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明日への希望
危惧していたアマネの両親……実のところはもうなんの関係もない他人になっていたが……がこの家にやってきた。
ユヅルが眠っている間に追い払おうと思ったが、この争いの声が聞こえたのか、ユヅルに見られてしまった。
その結果、ユヅルは全ての事実を知ることになったが、それほどショックを受けている様子は見られなかった。
逆に、アマネの胎内にいたユヅルを殺めようとした者たちと自分に血縁関係がなかったことを安堵しているようにも見えた。
やはり胎児だったとはいえ、自分を殺そうとしたものが祖父母でなくてよかったと思うのは当然のことだろう。
これでますます日本への思いも断ち切ることができ、ユヅルは心置きなくフランスへと旅立てる。
それが嬉しくて、私はユヅルが風呂に入っている間にビジネスパートナーであり、個人的にも仲の良いアヤシロにメッセージを送った。
そもそも今回の来日の目的はアヤシロの会社との新しい最先端医療機器開発プロジェクトのため。
その最終日にユヅルからの電話を受けた。
95%は終わっていた話し合いの残りをアヤシロに託し、私はユヅルの元へ飛んだのだ。
アヤシロが快く私を行かせてくれたからこそ、私はユヅルをこの腕に抱くことができた。
そのお礼と報告、そしてプロジェクトの進行状況も聞こうとメッセージを送ったのだ。
するとすぐにアヤシロから連絡が来た。
それが電話だったことに驚きつつ、電話をとるといつものアヤシロとは比べ物にならないほどのハイテンションで捲し立ててきた。
ーロレーヌ、恋人ができたって本当なのか?
ーははっ。そこに驚いて電話してきたのか。ああ、本当だとも。
ーあんなに人に関心なかったロレーヌが信じられないな。
ーそれはアヤシロ、君も同じだろう?
ー恋人は、あの時の電話の相手なのか?
ーああ、なんでわかった?
ーいや、わかるよ。あの時から蕩けるような甘い声出してたし。ロレーヌの大事な子なんだろうなとは思ってた。そもそも、仕事中にロレーヌが電話受けるなんてあり得ないだろう?
ー確かにそうだな。あの電話をずっと待ち望んでいたからな。
ーロレーヌとの話が途中で終わったのは残念だったが……明日東京に戻るんだろう?
ーああ。明日東京に戻って、翌日フランスに帰るよ。君とは途中で別れてしまったが、まぁ有意義な時間は過ごせただろう?
ーいや、あの後、いつものように俺の可愛い佳都の話をしようとしてたんだぞ。時間があるなら明日会いに行ってもいいか?
ーははっ。ああ、そうだな。会えるなら嬉しいよ。次に東京に来るのは少し空きそうだからな。
ー佳都にも会わせたいし、どうだ? 本当に会わないか?
ー喜んで会いにいくよ。ああ、楽しみにしてる。待ちきれないな。
ーロレーヌは本気でその子が好きなんだろう?
ーああ、もちろん。私の全てだ。愛してるよ。
ーはいはい。ごちそうさま。じゃあ、明日空けとくから時間決まったら連絡してくれ。
わかったと言って電話を切った瞬間、突然私の耳にユヅルの泣き声が入ってきたんだ。
慌てて振り向くと、ユヅルがリビングと廊下の境界でしゃがみ込んで泣いていた。
アマネの葬儀を終えてすぐにあのような者たちと関わって辛い事実を知ったのだ。
情緒不安定になっても仕方がない。
私はユヅルに駆け寄り、抱きしめるとユヅルの身体は風呂上がりだというのにもうすでに冷たくなりかけていた。
何かユヅルが泣くような理由があるのなら知りたいと尋ねたが、ユヅルは大粒の涙を溢しながら何か言いたげに私を見るだけ。
一体その小さな胸で何を苦しんでいるのだろう。
涙に身体を震わせるユヅルをそっと抱き上げ、ソファーへと腰を下ろすとユヅルの冷え切った身体に自分の上着をかけた。
返って嫌な思い出をさらに思い出させるかもしれないと思いつつ、さっきのことを思い出して泣いているのかと尋ねると、ユヅルは一瞬キョトンとした顔をみせ、顔を横に振った。
ならば、アマネのことを思い出したのか……。
最期の別れをしたばかりだ。
それは無理ないな。
そう思っていたのだが、ユヅルは震える声で『さっきの電話』と絞り出した。
電話?
