りめぐってまた口に入るような品にもなり変わるのだ。
はなはだ尾篭な話ではあるが、それは体から排出されるあらゆるものに共通して言えることだ。この宇宙にあっては、尿や汗の一滴たりとて無駄に廃棄することは許されない。
アルファだけが衣服をすべて脱がされ、靴のみ脱いだ男に抱えられるようにしてシャワールームに入ったところ、予想どおり、ほとんど身動きもできないような状態になった。ここは普通に、人ひとり分のスペースだということだろう。大型種の人間にもある程度は対応しているので、こうしてどうにか「普通サイズ」の男である自分たち二人でも入れるわけだ。
「あの、本当に、一人で――」
言い募るアルファのことは無視して、男はさっさとシャワールームのパネルを操作し、シャワー機能をスタートさせてしまった。軽い金属音のようなものがかすかに聞こえて、周囲にさわやかな香りが立ち始める。洗浄がはじまったのだ。
アルファは遂に諦めて、自分を支えてくれている男の手に体をゆだねた。男はアルファの背後に立っている。
と、スポンジを持った男の手がアルファの首のあたりからさらさらと体を拭ってくれはじめた。じっとしていてもそれなりにきれいにはなるのだが、こうしたほうがはるかに効率がよいのだ。体がどんどん清潔になってゆくのが、実感としてもよくわかる。
首筋、肩、腕、胸、背中。
少しずつ、男の手が下へとおりてゆく。
その手つきがなにか卑猥な意味のあるものだということはまったく無かった。ただ単に、体を洗ってくれているだけだ。
そのことはアルファにも十分に分かっていた。しかし。
「……ん」
脇腹と、臍のあたり。
そして、内腿。
「あ、……あの――」
じわじわと、足の間に熱が集まり始めてアルファは体が熱くなるのを覚えた。
ぎゅっと目を閉じる。
(なぜ……こんなことを)
体の洗浄をするだけなら、自分だけをここに放り込んで放っておいてもいいことだ。なのになぜ、男は急に一緒に入るなどと言い出したのか。「節約だ」とは聞いたけれども、目的は本当にそれだけか。
それともやはり、この男の目的もそれなのか。
いや、もちろんそうだったからといって、彼を恨む筋合いなどない。これまで三年もの間あの蜥蜴の男にされていたことを思えば、この男の自分の扱い方は天と地ほどに差があるのだから。
(……しかし)
そうならそうで、初めから変な期待などさせないで貰いたかった。
どうせ「性奴隷」としての扱いをされるのだと分かっていれば、こちらだってそれなりの覚悟をしておいたものを。
それを、あんなふうにごく温かに、まるで友人のような顔でこちらを扱ってくるものだから。
変な期待を、してしまったのだ。
アルファはうなだれて、男の手がまだ触れてもいないのにその欲望を主張し始めている自分のものをそっと見つめた。
(……浅ましい)
そこはすでに、男に触れてもらいたがって叫びだしている。
こうした行為にすっかり慣らされているこの体は、普通の男であれば感じないような部分でまで、正確に快感を拾ってしまうようになっている。
スポンジで軽く胸のとがったところを撫でられるだけで、じんと腰の中に覚えのある淫猥な疼きが芽生える。
「やめ……て。いやだ――」
アルファは遂に、かすれた声でそう呻いた。
あの蜥蜴の男のものだった大商船であれば簡単に移動できる距離であっても、このような小型の宇宙艇では何度か異空間航行を繰り返す必要があるためである。
医務室を居室がわりに使わせてもらい、時折りベータに手ずから治療してもらったことで、アルファの足の傷も少しずつ回復してきた。
男が「そろそろ風呂に入りたいんじゃないのか」と言い出したのは、脱出から二日目のことだった。
「入浴……?」
こんな小型艇の中に、そんな設備があるのだろうか。
アルファのための食事をトレーに乗せて運んできた男は、そんなアルファの思考を正確に読み取ったらしかった。早速、苦笑顔を作っている。
ちなみに男はあれ以来、アルファの前であの被り物をつけることはしていない。服装もごくラフな感じであって、黒の長袖Tシャツにアウトドア用のジャケット、カーキ色のカーゴパンツという姿に変わっている。
手には革手袋をつけているが、左腕には二の腕にかかるあたりにまでぐねぐねとした紅色の刺青のようなものが浮き出ている。それはちょうど、伝説上の神獣――確かドラゴンといっただろうか――のうねったような形をしていた。
「まあ、手狭なのは確かなんだが。『分解シャワー』ぐらいならあるぞ」
「ああ、なるほど……」
「入りたいか?」
「え? あ、はい……うん」
一瞬、ぎらりと光った男の視線に戸惑いながら、アルファはなんとか言い直す。
この男、相変わらず言葉遣いにうるさいのだ。
