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名前をつけよう
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<side征哉>
車の中でもずっとひかるはゾウのぬいぐるみを抱きしめては嬉しそうに微笑み、背中や長い鼻を撫でては蕩けるような眼差しを向ける。
そんなひかるの姿に可愛いと思う反面、ゾウが羨ましくも思ってしまう。
泣く子も黙る貴船コンツェルンの会長ともあろう者がぬいぐるみに嫉妬をするなんて恥ずかしいことだし、考えられないことだが、どうもひかるに対しては狭量になってしまうようだ。
それなのに、ひかるは
「征哉さん、本当にありがとうございます。僕……このゾウさん、大切にしますね。征哉さんにプレゼントしてもらったから、僕の宝物です」
と目を輝かせ満面の笑みでお礼を言ってくれる。
ああ、私は本当に恥ずかしい。
「ひかるくん、このゾウさんに名前をつけてあげましょうか」
「名前……そっか。ゾウさんじゃ可哀想ですもんね。うーん、どんな名前がいいですか?」
「ふふっ。ひかるくんのゾウさんだから好きな名前をつけてあげたらいいのよ。ゾウさんもひかるくんにつけてもらえたら喜ぶわ」
「えー、どうしよう……困っちゃうな」
そう言いながらもひかるは楽しそうだ。
今までにこんな経験がないんだろうな。
「あ、そういえばあのウサギさん。グリちゃんって名前でしたけど、どうしてグリなんだろう?」
「ああ。あの子は綺麗な灰色の毛色をしていただろう? フランス語で灰色のことをグリっていうんだ。だからきっとそこからつけたんだろうな」
「フランス語……かっこいいですね。そっか、そんな付け方もあるんだ……うーん、何にしようかな」
「ふふっ。ゆっくり考えてあげたらいいわ。人間の赤ちゃんも生まれてから届を出すまでに二週間猶予があるのよ。みんなその間にその子にピッタリ合う名前を考えてあげるの」
「そっか、そうなんですね。僕は……ピッタリ合ってますか?」
「えっ……?」
先ほどまでに嬉しそうな表情から、少し不安げな顔を見せたひかるに母が戸惑いの表情を見せる。
「ええ。ひかるくんはよく似合っているわ。可愛らしいひかるくんの笑顔は私たちをいつも明るくしてくれるもの。ひかるくんはこの名前がきらいなのかしら?」
「あの……嫌い、というわけではないんです。でも……僕の名前、施設長の奥さんがつけてくれた名前なんですけど、捨てられていた僕の顔を見て、女の子だと思い込んでひかるという名前で届出を出してしまったそうなんです」
「…………」
「奥さんは子どもを産むことができない体質だったそうで、施設に生まれたばかりの女の子が来たら、『ひかる』と名付けて自分の子どもにしたかったそうです。だから、僕を見て女の子だと思い込んで、『ひかる』って届出を出してから僕が男だと気づいたらしくて……それで何度も怒られました。紛らわしい顔してるから、つけたかった名前を男につけてしまったって。あんたが女だったら、私は女の子のママになれたのに……私の幸せを返せって――ゔっ……っ」
「ひかるっ!」
きっと今話してくれた以上の暴言を幼い時から吐かれていたんだろう。
自分の名前にこんなにトラウマを植え付けられるほどに。
くそっ! 許せないな。
母は申し訳ないことを言ってしまったと自分を責めているようだ。
顔色が悪い。
だが今はひかるの気持ちに寄り添いたい。
ごめん、母さん。
涙で頬を濡らすひかるを私は咄嗟に抱きしめた。
「嫌なことを思い出させて悪い。辛かったな」
「せ、いやさん……っ」
「母さんもひかるを傷つけるつもりじゃなかったんだ。許してほしい」
「そんな……っ、お母さんは何も悪くないです。僕が勝手に……」
「ひかるくんっ! ああ、なんて優しい子なの。ごめんなさいね」
母もひかるに抱きついて、何度も謝罪の言葉を告げる。
「お母さん……僕、本当に何も思ってないです。だから泣かないで……」
「ひかるくん……ありがとう」
ひかるの優しい言葉にようやく母から笑みが溢れた。
「ひかる……もし、ひかるが名前を嫌だというのなら改名することもできるんだよ」
「えっ……かい、めい? 名前を変えるってことですか?」
「ああ。新しい名前で新しい人生を送ることもできるんだ。私はひかるという名前は好きだが、ひかるがその名前で嫌なことを思い出すのは本意ではない。だから、家族でひかるの新しい名前を考えてもいいかもしれないな」
「僕の……新しい名前……」
「すぐに決めなくてはいけないことじゃない。ゆっくりでいいんだ。みんなにとって一番いい方法を考えよう」
そういうとひかるは小さく頷き、目に溜まっていた涙をポロッと溢した。
そんな話をしている間に、車は我が家の玄関前に停まった。
さっと運転席から出てきた志摩くんが後部座席の扉を開ける。
優秀な彼は一瞬で何か起こったことに気づいたようだが、そのことには一切触れずに車椅子と荷物を下ろし、何事もなかったように週明けのことについて説明をした。
「今日は来てくれて助かったよ」
「いいえ、それではまた週明けよろしくお願いします」
「谷垣くんも今日はありがとう」
「はい。僕も楽しかったです。ひかるくん、また週明けからリハビリ頑張ろうね」
「はい。ありがとうございます」
