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第三章 侵入者
3 上位種
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数分後。
俺たちは怜二の邸にいた。
今回はなんと、凌牙も一緒だ。怜二はあのとき、俺だけじゃなく凌牙もマントに包み込んで姿を消し、空を飛んだ。やっぱりヴァンピール、すげえ力だ。
「で? ありゃあ一体、なんなんだ」
怜二の書斎でどっかりとソファに座り込み、腕組みをして凌牙が訊いた。俺も少し離れたソファに座っている。怜二はテーブルの脇に立ったままだ。
相変わらず顔色が変だ。白さに拍車がかかっている。
「……僕も驚いてる。もう千年以上もご無沙汰だったからな。とっくに死んだものと思っていた」
「だぁから! 結論から話せっての」
凌牙がいらついたように唸った。こいつが唸ると、本当に狼のそれっぽい。
怜二はじろりと上から凌牙を睨んで、ゆっくりと俺の隣に腰をおろした。
「あれは、上位種だ。勇太にはもう話したよね? ずっと昔、僕をヴァンピールにしてくれた張本人のおでましさ」
「って……え!?」
俺は思わず立ち上がった。
は? マジ?
千年以上前に怜二を咬んで、吸血鬼にしたっていう変態野郎? あれが?
「ちょ、マジかよ! でもあれ、別にふつーの人間に見えたけど……」
っていうか、ちっともオーラとか、そういうのを感じなかった。見た目も普通で、本当にどこにでもいそうな男にしか見えなかったし。
ただ、そうやって思い出そうとしてみて、俺は不思議なことに気がついた。
「めっちゃ普通だった」っていう印象だけは妙に強いけど、あらためて思い出そうとするとどんな顔だったかがうまく再現されないんだ。思い出そうとすればするほど、頭の中に靄がかかったみたいになって、きちんとした像が結ばれない感じで。
「思い出せないでしょ、勇太」
怜二は困ったような笑みで俺を見返した。
「それがあいつの手なんだよ。極力、人の印象に残らないようにする。それだけ擬態が完璧ってことだ。ヴァンピールであることを隠す方法は、おおまかにいってふたつある。ひとつは非常に目立ってしまうこと。たとえばアイドルや、俳優みたいな有名人になってしまうわけだね。言ってしまえば、僕もこっち側だと言えるだろう」
「ああ、なるほど……」
「もうひとつは、逆に大衆に埋没すること。今回の奴は、明らかに後者を選んでる。人間の意識に干渉して、自分の顔を覚えさせないように巧みに操作してるわけだね」
「うわ。そんなことまでできんのかよ」
「もちろん、高位のヴァンピールにしかできない芸当だよ」
言って怜二は俺の隣にすっと座った。さっきからずっと、見たこともないような難しい顔をしている。
「問題がもうひとつ。あいつは平気な顔で昼間に出てきている」
「……あ」
そういえばそうだ。講義室には大きな窓がいっぱいで、朝日もしっかり入ってきていた。
「つまり、奴は太陽光への耐性も身につけているってことだ。僕の薬は、僕の配下の者たちにしか配っていない。だから手に入れている可能性は非常に低い。これは厄介だよ……」
その瞬間、怜二と凌牙は互いに眉間に皺を立てたまま、視線だけでコミュニケートしたらしかった。非常に珍しい現象だったけど、俺にはもちろんそれに構っている暇はない。
「太陽光って……えっ? あの、お前のすげえ薬もなしに?」
「そうなんだろうね」
「マジかよ……。でも、ってことは……あいつ、お前より強いってこと?」
「さっきからそう言ってるでしょ。まあ、ちょっと落ち着いて。座って、勇太」
「あ、うん……」
俺が言われるまま、おずおずと座ったところで凌牙が言った。
「んじゃ、やっぱアレか。あれがお前の『原初の血』の与え主か」
「……そういうことになるね」
はあ、とため息をついて怜二が片手で目元を覆う。
「本当に、生きているとは思わなかった。どこかの時代でとっくに太陽光でも浴びるか、祓魔師の手にかかって塵に還っているもんだとばかり」
