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新たな一歩を
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<side唯人>
尚孝さんが直純くんと共に部屋に入ったが、気になるのは直純くんというよりは、尚孝さんが辛い思いをしないかということだけ。
一花さんが辛い人生を歩むことになった事件を実の母親が起こしたとはいえ、直接的に何かををしでかしたわけではない直純くんと、結果的に一花さんが地獄から抜け出せるきっかけになったとはいえ、大怪我を負わせてしまった本人である尚孝さんとは罪悪感に大きな開きがある。
私としてはできることなら早くあの事故のことは忘れてほしいくらいなのに、尚孝さんは自分への戒めのために一生忘れることはしないだろう。
けれど、そもそも今回の場を提案したのは、他でもない私自身。
尚孝さんに辛い思いをさせたくないと言いながら、そんなことを提案して矛盾していると思われるだろうが、今回直純くんの罪悪感を軽くしてあげることで、尚孝さん自身の罪悪感も軽くできないかという思いがあった。
共感できる相手と話をするだけで尚孝さんの辛さを減らせればいい、そんな期待も込めてこの場を設けたのだ。
尚孝さんにとっても直純くんにとっても、きっとプラスになるだろう。
そう信じているからこそ、私は黙って二人が出てくるのをここで待つだけだ。
目の前には私と同じように直純くんを心配する青年の姿。
磯山先生の甥御さんで、直純くんを心から愛する人。
この子が磯山先生と一緒に住んでいると聞いたから今回、尚孝さんに同行したのはいうまでもないが、最初こそ気になったものの、彼が尚孝さんに向ける視線を見れば全く心配がいらないことはよくわかった。
まぁ、高校生相手に本気で心配したわけではない。
尚孝さんからはたっぷりと愛を感じさせてもらっているし、尚孝さんが私から離れたいと言い出さないことはわかっている。
彼の方は、二人が部屋に入った後も気になるようでしきりにあちらを見ているが、私の方もチラチラと視線を向けてくる。
その姿に少し揶揄ってみたくなって
「何かお話がありますか?」
と問いかけると焦ったようになんでもないと返されるが、なんでもないわけがない。
全身から気になっていると訴えているのだから。
「気になることがあれば、お気になさらず聞いてくださって構いませんよ」
大人として、人生の先輩としてなんでも答えて見せよう。
彼は遠慮していたが、磯山先生から発破をかけられ意を決したように問いかけてきた内容は、私と尚孝さんが恋人同士かということ。
当然とでもいうように頷いてみせると、尚孝さんが直純くんと二人っきりで気にならないかと尋ねてきた。
二人っきりであったとしてもそういう意味では一切気にしていない。
なんせ相手はまだ14歳のそういった知識さえもない華奢な子どもだ。
心に傷がある二人だということは心配だが、待つしかないのが現状だ。
すると彼はなぜ尚孝さんが一花さんの理学療法士を引き受けたのかと尋ねてきた。
理学療法士として目の前で苦しんでいる人を助けたいというのは本能だろうが、一番大きな理由は一花さんを笑顔にしたかったからだろう。
事故に遭っただけではなく、元々の身体の不調が大きかったのだから。
彼に事故に遭う前の一花さんの状態を伝えると、彼はそこまで酷いとは思っていなかったのだろう。
いや、彼が過ごしてきた日々からは想像できなかったに違いない。
「尚孝さんは主治医の先生とも話をして食事の栄養管理から、日々の生活、リハビリと全てをしっかりと計算して今の状態まで上げることができたんです。それこそ、自分の時間を削ってまで……。私はそれを間近で見ていましたから、尚孝さんがやってきたことと同じことが他の理学療法士にできるとは思えません。尚孝さんは、身体だけでなく心のケアも専門だそうですから、直純くんと話してプラスになることはあっても絶対にマイナスにはなりませんから、ご安心ください」
