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日本旅行編
<閑話> 愛を目撃した日 (後編)
その威圧は、怒りではない。警告でもない。
ただ、「私の連れに触れるな」という強い意志を感じる。
その瞬間、私は悟った。
決して、ロレーヌ総帥のお連れさまに視線を向けてはならない、と。
本来ならば、担当のお相手に視線を向けないなんてあってはならないことだ。
けれど、今回ばかりは、それこそが最大の無礼になる。
担当とはいえ、私がお連れさまと目を合わせることをお望みでないのなら、私はそれを貫くしかない。
プロとして、そして一個人としての生存本能として。
私は徹底してロレーヌ総帥にだけ声をかけることに決めた。
それもあくまでも業務上必要な時にだけ。
あとはお二人の邪魔をしない。
この便を無事に目的地へ届けるために最適解はそれしかなかった。
お二人が座席に着かれ、落ち着いたところを見計らって飲み物のサービスの声かけに向かう。
できるだけ距離を保ち、目線はメニューにだけ集中して……
不躾にならないように、けれど深入りもしないように、神経を研ぎ澄ませる。
『お飲み物をご用意いたします。本日のシャンパンは……』
フランス人であるロレーヌ総帥に合わせ、フランス語で案内する。
銘柄、その他の説明を終え、フレッシュジュースの種類を告げた、その瞬間だった。
『僕、ジュースが飲みたいな』
柔らかく、少しだけ甘えるような声。
それだけで、その場の空気がふっと緩む。
思わず視線をあげそうになり、慌てて堪える。けれど耳に残る発音があまりにも美しくて、ドキッとした。
『そうか』
低く落ち着いた声が、すぐ隣から返ってくる。
『では、同じものを』
迷いのない一言が聞こえた。
お連れさまの選択を、そのまま自分のものにするのが当然だと言わんばかりの口調だ。
それが押し付けでないことは声の温度でわかる。
彼が望むならそれでいい……
そう思っていらっしゃるのだろう。
いや、彼が望むもの以外は、最初から選択肢になさそうだ。
私はそれ以上、この場にとどまるべきではないと判断し、すぐにその場を離れた。
飲み物を準備しながらも、背中にジワリと汗が滲んだ。
お待たせしないように急いでいると、他の席の担当の子たちが血相を変えて飛び込んできた。
「チーフ! 聞いてください。私の担当の……」
「チーフ、私も……」
てっきりセクハラまがいのことでもされたのかと一瞬嫌な想像がよぎったけれど、続いた彼女らの言葉に拍子抜けした。
「顔面偏差値が高すぎなんです!」
「はっ?」
思わず素の声が出た。
「顔面、偏差値? どういうこと?」
「だから、今日のファーストクラスのお客さま、異様にキラッキラで、神々しいっていうか……ねっ」
「そうなんです! キラッキラのイケメンが全員可愛い子を連れていて……」
「私の席なんて両方キラッキラで……」
全員、目が完全にハートだ。
今日のC.Aたちは最年少でも勤続五年は経っている。
ファーストクラスの担当になることも、美形客も、今更珍しくはないはずなのに。
それでも理性が飛ぶほどのイケメン揃い?
まさか!
ただでさえ、ロレーヌ総帥の担当になって緊張しているというのに頭が痛くなる。
「はいはい。その話は後。今は仕事をしなさい。さっさとドリンクを出して」
私は後輩たちに指示を出し、ロレーヌ総帥とお連れさまにジュースをお出しした。
少し待たせてしまったが、お二人は気にする様子もなく、楽しげにグラスを合わせて微笑みあう。
その光景にホッと胸を撫で下ろした。
さっきの後輩たちの言葉が気になって、念のため他の席に目を向けた瞬間、息を呑む。
「えっ……」
本当にどこもかしこもキラッキラのイケメンだらけ。
後方に一人、女性のお客さまがいらっしゃるけれど、それ以外は見渡す限り整いすぎた顔ばかりだ。
芸能人集団?
そう思ったけれど、乗客名簿の職業欄には医師や警察官だったはず。
じゃあ、このキラッキラ集団はロレーヌ総帥の護衛?
すごすぎる……
ロレーヌ総帥の護衛には顔の審査もあるのかしら?
