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あなたにだけ……
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<side尚孝>
ウサギたちとの触れ合いを終え、お弁当を食べる。
ひかるくんの口についたのにご飯粒を当然のようにとってやり、自分の口に運ぶ会長の姿に驚いていると、隣にいた志摩さんが同じように僕の口についたご飯粒をとってくれた。
どうやら会長の行動に驚きすぎて僕もつけてしまっていたみたいだ。
志摩さんはパチンと僕にウィンクしながら、そのご飯粒を口に運ぶ。
びっくりして声を上げようと思ったけれど、さっきのウィンクの意味を考える。
なるほど、さっきの会長の行動を普通だと思わせるためか……。
そのことに気づき、恥ずかしいと思いつつ志摩さんにお礼を告げると、ひかるくんも会長にお礼を言っている声が聞こえる。
ああ、よかった。
僕の反応は間違いじゃなかったみたいだ。
それにホッとしていると、志摩さんが小声で話しかけてきた。
「谷垣さんのおかげでうまく行きましたよ。ありがとうございます。ひかるさんに普通だと思わせたいので、これからも付き合ってくださいね」
「は、はい。わかりました」
そう答えつつも、これからもって……何を付き合えばいいんだろうと疑問に思ったが、その答えはすぐにやってきた。
「谷垣さん、唐揚げも美味しいですよ」
「卵焼きもどうぞ」
にこやかな笑顔で僕にお弁当を食べさせてくれる。
未知子さんにそれを笑顔で見られているのも恥ずかしいけれど、ひかるくんは僕たちを見て、安心したように会長に食べさせてもらっている。
ここでやめるわけにはいかないと腹を括って、
「志摩さんもどうぞ。美味しいですよ」
と唐揚げを志摩さんの口に運ぶと、嬉しそうな笑顔で食べてくれた。
うわ、こんな笑顔を見られるなんて……。
なんだか胸がドキドキする。
食事を終えて、お昼寝をすることになったひかるくんを会長と未知子さんに任せて、志摩さんと一緒に先ほどのふれあいパークに戻ることになった。
目的はひかるくんが気に入ったあの『グリ』というウサギを引き取れないかという交渉のため。
「行きましょう」
と差し出された手をなんの躊躇いもなく握ってしまった。
「谷垣さん、お弁当美味しかったですね」
「はい。あんな美味しいお弁当、しかも外で食べるなんて……子どもの頃に戻ったようでした」
「谷垣さんはひかるさんから名前で呼ばれているのですね」
「えっ? ええ。そうなんです。リハビリを始めるときに未知子さんが、あっ、貴船の奥さまが気楽にしましょうと言ってくださったので、お互いに名前で呼び合うことになったんです」
「なるほど。なら、私もいいですか?」
「えっ?」
「谷垣さんとはこれからも長い付き合いになりそうですし、気楽にお話したいです。ですから、尚孝さんとお呼びしてもいいですか?」
面と向かってそう言われて、断る理由もない。
「え、ええ。構いませんよ」
「ああ、よかった。なら、私のことも名前で呼んでください」
「志摩さんをお名前で?」
「ええ、唯人と言います」
「唯人、さん……」
「ああ、これで距離が縮まった感じがしますね」
嬉しそうな笑顔を向けられて、胸が温かくなる。
苗字から名前で呼び合うことになっただけなのに……こんなにも気持ちが変わるものなのか……。
不思議だ。
「尚孝さん、中に入りましょうか」
「は、はい」
手を繋いだまま、ふれあいパークに入るとやはり少し視線を感じるが、唯人さんは何も気にしていない様子だ。
「あら? 先ほど来られた方ですよね?」
「はい。あの、少しお話したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「え、ええ。こちらにどうぞ」
ふれあいパークの主任と書かれた彼女に声をかけられ、そのまま話をするためにスタッフルームへ案内された。
「あの、何か不手際でもございましたか?」
「いいえ。そのようなことではありませんのでご心配なく。改めまして、私こういう者です」
唯人さんがスッと名刺を取り出し、彼女に渡すとハッと表情が変わる。
