ベビーシッター先でラブラブな家族生活はじまりました

波木真帆

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特別な存在  6

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「西条さま。荷物の積み残しがないか、ご確認をお願いいたします」

北見くんが声をかけてくれるが、その心配もないほど部屋はすっからかんの状態になっていた。

「運び出しも本当に早いな、驚いたよ」

「皆さま、そう仰いますよ。それではこちらの荷物をお届けするご住所をお知らせいただけますか?」

書類を差し出されて、私の自宅の住所を書く。

「マンションに入場の際にコンシェルジュの検査があるが……」

磯山が手配してくれた彼らに悪い者がいないとは理解しているが、マンション全体のセキュリティを守るためには必要なことだ。申し訳ないが受けてもらわないと中に入れることはできない。

「はい。それは存じておりますのでご安心を。検査が終わり次第、ご連絡させていただいて搬入ということで宜しいでしょうか?」

「それで構わない。ではよろしく頼む」

北見くんに頼んでおけば安心だ。そう思えるほどに彼への信頼は高くなっていた。
彼らの車を見送り、大家の伊勢谷さんの自宅に向かった。

鍵を返して全ての荷物を運び出したことを告げると、あまりの速さに彼も驚いていた。
引っ越しの作業には慣れているはずの伊勢谷さんですらこの反応だ。
やはりメイベルの作業が素晴らしいというのがわかる。

「全てが解決しましたら、遥くんと琳くんと一緒にご挨拶に参ります」

「ご丁寧にありがとうございます。彼らをどうか……どうか、よろしくお願いいたします」

まるで遥くんたちの父や祖父とでもいうような伊勢谷さんの態度に驚きつつも、それだけ遥くんたちが伊勢谷さんの癒しだったのだと納得する。

「どうぞご安心ください。遥くんと琳くんは必ず幸せにしますから」

結婚の挨拶に来たような感じになってしまったが、その気持ちに嘘偽りはない。
伊勢谷さんに深々と頭を下げて、私は駐車場に戻り、遥くんに今から帰るとだけメッセージを送って自宅に向かった。

地下駐車場からそのまま自宅に上がり、自分で鍵を開けて中に入ると不安げな表情をした遥くんに出迎えられた。
郵便を取りにいくだけと言って出てきたのに少し遅くなってしまったから心配させてしまったのだろう。

「ただいま。ちょっと話があるから、私の部屋に行こうか」

「えっ、は、はい……」

洗面所に向かって、遥くんと一緒に自室に入った。
ソファーに座らせてから、私もすぐ隣に腰を下ろした。
ピッタリと寄り添って座った遥くんから少し緊張の色を感じる。

きっと今頃頭の中で色々と考えているのだろう。
だが今の状況を当てることはできない。
それくらい状況は一気に変化した。

遥くんには、アパート近くで大家さんに出会い、彼が遥くんたちを心配して見張ってくれていたことを伝え、郵便を預かってくれていたと話した。
彼から受け取った郵便を遥くんに渡し、ここからが大事な話だと言って奴が夜な夜な遥くんたちのアパートの前で待ち伏せをしていた事実を伝えた。

「遥くんたちと会うまでは諦めないつもりなんだろうな。だが、いつまでも大家さんに見張りや郵便を頼み続けるわけにはいかないだろう?」

遥くんは絶望的な表情で身体を震わせていたが、どうしていいか解決方法を必死に考えているようだ。
だがもうその心配はいらない。

「だから、来週にもあの家を引き払うつもりで荷物を全て運び出したよ」

私の言葉がよほど想定外だったんだろう。
一瞬の間を置いて、小さな声が聞こえた。

「えっ? 今、なんて……運び出した?」

目を丸くしている遥くんに冷蔵庫の中のもの以外は全て運び出したと伝えると、さらに驚いていたがまぁ無理もないか。

すでにマンションの下に荷物が来ていることを伝えたタイミングでコンシェルジュからの連絡フォンが鳴った。

「ああ、ちょうど運べるようだな。三十分くらいで終わるそうだから、遥くんはここで待っていてくれ」

まだ茫然自失状態の遥くんを自室に残し、私は一人で玄関に向かった。
扉を開けるともうすでに全ての荷物が玄関前に並んでいた。

「西条さま。お待たせいたしました。これから荷物の搬入をいたします」

「ああ、頼むよ。悪いが子どもたちが寝ているからできるだけ静かに頼む」

「かしこまりました」

荷物を運ぶ部屋に案内し、作業が始まった。
静かにと言いつつもうるさくはなるだろうと覚悟していたが、彼らのあまりにも素晴らしい手際の良さにただ驚くばかり。
彼らの動きを感心しながら眺めている間に、空き部屋には遥くんと琳くんのあの部屋の様子が再現されていた。

本当に部屋丸ごと引越しなんだな……。

しかも作業時間は三十分も経っていない。
まるで魔法使いのような所業に驚いている私をよそに、北見くんたちは満足した様子で玄関に向かった。

「いやあ、本当に早かったな。ありがとう。ああ、支払いだが……」

「今回のお引越し代金につきましては磯山先生からすでにいただいております。この度はメイベルをご利用くださいましてありがとうございます」

それだけ告げると、北見くんとスタッフは笑顔で頭を下げて出て行った。

磯山が料金まで?
そのことについては後で話しておかないといけないな。

とりあえずは遥くんを喜ばせるとするか。

私は遥くんを迎えに自室に向かった。

「遥くん、終わったよ。おいで」

まだ理解が追いついていない様子の遥くんの手をとって、あの部屋の前に連れて行く。
そして扉を開けた途端、遥くんの驚きの声が聞こえた。

「う、うそ……っ。こ、こんなことが……」

目の前の光景が信じられないという表情の遥くんに、私はさらに隣の部屋も見せる。
そこには冷蔵庫や洗濯機など、遥くんが使っていた電化製品の数々。
二人の思い出が詰まっているだろうそれらを処分する気にはならなかった。

冷蔵庫の中身だけは残念ながら処分することになったが、それ以外は全てそのままだ。
遥くんはようやく落ち着いた様子で私を見た。
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