谷垣くんと志摩くんはひかるに手を振りながら、志摩くんの車で二人で帰って行った。
車の中でもずっとひかるはゾウのぬいぐるみを抱きしめては嬉しそうに微笑み、背中や長い鼻を撫でては蕩けるような眼差しを向ける。
そんなひかるの姿に可愛いと思う反面、ゾウが羨ましくも思ってしまう。
泣く子も黙る貴船コンツェルンの会長ともあろう者がぬいぐるみに嫉妬をするなんて恥ずかしいことだし、考えられないことだが、どうもひかるに対しては狭量になってしまうようだ。
それなのに、ひかるは
「征哉さん、本当にありがとうございます。僕……このゾウさん、大切にしますね。征哉さんにプレゼントしてもらったから、僕の宝物です」
と目を輝かせ満面の笑みでお礼を言ってくれる。
ああ、私は本当に恥ずかしい。
「ひかるくん、このゾウさんに名前をつけてあげましょうか」
「名前……そっか。ゾウさんじゃ可哀想ですもんね。うーん、どんな名前がいいですか?」
「ふふっ。ひかるくんのゾウさんだから好きな名前をつけてあげたらいいのよ。ゾウさんもひかるくんにつけてもらえたら喜ぶわ」
「えー、どうしよう……困っちゃうな」
そう言いながらもひかるは楽しそうだ。
今までにこんな経験がないんだろうな。
「あ、そういえばあのウサギさん。グリちゃんって名前でしたけど、どうしてグリなんだろう?」
「ああ。あの子は綺麗な灰色の毛色をしていただろう? フランス語で灰色のことをグリっていうんだ。だからきっとそこからつけたんだろうな」
「フランス語……かっこいいですね。そっか、そんな付け方もあるんだ……うーん、何にしようかな」
「ふふっ。ゆっくり考えてあげたらいいわ。人間の赤ちゃんも生まれてから届を出すまでに二週間猶予があるのよ。みんなその間にその子にピッタリ合う名前を考えてあげるの」
「そっか、そうなんですね。僕は……ピッタリ合ってますか?」
「えっ……?」
先ほどまでに嬉しそうな表情から、少し不安げな顔を見せたひかるに母が戸惑いの表情を見せる。
「ええ。ひかるくんはよく似合っているわ。可愛らしいひかるくんの笑顔は私たちをいつも明るくしてくれるもの。ひかるくんはこの名前がきらいなのかしら?」
「あの……嫌い、というわけではないんです。でも……僕の名前、施設長の奥さんがつけてくれた名前なんですけど、捨てられていた僕の顔を見て、女の子だと思い込んでひかるという名前で届出を出してしまったそうなんです」
「…………」
「奥さんは子どもを産むことができない体質だったそうで、施設に生まれたばかりの女の子が来たら、『ひかる』と名付けて自分の子どもにしたかったそうです。だから、僕を見て女の子だと思い込んで、『ひかる』って届出を出してから僕が男だと気づいたらしくて……それで何度も怒られました。紛らわしい顔してるから、つけたかった名前を男につけてしまったって。あんたが女だったら、私は女の子のママになれたのに……私の幸せを返せって――ゔっ……っ」
「ひかるっ!」
きっと今話してくれた以上の暴言を幼い時から吐かれていたんだろう。
自分の名前にこんなにトラウマを植え付けられるほどに。
くそっ! 許せないな。
母は申し訳ないことを言ってしまったと自分を責めているようだ。
顔色が悪い。
だが今はひかるの気持ちに寄り添いたい。
ごめん、母さん。
涙で頬を濡らすひかるを私は咄嗟に抱きしめた。
「嫌なことを思い出させて悪い。辛かったな」
「せ、いやさん……っ」
「母さんもひかるを傷つけるつもりじゃなかったんだ。許してほしい」
「そんな……っ、お母さんは何も悪くないです。僕が勝手に……」
「ひかるくんっ! ああ、なんて優しい子なの。ごめんなさいね」
母もひかるに抱きついて、何度も謝罪の言葉を告げる。
「お母さん……僕、本当に何も思ってないです。だから泣かないで……」
「ひかるくん……ありがとう」
ひかるの優しい言葉にようやく母から笑みが溢れた。
「ひかる……もし、ひかるが名前を嫌だというのなら改名することもできるんだよ」
「えっ……かい、めい? 名前を変えるってことですか?」
「ああ。新しい名前で新しい人生を送ることもできるんだ。私はひかるという名前は好きだが、ひかるがその名前で嫌なことを思い出すのは本意ではない。だから、家族でひかるの新しい名前を考えてもいいかもしれないな」
「僕の……新しい名前……」
「すぐに決めなくてはいけないことじゃない。ゆっくりでいいんだ。みんなにとって一番いい方法を考えよう」
そういうとひかるは小さく頷き、目に溜まっていた涙をポロッと溢した。
そんな話をしている間に、車は我が家の玄関前に停まった。
さっと運転席から出てきた志摩くんが後部座席の扉を開ける。
優秀な彼は一瞬で何か起こったことに気づいたようだが、そのことには一切触れずに車椅子と荷物を下ろし、何事もなかったように週明けのことについて説明をした。
「今日は来てくれて助かったよ」
「いいえ、それではまた週明けよろしくお願いします」
「谷垣くんも今日はありがとう」
「はい。僕も楽しかったです。ひかるくん、また週明けからリハビリ頑張ろうね」
「はい。ありがとうございます」
谷垣くんと志摩くんはひかるに手を振りながら、志摩くんの車で二人で帰って行った。
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