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託された朝
「ん……」
優しい温もりと、落ち着く匂いに包まれて目を覚ました。
夜中に一度も目を覚まさなかったのは、いつぶりだろう。
身体が軽い。頭もすっきりとしている。
それだけで、自分がどれだけ深く眠れていたのかがわかる。
こんなふうに安心して眠れたのは……
ゆっくりと視線をあげると、すぐ近くに一慶の顔があった。
思わず息を呑む。
眠っている一慶は、いつもの隙のない表情とは違って、どこか柔らかい。
ほんの少しだけ緩んだ口元と、穏やかな寝息。
こんな無防備な寝顔を見られるのが自分だけだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
起こしてしまわないように、そっと視線を落とす。
自分の腰に回された腕は、無意識なのか。それとも離したくないのか、しっかりと抱き寄せる形のままだった。
もう少し、このままで……
そう思ってしまう自分に苦笑する。
けれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
ゆっくりとその腕に手を添えて、少しだけ力を緩める。
名残惜しさを感じながらも、できるだけ音を立てないように身体を抜け出した。
布団から出ると、ヒヤリとした空気が肌に触れる。
思わず振り返ると、一慶はまだ静かな寝息を立てていた。
起きる気配はない。
ほっと胸を撫で下ろしながら、小さく息を吐く。
もう少しだけ、寝かせてあげよう。
そう思って静かに部屋を出た。
廊下を歩いてリビングに向かう。
すると、キッチンから小さな物音が聞こえてきた。
真宙かな?
そっと覗いてみると、そこにいたのは大我だった。
「大我くん、おはよう」
声をかけると、大我が振り返る。
一瞬真人を見て、驚いた表情になった気がしたけれど、ふっと頬を緩める。
「お義父さん。おはようございます。今朝は起きてくるなら父のほうだと思ってましたよ」
なんとなく意味深な表情に見えたけど、その意図はよくわからない。ひとまず、一慶がまだ寝ていることを伝えておいたほうがいいか。
「疲れているだろうと思って、わざと起こさなかったんだよ」
「えっ、ああ。そうですか」
その反応にちょっとした違和感を感じつつ、どこか探るような視線を向けられた気がして、少しだけ落ち着かない。
とりあえず、自分もキッチンに入る。
「それよりもそんなところで何を?」
「朝食を作ってるんです。真宙もまだ寝てるんで」
さらりと言われて、少しだけ驚く。
どちらかといえば、真宙のほうが私より早起きだった。
だから、休みの日の朝食作りは真宙のほうが多かったのに。
「珍しいね、真宙が」
「いや、休日前の夜はつい激しくしてしまうんで……俺が朝食を作ることにしたんですよ」
一瞬、大我の言っている言葉の意味が理解できず、そうなのかと頷きかけた、その時、激しくの意味がふっと浮かんできて一気に顔が熱くなる。
そういえば、お風呂も一緒に入るって言ってたな……
思い出した途端、さらに頬が熱くなる。
思わず視線を逸らしてしまうと、大我がクスッと小さく笑った。
「俺たち、新婚なんで……」
「あ、うん。そうだね。わかるよ」
なんとかそう返したものの、声がわずかに上擦ってしまう。
その空気を切り替えるように、大我は手元のフライパンに視線を戻した。
ジュウ、といい音がキッチンに広がる。
「お義父さん。よかったら味噌汁頼んでもいいですか? 真宙、お義父さんの味噌汁好きなんで」
「ああ。わかった」
促されるまま、隣に立つ。
鍋に水を張りながら、ふと横を見る。
手際よく料理を進める大我の姿は、どこか、一慶と重なるものがあった。
「似てるね」
ぽつりとこぼすと、大我が一瞬だけこちらを見た。
「父さんに?」
「ああ。手つきとか、なんとなく……」
そういうと、大我は少しだけ照れたように笑った。
「小さい頃から見てましたからね。嫌でも似ますよ」
その言い方に、親子らしい距離感が滲んでいて、自然と口元が緩む。
そういう時間を重ねてきたんだと、少しだけ羨ましくも思った。
「お義父さん……」
「ん?」
呼ばれて顔を上げると、大我は手を止めずに言葉を続けた。
「父さんのことなんですけど……ああ見えて、不器用なんで、自分のことは後回しにするし、言葉も足りないし……でも、思ってることは全部本気です」
大我の言葉に、昨夜の一慶の言葉や腕の温もりが思い出される。
「そうだね」
小さく頷きながら答えると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「だから……」
ほんの一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、
「父さんのこと、よろしくお願いします」
そう言って、軽く頭を下げた。
その託された、という感覚がなんだかとてもくすぐったい。
でもすごく嬉しかった。
「分かりました。でも私のほうこそ、だよ」
そう答えると、大我は手を止めて、少しだけこちらを見た。
「あと」
「はい?」
今度はほんのわずかに、口元が緩む。
「父さん、たぶん真人さんのことになると、普通じゃなくなるので」
「えっ……」
「そこだけは、覚悟しといてください」
それだけ言うと、また何事もなかったように調理に戻る。
私はその場で固まったまま、小さく息を吐いた。
普通じゃなくなるって……
その言葉に、なぜかドキドキが止まらなかった。
優しい温もりと、落ち着く匂いに包まれて目を覚ました。
夜中に一度も目を覚まさなかったのは、いつぶりだろう。
身体が軽い。頭もすっきりとしている。
それだけで、自分がどれだけ深く眠れていたのかがわかる。
こんなふうに安心して眠れたのは……
ゆっくりと視線をあげると、すぐ近くに一慶の顔があった。
思わず息を呑む。
眠っている一慶は、いつもの隙のない表情とは違って、どこか柔らかい。
ほんの少しだけ緩んだ口元と、穏やかな寝息。
こんな無防備な寝顔を見られるのが自分だけだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
起こしてしまわないように、そっと視線を落とす。
自分の腰に回された腕は、無意識なのか。それとも離したくないのか、しっかりと抱き寄せる形のままだった。
もう少し、このままで……
そう思ってしまう自分に苦笑する。
けれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
ゆっくりとその腕に手を添えて、少しだけ力を緩める。
名残惜しさを感じながらも、できるだけ音を立てないように身体を抜け出した。
布団から出ると、ヒヤリとした空気が肌に触れる。
思わず振り返ると、一慶はまだ静かな寝息を立てていた。
起きる気配はない。
ほっと胸を撫で下ろしながら、小さく息を吐く。
もう少しだけ、寝かせてあげよう。
そう思って静かに部屋を出た。
廊下を歩いてリビングに向かう。
すると、キッチンから小さな物音が聞こえてきた。
真宙かな?