あれからアルファも自分なりに努力はしているのだったが、やっぱりどうも、「はい」とか「いいえ」などと丁寧な言い回しを使う習慣からは抜けにくい。記憶をなくしたところへもってきて、よりにもよってああいう怪しからぬ「教育」を三年も掛けて施されてしまったのだ。そこから脱するというのは、なかなか難しいものだった。
「手を貸そう」
食事が終わった頃を見計らって、男はもう一度やってくると、着替え等々を準備した上でアルファに手を差し出してきた。
「いえ、もう一人で歩けますから」
どうかお構いなくと慌てて固辞するが、それはむしろ逆効果だった。男はしれっとした顔で、こう言い放ったからだ。
「また言葉遣いが戻ってるぞ。だからこれは、ペナルティだ」
そのときにはもう有無を言わさず、彼はアルファの片腕を持ち上げて肩を貸してくれていた。
「遠慮するな。ついでに俺も浴びるしな。入浴代の節約だ」
「え……」
驚いて体を離そうとしたのだったが、それは無駄な抵抗だった。アルファはそのまま問答無用で、分解シャワールームへ引きずられていった。
◆◆◆
そこは男が二人も入ればもういっぱいになるほどの、それは狭いスペースだった。
分解シャワーというのは、要するに水を使わないシャワーである。人の体表からは常に古くなった細胞が剥がれ落ちているわけなので、それを分解してとりのぞく、そういう機能のシャワーなのだ。
シャワールームの隅に設置されている吸入口から吸いこまれた有機物については、艇内のありとあらゆるところにリサイクルされる仕組みにもなっている。有り体に言ってしまえば、それは回りめぐってまた口に入るような品にもなり変わるのだ。
はなはだ尾篭な話ではあるが、それは体から排出されるあらゆるものに共通して言えることだ。この宇宙にあっては、尿や汗の一滴たりとて無駄に廃棄することは許されない。
アルファだけが衣服をすべて脱がされ、靴のみ脱いだ男に抱えられるようにしてシャワールームに入ったところ、予想どおり、ほとんど身動きもできないような状態になった。ここは普通に、人ひとり分のスペースだということだろう。大型種の人間にもある程度は対応しているので、こうしてどうにか「普通サイズ」の男である自分たち二人でも入れるわけだ。
「あの、本当に、一人で――」
言い募るアルファのことは無視して、男はさっさとシャワールームのパネルを操作し、シャワー機能をスタートさせてしまった。軽い金属音のようなものがかすかに聞こえて、周囲にさわやかな香りが立ち始める。洗浄がはじまったのだ。
アルファは遂に諦めて、自分を支えてくれている男の手に体をゆだねた。男はアルファの背後に立っている。
と、スポンジを持った男の手がアルファの首のあたりからさらさらと体を拭ってくれはじめた。じっとしていてもそれなりにきれいにはなるのだが、こうしたほうがはるかに効率がよいのだ。体がどんどん清潔になってゆくのが、実感としてもよくわかる。
首筋、肩、腕、胸、背中。
少しずつ、男の手が下へとおりてゆく。
その手つきがなにか卑猥な意味のあるものだということはまったく無かった。ただ単に、体を洗ってくれているだけだ。
そのことはアルファにも十分に分かっていた。しかし。
「……ん」
脇腹と、臍のあたり。
そして、内腿。
「あ、……あの――」
じわじわと、足の間に熱が集まり始めてアルファは体が熱くなるのを覚えた。
ぎゅっと目を閉じる。
(なぜ……こんなことを)
体の洗浄をするだけなら、自分だけをここに放り込んで放っておいてもいいことだ。なのになぜ、男は急に一緒に入るなどと言い出したのか。「節約だ」とは聞いたけれども、目的は本当にそれだけか。
それともやはり、この男の目的もそれなのか。
いや、もちろんそうだったからといって、彼を恨む筋合いなどない。これまで三年もの間あの蜥蜴の男にされていたことを思えば、この男の自分の扱い方は天と地ほどに差があるのだから。
(……しかし)
そうならそうで、初めから変な期待などさせないで貰いたかった。
どうせ「性奴隷」としての扱いをされるのだと分かっていれば、こちらだってそれなりの覚悟をしておいたものを。
それを、あんなふうにごく温かに、まるで友人のような顔でこちらを扱ってくるものだから。
変な期待を、してしまったのだ。
アルファはうなだれて、男の手がまだ触れてもいないのにその欲望を主張し始めている自分のものをそっと見つめた。
(……浅ましい)
そこはすでに、男に触れてもらいたがって叫びだしている。
こうした行為にすっかり慣らされているこの体は、普通の男であれば感じないような部分でまで、正確に快感を拾ってしまうようになっている。
スポンジで軽く胸のとがったところを撫でられるだけで、じんと腰の中に覚えのある淫猥な疼きが芽生える。
「やめ……て。いやだ――」
アルファは遂に、かすれた声でそう呻いた。
10
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる