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おまけのおはなし2 ロマン君のおたんじょうび
6 熱き灯
しおりを挟む思った通り、食事はたいそう豪華だった。
そして非常に美味だった……と、思う。
味がよくわからないのは仕方がない。自分の舌が田舎の貧乏貴族そのままの「貧乏舌」であることは否めない。その上、ついついこの後のことまで考えてしまうため、ロマンの脳はすでにとっくに容量オーバーをきたしている。
黒鳶がどう思っているのかが気になって、時々ちらちらと様子を窺う。だが男はどこまでも静かな顔で、ナイフやフォークといったカトラリーを器用に使い、品よく食事を口に運んでいるばかりだ。
ちなみに彼は自分の浴衣を持ってきていたらしい。紺の浴衣は男の雰囲気に非常によく映えていた。「特に手荷物などは必要ない」と言われてそのまま来てしまったけれど、どうせなら自分もトンボの浴衣を持ってくればよかった……と、こっそり思う。ガウンで外は歩けないが、浴衣ならある程度、外を散策することもできたのに。
料理の前には軽めの食前酒が供された。ロマンはもちろん、飲酒もこれが初めてである。こちらの作法に倣って、黒鳶と軽くグラスを触れ合わせる。それでようやく、「ああ、本当に僕、大人になったんだな」という実感がじわじわと湧いてきた。そんなにきついものではないはずなのだが、流し込むだけで喉の奥や頬がかっと熱をもつ。
最後のデザートのころにはもう、ロマンはお腹いっぱいだった。デザートは、いかにも手間のかかった感じの桃のコンポートに、ジェラートが添えられたものである。どちらも頬が蕩けるように美味しかった。
ふと見ると、子供のようにデザートを頬張るロマンを、黒鳶がひどく優しい目で見つめていた。
「少し多めでしたでしょう。無理なさらなくとも構いませぬ。遠慮なく残されませ」
「いえ、でも……これは大丈夫です。デザートは食べられますから」
「左様ですか」
なにより「もったいない」が先に来てしまうので、出されたものをあまり残そうという気持ちになれない。黒鳶も、そういう気持ちは十分理解してくれているようだ。
「次からは、量を少し控えめにするよう注文しておきましょう。こうした場所での食事はどうも、多めに提供されるのが常ですゆえ」
「は、はい……」
そうこうするうち、窓の外はすっかり夜の風景になっている。
食事を終えて、二人は月が見える側のバルコニーへ出た。こちらも本物の月である。残念ながらリゾートの明かりがにぎやかなため、故郷で見られるほど星の数は多くない。砂浜には、夜の海水浴を楽しむ人々の姿が点々と、砂粒のように見えている。
東側に置かれたベンチに隣り合って座り、黒鳶の肩に頭を預けると、自然に腰を抱き寄せられた。ふたりはそのまましばらく黙って、海面を照らしている月の光をじっと見つめていた。
やがて黒鳶がぽつりと言った。
「ご無理なさらなくてよいのですよ」
「……え?」
言葉の意味をはかりかねて、ぱっと顔を上げると、思ったよりずっと近いところに静かな男の目があった。男はロマンの頭を抱きよせると、髪を柔らかい手つきで撫で、そこに静かに口づけを落とした。
「自分は、ロマン殿とこうしていられるだけで十分です。それ以上のことを何か、わずかでも恐れる気持ちがおありなら──」
「いっ、いえ! そんなことは……!」
ロマンはもういちど、びっくりして体を離した。
体の芯から、また急激にのぼせがぶり返してきてしまったようだ。
「そっ、そりゃあ、はじめて……ですし。何もわかってないし、慣れないですし。ぶ、無様なことこの上もなくて、その……あなたはちっとも楽しくないと思いますけど」
もごもごと、言葉の最後は口の中に吸い込まれていってしまう。だが、胸の前でもじもじと握り合わせていた指を、黒鳶は上からそっと握った。
「左様なことはありませぬ」
ロマンはもう、九割がた泣きそうだった。
「……ほんとうですか」
言って下から見上げたら、骨も軋むほどに抱きしめられた。
「まったく、あなたという人は」
あなたという人は、何だというのだろう。
そこは気になったけれど、抱きしめられるのは素直に嬉しかった。黒鳶の匂いと体温を感じられるから、抱きしめられるのは大好きだ。今はちょっと、息ができないほどにきつかったけれど。気のせいか、黒鳶の鼓動も少し早いように思われた。
そのまま額に、こめかみに、耳に、瞼にと丁寧に口づけを落とされる。ロマンは男の首に腕を回し、黙ってそれを受けた。
やがて唇を深く愛され始めて、覚えのある感覚がじわりと下腹を刺激する。
「んっ……う」
今夜の黒鳶のキスはとびきり甘い。そして、深かった。
何度もねっとりと舌を絡められ、口蓋の裏側を舐められるだけで、ロマンの背筋にぞくぞくと快感が走る。脳内が次第に白んできてじんと痺れ、全身が粟立ってくらくらした。
黒鳶の手が背中から、次第に腰の脇へとおりていく。
腰骨をなぞり、太腿の脇をさすって、奥まった場所を秘めた丸みのあるあたりをそっと撫でる。
すると、その秘められたずっと奥のほうに、くらりと熱い灯がともった。
「ふ……」
ロマンは知らず腰を震わせながら、黒鳶の腕にゆっくりと身を任せた。
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