そう思ってしまうほどの美形揃いに、クラクラしてしまいそうになっていた。
それでも仕事はしっかりとしなければ。
自分の仕事を全うし、飛行機は無事に安定飛行に入った。
ここからは、お客さまへのサービスが続く。
けれど、私の担当のロレーヌ総帥とお連れさまには極力近づかない。
何かあればすぐに向かえるようにしながらもギャレーで他の仕事をしていると
「すみません。ちょっといいですか?」
と可愛らしい声が聞こえた。
「はい。お客さま。どうなさいましたか? 何かご入用でしょうか?」
すぐに飛び出して笑顔で声をかける。するとそこには中学生くらいの可愛らしい男の子が立っていた。
確か、このお客さまはロレーヌ総帥の右隣のキラキライケメンの隣に座っていたはず。
「あの……これ、よかったらどうぞ」
差し出されたのは、ピンク色の飴のようなもの。
「これは……?」
「僕のママがくれたんです。これを舐めたら気圧、とかでも頭が痛くならないって。お姉さん、さっき具合が悪そうだったからどうぞ」
まさかさっきふらついていたのを見られていたとは思わなかった。
そもそもお客さまから物をもらうなんて……
お断りしようと思ったけれど、男の子の優しさを無下にしたくなくて、お礼を言って受け取った。
初めてみる飴だけど、ちゃんと密封された個包装だから大丈夫そう。
私はギャレーに戻り、袋を開け、飴を口に入れた。
「えっ……」
甘いいちごミルクの飴を舐めた途端。頭も耳もスーッとするのがわかる。
これ、すごい……っ。
こんな即効性のある飴、初めて……。
貰う時、可愛い男の子の隣でキラッキライケメンの圧がすごくてちょっと怖かったけれど、もらってよかった。
驚いて外に出ると、さっきの子がロレーヌ総帥やお連れさま。それに他のファーストクラスのお客さまの席を回り、飴を配っているのが見える。
やっぱり全員、ロレーヌ総帥の知り合いなんだ。
そう思った瞬間、胸の奥がストンと落ち着いた。
なるほど……
この便は、ただの北海道行きじゃない。
世界のどこよりも安全でどこよりも閉じた場所。
私の役目はその完璧な世界を乱さずに無事に目的地まで運ぶこと。
それ以上でも、それ以下でもない。
私はいちごミルクの飴をコロンと口の中で転がしながら、次のサービスの準備に戻った。
ただ、「私の連れに触れるな」という強い意志を感じる。
その瞬間、私は悟った。
決して、ロレーヌ総帥のお連れさまに視線を向けてはならない、と。
本来ならば、担当のお相手に視線を向けないなんてあってはならないことだ。
けれど、今回ばかりは、それこそが最大の無礼になる。
担当とはいえ、私がお連れさまと目を合わせることをお望みでないのなら、私はそれを貫くしかない。
プロとして、そして一個人としての生存本能として。
私は徹底してロレーヌ総帥にだけ声をかけることに決めた。
それもあくまでも業務上必要な時にだけ。
あとはお二人の邪魔をしない。
この便を無事に目的地へ届けるために最適解はそれしかなかった。
お二人が座席に着かれ、落ち着いたところを見計らって飲み物のサービスの声かけに向かう。
できるだけ距離を保ち、目線はメニューにだけ集中して……
不躾にならないように、けれど深入りもしないように、神経を研ぎ澄ませる。
『お飲み物をご用意いたします。本日のシャンパンは……』
フランス人であるロレーヌ総帥に合わせ、フランス語で案内する。
銘柄、その他の説明を終え、フレッシュジュースの種類を告げた、その瞬間だった。
『僕、ジュースが飲みたいな』
柔らかく、少しだけ甘えるような声。
それだけで、その場の空気がふっと緩む。
思わず視線をあげそうになり、慌てて堪える。けれど耳に残る発音があまりにも美しくて、ドキッとした。
『そうか』
低く落ち着いた声が、すぐ隣から返ってくる。
『では、同じものを』
迷いのない一言が聞こえた。
お連れさまの選択を、そのまま自分のものにするのが当然だと言わんばかりの口調だ。
それが押し付けでないことは声の温度でわかる。
彼が望むならそれでいい……
そう思っていらっしゃるのだろう。
いや、彼が望むもの以外は、最初から選択肢になさそうだ。
私はそれ以上、この場にとどまるべきではないと判断し、すぐにその場を離れた。
飲み物を準備しながらも、背中にジワリと汗が滲んだ。
お待たせしないように急いでいると、他の席の担当の子たちが血相を変えて飛び込んできた。
「チーフ! 聞いてください。私の担当の……」
「チーフ、私も……」
てっきりセクハラまがいのことでもされたのかと一瞬嫌な想像がよぎったけれど、続いた彼女らの言葉に拍子抜けした。
「顔面偏差値が高すぎなんです!」
「はっ?」
思わず素の声が出た。
「顔面、偏差値? どういうこと?」
「だから、今日のファーストクラスのお客さま、異様にキラッキラで、神々しいっていうか……ねっ」
「そうなんです! キラッキラのイケメンが全員可愛い子を連れていて……」
「私の席なんて両方キラッキラで……」
全員、目が完全にハートだ。
今日のC.Aたちは最年少でも勤続五年は経っている。
ファーストクラスの担当になることも、美形客も、今更珍しくはないはずなのに。
それでも理性が飛ぶほどのイケメン揃い?
