息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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隣にいる朝

<side一慶>

静かにクローゼットの扉を開ける。
さっき届いたばかりの服を、一着ずつ丁寧に掛けていく。
色も形もばらばらなはずなのに、不思議とどれも同じ空気を纏っているように見えた。

真人に似合う。
ただそれだけを基準に選んだ結果だ。

スーツも丁寧に掛けていく。
五セットあれば、とりあえず週末の旅行までは着替えに困ることはないだろう。

このスーツに、私のネクタイ。
それを身につけて職場に立つ真人を想像して、わずかに口元が緩む。
真宙に、真人のことを連絡してきた同僚の彼は、きっとすぐに何かあったと気づくに違いない。

まだ真人の全てを手にしたわけではないが、私という存在を見せつけるにはちょうどいい。


食事と風呂を済ませて、真人を私のベッドに連れていく。
遠慮されそうになったが、ここで引き下がるわけにはいかない。

「何もしません」

そう言った以上、守るつもりではいる。
少なくとも、今は。

隣で横になると、
緊張しているのか、真人はしばらく緊張した様子で天井を見ていたが、やがて静かに眠りに落ちた。
規則正しい呼吸。無防備な寝顔。そっと距離を詰める。
肩が触れ合うその位置まで来て、指先が止まる。

触れたい……

思っていた以上に、その衝動は強かった。
だが、真人にとって安心して眠れる場所でありたい。
今はまだ信頼を失うわけにはいかない。

すると、真人の身体がわずかに動いた。
意識のないまま。こちらへ寄ってくる。
気づけば、私の腕の中にすっぽりとおさまっていた。
安心したように眠る真人を見て、思わず笑みがこぼれる。

「無防備すぎるでしょう……」

小さく呟きながら、その温もりを抱き止める。
起きている時はあれほど遠慮がちなのに、眠ってしまえばこんなにも素直だ。

「このままでは、私のほうが冷静でいられそうにないな」

自嘲気味に呟きながらも、今のこの温もりを手放す気にはなれなかった。

朝は、早く起きるとしよう。

そうすれば、何もなかったように振る舞える。

それまではこの幸せをゆっくり味わっておこう。

<side真人>

ふわり、といい香りがした。

ゆっくりと意識が浮かび上がる。
瞼を開けると、見慣れない天井……ではなく、一慶の部屋の景色が目に入った。

「あ……」

昨日の夜、同じベッドに並んで眠ったことを思い出す。
本当に一慶がいると、よく眠れる。
一度も目が覚めなかったことに驚いた。
隣に視線を向ける。

いない……

ほんのわずかに残る温もりが、そこに一慶がいたことを示している。

「もう、起きてるのか……」

ゆっくりとベッドから降りて、部屋の扉を開ける。
階下から包丁の音、何かを焼く音が聞こえてきた。
温かな、家族の音のように感じて、嬉しくなる。

階段を下り、リビングの扉を開ける。
キッチンにいるエプロン姿の一慶が見えた。

「おはようございます」

いつも通りの穏やかな笑顔を向けられて、ほっとする。

「お、おはようございます」

一緒に寝たことを思い出してしまい、うまく目を合わせられない。
そんな私の様子に気づいているのかいないのか、一慶は自然な動きで皿を並べていく。

「もうすぐできるので、顔を洗ってきてください」

「あ、はい」

言われるままに洗面所へ向かい、鏡を見る。
ここしばらく寝つきが悪かったせいでクマができていたけれど、それもすっかり薄くなっていた。

「やっぱり、一緒に寝たのがよかったんだろうな……」

小さく呟いて、顔を洗う。

ちょっと照れるけど、頭は驚くほどすっきりしている。

リビングに戻ると、テーブルには朝食が並んでいた。

焼き魚に味噌汁。卵焼き。
どれも美味しそうだ。

「いただきます」

向かいに座り、手をあわせる。
やっぱり一人より、一緒に食べる相手がいると安心する。

「お弁当も作ってありますから、後でお渡ししますね」

「えっ、本当に作ってくれたんですか?」

「もちろんです。昨日の残りも活用しましたよ」

「すみません。ありがとうございます」

朝食だけでなくお弁当も作ってもらって……
申し訳なさと嬉しさが入り混じって、うまく言葉にならない。

「真人さんと同じものを食べられると思うと嬉しくて、張り切ってしまいました」

さらりとそう言われて、思わず箸が止まる。

「そんな……」

「本当ですよ。この卵焼きも入れておいたので、楽しみにしていてください」

私が、一慶の作る卵焼きを気に入っていたことに気づいていたみたいだ。
その心遣いも嬉しい。

食事を終え、片付けを手伝おうと立ち上がると、

「そのままで大丈夫ですよ。先に着替えてください」

とやんわり止められる。

「でも……」

「これくらいすぐに終わりますから」

そう言われて、先に寝室に上がる。

いつの間に用意してくれたのか、さっき私が部屋から出る時にはなかったが、ベッドの上に綺麗に整えられたスーツが置かれていた。

シャツもネクタイも、ベルトまで一式揃っている。

そっと手に取り、シャツに袖を通す。

「すごいな……」

まるで誂えたように身体に馴染む。

ネクタイを手に取ったところで、ふと手が止まった。

「あれ、これ……」

これだけ新品じゃない。
自分のものでもないとすれば……

「一慶さんの、か」

小さく呟いたその時、

「お手伝いしましょうか?」

背後から声がして、思わず振り返る、

いつの間にか、すぐ後ろに一慶が立っていた。
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