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忘れられない
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<side征哉>
ひかるのリハビリが始まったその日。
自宅に帰りひかるの部屋に急いで向かうと、ちょうど母さんが部屋から出ていくところだった。
「あら、征哉。おかえりなさい。ちょうど良かったわ。そろそろだと思って、食事を頼んでくるわ」
「ああ、わかったよ」
入れ替わるように扉を開け中に入ると、ひかるが満面の笑みでおかえりなさいと声をかけてくれた。
それだけで一日の疲れが一気に吹き飛んていく気がした。
「ひかる、ただいま。リハビリは疲れなかったか?」
「はい。自分で起き上がれるようになって嬉しいです」
「そうか、それなら良かった」
「あの、これ見てください!」
そういうとひかるは手のひらサイズより少し大きいくらいのカードを私に見せてきた。
「これは?」
「尚孝さんがくれたんです! リハビリを頑張ったら一枚ずつシールが増えていって、ここまでいったら僕、自分で車椅子に移れるようになるんですって!」
目をキラキラと輝かせながらカードの説明をしてくれるひかるが可愛くてたまらない。
「これはいいな。毎日一枚ずつシールが増えるとモチベーションも上がるし、目標が近づくと嬉しいだろう」
「そうなんです! だから僕、頑張ろうって思って」
「そうか。ひかるが車椅子に乗れるようになる頃には体調も良くなってきているだろうから、ご褒美にどこかに出かけようか」
「えっ……ご、ほうび?」
「ああ、車椅子に乗って母さんも一緒にどこかに出かけよう。そうだ、ひかるは動物園に行きたいと言っていただろう? そのシールが貯まって、ひかるが車椅子に乗れるようになったら弁当を持って出かけよう」
ゾウが見たいと言っていた。
このシールもゾウだったし、この提案を喜んでくれると思った。
けれどひかるは、今までの笑顔が嘘のように急に俯いてしまった。
「ひかる? どうしたんだ?」
そっとベッドに腰をかけて、俯くひかるを抱きしめて尋ねると、
「ごめ、んなさい……っ」
と涙に潤んだ声で謝る。
「ひかるは何も謝ることはない。動物園が嫌だったか? いいよ、ひかるの行きたい場所に行こう。どこがいい?」
優しく背中を撫でて落ち着かせる。
「ちが――っ、ぼく……っ、うれしくて……」
そうか、感情が込み上げてしまったのか。
普段の私ならそんなことに気づきそうなものなのに、ひかるのこととなるとどうも冷静でいられない。
「ひかるが喜んでくれたなら良かった。ほら、もう泣き止んで」
ひかるの綺麗な目から流れる涙を指で拭ってやると、ひかるが目を瞑り涙をぽろっと落とす。
ひかるにしてみれば、溜まった涙を落とそうと極々自然にしたことなのだろう。
だが、目の前でひかるが目を閉じるのを見たら勝手に身体が動いてしまった。
そう。
私はひかるの可愛い唇に自分のそれを重ね合わせてしまっていたんだ。
「んんっ……」
ひかるの驚いたような声にハッとして唇を離したが、私の唇にはひかるの柔らかな唇の感触がありありと残っていた。
「あ、あの……い、ま……」
驚くひかるにどう言うべきか、悩んでしまった。
ここで正直に自分の思いを伝えたら?
いや、きっとひかるは困るはずだ。
想いに応えられないと思ったら、ここから出ていきたいと思うかもしれない。
いや、確実にそうだ。
誰が自分を狙っているやつの家で暮らし、隣で寝たいと思うだろう?
だが、今のひかるにはどこにもいくあてもない。
何よりこんな状態のひかるをどこにもやれないし、私自身がひかるを手放すなんて考えられない。
ここは正直さよりも、安心してここにいられるようにするべきじゃないか?
