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「うわっ、さむっ」

暖房の効いてない廊下に出ると、部屋の中なのに白い息が出る。
顔が火照ってるからまだマシだけど、クリスさんはこの寒さに慣れるだろうか……。
着替えはちょっと厚手のものにしておいた方がいいな。

廊下の奥にある窓もない小さな収納部屋を開けると、たくさんの荷物が段ボール箱に入ったまま山積みになっている。
とりあえずあっちから詰めるだけ詰めて持ってきたはいいけど、片付ける暇がなかったんだよね。
あーあ、ちゃんと片付けておけばよかった。

確か、父さんの荷物はこっちに置いたよね。

荷物をかき分けながら高く積まれた段ボールの側面を見ていくと、<父・衣類>と書かれた段ボール箱を見つけた。

「あった!」

宝探しの宝でも見つけたように嬉しくなる。

確かまだ袖を通してないままの服もあったはず。
箱を下から引き抜いてベリベリとガムテープを外して開けると、

「――っ!!」

ふわりと懐かしい実家の匂いがした。
その匂いを嗅いだだけで涙が込み上げてくる。

父さん……母さん……。

二人がいなくなったことがまだ受け止められていないんだ。
だから、いつまでも片付けられないんだよな。


「くっ――! ダメだ。思い出してる場合じゃない! クリスさんが待ってるんだから!」

自分を必死に奮い立たせて、急いで箱の中から父さんの服をいくつか取り出し、逃げ出すように外に出て扉を閉めた。

使っていないとはいえ、段ボール箱にしまったままの服だけどとりあえず今日はこれで我慢してもらうしかないな。
明日はちょうど休みだし、彼の必要なものを買ってくるとしよう。
バイト代をもらったばかりの時で本当によかった。

「あの……クリスさん、よかったらこれを着てください」

「これは……私が着ても良いのか?」

「はい。父の服ですけど、まだ着ていない服なので大丈夫です。クリスさんには少し小さいかもしれないですけど、僕の服よりはまだ着られるはずですよ」

「ありがとう。助かる」

「あ、でも着替える前に身体を流した方が良さそうですね。怪我してるのでシャワーにしておきましょうか」

「ここに、風呂もあるのか?」

「はい。小さいですけどお風呂はちゃんとありますよ」

着替えとバスタオルを用意して、クリスさんをお風呂場に案内すると彼は茫然と立ち尽くしていた。

「ここが……風呂?」

あまりにも小さいお風呂でびっくりしたんだろうか?
そういえば、彼は騎士団長だと言っていた。

騎士団長がどれだけの身分なのかはわからないけれど、僕みたいな一般庶民とは確実に違うんだろうと言うことは察せられた。

「すみません、小さなお風呂で。でも、お湯は出ますから安心してください」

「あ、いや。そういう意味では……」

「ふふっ。気を遣われなくて大丈夫ですよ。それよりもここは暖房が効かないので、ずっと立ってたら風邪ひいちゃいます。早くお風呂に」

そう言って、クリスさんの服を脱がせようとシャツのボタンを外そうとすると、ギュッと手を握られ焦ったように止められてしまった。

「――っ! 自分で脱げるからトモキの手伝いはいらぬ」

「えっ? でも、身分の高い人はお世話役の人に着替えも全てやってもらうのでしょう? それに今は怪我だってしているんだしお手伝いは必要ではないですか?」

映画や小説とかだとそんなイメージがある。
だからきっと騎士団長のような身分の高い彼もそうだと思ったのに……。

「確かに幼な子の時ならば、そういうこともあろうが私は騎士団に所属しているのだ。野営で皆と共に風呂にも入れば、着替えも己でする。私の世話は必要ない」

「へぇー、そんなものですか」

「其方の知識はどこからきておるのだ? もしや、そういった世話をしているものがいるのか?」

「いいえ、そんな人いませんっ! 騎士団長さまって身分が高そうだからそう思っただけです。あの、じゃあ怪我に気をつけて服を脱いでこっちにきてください」

「来てください、とは……トモキも一緒に入るというのか?」

「えっ、だって……シャワーとかお風呂の使い方とかわからないかと思って、説明しながら身体を流そうかと思っただけですけど……ダメ、でしたか?」

「身体を……トモキが……私の、身体を……」

クリスさんは突然僕を見つめたままぶつぶつと何かを呟いている。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「えっ、ああ、いや。大丈夫だ。一人で入れるから、問題ない」

「でも……」

「大丈夫だと言っているだろう」

「わかりました。じゃあ、使い方だけ。あの、これをこっちに回したらお湯が出ます。あと、こっちが身体を洗うための石鹸のようなものです。上を押したら出ますから。ほら、こうやって……」

実際にボディーソープのポンプを押して見せると、

「おおっ! 素晴らしいな」

と目を輝かせていた。

「こっちが髪を洗う用のものです。こっちも押したら出ますから」

「わかった」

「あの、できるだけ傷口のあたりにはお湯が当たらないように気をつけてくださいね」

わかったと大きく頷くクリスさんを残して、僕はお風呂場を出た。

ちゃんと入れるか心配になりつつも、とりあえず食事の支度を始めることにした。
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