まぁ、無理もない。
あの貴船コンツェルンの会長秘書の肩書が書かれた名刺などそうそう見られるものでは無いからな。
「あ、あの……こんな大企業の会長秘書の方が私どもにどういったご用件でしょうか?」
「単刀直入にお話しさせていただくと、ふれあいパークにいる『グリ』というウサギをお譲りいただきたいのです」
「えっ? グリを?」
「はい。先ほど、グリを抱いていた車椅子の少年を覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。それは。グリがあんなに大人しく抱っこされているのは初めて見ましたから」
「あの子は虐待を受けて育ち愛情を知らずに今まで生きてきて、その上、先日事故に遭い、歩けなくなりました」
「えっ……」
「ですが、今一生懸命リハビリをして、初めて外出することができたんです。その時にグリと出会い、グリの存在が彼の癒しとなれる……そんな気がしたのです。ここでも愛されて育っていることは重々承知なのですが、彼にグリをお譲りいただけないでしょうか?」
唯人さんの言葉に主任の彼女は言葉を詰まらせる。
あんなに楽しそうな笑顔を浮かべていたひかるくんの背景にそんなものが広がっているとは思いもしなかったろう。
「あの、このふれあいパークにいるウサギたちは、沖縄にあるウサギハウスからお借りしている子たちなのです。ですから、私の一存でお譲りできるとお答えはできないのですが、そのオーナーさんに今回のお話をお伝えするということでよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます! オーナーの方にはそこに書かれた私の連絡先をお伝えいただいて構いません」
「承知しました」
オーナーさんの返答次第ではまだどうなるかもわからないが、とりあえず断られずに済んでよかった。
まだ少しは希望が持てるかもしれない。
ふれあいパークを後にして、まだ少し時間があるということでのんびりとあたりを見学していく。
「尚孝さん、すみません」
「えっ? どうしたんですか?」
「さっき、ひかるさんの事故の話をした時、少し身体が震えていたでしょう? 嫌なことを思い出させてしまってすみません」
「そのことですか……、いえ、あの場では正直に話すべきだったと思いますので、気にしていません。唯人さんって、優しいですね」
歩けなくなった……唯人さんがそう説明した時、確かに身体が震えたのが自分でもわかった。
自分のせいでひかるくんが……と思わない日はあの日以来、一日もない。
けれど、その事実と向き合っていこうと決めたのは自分自身だ。
「尚孝さんにだけですよ……」
「えっ?」
「私が優しいと思うなら、それは尚孝さんが相手だからです」
「あの、それって……」
「私は尚孝さんに惹かれています。今日、あの店であなたにあったあの時から……そして、この時間を過ごして、その思いが確信に変わりました。私のことを少しでも好意的に思ってくださったなら、友達からでもいいです。これからも少しずつ距離を縮めていきませんか?」
突然の唯人さんの言葉にただただ驚きしかない。
けれど、なぜだか嫌な気持ちなんて何も起きなかった。
こんな素敵な人が僕に惹かれるなんてあるはずがない。
男同士だからというのは今時理由にはならないのかもしれないけれど、それ以前に僕はどこにでもいるただの平凡な人間だし、誰かに一目惚れさるような容姿をしているわけでもない。
もし、本当に唯人さんが惹かれてくれたとしたらきっとそれは一時の気の迷いだ。
一緒に過ごせばきっとすぐに自分が勘違いしていたことに気づくだろう。
それでも唯人さんは優しいから間違いだと気づいても、無理して一緒にいてくれるかもしれない。
そうなる前に僕の方からお断りをすればいい。
正直に言うと、唯人さんと一緒にいるのは心地良い。
これが好きだからかはわからないけれど、家族といるよりもなんだか落ち着く気がする。
今すぐこの居場所を失いたくない。
咄嗟にそう思ってしまった。
唯人さんが勘違いに気づくまで……僕は隣にいたい。
そんな思いが込み上げてきて、僕はつい、
「あの、じゃあ……友達、から……」
