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日本旅行編
<閑話> 愛を目撃した日 (前編)
弓弦たちが乗った飛行機の担当CAさん視点のお話。
前後編でお届けします。
* * *
<sideC.A>
今日は北海道便。
お正月真っ只中は、意外と混雑していない。
世間が休んでいる中で働くのは正直きついけれど、今日は復路が夕方発。
合間に少しでも北海道の食事を楽しめるのは嬉しい。
余裕を持って家を出て、順調に羽田に着いた。
着替えて、フライトの予習を始めた。
往路の担当はファーストクラス。
V.I.Pの搭乗もあるため、いつも以上に気持ちが引き締まる。
「……え?」
思わず声が漏れた。
乗客名簿を見つめたまま固まっていると、異変に気づいた同僚が近寄ってくる。
「どうしたの? 何かあった?」
「こ、これ……」
私が資料を指差すと、彼女も息を呑んだ。
そこには
「エヴァン・ロレーヌ」
「ユヅル・ロレーヌ」
という二つの名前が並んでいる。
この二人の名前は今、世界中のほとんどの人が知っているだろう。
なんせ、年の瀬にあの衝撃的な発表があったばかりなのだから。
世界有数の大富豪、ロレーヌ一族。
その総帥であるエヴァン・ロレーヌは驚くほどの美貌を持ち、現代に残された最後の貴公子とまで称されていた人物。
長らく独身を貫き、正真正銘の独身貴族だったが「彼に選ばれるのは誰なのか」というのが常に世間の話題だった。
その彼が突如として結婚を発表した。
お相手は、彼の伯父であり、すでに亡くなっている世界的ヴァイオリニスト、ニコラ・ロレーヌの一人息子。
その彼と正式に同性婚をしたことが公表された。その際、お相手が十八歳で、十二歳差ということも大きな注目を集めた。
だが、それ以上に、世界中を席巻したのは、発表と同時に公開された写真だった。
ロレーヌ家所有の城の中で撮られたと思われる一枚。
ウェディングドレスに身を包んだお相手とロレーヌ家の正装を纏った総帥。
同性婚だということを忘れさせるほど、そこに並ぶ気品溢れる二人は息を呑むような美男美女だった。
そして、もう一枚。
ロレーヌ総帥がお相手を膝に抱き、お相手が微笑むその顔に、これまで誰にも向けられたことのない、深く慈しむような眼差しを注いでいる写真。
そのどれからも二人が心から愛し合っていることが伝わってきて、同性婚であるにも関わらず非難の声は上がらず、むしろ世界中で祝福ムードに湧き立っていた。
――そんなお二人を、今日この便で私が担当することになるなんて……
どうしよう。
緊張が、どうしても収まらない。
それでもプロとしてきちんとお迎えしなければ。
その日の乗務前ブリーフィングは、いつになく張り詰めた空気に包まれていた。
通常であればプライベートジェットを利用するロレーヌ総帥が、民間機に搭乗されるのは極めて珍しい。
だからこそ、普段以上に細心の注意を払って準備を整える必要があった。
「我が社の社運もかかっている。君は担当としてしっかり頼むぞ」
その言葉で、緊張は一気に頂点に達した。
それでも時間は待ってくれない。
私たちは先に機内に乗り込み、ご搭乗を待っていた。
その時だった。
ふっと、空気が変わった。
誰かが何を言ったわけではない。
ただ機内に流れる空気が、目に見えない重みを帯びた気がして、直感した。
ロレーヌ総帥がお越しになったのだ、と。
「ユヅル、私たちの席はこちらだ」
低く、よく通る声。
それだけで背筋が伸びた。
反射的に視線を向けてしまい、すぐに後悔する。
オーラが、違う。
華やかだとか、威圧感があるとかそういう言葉では追いつかない。
そこに立っているだけで周囲の空気が彼を中心に整えられていくような感覚。
視線を落とそうとしたその時、彼の隣にいた青年に目が留まった。
ロレーヌ総帥にピッタリと寄り添うように歩くその人は、写真で見た通り……いや、それ以上に、息を呑むほど綺麗だった。
けれど何より目を奪われたのは、総帥が彼に向ける視線。
歩幅を合わせ、さりげなく進む方向を示し、迷いなく手を差し伸べる。
それは庇護であり、独占であり、疑いようのない「愛しい伴侶」への態度だった。
「誰にも渡さない」
そんな感情をビリビリと伝わってきた。
