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第一章 黒髪の皇子
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しおりを挟む初めてあの青年が自分の店にやってきたとき、自分は不思議な違和感を覚えた。
店の中ではだいたい羊の顔にしてある例のマスクは、非常に精巧な見た目とともに素晴らしい精査機能も備えている。マスクは彼が入ってくるとすぐに、青年がヒューマノイドとしての顔を熊顔のマスクで隠していることを見抜いた。
だからベータは──まあ当時は<鷹>と呼ばれていたわけなのだが──彼が自分への依頼のためにこの店にやってきたのだということを、その初めから察していた。
思った通り、青年はああした店に妙に場慣れしていない様子で少しどもりながら、自分への依頼を示す暗号を告げてきた。
依頼の理由自体もなにやら奇妙なもので、知り合いの子供らをたくさん養うことになってしまったためその養育費にあたるものがかなり必要になり、金銭的に切迫した状況だからという話だった。そのため、ベータから裏の仕事のやりかたやそのための情報を教わりたいというのが依頼の主な内容だった。
その時は、それだけのことだった。敢えて言うなら、軍属だとはいいながら青年が不思議なほどに立ち居振る舞いが美しく、品のある雰囲気をまとっているのがどうにもちぐはぐで記憶に残ったぐらいなことだ。
問題は、そのあとだった。
一旦は青年に引き取ってもらい、ベータはいつもの通り、まずは自分の情報網を駆使して彼の話の裏をとることにした。
青年は自分の本名はおろか、所属している隊や階級すら教えてくれたわけではなかったけれども、それなりの出自で完全体の人間型である若い青年ということになれば、対象は相当に限られてくる。
案の定、それはさほど苦労することもなく明らかになった。
隠れ家の一室で手元にあがってきたデータを見て、ベータは一瞬、目の前が暗くなったのを覚えている。
その時に感じたのは、紛れもない激怒だった。
(あの、野郎……ッ!)
驚くべき偶然というのがあるものだ。なんと、かの青年はほかでもない、あのにっくきスメラギ皇国の第三皇子タカアキラだったのである。
となれば、ベータにとってはもはや「子供たち」という単語には嫌な予感しかしなかった。あのスメラギで皇族の誰かの世話にならざるを得ない子供らなど、決まりきっているようにしか思えなかったからだ。
そうして調べていくうちに、事実、ベータはそんな情報に行き当たった。先ごろその第三皇子タカアキラが己が私財をなげうってとある惑星を購入したと。そうしてどうやら、のこる財産を使って<燕の巣>で産み落とされたものらしい子供らを「購入」したらしいという情報にだ。
実際は子供らは宮廷のなんとかいうほかの男の名義で買われたらしいが、その実かれらは皇子の購入した惑星へと連れていかれたようなのだ。
今にして思えば、相当に短絡的だったとは思う。
しかしベータは憤激したのだ。
どこぞの惑星を購入し、玩具として扱うための子らや女たちを囲う大金持ちや貴族連中など、この宇宙には掃いて捨てるほどに存在するから。その時にはまさか、本当にそのタカアキラが子らの将来を心配し、彼らを保護せんがためにそうしたことをやったのだなどとは露ほども考えなかった。逆に言えば、それほどベータはこの宇宙の裏の社会を見すぎてきていた。
だから当然その時のベータも、その第三皇子が己が好みの「酒池肉林」を作り出さんがため、ただそれだけのために惑星を購入し、子らを贖ったのだと思い込んだのだ。事実、タカアキラは宮廷内の皆からもそのように誤解され、ある種の罪滅ぼしのようにしてして惑星スメラギから一時的に外に出され、ユーフェイマス宇宙軍に入ったという経緯らしかった。
それらすべてはスメラギにとってまさに怪しからぬスキャンダルでしかないはずだった。決して外部に漏らしてはならない情報に違いなかったはずである。だから少なくとも表向き、スメラギはそれらタカアキラの背後関係については隠すそぶりを見せていた。
ところがその癖、こうしてちょっと調べればその顛末はだだ漏れもいいところだった。よく考えてみれば不思議な話だった。いま考えればベータとしても、もう少し情報の裏を読むべきだったと思う。それはおそらく、スメラギの内部にいる誰ぞかがタカアキラを陥れんとして流した噂に決まっていたのだから。
ともかくも。
次にタカアキラが自分に会いにやってきたとき、ベータは己が凄まじい怒りの焔を隠すのに苦労した。
態度としては飽くまでも慇懃に、にこやかに応対したつもりではあったのだが、どうやらタカアキラにはそれは通用していない様子だった。なぜなら青年は終始戸惑ったように、こちらの様子を怖々とそっとうかがうようにしていたからだ。
(ふん。自業自得だろうが)
その時のベータは、そんな風に思ったぐらいのことだった。
そしてそれまでに出した結論通り、青年からの依頼を受けた。
なぜ彼からの依頼を受けたか。
理由は簡単だ。無論、何よりその「子ら」の境遇を案じたからである。
あのバカ皇子から閨房で夜な夜なけしからんことをされているのだとしても、まずは彼らの衣食住が十分に備えられねばならないのは当然だ。その上で、いずれ自分があのバカ皇子をなにがしかの窮地に叩き込み、子らをこの手で救い出す。
当初ベータが考えたのは、つまりはそういうことだったのだ。
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