大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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葛藤の末に

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支度部屋に近づくと部屋の前に、私が手配したヘアメイクの女性たちが並んでいるのが見える。

セルジュとジュールがこの日のためにしっかりと吟味して選んだ女性たちだから、我々に対してはもちろん、ユヅルたちにおかしな真似をすることは絶対にないだろう。

この中でも一番年上のクララは、二十歳やそこらで親に無理やり政略結婚させられ子を身籠ったものの、相手の不貞により離婚。
そのせいで親からも勘当され、一人で子どもを育てながらヘアメイクの勉強を続け、フランスでトップのヘアメイクアーティストとなった経歴を持つ。

元々女性にしか恋愛感情を持てなかったようで、今はパートナーの女性と自分の子どもと三人で家族として生活していると聞いている。
その子がちょうどユヅルたちと同じ年だということで、ユヅルたちに親近感を持ってくれているようだ。

ソラの担当は、そのクララの一番弟子。
彼女もまた同性のパートナーがいて、先日結婚したばかりだと聞いている。
結婚式のヘアメイクには一番自信があるそうで、ソラの写真を見てからずっとどんなメイクが映えるか、どんなヘアスタイルにしようかと寝る間を惜しんで考えてくれていたようだ。
彼女ならきっとユウキが大喜びするほど、ソラの美しさを引き出してくれることだろう。

リオの担当をさせる女性は、正直言ってユヅルよりも神経を使った。
なんと言っても人一倍辛い経験を持つリオだ。
せっかくの結婚式にリオが何か辛い過去を思い出すようなことがあってはならない。

ミヅキがリオに辛い思いをさせないように過保護と言われるほど溺愛しているのは、ミヅキに会う前からアヤシロからも聞いていたし、本人からもリオのことをくれぐれもお願いしますと言われていたから、リオの担当はミヅキにも選定を頼んでいた。

そして、たくさんの審査を乗り越えてリオの担当に選ばれたのが、ミアだ。

彼女はミシェルと同じ孤児院にいた女性で、ミシェルとは姉弟のように育ったという。
ミシェルが私たちにスカウトされ、孤児院を出ることになった時も涙を流して喜んでいた。
その後彼女は独学でヘアメイクを学び、必死に働き、単身でアメリカに渡り、ハリウッド女優のヘアメイクを担当するまでになったようだ。

ミシェルとは孤児院を出てからも交流を続けていて、ヴァイオリンの演奏会でアメリカに渡った時は会いに行ったりもしていたらしい。
セルジュもミアとは何度も会っていて、彼女の為人には珍しく太鼓判を押していた。

そういうことだから、今回ユヅルが友人と共にフランスで合同結婚式を挙げることになり、ミシェルとセルジュが彼女を推薦したのだ。

友人だからという理由だけでなく、ミアのヘアメイクの腕ももちろんだが、面倒見が良く、何よりもこちらが照れてしまうほどラブラブな旦那がいるのだ。
決して、ミヅキはもちろんリオに何かおかしな真似をすることはないとセルジュとミシェルが二人揃って言い切るほど、仲睦まじい夫婦なのだ。

そんなミアだからリオも、そしてミヅキも安心できることだろう。

それぞれの担当者を紹介すると、リオは自ら挨拶に行っていた。
この三人は皆日常会話程度の日本語なら話せると言うから、リオともうまく話ができているようだ。
リオのあの嬉しそうな表情、そして安堵の表情を見せるミヅキを見て、私も胸を撫で下ろした。

「あ、あの、えっと……ユヅルです。今日はよろしくお願いします」

ユヅルはクララに笑顔で挨拶をする。
クララの目には自分の息子のように映ったことだろう。

クララの微笑みがとても優しい。
その笑顔にユヅルもホッとしているように見えた。

ミヅキとユウキがそれぞれ愛しい伴侶と共に支度部屋に入ったのを確認して、私もユヅルと共に部屋に入る。
ユヅルに今日のために仕立てたドレスを見せたくて、最初は二人で部屋に入った。

奥の部屋に連れて行くと、大きな鏡が壁一面に設置されていることに驚いているようだ。
だが、この部屋ならユヅルの姿を全方向から見ることができる。
もちろんユヅルには内緒だが、この部屋にはカメラもつけられている。

それはもちろんミヅキたちの部屋も同様で、その映像は全て挙式後にミヅキたちに記念として渡す手筈となっている。

ユヅルがドレスを着てくれることは、これが最初で最後かもしれないのだから、撮影は当然だろう。

壁一面の鏡の前でユヅルと唇を重ねる。
もっと深いところまで味わいたいが、それは夜まで辛抱するとしよう。

ゆっくりと唇を離し、

「ユヅル、これがユヅルのために私が仕立てた今日のためのドレスだ」

とカーテンの奥に隠していたドレスを披露する。

「わぁーっ!! すごいっ!!! エヴァンさんっ! 僕、このドレス気に入りました!! 首も腕も隠れてるから安心して着られそう」

その場で飛び跳ねそうなほど喜んでくれるユヅルの姿に、嬉しさが込み上げる。

ユヅルの綺麗な肌ならば、せっかくドレスを着るのだから首も鎖骨も腕も背中も本当は見せるべきなのだろう。
だが、どうしてもそれだけはできなかった。

ドレスは着せたい。
でも、肌は晒したくない。

そんな私の葛藤と戦いながらようやく完成したのがこのドレスだった。
柔らかく薄いレース生地はユヅルの綺麗な肌を感じさせつつ、決して晒しはしない。
それが何よりも重要なポイントだったのだ。

せっかくのドレスなのに……とユヅルががっかりしないかと心配したが、ユヅルが逆にそれがいいと喜んでくれた。
私のこの数ヶ月の苦労が報われた瞬間だった。

「ユヅル、呆れたか? 一生に一度のドレスでもこんなに狭量な私を嫌になってはいないか?」

念の為、そう尋ねるとユヅルは私への愛を甘い唇で感じさせてくれた。
ああ、ユヅル……私は幸せだ。
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