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番外編
演奏室へ
「航」
「ユヅル」
俺たちの声に話に夢中になっていた子猫たちがこちらを向く。
話を邪魔されたという表情を向けられたらどうしようか、なんて心配もいらないほど嬉しそうな笑顔で迎えられた。
「祐悟さん、お仕事の話は終わったんですか?」
「ああ。それよりなんだか話が盛り上がっていたな」
航の元に近づき、当然のように寄り添いながら隣に座れば、目をキラキラさせ航が俺を見上げる。
「弓弦くんがヴァイオリンを聴かせてくれるって。今、パピーが準備を整えてくれているみたい」
「そうか、それは楽しみだな。俺も聴かせてもらおう」
ちょうどいいタイミングでジュールさんが準備が整ったと声をかけに来てくれた。
「じゃあ演奏室に案内しましょう」
ロレーヌ総帥が弓弦くんと共に立ち上がり、俺たちを案内してくれる。
「弓弦くんが演奏できるようにそんな部屋があるの?」
「いいえ。この部屋は元々、僕の父が使っていたそうです。中を見たらきっと驚きますよ」
「へぇー、楽しみ!」
航は純粋に楽しみにしているようだが、俺はその演奏室に入れることに興奮してしまう。
なんと言ってもあのニコラ・ロレーヌが使っていた演奏室だ。
ニコラが不運な飛行機事故で亡くなった時には、世界中が悲しみに包まれた。
まさか生涯独身を貫いていたニコラに子どもがいて、その彼とこうして縁を繋げられるとは夢にも思っていなかった。
彼はプロのヴァイオリン奏者ではないが、きっとニコラ・ロレーヌの才能を受け継いでいるに違いない。
「ここですよ」
演奏室の扉が開かれる。
そこにはコンサートホールといっても過言でないほどの広々とした部屋があった。
隣ですごいすごいと大騒ぎする航の横で、俺も心の声が漏れた。
「これは……素晴らしいな」
「さぁ、どうぞ」
想像していた通りの反応だったのか、ロレーヌ総帥が嬉しそうな表情を浮かべて俺たちを中に案内する。
弓弦くんは慣れた様子でステージに上がっていき、俺たちは客席に案内された。
弓弦くんがヴァイオリンケースから取り出したヴァイオリンを見て、思わず目を疑った。
『ロレーヌ総帥、あのヴァイオリン……』
『さすがクラハシ殿。お目が高い。あれはニコラが所有していたストラディヴァリウスの中でも最高峰と言われるヴァイオリンですよ』
『あれは一時期無くなったと噂がありましたよね?』
ニコラが飛行機事故に遭った時に持っていて焼失してしまったのではないかという噂も流れていた。
『ええ。あれは実は、ユヅルの母に託されていたんです。ニコラが生涯で唯一愛した女性・アマネに』
『なるほど……それを弓弦くんが受け継いだというわけですか。それは素晴らしいな』
『あの子は、あのヴァイオリンが数億の価値があるといっても一切目の色を変えませんでしたよ。それどころか、父親と母親の遺品だから大切に使わないと、といって……』
弓弦くんを見つめるロレーヌ総帥の目が優しい。
弓弦くんも航と同じタイプというわけか。
なるほど二人が、仲良くなれるのもわかる気がする。
弓弦くんは指ならしを終えると、笑顔でこちらを向いた。
「航さん、何かリクエストありますか?」
先ほどまでは藤乃さんと呼んでいた弓弦くんだったかいつの間にか名前呼びになっている。
二人で過ごした間にかなり距離が縮まったと見えるな。
それでも心配になることは全くない。
なんせ弓弦くんはロレーヌ総帥にベタ惚れなのがよくわかるし、航も俺しか見えてないからな。
「えっ、リクエスト……祐悟さん、どうしよう?」
あの口ぶりなら大体のものは弾けそうだが、ここはわかりやすいものから弾いてもらうのがいいだろう。
「そうだな。もう直ぐクリスマスだし、クリスマスの曲でも弾いてもらったらいいんじゃないか?」
「あ、それいい!! 弓弦くん、クリスマスの曲聴きたいな」
「はい、わかりました!」
弓弦くんの表情が一気に楽しげになる。
そしてとうとう演奏が始まった。
「あっ! これ、わかる! ジングルベルだ!」
航は嬉しそうにその場で身体を揺らし始めた。
それほどに弓弦くんの演奏は心を惹きつけ、楽しませてくれる。
ヴァイオリンの技巧もなかなかのものだが、それ以上にここまで感情を入れられるのは素晴らしい才能だな。
『クラハシ殿。ユヅルの演奏はいかがですか?』
『いや、ここまでのものとは思いませんでしたよ。さすがあのニコラ・ロレーヌの息子。あそこまで感情を入れられるのは才能ですね』
『ははっ。でしょう? 私なんてユヅルのヴァイオリンにどれだけ煽られたか……』
『煽られた?』
『ええ。私を心から愛していると全身で表現しながらSalut d'amourを弾いてくれた時は、そのまま押し倒しそうになりました』
笑顔で話してくれているが、あの素晴らしい技巧と感情表現で「愛の挨拶」を奏でられたら……。
俺なら絶対に堪えられないな……。
