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カステラを持って
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<side史紀>
電話を切ってしばし茫然としてしまったのは、今から一花さんと会うということを実感してしまったからだろう。
生まれたばかりの一花さんが病院から連れ去られてから、この日が来るのを待ち侘びていた。
最初こそ、あの小さな身体が母親と引き離され長く生きられるわけがないと思ってしまったこともあったが、
――遺体が見つかっていないのだから一花は絶対に生きている!
そう言い続け、探し続ける一眞さんのそばにいるうちに私もいつしか、一花さんに会えると期待するようになっていた。
麻友子さんと結婚していた頃の一眞さんは会社でも本当に表情が柔らかく、厳しい中にも優しさのある人だった。
けれど麻友子さんを失い、一花さんを探している日々の一眞さんはいつも辛く苦しい表情に覆われていた。
一花さんの手作りのマフラーを着けてきたあの日は、麻友子さんがいた頃を思い起こさせる優しい表情に、私は驚きと共に嬉しくなったものだ。
一眞さんにようやく幸せが訪れたのなら、そろそろ私も報告をさせていただいてもいいだろうか……。
傷ついた一眞さんを前に、私一人が幸せになるわけにはいかないと思い続けてきた。
けれど、そんな私の思いを汲んで何も言わずにそばにいてくれた彼のことを、いつかは一眞さんにだけは報告したいと思っていた。
傷心の一眞さんから会社を引き継ぎ、社長として必死に頑張ってきたこの年月、曲がりなりにも人に自慢できる業績は築いてきたと思っている。
だから恋人が男だというだけで切り捨てられはしないだろう、そんな自負もある。
なんせ、これまでずっと櫻葉グループのためだけにやってきたんだ。
もしそれで切り捨てられるなら私の方から願い下げだ。
潔く櫻葉グループを去ろう。
そう心に決め、私は急いで身支度を整えて家を出た。
車を飛ばして一眞さんの家に向かう前にやってきたのは、
恋人である伊吹の店<星彩庵>
やはりというか、当然というか、行列がすごい。
けれどこの行列は限定のお菓子のもの。
定番ものは別の入り口から入れるので、私はそちらから中に入った。
「いらっしゃいませ――あっ、櫻葉さん」
「やぁ、久しぶりだね。伊吹は忙しいかな?」
「一段落ついたと仰ってましたから、大丈夫だと思います。すぐにお呼びしますね」
「ありがとう」
それからすぐに伊吹が奥から出てきた。
「どうした? 今夜会うのに待ちきれなかったのか?」
「ばかっ。今から出かけることになったからお前の菓子を持っていこうと思ったんだよ」
「そうか、どこにいくんだ?」
「櫻葉会長の家だよ。だから、カステラを用意して欲しい」
「カステラって、じゃあ……」
「ああ、一花さんに会いにいくんだ」
「そうか……わかった。すぐに用意する」
さっきまでの冗談めいた表情から一転、真剣な表情で奥に入り、少し大きめの紙袋を手に戻ってきた。
「これを持って行ってくれ」
「ありがとう。いくら?」
「料金は俺が出しておくから気にしないでいい」
「伊吹……ありがとう」
「今夜、どんな話をしたか教えてくれ。楽しみにしてる」
「ああ。わかった。あちらの家を出たらメッセージを入れておくよ」
そう言って、私は店を後にした。
それからすぐに櫻葉会長の家に到着した。
車を来客用の駐車場に止めさせてもらい、緊張しながら玄関ベルを鳴らした。
ここに来るのは久しぶりだな。
あの時はまだ一花さんが無事だと言うことも知らなかったな。
まさか数ヶ月でこれほど事態が変わってしまうとは思ってもいなかった。
ガチャリと扉が開き、出迎えてくれたのは櫻葉家執事の二階堂さん。
「お待ちしておりました、史紀さま。皆さま、リビングでお過ごしでございますので、ご案内いたします」
「ありがとう。あの、一花さんは……」
「ふふっ。それはご自分の目でご覧になったほうがよろしいかと存じます」
「そう、ですね……」
すぐにでも知りたかった気持ちをグッと抑えて、二階堂さんの背中を見つめながらリビングへ歩いて行った。
このリビングには何度も足を運んだことがあるが、今日はやたら玄関から遠く感じる。
二階堂さんがリビングの扉を叩き、
「旦那さま。史紀さまをお連れいたしました」
と声をかけると中から
「入れ」
と声がする。
「さぁ、どうぞ」
「は、はい」
優しい笑顔で案内されて、一歩中に入ると私の目に可愛らしい天使の笑顔が飛び込んできた。
「――っ!!!」
そのあまりの神々しさに私はその場に崩れ落ちそうになったが、さっと二階堂さんに支えられてなんとか倒れずにすんだ。
「大丈夫か? 史紀」
「は、はい。申し訳ございません」
「いや、可愛い一花に会えばそうなるのも仕方がない。なぁ、征哉くん」
「はい。その通りですね。お義父さん」
「えっ? な、んで、貴船会長が……? えっ、い、ま……お、義父さんって……えっ?」
「ははっ。詳しく話すから中に入ってこい」
あまりの情報量に頭がついていかない。
歩き方すら忘れてしまったのか、二階堂さんに支えられながらロボットのような足取りでソファーに向かうと、一眞さんの隣に座るように指示された。
向かいには、近くで見るとますます可愛らしい一花さんと、なぜか隣にピッタリと寄り添っている貴船会長の姿。
これは……一体、どういうことなんだ?
