墜落レッド《外伝1》揺籃(ようらん)の思ひ出

るなかふぇ

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ローティアス5

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「うむ。大体よかろう。あとは場所の選定だけ、誤らねばよい。先方との事前の協議や相談を怠らぬようにな」
「は、はいっ。ご指導ありがとうございました、父上!」

 行政庁舎から十分ほどかけて飛んだ先の、深い山奥の谷間である。周辺には人里もなく、まるきり自然が残った地域だった。
 周囲は先ほどまでの喧噪をすっかり忘れたかのように、ひっそりと静まり返っている。二人とも、今はドラゴンの翼を広げた人型へと戻って空中に静止していた。

「そんなに難しくはなかったようだな? そなた、なかなか才能があるぞ」
「えっ。は、はいっ、ありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げると、父は満足げに微笑んだ。いつ見ても威風堂々たる「いい男」である。変幻自在な角ではあるが、その流麗な形には、息子の自分でさえいつも惚れぼれしてしまう。単なる「イケメン」というだけでなく、千年以上も人々の上に名君として君臨し、リーダーとしての実力と人望も併せ持つ存在。もとは敵対勢力だったはずのリョウマ父上が、ついには根負けして今ではすっかり相思相愛の間柄となっているのもうなずけるというものだ。

「それにしても、父上」

 では戻るか、と先に立って再び飛び始めた父を追いかけて、ローティアスはずっと思っていた疑問を口にした。父はこちらを見る風でもなく、口だけで軽く「なんだ」と答えた。

「なぜ今回、そんなにもご協力してくださるのです?」

 仕事上のことは、基本的にまず「自ら見て学べ」「先達の言葉をよく聞け」という信念のもと、あまり手出しも口出しもしてこなかったはずの父エルケニヒだ。よほど困った事態になれば相談には乗ってくれるが、さほど手取り足取りに甘やかしてくれるかたではなかったはず。もちろん、ごく基礎的な知識や教養などは幼いころから叩き込まれてきているけれども。
 父は「ふむ」と片眉を跳ね上げて笑って見せた。この父がたまに見せる、いわゆる「意味深な」笑みだった。

「いつまでも私の伴侶に懸想けそうされていてはかなわんからな」
「……え? 父上、なんですって?」

 それは、ほとんど独り言のように口の中だけでつぶやかれた言葉だった。普通の相手であれば、《地獄耳》もちのローティアスに聞き取れなかったはずがない。しかし、それは聞こえなかった。さすが、魔王エルケニヒと言うべきか。

「あの、父上」
「ともかく。そなたはそなたの恋路を頑張るがよい。もちろん仕事に支障が出ぬ範囲で、だがな」
「ええっ? それって──」
「ただし」
「え」

 はっと見上げれば、ローティアスの少し上あたりを悠々と飛ぶ父エルケニヒが片目を閉じ、唇の前に人差し指を立てていた。

「この件について私が知っているということは、リョウマには内緒にせよ」
「え……えっと」
「よいな」
「あっ……は、はい」

 柔らかく優しげな物言いなのに、絶対に有無を言わさぬ迫力がある。やっぱりこの人には敵わない。この先何百年あったとしても、決して追いつけることはないという気がしてしまう。
 そろそろ夕刻が迫るオレンジ色を帯び始めた空を背に、巨躯をもつふたりのドラゴン族は悠々と飛び去っていった。
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