星のオーファン

るなかふぇ

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第三章 ゆれる想い

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 そこから、どこをどう走ったのか。アルファにはまったく分からなかった。
 そもそも、元から土地勘があるわけでもない街だ。だというのに、ただめちゃくちゃに、がむしゃらに駆け抜けた。
 
 人口の多い街であるにもかかわらず、複雑に曲がりくねったチューブ状の通路のどこにも、あまり人影は見当たらなかった。みな、フードつきの分厚いマントを身につけて顔を隠し、陰気な様子で足早に歩いている。人によっては、何かのガスマスクのような無骨な印象の仮面をつけている者もいる。しかし、それがなぜであるのかを考える余裕は、その時のアルファにはなかった。
 深夜の時間帯ではあったが、空はぼんやりと赤黒く霞んでいた。非常な高層の建物群の谷間から見上げているということを差し引いても、星はほとんど見えない。そこに厚い雲が浮かんでいるからだということに、アルファはやっぱり気づいてはいなかった。

 チューブ型の道から逸れて、少し寂れた居住区らしい場所までやってきたあたりで、とうとうアルファの息は上がった。小さな汚れたわき道に入り、人目を避けて息を整える。そのままひどく咳き込んだ拍子に、うわっと両目が熱くなった。
 壁に背をつけ、ずるずるとその場に座り込む。

 悔しい。
 情けない。
 もどかしい。
 腹が立つ。

 そのどれもがごちゃごちゃになって混ぜくり返り、アルファのはらわたを焼き焦がした。
 腹が立つのは、ベータに対してはもちろんだったが、誰より自分自身に対してだ。
 自分の意思ではないとは言え、いつまでも記憶に蓋をされたまま、すべきことも生きる方向性も分からずに、ただ彼に甘えているばかりの存在のくせに。あんな風にえらそうに、彼に怒りをぶつけられるような、そんな男ではないというのに。
 うっかりすると漏れでてしまいそうになる嗚咽を、口をおさえこんで必死にこらえた。

 と、上空から何かが落ちてきて、ぱたりと足元にしみを作った。と思う間に、ふたつめ、みっつめと次々に雫が落ちてくる。
 雨だった。

「あつッ……?」

 ぽつりぽつりと落ちてくる雫をしばらく呆然と見ていたアルファは、突然手の甲に痛みを覚えて驚いた。見ればそこがぬれている。落ちてきた雫のひとつがかかったのだろう。困惑するうちにもびりびりと火傷のような痛みがひろがり、見る見るその皮膚がどす黒く変色していくのに気づいて、はっとした。

『天気予報に気をつけろ』──。

 今ごろになってようやく、ベータの言葉を思い出す。
 この惑星ほしに降る雨には、毒性があるのだと。だから天気のよくない日には、必ずマントとマスクをつけていくようにと。

(しまった――)

 感情に任せてとび出てきてしまった自分は、いまや完全に無防備だ。マントもマスクも、もってはいない。屋根のある場所を探そうにも、ここにはそれらしいつくりの建物が見つからなかった。みなのっぺりとした壁に扉があるばかりの無機質な界隈で、屋根らしい屋根はない。
 そばの壁にへばりつき、慌てて見回すうちにも、落ちてくる雨粒の数は増えていく。そうしていても始まらないので、アルファは着ていたベストでどうにか頭を隠し、また走り出した。ともかくも、どこか雨宿りのできる場所へ。
 すでにぱたぱたと十数か所もその雨に打たれて、皮膚の痛みが増してゆく。ベストを握った手の甲は、もう指先まで真っ黒になっていた。
 と、いきなり傍らの路地から、誰かが駆け出してくるような音がした。

「バカ野郎ッ!」

 激しい怒声とともに、一瞬で視界が真っ暗になる。頭からマントをすっぽりと掛けられたのだということに、その時になってやっと気づいた。

「こんな日に、なにも持たずに出て行く奴があるか!」

 耳元で怒り心頭の声がする。もちろん、ベータの声だ。男はマントでアルファの体をぐるぐる巻きにし、しっかりと抱きしめているようだった。

「ベータ……」

 アルファはマントの下から男の体をさぐりあて、そこを掴んだ。毒を含んだ雨のにおいが、奇妙な鋭さで鼻をつく。
 すぐそばで、男の舌打ちが聞こえた。

「すぐに戻って、まずシャワーだ。それから治療する。このバカが……!」

 男は吐き捨てるようにそう言うと、大股に歩き出した。しかしこちらはマントで巻きたてられていて足がもつれ、うまく歩くこともできない。すでに全身が火傷の痛みにさいなまれていて、次第に呼吸も苦しくなってきた。
 やがて業を煮やしたのか、男はひょいとアルファをそのまま肩に担ぎ上げたらしかった。

「うわ……!? な、なにを――」
「急ぐぞ。少し我慢しろ」

 そう言ったかと思うと、男はもはやこちらの声など聞こえないと言わんばかりに歩度を上げ、男一人の体を担いだままで、相当な早足で歩き始めたようだった。

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