電話を切ってしばし茫然としてしまったのは、今から一花さんと会うということを実感してしまったからだろう。
生まれたばかりの一花さんが病院から連れ去られてから、この日が来るのを待ち侘びていた。
最初こそ、あの小さな身体が母親と引き離され長く生きられるわけがないと思ってしまったこともあったが、
――遺体が見つかっていないのだから一花は絶対に生きている!
そう言い続け、探し続ける一眞さんのそばにいるうちに私もいつしか、一花さんに会えると期待するようになっていた。
麻友子さんと結婚していた頃の一眞さんは会社でも本当に表情が柔らかく、厳しい中にも優しさのある人だった。
けれど麻友子さんを失い、一花さんを探している日々の一眞さんはいつも辛く苦しい表情に覆われていた。
一花さんの手作りのマフラーを着けてきたあの日は、麻友子さんがいた頃を思い起こさせる優しい表情に、私は驚きと共に嬉しくなったものだ。
一眞さんにようやく幸せが訪れたのなら、そろそろ私も報告をさせていただいてもいいだろうか……。
傷ついた一眞さんを前に、私一人が幸せになるわけにはいかないと思い続けてきた。
けれど、そんな私の思いを汲んで何も言わずにそばにいてくれた彼のことを、いつかは一眞さんにだけは報告したいと思っていた。
傷心の一眞さんから会社を引き継ぎ、社長として必死に頑張ってきたこの年月、曲がりなりにも人に自慢できる業績は築いてきたと思っている。
だから恋人が男だというだけで切り捨てられはしないだろう、そんな自負もある。
なんせ、これまでずっと櫻葉グループのためだけにやってきたんだ。
もしそれで切り捨てられるなら私の方から願い下げだ。
潔く櫻葉グループを去ろう。
そう心に決め、私は急いで身支度を整えて家を出た。
車を飛ばして一眞さんの家に向かう前にやってきたのは、
恋人である伊吹の店<星彩庵>
やはりというか、当然というか、行列がすごい。
けれどこの行列は限定のお菓子のもの。
定番ものは別の入り口から入れるので、私はそちらから中に入った。
「いらっしゃいませ――あっ、櫻葉さん」
「やぁ、久しぶりだね。伊吹は忙しいかな?」
「一段落ついたと仰ってましたから、大丈夫だと思います。すぐにお呼びしますね」
「ありがとう」
それからすぐに伊吹が奥から出てきた。
「どうした? 今夜会うのに待ちきれなかったのか?」
「ばかっ。今から出かけることになったからお前の菓子を持っていこうと思ったんだよ」
「そうか、どこにいくんだ?」
「櫻葉会長の家だよ。だから、カステラを用意して欲しい」
「カステラって、じゃあ……」
「ああ、一花さんに会いにいくんだ」
「そうか……わかった。すぐに用意する」
さっきまでの冗談めいた表情から一転、真剣な表情で奥に入り、少し大きめの紙袋を手に戻ってきた。
「これを持って行ってくれ」
「ありがとう。いくら?」
「料金は俺が出しておくから気にしないでいい」
「伊吹……ありがとう」
「今夜、どんな話をしたか教えてくれ。楽しみにしてる」
「ああ。わかった。あちらの家を出たらメッセージを入れておくよ」
そう言って、私は店を後にした。
それからすぐに櫻葉会長の家に到着した。
車を来客用の駐車場に止めさせてもらい、緊張しながら玄関ベルを鳴らした。
ここに来るのは久しぶりだな。
あの時はまだ一花さんが無事だと言うことも知らなかったな。
まさか数ヶ月でこれほど事態が変わってしまうとは思ってもいなかった。
ガチャリと扉が開き、出迎えてくれたのは櫻葉家執事の二階堂さん。
「お待ちしておりました、史紀さま。皆さま、リビングでお過ごしでございますので、ご案内いたします」
「ありがとう。あの、一花さんは……」
「ふふっ。それはご自分の目でご覧になったほうがよろしいかと存じます」
「そう、ですね……」
すぐにでも知りたかった気持ちをグッと抑えて、二階堂さんの背中を見つめながらリビングへ歩いて行った。
このリビングには何度も足を運んだことがあるが、今日はやたら玄関から遠く感じる。
二階堂さんがリビングの扉を叩き、
「旦那さま。史紀さまをお連れいたしました」
と声をかけると中から
「入れ」
と声がする。
「さぁ、どうぞ」
「は、はい」
優しい笑顔で案内されて、一歩中に入ると私の目に可愛らしい天使の笑顔が飛び込んできた。
「――っ!!!」
そのあまりの神々しさに私はその場に崩れ落ちそうになったが、さっと二階堂さんに支えられてなんとか倒れずにすんだ。
「大丈夫か? 史紀」
「は、はい。申し訳ございません」
「いや、可愛い一花に会えばそうなるのも仕方がない。なぁ、征哉くん」
「はい。その通りですね。お義父さん」
「えっ? な、んで、貴船会長が……? えっ、い、ま……お、義父さんって……えっ?」
「ははっ。詳しく話すから中に入ってこい」
あまりの情報量に頭がついていかない。
歩き方すら忘れてしまったのか、二階堂さんに支えられながらロボットのような足取りでソファーに向かうと、一眞さんの隣に座るように指示された。
向かいには、近くで見るとますます可愛らしい一花さんと、なぜか隣にピッタリと寄り添っている貴船会長の姿。
これは……一体、どういうことなんだ?
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