それを受け、私は慌てて視線を伏せた。
前後編でお届けします。
* * *
<sideC.A>
今日は北海道便。
お正月真っ只中は、意外と混雑していない。
世間が休んでいる中で働くのは正直きついけれど、今日は復路が夕方発。
合間に少しでも北海道の食事を楽しめるのは嬉しい。
余裕を持って家を出て、順調に羽田に着いた。
着替えて、フライトの予習を始めた。
往路の担当はファーストクラス。
V.I.Pの搭乗もあるため、いつも以上に気持ちが引き締まる。
「……え?」
思わず声が漏れた。
乗客名簿を見つめたまま固まっていると、異変に気づいた同僚が近寄ってくる。
「どうしたの? 何かあった?」
「こ、これ……」
私が資料を指差すと、彼女も息を呑んだ。
そこには
「エヴァン・ロレーヌ」
「ユヅル・ロレーヌ」
という二つの名前が並んでいる。
この二人の名前は今、世界中のほとんどの人が知っているだろう。
なんせ、年の瀬にあの衝撃的な発表があったばかりなのだから。
世界有数の大富豪、ロレーヌ一族。
その総帥であるエヴァン・ロレーヌは驚くほどの美貌を持ち、現代に残された最後の貴公子とまで称されていた人物。
長らく独身を貫き、正真正銘の独身貴族だったが「彼に選ばれるのは誰なのか」というのが常に世間の話題だった。
その彼が突如として結婚を発表した。
お相手は、彼の伯父であり、すでに亡くなっている世界的ヴァイオリニスト、ニコラ・ロレーヌの一人息子。
その彼と正式に同性婚をしたことが公表された。その際、お相手が十八歳で、十二歳差ということも大きな注目を集めた。
だが、それ以上に、世界中を席巻したのは、発表と同時に公開された写真だった。
ロレーヌ家所有の城の中で撮られたと思われる一枚。
ウェディングドレスに身を包んだお相手とロレーヌ家の正装を纏った総帥。
同性婚だということを忘れさせるほど、そこに並ぶ気品溢れる二人は息を呑むような美男美女だった。
そして、もう一枚。
ロレーヌ総帥がお相手を膝に抱き、お相手が微笑むその顔に、これまで誰にも向けられたことのない、深く慈しむような眼差しを注いでいる写真。
そのどれからも二人が心から愛し合っていることが伝わってきて、同性婚であるにも関わらず非難の声は上がらず、むしろ世界中で祝福ムードに湧き立っていた。
――そんなお二人を、今日この便で私が担当することになるなんて……
どうしよう。
緊張が、どうしても収まらない。
それでもプロとしてきちんとお迎えしなければ。
その日の乗務前ブリーフィングは、いつになく張り詰めた空気に包まれていた。
通常であればプライベートジェットを利用するロレーヌ総帥が、民間機に搭乗されるのは極めて珍しい。
だからこそ、普段以上に細心の注意を払って準備を整える必要があった。
「我が社の社運もかかっている。君は担当としてしっかり頼むぞ」
その言葉で、緊張は一気に頂点に達した。
それでも時間は待ってくれない。
私たちは先に機内に乗り込み、ご搭乗を待っていた。
その時だった。
ふっと、空気が変わった。
誰かが何を言ったわけではない。
ただ機内に流れる空気が、目に見えない重みを帯びた気がして、直感した。
ロレーヌ総帥がお越しになったのだ、と。
「ユヅル、私たちの席はこちらだ」
低く、よく通る声。
それだけで背筋が伸びた。
反射的に視線を向けてしまい、すぐに後悔する。
オーラが、違う。
華やかだとか、威圧感があるとかそういう言葉では追いつかない。
そこに立っているだけで周囲の空気が彼を中心に整えられていくような感覚。
視線を落とそうとしたその時、彼の隣にいた青年に目が留まった。
ロレーヌ総帥にピッタリと寄り添うように歩くその人は、写真で見た通り……いや、それ以上に、息を呑むほど綺麗だった。
けれど何より目を奪われたのは、総帥が彼に向ける視線。
歩幅を合わせ、さりげなく進む方向を示し、迷いなく手を差し伸べる。
それは庇護であり、独占であり、疑いようのない「愛しい伴侶」への態度だった。
「誰にも渡さない」
そんな感情をビリビリと伝わってきた。
それを受け、私は慌てて視線を伏せた。
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