心の中で一瞬にして話し合い、私は答えを決めた。
「泣いているひかるを落ち着かせようとしたんだ。家族なら普通にすることだよ」
必死に冷静を装いながらあくまでも普通だと言い切った。
普通の家族のあれこれなど知らないひかるならなんとか誤魔化せると思ったんだ。
少し緊張の時間が流れたが、
「そう、なんですね……びっくりして、涙が止まりました。さすが征哉さんですね」
目に残っていたわずかな涙をぽろっと溢しながら笑顔でそう言ってくれるひかるを見て、少し胸が痛んだ。
本当のことを言うべきだったかもしれない。
ひかるが好きで、思いが溢れ出て思わずキスしてしまったんだと。
でも、これからの生活を考えたら怖くなった。
私がこんなにも脆い人間だとは思わなかったな。
私はひかるが相手だと本当に弱くなる。
「あらあら、静かね。どうしたの?」
突然入ってきた母の声に驚いたが、
「あの、征哉さんが、僕が車椅子に乗れるようになったら動物園に連れていってくれるって……それが嬉しくて……」
とひかるが笑顔で母に説明してくれた。
「あら、いいわね。みんなで動物園だなんて楽しみだわ。征哉もいい提案してくれたわ」
「あ、ああ。ひかるも母さんも喜んでくれて嬉しいよ」
そう応えながらも、私はまだひかるの唇の感触を忘れられないでいた。
ひかるのリハビリが始まったその日。
自宅に帰りひかるの部屋に急いで向かうと、ちょうど母さんが部屋から出ていくところだった。
「あら、征哉。おかえりなさい。ちょうど良かったわ。そろそろだと思って、食事を頼んでくるわ」
「ああ、わかったよ」
入れ替わるように扉を開け中に入ると、ひかるが満面の笑みでおかえりなさいと声をかけてくれた。
それだけで一日の疲れが一気に吹き飛んていく気がした。
「ひかる、ただいま。リハビリは疲れなかったか?」
「はい。自分で起き上がれるようになって嬉しいです」
「そうか、それなら良かった」
「あの、これ見てください!」
そういうとひかるは手のひらサイズより少し大きいくらいのカードを私に見せてきた。
「これは?」
「尚孝さんがくれたんです! リハビリを頑張ったら一枚ずつシールが増えていって、ここまでいったら僕、自分で車椅子に移れるようになるんですって!」
目をキラキラと輝かせながらカードの説明をしてくれるひかるが可愛くてたまらない。
「これはいいな。毎日一枚ずつシールが増えるとモチベーションも上がるし、目標が近づくと嬉しいだろう」
「そうなんです! だから僕、頑張ろうって思って」
「そうか。ひかるが車椅子に乗れるようになる頃には体調も良くなってきているだろうから、ご褒美にどこかに出かけようか」
「えっ……ご、ほうび?」
「ああ、車椅子に乗って母さんも一緒にどこかに出かけよう。そうだ、ひかるは動物園に行きたいと言っていただろう? そのシールが貯まって、ひかるが車椅子に乗れるようになったら弁当を持って出かけよう」
ゾウが見たいと言っていた。
このシールもゾウだったし、この提案を喜んでくれると思った。
けれどひかるは、今までの笑顔が嘘のように急に俯いてしまった。
「ひかる? どうしたんだ?」
そっとベッドに腰をかけて、俯くひかるを抱きしめて尋ねると、
「ごめ、んなさい……っ」
と涙に潤んだ声で謝る。
「ひかるは何も謝ることはない。動物園が嫌だったか? いいよ、ひかるの行きたい場所に行こう。どこがいい?」
優しく背中を撫でて落ち着かせる。
「ちが――っ、ぼく……っ、うれしくて……」
そうか、感情が込み上げてしまったのか。
普段の私ならそんなことに気づきそうなものなのに、ひかるのこととなるとどうも冷静でいられない。
「ひかるが喜んでくれたなら良かった。ほら、もう泣き止んで」
ひかるの綺麗な目から流れる涙を指で拭ってやると、ひかるが目を瞑り涙をぽろっと落とす。
ひかるにしてみれば、溜まった涙を落とそうと極々自然にしたことなのだろう。
だが、目の前でひかるが目を閉じるのを見たら勝手に身体が動いてしまった。
そう。
私はひかるの可愛い唇に自分のそれを重ね合わせてしまっていたんだ。
「んんっ……」
ひかるの驚いたような声にハッとして唇を離したが、私の唇にはひかるの柔らかな唇の感触がありありと残っていた。
「あ、あの……い、ま……」
驚くひかるにどう言うべきか、悩んでしまった。
ここで正直に自分の思いを伝えたら?
いや、きっとひかるは困るはずだ。
想いに応えられないと思ったら、ここから出ていきたいと思うかもしれない。
いや、確実にそうだ。
誰が自分を狙っているやつの家で暮らし、隣で寝たいと思うだろう?
だが、今のひかるにはどこにもいくあてもない。
何よりこんな状態のひかるをどこにもやれないし、私自身がひかるを手放すなんて考えられない。
ここは正直さよりも、安心してここにいられるようにするべきじゃないか?
心の中で一瞬にして話し合い、私は答えを決めた。
「泣いているひかるを落ち着かせようとしたんだ。家族なら普通にすることだよ」
必死に冷静を装いながらあくまでも普通だと言い切った。
普通の家族のあれこれなど知らないひかるならなんとか誤魔化せると思ったんだ。
少し緊張の時間が流れたが、
「そう、なんですね……びっくりして、涙が止まりました。さすが征哉さんですね」
目に残っていたわずかな涙をぽろっと溢しながら笑顔でそう言ってくれるひかるを見て、少し胸が痛んだ。
本当のことを言うべきだったかもしれない。
ひかるが好きで、思いが溢れ出て思わずキスしてしまったんだと。
でも、これからの生活を考えたら怖くなった。
私がこんなにも脆い人間だとは思わなかったな。
私はひかるが相手だと本当に弱くなる。
「あらあら、静かね。どうしたの?」
突然入ってきた母の声に驚いたが、
「あの、征哉さんが、僕が車椅子に乗れるようになったら動物園に連れていってくれるって……それが嬉しくて……」
とひかるが笑顔で母に説明してくれた。
「あら、いいわね。みんなで動物園だなんて楽しみだわ。征哉もいい提案してくれたわ」
「あ、ああ。ひかるも母さんも喜んでくれて嬉しいよ」
そう応えながらも、私はまだひかるの唇の感触を忘れられないでいた。
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