息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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二人の食事

車に乗り込み、一慶はエンジンをかける。
助手席の私は、まだマンションで見た二人の笑顔を思い返していた。

「二人の家を見られてよかったですね」

実際に目にしたことで、二人の未来が見えた。
寂しさはもちろんあるが、安心したことも確かが。

「ええ。本当に。自宅ではあまり見ない笑顔を見られてよかったですよ」

一慶の柔らかな表情に、彼もまた安心しているのだと納得する。
静かな車内の窓越しに夕暮れの光が差し込み、穏やかな時間が流れる。

そういえば……

真宙は大我と食事をして帰るのだろう。
久々に一人の食事だが、真宙が出て行ったらそれが日常になるのだろうな。
そんなことを考えて、胸の奥がツンと痛む。
子離れしなければと思いつつも、まだその寂しさに慣れそうもない。
心の中でため息をつく。

「この後、予定ありますか?」

「えっ?」

隣から思わぬ言葉が聞こえてきて、私は少し顔を上げた。

「もしよければ、このまま夕飯をどこかで一緒に食べませんか?」

私の心の奥をそっと覗き込むようなその提案に、一瞬言葉に詰まる。
けれど、先ほど一慶からも「寂しい」という言葉が出たのを思い出すと、彼も同じ気持ちなのだと自然に頷けた。
子どもを必死に育ててきた者同士、寂しさは同じなのだろう。

「そうですね。行きましょうか」

私の言葉に一慶は優しい笑顔を返してきた。

「真人さん。この辺でどこか知っているお店、ありますか?」

「いえ。あまり外食はしていなくて……」

真宙が手料理を喜んでくれるから、ほとんど家で作ってきた。
そのおかげで料理は得意と言えるくらいにはなったが、これから自分のためだけの食事になるのだと思うと、少しだけ寂しくもある。

「これからは外食を楽しめるようになりたいですね」

「なるほど。じゃあ、少し行ったところに雰囲気のいいイタリアンがあるので、行ってみませんか?」

「はい。ぜひ」

一慶は静かに微笑み、ハンドルを握る手に力を込める。
夕暮れの街を走る車内は、外の景色と同じく柔らかい光に包まれていた。

車を走らせること、十数分。
一慶が言っていたイタリアンレストランに到着する。
外観は落ち着いた雰囲気で、テラス席にはほんのりと明かりが灯っている。

「いいお店ですね」

「以前、仕事で来たんですが料理も美味しかったですよ」

やはり会社の代表ともなれば、食事すらも仕事の一部になるのだろう。

二人で店内に入り、案内された窓際のテーブルに座る。
メニューを開き、まず私に見せてくれる。

写真と説明付きのメニューはわかりやすくてありがたい。

「先日来た時はコース料理をいただいたんですが、ここはアラカルトが充実しているので、いくつかとって分けて食べませんか?」

正直この歳になるとコース料理はきついのが本音だったから、シェアして食べるというのを提案してもらって助かる。

「いいですね。おすすめはありますか?」

「コースに入っていたこの白子のフリットとか……こっちの牡蠣のムニエルは美味しかったですよ」

家庭料理では味わえないだろう料理に、思わず喉が鳴る。

「じゃあ、それにしましょう。それからパスタも……あ、蟹がある!」

大好物の蟹を見つけて、つい声を上げてしまった。
一慶がふっと頬を緩めるのが見えて、少し恥ずかしくなる。

「いいですね。私も蟹好きですよ。パスタはこれにしましょうか」

揶揄うこともなく、さらっと受け入れてくれる一慶の懐の広さに心がホッとする。
ノンアルコールのワインと一緒に注文を済ませると、すぐに飲み物が運ばれてきた。

「いただきます」

ノンアルコールのワインを少しずつ口に運びながら、静かに会話を始める。
最初は軽く、仕事の話や店の雰囲気についての雑談だったが、次第に互いの家庭のこと、子どもたちについての話に移っていく。

「二人でいることがすごく自然でしたね」

「ええ。幸せオーラを撒き散らしてましたね」

会話の端々に、自然と笑みがこぼれる。
互いに無理に盛り上げようとせず、ただ話すだけで安心できる時間。
それだけで、胸の奥にあった寂しさが、ほんの少し軽くなるのを感じた。

料理が運ばれてくる。白子のフリットは外はカリッと、中はとろりと濃厚で、口に入れた瞬間、思わず笑みが零れる。
牡蠣のムニエルも、香ばしい香りが鼻をくすぐる。

「うわ、美味しいですね」

「ですね。家庭では味わえない、特別な味です」

ふと、一慶がこちらを見て微笑む。
その視線は、冗談でもなく、気取ったものでもなく、ただ優しい。
その笑顔に、自然と心が落ち着く自分がいた。
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