そんな言葉を口にしてしまった。
すると、次の瞬間
「よしっ!!!」
と大きな声が聞こえて、僕は唯人さんの逞しい腕に抱きしめられていた。
ウサギたちとの触れ合いを終え、お弁当を食べる。
ひかるくんの口についたのにご飯粒を当然のようにとってやり、自分の口に運ぶ会長の姿に驚いていると、隣にいた志摩さんが同じように僕の口についたご飯粒をとってくれた。
どうやら会長の行動に驚きすぎて僕もつけてしまっていたみたいだ。
志摩さんはパチンと僕にウィンクしながら、そのご飯粒を口に運ぶ。
びっくりして声を上げようと思ったけれど、さっきのウィンクの意味を考える。
なるほど、さっきの会長の行動を普通だと思わせるためか……。
そのことに気づき、恥ずかしいと思いつつ志摩さんにお礼を告げると、ひかるくんも会長にお礼を言っている声が聞こえる。
ああ、よかった。
僕の反応は間違いじゃなかったみたいだ。
それにホッとしていると、志摩さんが小声で話しかけてきた。
「谷垣さんのおかげでうまく行きましたよ。ありがとうございます。ひかるさんに普通だと思わせたいので、これからも付き合ってくださいね」
「は、はい。わかりました」
そう答えつつも、これからもって……何を付き合えばいいんだろうと疑問に思ったが、その答えはすぐにやってきた。
「谷垣さん、唐揚げも美味しいですよ」
「卵焼きもどうぞ」
にこやかな笑顔で僕にお弁当を食べさせてくれる。
未知子さんにそれを笑顔で見られているのも恥ずかしいけれど、ひかるくんは僕たちを見て、安心したように会長に食べさせてもらっている。
ここでやめるわけにはいかないと腹を括って、
「志摩さんもどうぞ。美味しいですよ」
と唐揚げを志摩さんの口に運ぶと、嬉しそうな笑顔で食べてくれた。
うわ、こんな笑顔を見られるなんて……。
なんだか胸がドキドキする。
食事を終えて、お昼寝をすることになったひかるくんを会長と未知子さんに任せて、志摩さんと一緒に先ほどのふれあいパークに戻ることになった。
目的はひかるくんが気に入ったあの『グリ』というウサギを引き取れないかという交渉のため。
「行きましょう」
と差し出された手をなんの躊躇いもなく握ってしまった。
「谷垣さん、お弁当美味しかったですね」
「はい。あんな美味しいお弁当、しかも外で食べるなんて……子どもの頃に戻ったようでした」
「谷垣さんはひかるさんから名前で呼ばれているのですね」
「えっ? ええ。そうなんです。リハビリを始めるときに未知子さんが、あっ、貴船の奥さまが気楽にしましょうと言ってくださったので、お互いに名前で呼び合うことになったんです」
「なるほど。なら、私もいいですか?」
「えっ?」
「谷垣さんとはこれからも長い付き合いになりそうですし、気楽にお話したいです。ですから、尚孝さんとお呼びしてもいいですか?」
面と向かってそう言われて、断る理由もない。
「え、ええ。構いませんよ」
「ああ、よかった。なら、私のことも名前で呼んでください」
「志摩さんをお名前で?」
「ええ、唯人と言います」
「唯人、さん……」
「ああ、これで距離が縮まった感じがしますね」
嬉しそうな笑顔を向けられて、胸が温かくなる。
苗字から名前で呼び合うことになっただけなのに……こんなにも気持ちが変わるものなのか……。
不思議だ。
「尚孝さん、中に入りましょうか」
「は、はい」
手を繋いだまま、ふれあいパークに入るとやはり少し視線を感じるが、唯人さんは何も気にしていない様子だ。
「あら? 先ほど来られた方ですよね?」
「はい。あの、少しお話したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「え、ええ。こちらにどうぞ」
ふれあいパークの主任と書かれた彼女に声をかけられ、そのまま話をするためにスタッフルームへ案内された。
「あの、何か不手際でもございましたか?」
「いいえ。そのようなことではありませんのでご心配なく。改めまして、私こういう者です」
唯人さんがスッと名刺を取り出し、彼女に渡すとハッと表情が変わる。
まぁ、無理もない。
あの貴船コンツェルンの会長秘書の肩書が書かれた名刺などそうそう見られるものでは無いからな。