私の言葉に彼があからさまに安堵の表情を浮かべたのが、なんとも微笑ましく思えた。
しばらくして、尚孝さんと直純くんが部屋から出てきたのだが、それに気づくや否や、彼は二人の元に駆け寄った。
その姿に私はもちろん、磯山先生と絢斗さんも笑ってしまった。
「昇くん、志摩くんと話をして安心したかと思っていたけど、我慢できなかったみたいだね」
「ええ、でも若い時はそれでいいんですよ」
「ふふっ。そうだね」
その場で待っていると彼と直純くん、そしてその後ろから尚孝さんがリビングへ戻ってきた。
尚孝さんにそっと視線を向けると、柔らかな笑顔で返してくれる。
その笑顔で私は直純くんとの話がうまくいったのだとわかり、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
直純くんはそのまま絢斗さんの元にいき、自分の言葉ではっきりと
「僕……改めて、一花さんに心から謝りたいって思いました」
と自分の気持ちを告げてくれた。
その目にはなんの迷いも見えない。
彼にこんなにも強い意志が見られるとは思ってもなかった。
これは意見が変わることはないだろう。
「直純くんの気持ちはよくわかりました。それでは、私は直純くんのその気持ちを貴船会長にお伝えしてきます」
そう言うと少し緊張の様子を見せていたが、心配はいらないだろう。
尚孝さんに、
「少しだけ席を離れますね」
と声をかけ、念のために玄関を出た。
会長に直純くんの気持ちを告げると、
――櫻葉さんと話をしてからになるが、一花に直純くんと会う気持ちがあるか、聞いてみよう
と仰っていたが、一花さんに話をしたら、十中八九直純くんに会いたいと仰るだろう。
そういう方だ。
そして、会長は一花さんのその気持ちに沿わないことはされないだろう。
はっきりと決まるまでは私の心に留めておくことにしたけれど、おそらく大丈夫だ。
そうして、直純くんも、そして会長も新たな一歩を踏み出されることだろう。
私は、尚孝さんのためにもいい方向に進んでほしいと願うだけだ。
尚孝さんが直純くんと共に部屋に入ったが、気になるのは直純くんというよりは、尚孝さんが辛い思いをしないかということだけ。
一花さんが辛い人生を歩むことになった事件を実の母親が起こしたとはいえ、直接的に何かををしでかしたわけではない直純くんと、結果的に一花さんが地獄から抜け出せるきっかけになったとはいえ、大怪我を負わせてしまった本人である尚孝さんとは罪悪感に大きな開きがある。
私としてはできることなら早くあの事故のことは忘れてほしいくらいなのに、尚孝さんは自分への戒めのために一生忘れることはしないだろう。
けれど、そもそも今回の場を提案したのは、他でもない私自身。
尚孝さんに辛い思いをさせたくないと言いながら、そんなことを提案して矛盾していると思われるだろうが、今回直純くんの罪悪感を軽くしてあげることで、尚孝さん自身の罪悪感も軽くできないかという思いがあった。
共感できる相手と話をするだけで尚孝さんの辛さを減らせればいい、そんな期待も込めてこの場を設けたのだ。
尚孝さんにとっても直純くんにとっても、きっとプラスになるだろう。
そう信じているからこそ、私は黙って二人が出てくるのをここで待つだけだ。
目の前には私と同じように直純くんを心配する青年の姿。
磯山先生の甥御さんで、直純くんを心から愛する人。
この子が磯山先生と一緒に住んでいると聞いたから今回、尚孝さんに同行したのはいうまでもないが、最初こそ気になったものの、彼が尚孝さんに向ける視線を見れば全く心配がいらないことはよくわかった。
まぁ、高校生相手に本気で心配したわけではない。
尚孝さんからはたっぷりと愛を感じさせてもらっているし、尚孝さんが私から離れたいと言い出さないことはわかっている。
彼の方は、二人が部屋に入った後も気になるようでしきりにあちらを見ているが、私の方もチラチラと視線を向けてくる。
その姿に少し揶揄ってみたくなって
「何かお話がありますか?」
と問いかけると焦ったようになんでもないと返されるが、なんでもないわけがない。
全身から気になっていると訴えているのだから。
「気になることがあれば、お気になさらず聞いてくださって構いませんよ」
大人として、人生の先輩としてなんでも答えて見せよう。
彼は遠慮していたが、磯山先生から発破をかけられ意を決したように問いかけてきた内容は、私と尚孝さんが恋人同士かということ。
当然とでもいうように頷いてみせると、尚孝さんが直純くんと二人っきりで気にならないかと尋ねてきた。
二人っきりであったとしてもそういう意味では一切気にしていない。
なんせ相手はまだ14歳のそういった知識さえもない華奢な子どもだ。
心に傷がある二人だということは心配だが、待つしかないのが現状だ。
すると彼はなぜ尚孝さんが一花さんの理学療法士を引き受けたのかと尋ねてきた。
理学療法士として目の前で苦しんでいる人を助けたいというのは本能だろうが、一番大きな理由は一花さんを笑顔にしたかったからだろう。
事故に遭っただけではなく、元々の身体の不調が大きかったのだから。
彼に事故に遭う前の一花さんの状態を伝えると、彼はそこまで酷いとは思っていなかったのだろう。
いや、彼が過ごしてきた日々からは想像できなかったに違いない。
「尚孝さんは主治医の先生とも話をして食事の栄養管理から、日々の生活、リハビリと全てをしっかりと計算して今の状態まで上げることができたんです。それこそ、自分の時間を削ってまで……。私はそれを間近で見ていましたから、尚孝さんがやってきたことと同じことが他の理学療法士にできるとは思えません。尚孝さんは、身体だけでなく心のケアも専門だそうですから、直純くんと話してプラスになることはあっても絶対にマイナスにはなりませんから、ご安心ください」
私の言葉に彼があからさまに安堵の表情を浮かべたのが、なんとも微笑ましく思えた。
しばらくして、尚孝さんと直純くんが部屋から出てきたのだが、それに気づくや否や、彼は二人の元に駆け寄った。
その姿に私はもちろん、磯山先生と絢斗さんも笑ってしまった。
「昇くん、志摩くんと話をして安心したかと思っていたけど、我慢できなかったみたいだね」
「ええ、でも若い時はそれでいいんですよ」
「ふふっ。そうだね」
その場で待っていると彼と直純くん、そしてその後ろから尚孝さんがリビングへ戻ってきた。
尚孝さんにそっと視線を向けると、柔らかな笑顔で返してくれる。
その笑顔で私は直純くんとの話がうまくいったのだとわかり、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
直純くんはそのまま絢斗さんの元にいき、自分の言葉ではっきりと
「僕……改めて、一花さんに心から謝りたいって思いました」
と自分の気持ちを告げてくれた。
その目にはなんの迷いも見えない。
彼にこんなにも強い意志が見られるとは思ってもなかった。
これは意見が変わることはないだろう。
「直純くんの気持ちはよくわかりました。それでは、私は直純くんのその気持ちを貴船会長にお伝えしてきます」
そう言うと少し緊張の様子を見せていたが、心配はいらないだろう。
尚孝さんに、
「少しだけ席を離れますね」
と声をかけ、念のために玄関を出た。
会長に直純くんの気持ちを告げると、
――櫻葉さんと話をしてからになるが、一花に直純くんと会う気持ちがあるか、聞いてみよう
と仰っていたが、一花さんに話をしたら、十中八九直純くんに会いたいと仰るだろう。
そういう方だ。
そして、会長は一花さんのその気持ちに沿わないことはされないだろう。
はっきりと決まるまでは私の心に留めておくことにしたけれど、おそらく大丈夫だ。
そうして、直純くんも、そして会長も新たな一歩を踏み出されることだろう。
私は、尚孝さんのためにもいい方向に進んでほしいと願うだけだ。
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