「え? く、くるーす……なに?」
「クルースニク。英語でいうならヴァンパイア・ハンター。要はヴァンピールを狩る人間たちのことだよ。エクソシストって呼ばれる場合もあるね。まあ、あれは悪魔祓いなんで、ちょっとカテゴリーは違うんだけど」
「へえ……」
馴染みのない単語がポンポンでてきて、ひたすらぽかーんと聞いているしかない。
「でも、僕に気付かれずに結界を抜けて入り込めるヴァンピールなんて、今となってはあいつぐらいしか考えられないから。多分まちがいないと思う」
「なるほどな」
凌牙がごりごりと首のうしろあたりを掻いた。
「んで? やっぱターゲットはこいつか」
「え?」
俺はぎくりと体を固くした。凌牙の視線が示しているのは、明らかに俺だった。
なんか、胃にいきなりどすんと岩でも投げ込まれたような気分だ。
「う……嘘だろ?」
「可能性は高い。まあ、まだはっきりとは言えないけど」
「え? え? まさか。なんで俺がターゲット?」
俺がキョロキョロ二人の顔を見比べたら、怜二が困った顔をして、沈んだ声で言った。
「理由はこの間も説明したよね? 君は僕らヴァンピールにとって、珍味中の珍味。垂涎の的。得がたき至宝だ。まさにサラブレッドなんだって」
「あ、うん。そりゃ聞いたけど──」
いや、そこまでは言ってなかったけどな。
「あのね、勇太。僕がどうして、君が生まれてから、いや生まれる前から君のことを見守ってきたと思ってるの? 放っておいたら、あっという間にそこいらのヴァンピールの餌食にされるってわかっていたからだ。そういうことは考えなかった?」
「え、ええ……?」
俺は必死で、足が震えてくるのを堪えた。膝の上で握りしめた拳の中がじっとりと汗ばんで気持ち悪い。
「で、でもさ……。これまで大丈夫だったんだし。お前がちゃんと守っててくれたんだろ? 俺の家族も一緒にさ。お前の上位種? とかだったとしても、別に──」
「ごめん、勇太。前にも言ったけど、あいつはそんな甘い相手じゃない。それに、申し訳ないけどオリジナルの『原初の血』には、血を分けられた者はほぼ勝ち目がないんだ。真正面からやったら、僕はまず勝てない。能力的な差がありすぎる──」
怜二が肩を落として頭を抱えている。
嘘だろ? あのいつも自信満々の怜二が、こんな風になるなんて。心配でたまらないって顔で、蒼白になって。さっきから、ぎゅーっと俺の手を握ってるし。
と思ったら、急に胃のあたりからなんかが逆流しそうになった。
「……なんか、吐きそ──」
「あっ、大丈夫?」
怜二がさっと手を挙げると、目の前に突然、きゅるきゅるっと黒いものが現れた。それがなんだか分からないうちに、空中で洗面器みたいな形になる。
「持ってて、勇太。いつでも遠慮せず使ってね」
「う……」
持たされた黒い洗面器みたいなものは、なんだか温かくて、どくんどくんと脈打っていた。いや、気のせいじゃない。
……生きてる。これ、なんか生きてるぞ!
俺たちは怜二の邸にいた。
今回はなんと、凌牙も一緒だ。怜二はあのとき、俺だけじゃなく凌牙もマントに包み込んで姿を消し、空を飛んだ。やっぱりヴァンピール、すげえ力だ。
「で? ありゃあ一体、なんなんだ」
怜二の書斎でどっかりとソファに座り込み、腕組みをして凌牙が訊いた。俺も少し離れたソファに座っている。怜二はテーブルの脇に立ったままだ。
相変わらず顔色が変だ。白さに拍車がかかっている。
「……僕も驚いてる。もう千年以上もご無沙汰だったからな。とっくに死んだものと思っていた」
「だぁから! 結論から話せっての」
凌牙がいらついたように唸った。こいつが唸ると、本当に狼のそれっぽい。
怜二はじろりと上から凌牙を睨んで、ゆっくりと俺の隣に腰をおろした。
「あれは、上位種だ。勇太にはもう話したよね? ずっと昔、僕をヴァンピールにしてくれた張本人のおでましさ」
「って……え!?」
俺は思わず立ち上がった。
は? マジ?
千年以上前に怜二を咬んで、吸血鬼にしたっていう変態野郎? あれが?
