48 / 86
ケント5
1
しおりを挟む四季がある地域の、それも学校という特殊な場所では、「過ごしやすい季節ほど忙しい」というのが定番である。すなわち春と秋だ。
《勇者の村》には明確に四季があったが、ここ魔王国にあってもその感覚はあまり変わらない。春はあっという間に終わってしまうが、秋は運動会があり、音楽会があり……で、どうしても行事が目白押しになってしまうのだ。
子どもたちは、保護者が観に来てくれる行事となると俄然はりきる。もちろん、大勢の他人に見られることが好きではない内気な子どももいるけれども、そこは「みんなでやる」ことでだいぶ薄まるのだろう。
ともかくも。
今年、ケントが担当している学年の子どもたちも、音楽会に向けて早い時期から合唱や合奏の練習に余念がなかった。
「うん。どっちもすごく良くなってきてるぞ、みんな」
「本当ですか?」
「やったあ!」
「歌はもう少し、音の強いところと弱いところがはっきりわかるように歌ってみようか。言葉の意味を聞く人に伝える感じでいこう。合奏は、指揮者をよく見て演奏するようにな」
「はーい!」
放課後の有志による居残り練習も終わって、子どもたちが帰ってしまってから、ようやく一息つける。とはいえ先生たちはその時間、職員会議やテストの採点、子どもたちが日々書いてくる作文ノート等へのコメント記入、さらには授業研究など、やらねばならないことが山積みである。
目が回るような忙しさだが、かえってその方がケント自身は助かっていた。それらの仕事が一段落して、ようやく帰る時間になった途端、あのどうしようもない虚しさが襲ってくるからだ。
(……はあ。だから俺。いつまでこんな風でいるんだよ)
自分で自分がいやになる。
先日、わざわざローティアスに連絡して「音楽会には来ないのか」だなんて。若き魔王の子は目をまん丸くして、ひどく驚いた様子だった。ケントがあんなことを言いだすなんてまったく予想もしていなかったに違いない。
(だからっ。何をやってるんだよ俺……!)
周りに人がいないのをいいことに、つい髪を掻きむしって道端にしゃがみこんでしまう。こんなことも最近ではしばしばだ。
(呆れただろうな……ローティ)
あの時、彼は画面の向こうで困ったように笑っていたけれど。こんな風に子供じみた甘ったれたことを言う男なんて、すっかり幻滅されてしまったかもしれない。自分は彼より二十以上も年上なのに。恐ろしく成長が速くて、あっという間に大人になってしまったとはいえ、それでもローティアスは自分よりもはるかに年下の青年なのに。
「はああ……」
土がむき出しのままの道端の、草がぼうぼうと生え放題になった場所にしゃがみこんだまま、情けないため息を吐く。急に人間の男が近づいてきたことで、さっきまで鳴いていた秋の虫たちがぴたりと歌うのをやめたところだ。
(そういう……ことだよなあ。俺)
もういい。もうわかっている。
もう、これ以上自分を欺くのは不可能だった。
自分は、彼に会いたいのだ。こんな風にほんの少しの期間でも、彼に会えないことがイヤなのだ。……寂しいのだ。きっと。
ほんのわずかな時間でもいいから、彼に会って、話をして。ほんのちょっとだけでもいいから触れあいたい。これはもう、どうしようもない欲求だった。
だからこそあの時「音楽会には来ないのか」だなんてバカな質問までしてしまったのだ。多忙な王子であるローティアスが、またこちらの学校へ訪問できるちょうどいい理由になると思ったから。
(あああっ……時間を巻き戻したい!)
恥ずかしくて堪らない。しかし、一度言ってしまったことは二度と元には戻らない。
すっかり暗くなった田舎道の端で、ケントはしばらく「ああ」とも「うう」ともつかない呻き声をあげながら、しばし悶々としていた。
◆
音楽会の日は、幸いにも晴天だった。
とは言え実際、この《保護区》の天気というのは高度な科学技術によって適度に調整されている。ゆえに、しかるべきルートを通じて「この日はこの地区を天気にして欲しい」と願えば、魔王国の気象操作局がそのように調整してくれるわけなのだが。
プログラムは幸い大きな失敗もアクシデントもなく順調に進み──実際、子どもたちの人数が少ないので、あっという間に進んでいくのだ──そろそろフィナーレが近づいてきた。担任をしている年少クラスの子どもたちが、緊張して必死に取り組む姿はまぶしかった。かれらの横顔ををそっと舞台袖から眺めている間、ケントも子どもたちと同じぐらいに緊張し、それと同時に晴れやかな胸の高鳴りを覚えた。
(いいぞ! すごくいい。みんな、よくやった……!)
あとは最後の、みんなで歌う学園歌が残されるのみだ。
(……ん?)
このタイミングで、なぜか学園長オロバスがマイクを手にして舞台に進み出てきた。
ケントを含めた教師は全員、顔を見合わせた。ケントも無意識にサクヤに目配せしてみたが、サクヤもまるっきり怪訝な顔で「知らないわ」と無言の返事をよこす。
ざわつく客席をぐるりと見渡し、オロバスが微笑みながら口を開いた。
「さて。この素敵な楽しい時間も、そろそろ終盤が近づいて参りました。ではここで、プログラムにはございませんが飛び入り参加してくださった方の素晴らしい演奏をお聞きいただきましょう」
「えっ」
「飛び入り……?」
客席がさらにざわつく。ケントたち教師も当然、寝耳に水だった。みな驚いた顔で押し黙り、学園長を見つめている。
「ご本人のたっての希望により、これより飛び入りによる演奏が行われます。場所は運動場となっております。つきまして生徒のみなさんと保護者のみなさん、今から静かに運動場へ移動しましょう。移動は先生方の誘導に従ってください。先生方は、非常時の誘導の通りにお願いします」
怪訝な顔、期待を抱く顔。「なにがあるのかな」と嬉しそうに囁き合う子どもたちの声。
それぞれがいろんな表情をしながら、教師が先導するのに従い、人々はぞろぞろと運動場へと移動した。
10
あなたにおすすめの小説
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新するかもです。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる