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◆ ダンまち(ダンジョンで待ち伏せされた)編

40 闇の奥から覗く災い

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 夏休み五日目、つまりダンジョン祭りが始まってから五日間が経過したのだが、王立フェレイオ学園の生徒たちはダンジョン踏破を目標に順調に成果を伸ばしている。
 早くもダンジョン全階層を踏破した者、レアアイテムを狙いダンジョン内を彷徨う者、レア魔獣撃破を目的に狩りを続ける者など、様々な生徒が様々な目標を持って、真夏の太陽光が届かないこのダンジョンで夏休みを過ごしているのだが、ここ地下二階層でもいよいよエンジン全開となったシリルたちが、初期の遅れなど何処吹く風で暗闇の恐怖と戦っていた。

 二階層のとある場所、岩石だらけの仄暗い通路を抜けていきなり現れた、小さな部屋の様な空間にたどり着いたシリルたち。レアアイテムが眠る場所なのかと室内を探索していると、いきなりドス黒い炎をまといながら中央に骸骨戦士が現れた。エンカウントトラップと言う奴だ。

「罠だったか!? みんな俺の後ろに! 」

 海竜に最終進化するクエレブレ種のロックドラゴン、エステバン・カミネーロが左腕のバックラーを敵に向けながら右手に持った戦鎚(せんつい)、ウォーハンマーを振り上げて構える。
 ダンジョンに挑戦し始めた当初は、男のロマンだとうそぶいて両手剣をブンブン振り回していたのだが、守れない戦えないで全く役に立たなかった苦い経験を経て、自分の力をピンポイントで効果的に反映させられる片手用ウォーハンマーを装備し、敵に叩かれるとロックドラゴンでもさすがに「いたい」のでバックラーを左腕に装備。……自分の背中を仲間が守ってくれると言う安心感を原動力に、完璧な前衛役【タンク】に昇華した。

「ターゲットを取る。カティアは魔法の準備を! ジェイサンは合図を出したらトドメを刺してくれ! 」

 風魔法の呪文を唱えるロミルダ・デーレンダールは、真空かまいたちを敵の顔面の周囲に散らして敵を余所見出来ない様にさせ、エステバンの背後からパーティー全てを見渡し指示を出す。騎士剣の殴る様な直接的な動きを止めて片手用の曲刀を抜き放った彼女は、前衛の死角をカバーしながら敵に斬りかかったり、時には風魔法で接近し過ぎた敵を吹き飛ばしたりと、リーダー兼セカンドアタッカーとしてのポジションを完全に確立した。

「……ルールーウーリールゥ……我が前に発現せよ光の対極者。……混沌に囚われし咎人(とがびと)にして、禁断の果実を人に与えし穢れた賢者よ……」

 眼を瞑ったカティアがワンドを高々と掲げて呪文の詠唱を始める。途端に髪の毛の先から爪先まで神経をヤスリでこする様な痛みに包まれるのだが、奥歯をがっちりと噛み締めながらそれに耐える。

《……いにしえの契約を血で繋げる者、東の森の魔女よ。この度はどの様なご依頼かな? ……》

カティアの精神世界の中心、両眼の奥の別の映像に、羊頭の異様な人間が、悪魔辞典ゴエティアを携えて現れる。

《……炎を放つ悪魔を紹介して欲しいの……》
《……ならばフラウロスあたりが如何かと。序列は六十四番にて、貴方の負担も軽いと存じます……》
《……それでお願い……》
《……承知致しました……》

 悪魔辞典ゴエティアに綴られ、ソロモン王が使役した七十二体の上級悪魔。フラウロスとはその中の一体で、地獄の大公爵である。召喚された際は屈強な豹の姿で現出し、敵を焼き尽くす炎を放つ。

 カティアは悪魔大公爵フラウロスが現出するのを待っているのだが、さすがに身体を貫く痛みが尋常ではないのか、身体をびくんびくんと波打たせながらその場から一歩も動かなくなってしまう。額から油汗を垂らし必死の形相だ。

「シリル、後ろに下がるぞ! 」

 完全鎧と斧を装備した骸骨戦士は一階層のそれとはパワーも凶悪さも違う。
 エステバンが圧され始め前線が後退する事を察知したロミルダは、カティアを安全な場所に下がらせるようにと、シリルに指示を出したのだ。

「しっかり掴まっててね! 」

 バトルナイフを腰のホルダーにしまい、カティアの後ろに回って彼女をすくい上げる。シリル渾身のお姫様抱っこをされたカティアは魔法発現に集中したままシリルに身を任せ、ジェイサンのいる最後方へと避難した。

 ジェイサン・ネスは余剰人員ではない。普段は後方警戒のしんがり担当で敵のバックアタックを防いでいる。そしてそれも重要な役割である事は間違い無いのだが、彼の真価が発揮されるのは戦闘の最後においてドドメを刺す役目……つまりクローザーだ。
 エステバンやロミルダが敵とのエンカウントを有利に運び、カティアが魔法を放つ。ここで敵が倒れればそれに越した事がないのだが、瀕死のまま逆襲して来る事もある。その時ジェイサン・ネスは自傷行為でわざと自分を出血させて、無敵・不死の呪いの戦士として最前線に躍り出て敵の息の根を完全に止めるのである。

 ……この五人、なかなかに小規模戦闘集団として機能していたのだ。

「だいぶ敵のパターンが見えて来た。カティア、カウントを合わせるぞ! 」

 完全鎧をまとった骸骨戦士と打撃戦を繰り広げるエステバンとロミルダ。敵の剣撃……ラッシュのタイミングが見えて来たのか、「十! 九! 八! 」とカウントダウンを叫び始める。そしてそれに呼応する様に、カティアは精神世界で彼女の号令を待つ悪魔に指示を出した。

《……地獄の大公爵フラウロス、過去、現在、未来を示す時の番人、豹の悪魔。今こそ血の盟約に従い力を発揮せよ! ……》

「三! 二! 一!……今っ! 」
「……フラウロス、やれっ!……」

 カティアが骸骨戦士を指差しながら叫んだ瞬間、彼女の目の前に黒い光を伴って屈強な半獣半人の悪魔が現れる。そして禍々しい赤く輝く瞳を骸骨戦士に向けて大きな口を開いた。
 すると、ギイヤァァ! と言う声にならない大きな声が洞窟内に轟いたかと思うと、フラウロスの口から真っ赤な炎の柱が飛び出して骸骨戦士の全身を包む。骸骨戦士の鎧は溶け始め勝敗は決したのだ。

「熱ち、熱ちち! 」

 狭い空間に灼熱の炎を放てば、空間の温度が一気に上昇するのは当たり前。エステバンもロミルダもシリルやジェイサンは上品さなどかなぐり捨て、ガニ股で踊る様に飛び跳ねながら、それまでの戦闘の事などお構い無しに、まるでコントでも見てるかの様にその場からスタコラ逃げ出して距離を取る。

 空気が冷めた頃合いを見計らい、通路の岩から覗くシリルたち。ドロドロに溶けた鎧を布団に横たわる骸骨戦士は、その役目を終えたのか粉状に崩れ始め、キラキラと輝きながら浄化され始めた。

「やった、また撃破だ! 」
「やれる、やれるぞ! 」
「ジェイサン今回やる事なかった」

 うふ、うふふ。あはは! ……段々と自信をつけて来たのか、目を合わせながら誰からともなく笑い始めるシリルとその仲間たち。
 
 学園の生徒たちに置いて行かれる焦燥感は去り、充実感に溢れる時間を過ごし始めたのだが、このシリルたちの姿を洞窟の闇の奥から覗く瞳があった。
 姿形は人なのだが、このダンジョンにいるはずのない一般人がいたのである。

 農夫の様な服装で無表情のままシリルを見詰めるその男、自分に言い聞かせるような小さな声をぼつりと漏らした。

 ーー見つけました、司祭様ーー と



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