「ユヅル」
俺たちの声に話に夢中になっていた子猫たちがこちらを向く。
話を邪魔されたという表情を向けられたらどうしようか、なんて心配もいらないほど嬉しそうな笑顔で迎えられた。
「祐悟さん、お仕事の話は終わったんですか?」
「ああ。それよりなんだか話が盛り上がっていたな」
航の元に近づき、当然のように寄り添いながら隣に座れば、目をキラキラさせ航が俺を見上げる。
「弓弦くんがヴァイオリンを聴かせてくれるって。今、パピーが準備を整えてくれているみたい」
「そうか、それは楽しみだな。俺も聴かせてもらおう」
ちょうどいいタイミングでジュールさんが準備が整ったと声をかけに来てくれた。
「じゃあ演奏室に案内しましょう」
ロレーヌ総帥が弓弦くんと共に立ち上がり、俺たちを案内してくれる。
「弓弦くんが演奏できるようにそんな部屋があるの?」
「いいえ。この部屋は元々、僕の父が使っていたそうです。中を見たらきっと驚きますよ」
「へぇー、楽しみ!」
航は純粋に楽しみにしているようだが、俺はその演奏室に入れることに興奮してしまう。
なんと言ってもあのニコラ・ロレーヌが使っていた演奏室だ。
ニコラが不運な飛行機事故で亡くなった時には、世界中が悲しみに包まれた。
まさか生涯独身を貫いていたニコラに子どもがいて、その彼とこうして縁を繋げられるとは夢にも思っていなかった。
彼はプロのヴァイオリン奏者ではないが、きっとニコラ・ロレーヌの才能を受け継いでいるに違いない。
「ここですよ」
演奏室の扉が開かれる。
そこにはコンサートホールといっても過言でないほどの広々とした部屋があった。
隣ですごいすごいと大騒ぎする航の横で、俺も心の声が漏れた。
「これは……素晴らしいな」
「さぁ、どうぞ」
想像していた通りの反応だったのか、ロレーヌ総帥が嬉しそうな表情を浮かべて俺たちを中に案内する。
弓弦くんは慣れた様子でステージに上がっていき、俺たちは客席に案内された。
弓弦くんがヴァイオリンケースから取り出したヴァイオリンを見て、思わず目を疑った。
『ロレーヌ総帥、あのヴァイオリン……』
『さすがクラハシ殿。お目が高い。あれはニコラが所有していたストラディヴァリウスの中でも最高峰と言われるヴァイオリンですよ』
『あれは一時期無くなったと噂がありましたよね?』
ニコラが飛行機事故に遭った時に持っていて焼失してしまったのではないかという噂も流れていた。
『ええ。あれは実は、ユヅルの母に託されていたんです。ニコラが生涯で唯一愛した女性・アマネに』
『なるほど……それを弓弦くんが受け継いだというわけですか。それは素晴らしいな』
『あの子は、あのヴァイオリンが数億の価値があるといっても一切目の色を変えませんでしたよ。それどころか、父親と母親の遺品だから大切に使わないと、といって……』
弓弦くんを見つめるロレーヌ総帥の目が優しい。
弓弦くんも航と同じタイプというわけか。
なるほど二人が、仲良くなれるのもわかる気がする。
弓弦くんは指ならしを終えると、笑顔でこちらを向いた。
「航さん、何かリクエストありますか?」
先ほどまでは藤乃さんと呼んでいた弓弦くんだったかいつの間にか名前呼びになっている。
二人で過ごした間にかなり距離が縮まったと見えるな。
それでも心配になることは全くない。
なんせ弓弦くんはロレーヌ総帥にベタ惚れなのがよくわかるし、航も俺しか見えてないからな。
「えっ、リクエスト……祐悟さん、どうしよう?」
あの口ぶりなら大体のものは弾けそうだが、ここはわかりやすいものから弾いてもらうのがいいだろう。
「そうだな。もう直ぐクリスマスだし、クリスマスの曲でも弾いてもらったらいいんじゃないか?」
「あ、それいい!! 弓弦くん、クリスマスの曲聴きたいな」
「はい、わかりました!」
弓弦くんの表情が一気に楽しげになる。
そしてとうとう演奏が始まった。
「あっ! これ、わかる! ジングルベルだ!」
航は嬉しそうにその場で身体を揺らし始めた。
それほどに弓弦くんの演奏は心を惹きつけ、楽しませてくれる。
ヴァイオリンの技巧もなかなかのものだが、それ以上にここまで感情を入れられるのは素晴らしい才能だな。
『クラハシ殿。ユヅルの演奏はいかがですか?』
『いや、ここまでのものとは思いませんでしたよ。さすがあのニコラ・ロレーヌの息子。あそこまで感情を入れられるのは才能ですね』
『ははっ。でしょう? 私なんてユヅルのヴァイオリンにどれだけ煽られたか……』
『煽られた?』
『ええ。私を心から愛していると全身で表現しながらSalut d'amourを弾いてくれた時は、そのまま押し倒しそうになりました』
笑顔で話してくれているが、あの素晴らしい技巧と感情表現で「愛の挨拶」を奏でられたら……。
俺なら絶対に堪えられないな……。
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