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◆ 「母上」そして「おかあちゃん」編
27 若きサムライ
しおりを挟むクロダ・エイジは元服の済ませたばかりの若きサムライであり、マスターズ・リーグのトップを目指して王立フェレイオ学園の門をくぐった一年C組の生徒である。
この世界に純粋なサムライは多いのかと言うとそうでもなく、この大陸に古くに流れ着いた「和世界・和諸島」の末裔が名前と伝統を残すのみで、金髪や獣人のサムライなど珍しくなくなっている。女性フランケンシュタイン侍のポエル・ローズマリーがマスターズ・リーグのトップ集団に所属していても、それが大きな話題にならないほどに和文化は浸透していた。
そしてエイジも名前こそ和風ではあるが、前述の様に時の流れが影響し、その姿は碧眼に焼鉄色の髪色の白人であり、彼は中核都市サンクトプリエンツェに居を構えるクロダ一族の後継者であった。
もともとこの、王立フェレイオ学園があるサンクトプリエンツェは人間種が統べる国シュラッテンフルー王国の属州であり、エノキダ一族が統べているのだが、クロダ一族は全く別系統の由緒ある家柄であり、エノキダ一族に肩を並べると表現しても良い程に繁栄していた。
クロダ家はエノキダの様な地方領主ではなく、王都リースタルに居を構えて王家に代々支えて来た中央の武官。王国軍の軍師として歴史に名を刻んで来たのである。
今現在の王国軍軍師は二代目クロダ・ナリマサ。ナリマサの弟であるツネユキが分家として中核都市サンクトブリエンツェに居を移し、分家の長男としてエイジは自分の進むべき道に邁進していたのである。
【分家ではあっても、歴史に埋もれる事無く文武を極め頂点を目指す】
分家とはいわゆる本家の血筋が絶えた時の代替品であり、血統を残すと言うのがその使命であり、逆に言えば本家が絶えなければ永遠に日陰の存在である事が求められる。
クロダ・エイジはその分家の小倅(こせがれ)と言う日陰者の立場に甘んじながらも、自らのサムライ道を極めつつ、この大陸の頂点に君臨する者たちに肩を並べる事を目標として、日々の研鑽に明け暮れていたのであった。
ある日の朝、街の東側を南北に走る小高い丘の稜線から、太陽が元気良く飛び出しながらそれまでに無かった熱量を赤白く放ち始めて、季節はいよいよ春から初夏へと変貌を始める。そんな時期の王立フェレイオ学園での事。
開門に伴ってずらずらと敷地になだれ込んで来る生徒たちに向かい、もはや学園の朝の定番とも言って良い、彼の元気な声がかかる。
「いらっしゃいませ! よろず屋シリル開店しました! 」
シリル・デラヒエ
第一次天使降臨の際に戦災孤児となった彼が、精霊王エリーセ・フィオ・デラヒエに拾われ養子縁組みをしたと公式上はなっているが、事の詳細は不明。ただ、彼が精霊王を母と呼んでいる事から親子関係はれっきとして存在しており、母を語る際に彼が怪訝な表情をするどころか嘘偽りの無い笑顔である事からして、今もその関係は良好であると判断して良いであろう。……完全放任主義はいささかやり過ぎの感はあるが。
育ての母のいい加減な愛情をたっぷりと受けた、そんなシリルが朝から元気良く生徒たちに声をかけていると、自然とそれはよろず屋の勧誘から朝の挨拶へと変貌を遂げてしまうのは必然。依頼する様な事が無くても、生徒たちは徐々にシリルに挨拶を返すようになって来た。
「やあシリル君、おはよう」
「あっ、ロミルダさんおはようございます」
と、元気な彼に微笑みながら通り過ぎて行ったのはシリルと同じクラスのロミルダ・デーレンダール。シュラッテンフルー王国に古くから支える名門デーレンダール家の長女で、代々の当主たちは【聖天近衛騎士団】の団長としてその名前を轟かせて来たのだが、女性だからと言う理由だけでその座に就く事が困難となっている現状、ロミルダは古き因習に憂いを抱えながらあがいている。
「ようシリル! 」
「……シリル君、おはよ……」
続いて彼に声をかけて来たのは、一年B組でやはりシリルと同じクラスのエステバンとカティア。
エステバン・カミネーロは竜族で大陸の南西端を生息域とする「クエレブレ種」に分類されるドラゴンの少年で、クエレブレ種とは硬い鱗が時を経て岩に変化して行くロックドラゴンの事を指す。そして長い年月を経るとやがてロックドラゴンは海竜となって海に戻って行くのだが、伝説にもある七つの海を貪欲に呑み込む世界竜が、彼らロックドラゴンが目指すべき最終到達点と言われていた。
そしてそのエステバンの傍に立つ少女は悪魔召喚士(サタニックサモナー)のカティア・オーランシェ。魔女と闘おうとした彼女の先祖が悪魔と契約した結果、その流れを受け継いでしまった悲劇のハーフホビットである。今時のご時世であるなら周囲から魔女と呼ばれて蔑まされるのであろうが、シリルが絶対にそれを許さなかった。シリルが尊敬する一人である。
