墜落レッド《外伝1》揺籃(ようらん)の思ひ出

るなかふぇ

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ケント5

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 四季がある地域の、それも学校という特殊な場所では、「過ごしやすい季節ほど忙しい」というのが定番である。すなわち春と秋だ。
 《勇者の村》には明確に四季があったが、ここ魔王国にあってもその感覚はあまり変わらない。春はあっという間に終わってしまうが、秋は運動会があり、音楽会があり……で、どうしても行事が目白押しになってしまうのだ。
 子どもたちは、保護者が観に来てくれる行事となると俄然はりきる。もちろん、大勢の他人に見られることが好きではない内気な子どももいるけれども、そこは「みんなでやる」ことでだいぶ薄まるのだろう。

 ともかくも。
 今年、ケントが担当している学年の子どもたちも、音楽会に向けて早い時期から合唱や合奏の練習に余念がなかった。

「うん。どっちもすごく良くなってきてるぞ、みんな」
「本当ですか?」
「やったあ!」
「歌はもう少し、音の強いところと弱いところがはっきりわかるように歌ってみようか。言葉の意味を聞く人に伝える感じでいこう。合奏は、指揮者をよく見て演奏するようにな」
「はーい!」

 放課後の有志による居残り練習も終わって、子どもたちが帰ってしまってから、ようやく一息つける。とはいえ先生たちはその時間、職員会議やテストの採点、子どもたちが日々書いてくる作文ノート等へのコメント記入、さらには授業研究など、やらねばならないことが山積みである。
 目が回るような忙しさだが、かえってその方がケント自身は助かっていた。それらの仕事が一段落して、ようやく帰る時間になった途端、あのどうしようもない虚しさが襲ってくるからだ。

(……はあ。だから俺。いつまでこんな風でいるんだよ)

 自分で自分がいやになる。
 先日、わざわざローティアスに連絡して「音楽会には来ないのか」だなんて。若き魔王の子は目をまん丸くして、ひどく驚いた様子だった。ケントがあんなことを言いだすなんてまったく予想もしていなかったに違いない。

(だからっ。何をやってるんだよ俺……!)

 周りに人がいないのをいいことに、つい髪を掻きむしって道端にしゃがみこんでしまう。こんなことも最近ではしばしばだ。

(呆れただろうな……ローティ)

 あの時、彼は画面の向こうで困ったように笑っていたけれど。こんな風に子供じみた甘ったれたことを言う男なんて、すっかり幻滅されてしまったかもしれない。自分は彼より二十以上も年上なのに。恐ろしく成長が速くて、あっという間に大人になってしまったとはいえ、それでもローティアスは自分よりもはるかに年下の青年なのに。

「はああ……」

 土がむき出しのままの道端の、草がぼうぼうと生え放題になった場所にしゃがみこんだまま、情けないため息を吐く。急に人間の男が近づいてきたことで、さっきまで鳴いていた秋の虫たちがぴたりと歌うのをやめたところだ。

(そういう……ことだよなあ。俺)
 
 もういい。もうわかっている。
 もう、これ以上自分を欺くのは不可能だった。
 自分は、彼に会いたいのだ。こんな風にほんの少しの期間でも、彼に会えないことがイヤなのだ。……寂しいのだ。きっと。
 ほんのわずかな時間でもいいから、彼に会って、話をして。ほんのちょっとだけでもいいから触れあいたい。これはもう、どうしようもない欲求だった。
 だからこそあの時「音楽会には来ないのか」だなんてバカな質問までしてしまったのだ。多忙な王子であるローティアスが、またこちらの学校へ訪問できるちょうどいい理由になると思ったから。

(あああっ……時間を巻き戻したい!)

 恥ずかしくて堪らない。しかし、一度言ってしまったことは二度と元には戻らない。
 すっかり暗くなった田舎道の端で、ケントはしばらく「ああ」とも「うう」ともつかない呻き声をあげながら、しばし悶々としていた。


 ◆


 音楽会の日は、幸いにも晴天だった。
 とは言え実際、この《保護区》の天気というのは高度な科学技術によって適度に調整されている。ゆえに、しかるべきルートを通じて「この日はこの地区を天気にして欲しい」と願えば、魔王国の気象操作局がそのように調整してくれるわけなのだが。

 プログラムは幸い大きな失敗もアクシデントもなく順調に進み──実際、子どもたちの人数が少ないので、あっという間に進んでいくのだ──そろそろフィナーレが近づいてきた。担任をしている年少クラスの子どもたちが、緊張して必死に取り組む姿はまぶしかった。かれらの横顔ををそっと舞台袖から眺めている間、ケントも子どもたちと同じぐらいに緊張し、それと同時に晴れやかな胸の高鳴りを覚えた。

(いいぞ! すごくいい。みんな、よくやった……!)

 あとは最後の、みんなで歌う学園歌が残されるのみだ。

(……ん?)

 このタイミングで、なぜか学園長オロバスがマイクを手にして舞台に進み出てきた。
 ケントを含めた教師は全員、顔を見合わせた。ケントも無意識にサクヤに目配せしてみたが、サクヤもまるっきり怪訝な顔で「知らないわ」と無言の返事をよこす。
 ざわつく客席をぐるりと見渡し、オロバスが微笑みながら口を開いた。

「さて。この素敵な楽しい時間も、そろそろ終盤が近づいて参りました。ではここで、プログラムにはございませんが飛び入り参加してくださった方の素晴らしい演奏をお聞きいただきましょう」
「えっ」
「飛び入り……?」

 客席がさらにざわつく。ケントたち教師も当然、寝耳に水だった。みな驚いた顔で押し黙り、学園長を見つめている。

「ご本人のたっての希望により、これより飛び入りによる演奏が行われます。場所は運動場となっております。つきまして生徒のみなさんと保護者のみなさん、今から静かに運動場へ移動しましょう。移動は先生方の誘導に従ってください。先生方は、非常時の誘導の通りにお願いします」
 
 怪訝な顔、期待を抱く顔。「なにがあるのかな」と嬉しそうに囁き合う子どもたちの声。
 それぞれがいろんな表情かおをしながら、教師が先導するのに従い、人々はぞろぞろと運動場へと移動した。
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