星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 蜥蜴の男

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 男の言う「辺境」とやらに着くのには、そこから十日ばかり掛かった。
 あの蜥蜴の男のものだった大商船であれば簡単に移動できる距離であっても、このような小型の宇宙艇では何度か異空間航行ジャンプを繰り返す必要があるためである。
 医務室を居室がわりに使わせてもらい、時折りベータに手ずから治療してもらったことで、アルファの足の傷も少しずつ回復してきた。

 男が「そろそろ風呂に入りたいんじゃないのか」と言い出したのは、脱出から二日目のことだった。

「入浴……?」

 こんな小型艇の中に、そんな設備があるのだろうか。
 アルファのための食事をトレーに乗せて運んできた男は、そんなアルファの思考を正確に読み取ったらしかった。早速、苦笑顔を作っている。
 ちなみに男はあれ以来、アルファの前であの被り物をつけることはしていない。服装もごくラフな感じであって、黒の長袖Tシャツにアウトドア用のジャケット、カーキ色のカーゴパンツという姿に変わっている。
 手には革手袋をつけているが、左腕には二の腕にかかるあたりにまでぐねぐねとした紅色の刺青タトゥーのようなものが浮き出ている。それはちょうど、伝説上の神獣――確かドラゴンといっただろうか――のうねったような形をしていた。

「まあ、手狭なのは確かなんだが。『分解シャワー』ぐらいならあるぞ」
「ああ、なるほど……」
「入りたいか?」
「え? あ、はい……うん」

 一瞬、ぎらりと光った男の視線に戸惑いながら、アルファはなんとか言い直す。
 この男、相変わらず言葉遣いにうるさいのだ。
 あれからアルファも自分なりに努力はしているのだったが、やっぱりどうも、「はい」とか「いいえ」などと丁寧な言い回しを使う習慣からは抜けにくい。記憶をなくしたところへもってきて、よりにもよってああいうしからぬ「教育」を三年も掛けて施されてしまったのだ。そこから脱するというのは、なかなか難しいものだった。
 
「手を貸そう」
 食事が終わった頃を見計らって、男はもう一度やってくると、着替え等々を準備した上でアルファに手を差し出してきた。
「いえ、もう一人で歩けますから」

 どうかお構いなくと慌てて固辞するが、それはむしろ逆効果だった。男はしれっとした顔で、こう言い放ったからだ。
「また言葉遣いが戻ってるぞ。だからこれは、ペナルティだ」
 そのときにはもう有無を言わさず、彼はアルファの片腕を持ち上げて肩を貸してくれていた。

「遠慮するな。ついでに俺も浴びるしな。入浴代の節約だ」
「え……」

 驚いて体を離そうとしたのだったが、それは無駄な抵抗だった。アルファはそのまま問答無用で、分解シャワールームへ引きずられていった。



◆◆◆



 そこは男が二人も入ればもういっぱいになるほどの、それは狭いスペースだった。
 分解シャワーというのは、要するに水を使わないシャワーである。人の体表からは常に古くなった細胞が剥がれ落ちているわけなので、それを分解してとりのぞく、そういう機能のシャワーなのだ。
 シャワールームの隅に設置されている吸入口から吸いこまれた有機物については、艇内のありとあらゆるところにリサイクルされる仕組みにもなっている。有りていに言ってしまえば、それは回りめぐってまた口に入るような品にもなり変わるのだ。
 はなはだ尾篭びろうな話ではあるが、それは体から排出されるあらゆるものに共通して言えることだ。この宇宙にあっては、尿や汗の一滴たりとて無駄に廃棄することは許されない。

 アルファだけが衣服をすべて脱がされ、靴のみ脱いだ男に抱えられるようにしてシャワールームに入ったところ、予想どおり、ほとんど身動きもできないような状態になった。ここは普通に、人ひとり分のスペースだということだろう。大型種の人間にもある程度は対応しているので、こうしてどうにか「普通サイズ」の男である自分たち二人でも入れるわけだ。

「あの、本当に、一人で――」

 言い募るアルファのことは無視して、男はさっさとシャワールームのパネルを操作し、シャワー機能をスタートさせてしまった。軽い金属音のようなものがかすかに聞こえて、周囲にさわやかな香りが立ち始める。洗浄がはじまったのだ。
 アルファは遂に諦めて、自分を支えてくれている男の手に体をゆだねた。男はアルファの背後に立っている。
 と、スポンジを持った男の手がアルファの首のあたりからさらさらと体を拭ってくれはじめた。じっとしていてもそれなりにきれいにはなるのだが、こうしたほうがはるかに効率がよいのだ。体がどんどん清潔になってゆくのが、実感としてもよくわかる。

 首筋、肩、腕、胸、背中。
 少しずつ、男の手が下へとおりてゆく。
 その手つきがなにか卑猥な意味のあるものだということはまったく無かった。ただ単に、体を洗ってくれているだけだ。
 そのことはアルファにも十分に分かっていた。しかし。

「……ん」

 脇腹と、臍のあたり。
 そして、内腿。

「あ、……あの――」

 じわじわと、足の間に熱が集まり始めてアルファは体が熱くなるのを覚えた。
 ぎゅっと目を閉じる。

(なぜ……こんなことを)

 体の洗浄をするだけなら、自分だけをここに放り込んで放っておいてもいいことだ。なのになぜ、男は急に一緒に入るなどと言い出したのか。「節約だ」とは聞いたけれども、目的は本当にそれだけか。
 それともやはり、この男の目的もなのか。
 いや、もちろんそうだったからといって、彼を恨む筋合いなどない。これまで三年もの間あの蜥蜴の男にされていたことを思えば、この男の自分の扱い方は天と地ほどに差があるのだから。

(……しかし)

 そうならそうで、初めから変な期待などさせないで貰いたかった。
 どうせ「性奴隷セックス・スレイヴ」としての扱いをされるのだと分かっていれば、こちらだってそれなりの覚悟をしておいたものを。
 それを、あんなふうにごく温かに、まるで友人のような顔でこちらを扱ってくるものだから。
 変な期待を、してしまったのだ。

 アルファはうなだれて、男の手がまだ触れてもいないのにその欲望を主張し始めている自分のものをそっと見つめた。

(……浅ましい)

 そこはすでに、男に触れてもらいたがって叫びだしている。
 こうした行為にすっかり慣らされているこの体は、普通の男であれば感じないような部分でまで、正確に快感を拾ってしまうようになっている。
 スポンジで軽く胸のとがったところを撫でられるだけで、じんと腰の中に覚えのある淫猥な疼きが芽生える。

「やめ……て。いやだ――」

 アルファは遂に、かすれた声でそううめいた。

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