ああ、アヤシロと話していたアレか。
会議を途中で抜け出てユヅルのもとに駆けつけたから、アマネの葬儀が無事に終わった報告を兼ねて、その後の仕事状況を聞くのに連絡したら、電話がかかってきたのだと話をすると、目を丸くして私を見つめていた。
その表情を可愛いなと思いながら、アヤシロにユヅルというmon lapinが現れた話をしたところ、アヤシロの可愛いうさぎとユヅルを会わせたいと言われ、明日東京で会う約束をしたのだというと、ユヅルは突然謝罪の言葉を口にした。
なぜだ?
ユヅルが謝ることなど何もないのに。
勝手に約束してしまったのは私なのに……。
いつもアヤシロに惚気られていたから私も見せびらかしたと思ってしまった私のわがままなのに……。
ところが、ユヅルは
「僕……エヴァンさんに東京に恋人がいるんだと思って……」
と謝罪の理由を教えてくれた。
どうやら、私が電話口で話していた言葉を勘違いしてしまったようだ。
そういえば、確かに愛してるとは言ったな。
早く会いたいとも……。
それは全てアヤシロに向けての言葉ではなかったのだが勘違いされても仕方ないかもしれない。
だが、そう受け取ってしまうほど私はユヅルに信用されてないのか……。
それが地味にきつかった。
これほどの愛をぶつけているというのに、私の真剣な思いはユヅルには伝わっていなかったのか……。
いや、そう思わせてしまう私が悪いのだ。
大人の私がユヅルが安心できるようにもっともっと愛情を見せるべきだったのだ。
ユヅルの泣き腫らした目が私の心を突く。
ああ、この子はこんなに泣くほど私を好きでいてくれているのか……。
ならば、私もユヅルへの愛情を見せるだけでなく、きちんと言葉で伝えるべきではないか。
本当はユヅルへの愛はここではない、別の場所で言おうと思っていた。
私が生涯を通してユヅルにだけするプロポーズはもっと華やかな場所で指輪と花束を持って……そう考えていた。
だが、場所よりも何よりも、今ユヅルに伝えなければいけない。
私がユヅルだけを愛しているのだと。
「ユヅル……フランスでは、同性婚が認められているんだ。だから、私はフランスに帰ったら……ユヅルと結婚して正真正銘の夫夫になりたいと思ってるもう私はユヅルを手放したくないんだ。それくらい、ユヅルを心から愛してる。だから、私と結婚してずっとそばにいてほしい……」
私の言葉にユヅルが驚きの表情を見せる。
まだ高校生のユヅルには、ずっとそばにいてほしい……という言葉は重すぎるかもしれないな。
だが、ユヅルへの思いを軽い気持ちでは伝えられないんだ。
「今すぐに返事が欲しいなんて言わない。だが、私の思いだけは知っていて欲しいんだ。明日……東京に戻ったら、答えを聞かせて欲しい。いい?」
明日答えをなんて急がせすぎかもしれないが、フランスで新しい生活を始めるためにも東京でユヅルとの関係を先に進めたい。
そんな邪な思いも孕みつつ告げると、ユヅルは私の目を見てしっかりと頷いてくれた。
とりあえず今すぐに断られなかったことに安堵しながら、ユヅルを寝室へと連れて行った。
ここでの最後の夜が、まだ明日への希望を持ったものであることに感謝しながらユヅルの頬にキスをして、スッと眠りにつくユヅルをいつまでも見つめていた。
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