「あ、あの……こんな大企業の会長秘書の方が私どもにどういったご用件でしょうか?」
「単刀直入にお話しさせていただくと、ふれあいパークにいる『グリ』というウサギをお譲りいただきたいのです」
「えっ? グリを?」
「はい。先ほど、グリを抱いていた車椅子の少年を覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。それは。グリがあんなに大人しく抱っこされているのは初めて見ましたから」
「あの子は虐待を受けて育ち愛情を知らずに今まで生きてきて、その上、先日事故に遭い、歩けなくなりました」
「えっ……」
「ですが、今一生懸命リハビリをして、初めて外出することができたんです。その時にグリと出会い、グリの存在が彼の癒しとなれる……そんな気がしたのです。ここでも愛されて育っていることは重々承知なのですが、彼にグリをお譲りいただけないでしょうか?」
唯人さんの言葉に主任の彼女は言葉を詰まらせる。
あんなに楽しそうな笑顔を浮かべていたひかるくんの背景にそんなものが広がっているとは思いもしなかったろう。
「あの、このふれあいパークにいるウサギたちは、沖縄にあるウサギハウスからお借りしている子たちなのです。ですから、私の一存でお譲りできるとお答えはできないのですが、そのオーナーさんに今回のお話をお伝えするということでよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます! オーナーの方にはそこに書かれた私の連絡先をお伝えいただいて構いません」
「承知しました」
オーナーさんの返答次第ではまだどうなるかもわからないが、とりあえず断られずに済んでよかった。
まだ少しは希望が持てるかもしれない。
ふれあいパークを後にして、まだ少し時間があるということでのんびりとあたりを見学していく。
「尚孝さん、すみません」
「えっ? どうしたんですか?」
「さっき、ひかるさんの事故の話をした時、少し身体が震えていたでしょう? 嫌なことを思い出させてしまってすみません」
「そのことですか……、いえ、あの場では正直に話すべきだったと思いますので、気にしていません。唯人さんって、優しいですね」
歩けなくなった……唯人さんがそう説明した時、確かに身体が震えたのが自分でもわかった。
自分のせいでひかるくんが……と思わない日はあの日以来、一日もない。
けれど、その事実と向き合っていこうと決めたのは自分自身だ。
「尚孝さんにだけですよ……」
「えっ?」
「私が優しいと思うなら、それは尚孝さんが相手だからです」
「あの、それって……」
「私は尚孝さんに惹かれています。今日、あの店であなたにあったあの時から……そして、この時間を過ごして、その思いが確信に変わりました。私のことを少しでも好意的に思ってくださったなら、友達からでもいいです。これからも少しずつ距離を縮めていきませんか?」
突然の唯人さんの言葉にただただ驚きしかない。
けれど、なぜだか嫌な気持ちなんて何も起きなかった。
こんな素敵な人が僕に惹かれるなんてあるはずがない。
男同士だからというのは今時理由にはならないのかもしれないけれど、それ以前に僕はどこにでもいるただの平凡な人間だし、誰かに一目惚れさるような容姿をしているわけでもない。
もし、本当に唯人さんが惹かれてくれたとしたらきっとそれは一時の気の迷いだ。
一緒に過ごせばきっとすぐに自分が勘違いしていたことに気づくだろう。
それでも唯人さんは優しいから間違いだと気づいても、無理して一緒にいてくれるかもしれない。
そうなる前に僕の方からお断りをすればいい。
正直に言うと、唯人さんと一緒にいるのは心地良い。
これが好きだからかはわからないけれど、家族といるよりもなんだか落ち着く気がする。
今すぐこの居場所を失いたくない。
咄嗟にそう思ってしまった。
唯人さんが勘違いに気づくまで……僕は隣にいたい。
そんな思いが込み上げてきて、僕はつい、
「あの、じゃあ……友達、から……」
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