息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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巣立ちの午後

<side一慶>

息子たちの新居を見にいった日。
食事を済ませた真人を家まで送り届けて、私は自宅に車を走らせる。

真人の家は閑静な住宅街にある、センスの良い戸建だった。
手入れの行き届いた庭は、真人の真面目で丁寧な人柄が伝わってくる。

あの家で息子と二人過ごしてきた真人は、今まさに独りになることを恐れている。
その心の奥にある寂しさが、笑顔の端々に滲んで見えた。

二人の新居を後にした時、思わず口をついた。

――なんだか少し寂しいですね

彼の心を代弁するように告げると、真人は驚いて私を見た。
そして、寂しいと思っているのが自分だけでないと知って安堵しているように見えた。

正直なところ、私は大我が家を出ることが決まってもそこまで寂しくはない。
高校時代から、大我が大学に入って落ち着いたら一人暮らしをするつもりだと話していたからだ。
けれど、その計画を止めて大我が実家に住み続けていたのは、真宙との未来を考えたからに他ならない。

大学に入ってすぐに交際を始めた大我と真宙。
同棲したいと話をした大我に、真宙は自分の家の事情を打ち明けた。
母を早くに亡くし、父と二人だけで育ってきた真宙は忙しい仕事をしながらも愛情深く育ててくれた父親に恩返しをできるようになってから家を出たいと話したのだ。
大我はその思いを汲み、二人で暮らせるようになった時のために実家で暮らし、お金を貯めることにしたのだ。
一人暮らしよりも効率よくお金が貯められる利点もあっただろう。

真宙は父親と同じ公認会計士の道を進み、私の友人がやっている監査法人に就職した。
真人が勤める大手の監査法人よりは小規模だが、その分目も届きやすく真宙が安心して働ける環境だ。
そこで経験を積み、正式に公認会計士として登録されたら、我が社にきてもらう手筈も整っている。
最初から大我とともに私の会社で働く道もあったが、真宙自身がその道を選ばなかった。
「まずは役に立てるようになりたい……」その気持ちを尊重した結果だ。

そして今、無事に独り立ちを果たしたことで、二人はようやく一緒に暮らすことを決めた。

息子たちの未来を見届けた夜、真人の心にあった小さな寂しさを私が埋めてあげられたら……
そんな感情が私に芽生えていた。

<side真人>

真宙の荷物が運び出されたのは、穏やかに晴れた土曜日だった。
段ボールの山が消え、部屋は驚くほど広くなった。
つい昨日まで、そこに確かに生活があったはずなのに……。

「それじゃあ、またすぐ来るから」

玄関先でそう言って、真宙は笑った。
大我の隣に立つ姿は、もう誰かの人生を選んだ男の顔だった。

「無理に来なくていい。自分の生活を大事にしなさい」

そう言いながら、内心ではもう少しだけここにいてくれと思っていた。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響く。

静かだ。

いつもならテレビの音や、シャワーの水音が聞こえていたはずなのに。
リビングに戻ると、ソファの端にぽつんと座る。

ふと、癖で声をかけそうになる。

「真宙、夕飯は――」

そこで止まった。
もう、この家で「おかえり」と言う相手はいないのだと、改めて理解する。

しばらくして空腹を覚え、台所に立ち、味噌汁を作る。
いつもの分量で作ってから、はっとする。

鍋の中身が、やけに多い。

「作りすぎだな」

独り言が、静まり返った部屋に響いた。
そのとき、スマートフォンが震えた。

表示された名前に、指がわずかに止まる。

一慶だ。少し震えながらそっと画面をタップした。

<今日はお疲れさまでした。真人さん、ちゃんと食事はされていますか?>

そんなメッセージに思わず、笑みがこぼれる。

ちゃんと食事は、なんてまるで子ども扱いだ。

<大丈夫です。今、味噌汁を作りすぎて困っているところです>

少しして、返信が来る。

<奇遇ですね。私もどうも量を間違えました>

そんなメッセージと共に、大量に作られた炊き込みご飯の写真が届いた。

一慶も同じなのか。寂しさが一気に笑いに変わる。

この味噌汁を持っていって、一緒に……
そんな考えが頭をよぎる。

いや……でも、それはさすがにおかしいか。
慌ててその考えを振り払おうとすると、もう一度スマホが震えた。

<もし良かったら、作ったものを一緒に食べませんか?>

そのメッセージを目にした途端、私はどくんと胸が震えた。
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