まさか!
ただでさえ、ロレーヌ総帥の担当になって緊張しているというのに頭が痛くなる。
「はいはい。その話は後。今は仕事をしなさい。さっさとドリンクを出して」
私は後輩たちに指示を出し、ロレーヌ総帥とお連れさまにジュースをお出しした。
少し待たせてしまったが、お二人は気にする様子もなく、楽しげにグラスを合わせて微笑みあう。
その光景にホッと胸を撫で下ろした。
さっきの後輩たちの言葉が気になって、念のため他の席に目を向けた瞬間、息を呑む。
「えっ……」
本当にどこもかしこもキラッキラのイケメンだらけ。
後方に一人、女性のお客さまがいらっしゃるけれど、それ以外は見渡す限り整いすぎた顔ばかりだ。
芸能人集団?
そう思ったけれど、乗客名簿の職業欄には医師や警察官だったはず。
じゃあ、このキラッキラ集団はロレーヌ総帥の護衛?
すごすぎる……
ロレーヌ総帥の護衛には顔の審査もあるのかしら?
そう思ってしまうほどの美形揃いに、クラクラしてしまいそうになっていた。
それでも仕事はしっかりとしなければ。
自分の仕事を全うし、飛行機は無事に安定飛行に入った。
ここからは、お客さまへのサービスが続く。
けれど、私の担当のロレーヌ総帥とお連れさまには極力近づかない。
何かあればすぐに向かえるようにしながらもギャレーで他の仕事をしていると
「すみません。ちょっといいですか?」
と可愛らしい声が聞こえた。
「はい。お客さま。どうなさいましたか? 何かご入用でしょうか?」
すぐに飛び出して笑顔で声をかける。するとそこには中学生くらいの可愛らしい男の子が立っていた。
確か、このお客さまはロレーヌ総帥の右隣のキラキライケメンの隣に座っていたはず。
「あの……これ、よかったらどうぞ」
差し出されたのは、ピンク色の飴のようなもの。
「これは……?」
「僕のママがくれたんです。これを舐めたら気圧、とかでも頭が痛くならないって。お姉さん、さっき具合が悪そうだったからどうぞ」
まさかさっきふらついていたのを見られていたとは思わなかった。
そもそもお客さまから物をもらうなんて……
お断りしようと思ったけれど、男の子の優しさを無下にしたくなくて、お礼を言って受け取った。
初めてみる飴だけど、ちゃんと密封された個包装だから大丈夫そう。
私はギャレーに戻り、袋を開け、飴を口に入れた。
「えっ……」
甘いいちごミルクの飴を舐めた途端。頭も耳もスーッとするのがわかる。
これ、すごい……っ。
こんな即効性のある飴、初めて……。
貰う時、可愛い男の子の隣でキラッキライケメンの圧がすごくてちょっと怖かったけれど、もらってよかった。
驚いて外に出ると、さっきの子がロレーヌ総帥やお連れさま。それに他のファーストクラスのお客さまの席を回り、飴を配っているのが見える。
やっぱり全員、ロレーヌ総帥の知り合いなんだ。
そう思った瞬間、胸の奥がストンと落ち着いた。
なるほど……
この便は、ただの北海道行きじゃない。
世界のどこよりも安全でどこよりも閉じた場所。
私の役目はその完璧な世界を乱さずに無事に目的地まで運ぶこと。
それ以上でも、それ以下でもない。
私はいちごミルクの飴をコロンと口の中で転がしながら、次のサービスの準備に戻った。
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