そっと覗いてみると、そこにいたのは大我だった。
「大我くん、おはよう」
声をかけると、大我が振り返る。
一瞬真人を見て、驚いた表情になった気がしたけれど、ふっと頬を緩める。
「お義父さん。おはようございます。今朝は起きてくるなら父のほうだと思ってましたよ」
なんとなく意味深な表情に見えたけど、その意図はよくわからない。ひとまず、一慶がまだ寝ていることを伝えておいたほうがいいか。
「疲れているだろうと思って、わざと起こさなかったんだよ」
「えっ、ああ。そうですか」
その反応にちょっとした違和感を感じつつ、どこか探るような視線を向けられた気がして、少しだけ落ち着かない。
とりあえず、自分もキッチンに入る。
「それよりもそんなところで何を?」
「朝食を作ってるんです。真宙もまだ寝てるんで」
さらりと言われて、少しだけ驚く。
どちらかといえば、真宙のほうが私より早起きだった。
だから、休みの日の朝食作りは真宙のほうが多かったのに。
「珍しいね、真宙が」
「いや、休日前の夜はつい激しくしてしまうんで……俺が朝食を作ることにしたんですよ」
一瞬、大我の言っている言葉の意味が理解できず、そうなのかと頷きかけた、その時、激しくの意味がふっと浮かんできて一気に顔が熱くなる。
そういえば、お風呂も一緒に入るって言ってたな……
思い出した途端、さらに頬が熱くなる。
思わず視線を逸らしてしまうと、大我がクスッと小さく笑った。
「俺たち、新婚なんで……」
「あ、うん。そうだね。わかるよ」
なんとかそう返したものの、声がわずかに上擦ってしまう。
その空気を切り替えるように、大我は手元のフライパンに視線を戻した。
ジュウ、といい音がキッチンに広がる。
「お義父さん。よかったら味噌汁頼んでもいいですか? 真宙、お義父さんの味噌汁好きなんで」
「ああ。わかった」
促されるまま、隣に立つ。
鍋に水を張りながら、ふと横を見る。
手際よく料理を進める大我の姿は、どこか、一慶と重なるものがあった。
「似てるね」
ぽつりとこぼすと、大我が一瞬だけこちらを見た。
「父さんに?」
「ああ。手つきとか、なんとなく……」
そういうと、大我は少しだけ照れたように笑った。
「小さい頃から見てましたからね。嫌でも似ますよ」
その言い方に、親子らしい距離感が滲んでいて、自然と口元が緩む。
そういう時間を重ねてきたんだと、少しだけ羨ましくも思った。
「お義父さん……」
「ん?」
呼ばれて顔を上げると、大我は手を止めずに言葉を続けた。
「父さんのことなんですけど……ああ見えて、不器用なんで、自分のことは後回しにするし、言葉も足りないし……でも、思ってることは全部本気です」
大我の言葉に、昨夜の一慶の言葉や腕の温もりが思い出される。
「そうだね」
小さく頷きながら答えると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「だから……」
ほんの一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、
「父さんのこと、よろしくお願いします」
そう言って、軽く頭を下げた。
その託された、という感覚がなんだかとてもくすぐったい。
でもすごく嬉しかった。
「分かりました。でも私のほうこそ、だよ」
そう答えると、大我は手を止めて、少しだけこちらを見た。
「あと」
「はい?」
今度はほんのわずかに、口元が緩む。
「父さん、たぶん真人さんのことになると、普通じゃなくなるので」
「えっ……」
「そこだけは、覚悟しといてください」
それだけ言うと、また何事もなかったように調理に戻る。
私はその場で固まったまま、小さく息を吐いた。
普通じゃなくなるって……
その言葉に、なぜかドキドキが止まらなかった。
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