探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~

ふりたけ(振木岳人)

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◆ スティグマータ(聖痕)事件編

01 輪島依子

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 関東圏が桜満開を一通り大騒ぎして飽きた頃、東北地方や本州東内陸部山間地に桜前線が移動しても全国ニュースが興味を示さなくなった四月の半ば。
 ようやく地方気象台が桜の開花宣言を行ったこの長野県長野市も、出会いと別れの季節を肌で感じとれる柔らかさに変わりつつある。
 ここ、長野市の北に位置する丘陵地帯の住宅地に建てられた、星城女子大学の学生寮「柊館(ひいらぎかん)」も、新たな入居者を迎えて賑やか且つかしましい日々が始まっていた。

 上空から見下ろすとアルファベットの「L」字に見える柊館。
 一階は食堂や共用のランドリースペースや大浴場が設けられ、二階三階は完全な個室として女子大生のプライバシーを担保しているので、まだ新年度が始まって入学生と卒業生がゾロゾロ入れ替わったこの時期は、共用スペースにたむろして賑やかな話に花を咲かせる者は少なく、夕食後は比較的静かな夜を迎えていた。

 その二階の一番奥、L字のてっぺん……最北に位置した角部屋に今年度の新入生が入居して来た。彼女の名前は輪島依子(わじまよりこ)、長野県の南にある諏訪市より福祉学を修得するためにこの星城女子大の門をくぐった。
 父は建設機械リース会社の総務課長、母はスーパーのレジ打ち担当で、両親や親族一同に変わり者などのいないごくごく普通の中流階級で依子は育ち、彼女自身もアイドルグループに多少傾倒している程度で特殊な趣味を持ち合わせていない、ごくごく普通の年頃の女の子であった。

 その依子のイチ押しアイドルグループが出演するテレビ番組の誘惑を振り切って、講義の予習復習に没頭を始めたのが夜の九時、睡魔が襲って来て「こりゃもう眠くて頭に入らんな」と……そっとノートを閉じたのが十一時過ぎ、勉強が頭に入らないどころかいよいよ目を開けていられなくなったのが十二時近く。
 しなの鉄道の最終便も終わり、立派な県道に車のエンジン音すら轟かない、静かな静かな田舎の夜空に貨物電車の走る音が響いた時間に、依子は購入したての真新しい布団へとその身体を預けて眠りへと落ちて行く。

 上下左右、東西南北が一切分からない真っ暗な世界を通り抜け、高校最後の学園祭において校門を飾る大きな看板を友人たちとかしましく製作する懐かしい夢を見ている最中に、依子はぴたりと目を覚ました。ベッドから転げ落ちるような天変地異を予感させる巨大地震が起きた訳でもなく、ベッドの周りで座敷童子が阿波踊りしている訳もなく、静かな環境の中で全く理由が分からぬまま、要素が何一つ無いのにパチリとチャンネルを切り替える様に睡眠から切り替わったのだ。

 右を下にしたまま呆けたように瞬きする依子。不思議な事にあくびも湧いて来なければ、まどろみの世界に留まってもいない。何故か意識ははっきりしているのだが、だからと言って起き上がる気力が無い。

 ──何で目が覚めたのだろう──
 彼女が置かれた状況に考察を始めたその時だ。
 横を向いたまま伏せていた依子の視界の中を、下から上に向かって“歩き去る”影が見えたのだ。

 身体に電気が走ったかのようにビクリと身体を震わせて、上目遣いに影が進んだ出口側を見るも、その影はもうその場にはいない。

“ 何かを見てしまった”

 別段その影が襲って来た訳ではない
 ましてやその影が依子を覗き込むように睨んで来た訳でもない
 ただ単に両手両足が微かに確認出来る影が、依子の足元側の窓から頭側の玄関口へと歩き去った、その現象を目撃しただけであるのだが、見てしまったと言う認識が依子の身体を総毛立たせ背筋に滝の様な冷たい汗を滴らせる。

 今自分は金縛りになっているのか? 霊感なんてまるで持ち合わせていない平々凡々として生きて来た自分がここで“あれ”を見てしまったと言う事は、何かしら身体に異変が起きているのか?ーー

 恐る恐る横になっていた身体をねじり、ゆっくりみと天井へ身体を向ける。
 あれ、身体が動くぞと呆けたままベッドからちょこんと上半身を起こし、あれは現実だったのだろうか?いやいや夢の延長だったんだねと、自身に都合の良い解釈を始めながら、手を伸ばして電気を点ける。

「……えっ!?……あれ? 何で、何これ……?」

 部屋の灯りがついた途端、依子は蛍光灯の紐を引いた左手の甲に、微かに血が滴っているのを目の当たりにし、慌ててティッシュを掴もうとするその右手の甲にも血が滲んでいる事でショックを受けたのだ。

 何故痛みもないのに出血しているのか、傷跡など全くないではないか。そもそも本当にこれは自分の血なのか?──
 よくよく身体全体を見回したり鏡を見ると、両足の甲にも血が滲んでおり、額からも一雫の血が垂れていた。

 結局、あまりの気味悪さに依子は電気を付けたまま一睡もせずに朝を迎えたのだが、その日は絶えず睡魔に襲われ続けた事と、まだ仲の良い友人や相談相手がいない事もあって、まあ良いやと再び孤独の夜を迎えてしまう。
 ……目撃した謎の影が消え際に、「見たな」と蚊の鳴くような声で喋った事すら、彼女自身の記憶から都合良く削除して。
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