カティアは悪魔図鑑ゴエティアを手に、圧倒的な魔法力を駆使して様々な悪魔を召喚して威力を行使する事が出来るのだが、当たり前の話必ずその都度対価が必要になって来る。
悪魔との契約上、その威力を行使する際に彼女が求められる対価は命を提供する事ではない。彼女にはいちいち「痛み」がもたらされるのである。つまり、より強い力を求めて高位悪魔を呼び出そうとすれば、それ相応の激痛が絶えず彼女の全身に襲いかかるのである。
だが、痛みの恐怖すら克服出来る……そんな覚悟が今のカティアにはあった。いつもまん丸のくりっくりした瞳を輝かしている初めて出来た友人とその仲間が、自分をしっかり見ててくれるから。そんな安心感が今の彼女を作り上げていたのだ。
「ひゃあ! 」
シリルを中心にエステバンとカティアがカラカラと雑談していると、突如首筋に冷気を感じたシリルが驚いて寄生を上げる。慌てて振り返るとそこには、シリルより一つ上の上級生、赤竜の姫アルベルティーナ・ララ・ヴァルマがはんなりとした笑みを浮かべながら、シリルを見つめておはようの挨拶をして来た。何やらみずみずしい果物を手にしており、それを彼の前に差し出したのである。
「あいも変わらず朝から元気よの。ほれ、井戸で冷やしておいたプラムじゃ。食べるが良いぞ」
どうやらシリルの首に冷気を注いで驚かせたのは、彼のためにとアルベルティーナが持参して来た果実のプラム。シリルは笑顔で挨拶を返しながら冷えた甘いプラムを遠慮せずに受け取った。
「アルベルティーナさんありがとうございます! 」
「またそろそろ例のアレを汝に頼もうと思ってな」
「アルベルティーナさんの頼みであれば、いつだってお受けしますよ」
何一つ曇りの無い笑顔でそう言ってのけるシリルだったが、アルベルティーナはその彼の表情よりも言葉遣いに何か引っかかり、怪訝な顔をしながらおもむろにシリルの頬を右手でつねったではないか。
「わらわの事はベルと呼ぶと約束したではないか、もう忘れたのかえ? 」
……どうやら、曰く付きのドン底シリルは、赤竜の姫を愛称で呼ぶ事が許されている様である。つまりは「あの日」以降、二人はコミュニケーションを重ねた事がそこから推察された。
精霊王デラヒエの名を継ぐ者ではあっても、この学園においては最低辺と表現しても誰も異をとなえる者は誰もいないであろうシリル。いくらその人柄に好感を持たれたとしても……事実、クラスメイトだけでなく赤竜の姫だけでなく、生徒会長や副会長や風紀委員長などの上級生だけでなく、教師や学園長など「一部の生徒」を除き全ての関係者たちがシリルに好意的に接して来ている。デラヒエの名前にゴマをするのでは無く、シリルには確かに人を惹きつける何かが、確かにあったのだ。
そして今日も今日とて、よろず屋シリルには新しい客が訪れた。
「よろず屋と聞くが、何でも請け負うと言う事でよろしいか? 」
「いらっしゃいませ! 悪い事以外なら何でも一ペタで頑張りますよ! 」
シリルの前に現れたのはサムライ。碧眼に焼鉄色の髪色をした白人ではあるが、腰にはサムライ独特の曲刀……つまり和刀を下げている。
「そうか、それならばお主に頼みたい事がある。理由を聞かずにこの弁当を食べてもらいたいのだ」
「べっ、弁当ですか!? 」
シリルの前に差し出されたのは確かに弁当。それも自分で食べるのがウンザリする様な安っぽくて汚らしいものではなく、彩り鮮やかな上等な絹の生地で包まれた、漆(うるし)で重厚に輝く二段重ねのまさしく「御重(おじゅう)」と言う代物だ。
輝く御重にびっくりし、目をぱちくりするシリルに向かい、若いサムライは毒など入ってはいないから……ああ、申し遅れたと軽く詫びながら自己紹介を始めた。
「我の名はクロダ・エイジ、一年C組に在籍している学園生だ」
謎の依頼をもってシリルの前に立ったのは、あのクロダ家の分家の息子。
中央のお堅い家柄でありながら、分家としての屈辱感を常に胸に秘めた少年と、家柄としては申し分無いがそれをまるで感じさせない天然野生児が今日出会ったのである。
後の世ではあるが、様々な国々を歌って回る吟遊詩人の詩にこんな一節がある。
~天使蹂躙から世界を救い、流れ星の様に時代を駆け抜けたならず者たちがいた。そは英雄連盟にあらず、そは人類共同戦線にあらず。獣の子の剣に集いし暁の傭兵団である。そして獣の子……傭兵王の傍には影の様にサムライが付き従い正義を為した。姓はクロダ名はエイジ。クロダ・エイジがいるからこそ、暁の傭兵たちは正義なのだと、正義の傭兵団なのだと民衆は彼を讃えた~
シリルとエイジ、今後彼らの進路がどうなるのかを今ここで語る事は無いが、後世ではそう謳われている二人が初めて出会った記念すべき日であった。
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