「ちょ、マジかよ! でもあれ、別にふつーの人間に見えたけど……」
っていうか、ちっともオーラとか、そういうのを感じなかった。見た目も普通で、本当にどこにでもいそうな男にしか見えなかったし。
ただ、そうやって思い出そうとしてみて、俺は不思議なことに気がついた。
「めっちゃ普通だった」っていう印象だけは妙に強いけど、あらためて思い出そうとするとどんな顔だったかがうまく再現されないんだ。思い出そうとすればするほど、頭の中に靄がかかったみたいになって、きちんとした像が結ばれない感じで。
「思い出せないでしょ、勇太」
怜二は困ったような笑みで俺を見返した。
「それがあいつの手なんだよ。極力、人の印象に残らないようにする。それだけ擬態が完璧ってことだ。ヴァンピールであることを隠す方法は、おおまかにいってふたつある。ひとつは非常に目立ってしまうこと。たとえばアイドルや、俳優みたいな有名人になってしまうわけだね。言ってしまえば、僕もこっち側だと言えるだろう」
「ああ、なるほど……」
「もうひとつは、逆に大衆に埋没すること。今回の奴は、明らかに後者を選んでる。人間の意識に干渉して、自分の顔を覚えさせないように巧みに操作してるわけだね」
「うわ。そんなことまでできんのかよ」
「もちろん、高位のヴァンピールにしかできない芸当だよ」
言って怜二は俺の隣にすっと座った。さっきからずっと、見たこともないような難しい顔をしている。
「問題がもうひとつ。あいつは平気な顔で昼間に出てきている」
「……あ」
そういえばそうだ。講義室には大きな窓がいっぱいで、朝日もしっかり入ってきていた。
「つまり、奴は太陽光への耐性も身につけているってことだ。僕の薬は、僕の配下の者たちにしか配っていない。だから手に入れている可能性は非常に低い。これは厄介だよ……」
その瞬間、怜二と凌牙は互いに眉間に皺を立てたまま、視線だけでコミュニケートしたらしかった。非常に珍しい現象だったけど、俺にはもちろんそれに構っている暇はない。
「太陽光って……えっ? あの、お前のすげえ薬もなしに?」
「そうなんだろうね」
「マジかよ……。でも、ってことは……あいつ、お前より強いってこと?」
「さっきからそう言ってるでしょ。まあ、ちょっと落ち着いて。座って、勇太」
「あ、うん……」
俺が言われるまま、おずおずと座ったところで凌牙が言った。
「んじゃ、やっぱアレか。あれがお前の『原初の血』の与え主か」
「……そういうことになるね」
はあ、とため息をついて怜二が片手で目元を覆う。
「本当に、生きているとは思わなかった。どこかの時代でとっくに太陽光でも浴びるか、祓魔師の手にかかって塵に還っているもんだとばかり」
「え? く、くるーす……なに?」
「クルースニク。英語でいうならヴァンパイア・ハンター。要はヴァンピールを狩る人間たちのことだよ。エクソシストって呼ばれる場合もあるね。まあ、あれは悪魔祓いなんで、ちょっとカテゴリーは違うんだけど」
「へえ……」
馴染みのない単語がポンポンでてきて、ひたすらぽかーんと聞いているしかない。
「でも、僕に気付かれずに結界を抜けて入り込めるヴァンピールなんて、今となってはあいつぐらいしか考えられないから。多分まちがいないと思う」
「なるほどな」
凌牙がごりごりと首のうしろあたりを掻いた。
「んで? やっぱターゲットはこいつか」
「え?」
俺はぎくりと体を固くした。凌牙の視線が示しているのは、明らかに俺だった。
なんか、胃にいきなりどすんと岩でも投げ込まれたような気分だ。
「う……嘘だろ?」
「可能性は高い。まあ、まだはっきりとは言えないけど」
「え? え? まさか。なんで俺がターゲット?」
俺がキョロキョロ二人の顔を見比べたら、怜二が困った顔をして、沈んだ声で言った。
「理由はこの間も説明したよね? 君は僕らヴァンピールにとって、珍味中の珍味。垂涎の的。得がたき至宝だ。まさにサラブレッドなんだって」
「あ、うん。そりゃ聞いたけど──」
いや、そこまでは言ってなかったけどな。
「あのね、勇太。僕がどうして、君が生まれてから、いや生まれる前から君のことを見守ってきたと思ってるの? 放っておいたら、あっという間にそこいらのヴァンピールの餌食にされるってわかっていたからだ。そういうことは考えなかった?」
「え、ええ……?」
俺は必死で、足が震えてくるのを堪えた。膝の上で握りしめた拳の中がじっとりと汗ばんで気持ち悪い。
「で、でもさ……。これまで大丈夫だったんだし。お前がちゃんと守っててくれたんだろ? 俺の家族も一緒にさ。お前の上位種? とかだったとしても、別に──」
「ごめん、勇太。前にも言ったけど、あいつはそんな甘い相手じゃない。それに、申し訳ないけどオリジナルの『原初の血』には、血を分けられた者はほぼ勝ち目がないんだ。真正面からやったら、僕はまず勝てない。能力的な差がありすぎる──」
怜二が肩を落として頭を抱えている。
嘘だろ? あのいつも自信満々の怜二が、こんな風になるなんて。心配でたまらないって顔で、蒼白になって。さっきから、ぎゅーっと俺の手を握ってるし。
と思ったら、急に胃のあたりからなんかが逆流しそうになった。
「……なんか、吐きそ──」
「あっ、大丈夫?」
怜二がさっと手を挙げると、目の前に突然、きゅるきゅるっと黒いものが現れた。それがなんだか分からないうちに、空中で洗面器みたいな形になる。
「持ってて、勇太。いつでも遠慮せず使ってね」
「う……」
持たされた黒い洗面器みたいなものは、なんだか温かくて、どくんどくんと脈打っていた。いや、気のせいじゃない。
……生きてる。これ、なんか生きてるぞ!
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