152 / 177
大切な場所
「ちゅー、ないと、おきれない……っ」
まだ寝ぼけているのか、それとも朝の儀式なのか、ソラはユウキとのキスを望んでいるようだ。
ここでしなければソラを傷つける。
それは旦那としてあるまじき行為。
ユウキは観念したのか、くるりと後ろを向いて、誰にもキスをするソラの顔を見られないようにキスを与えていた。
嬉しそうに笑うソラを抱きかかえたままこちらを向くと、目が覚めたソラはようやく今の状況に気づいたようだ。
リオが無邪気な笑顔を見せながら駆け寄り、
「ふふっ。仲良しさんだね」
と声をかけると恥ずかしそうにしていたが、
「風邪ひいてるから無理しちゃダメだよ」
と続けられた言葉に困惑しているようだった。
それはそうだ。
ソラは風邪など引いていないのだから。
ユウキは慌てたように二人の会話を遮り、朝食へと誘う。
まぁここはユウキに乗ってやるとするか。
私も続けてみんなにダイニングルームに行こうと声をかけ、ジュールにも
『朝食の支度を頼む』
というと、すぐに支度に取り掛かった。
皆で食べる最後の食事だ。
きっと張り切って準備してくれるだろう。
ユヅルを抱き上げると、一瞬何かを言いたげだったがそれを止めたのは視線の先にソラがいたからだろう。
ソラだけがずっと抱きかかえられたままだと恥ずかしがると思ったのだろうな。
本当に周りを見て行動ができる子だ。
ユヅルは私にだけ聞こえる声で、
「空良くん、喉が掠れて痛そうだから、ショコラショーはやめておいた方がいいかな?」
と聞いてきたが、その心配はない。
ソラの主治医であるユウキがついているから任せておけば大丈夫だと告げると、安心したように笑って見せた。
話題を変えるように、ユヅルに風邪の時に何か特別なものを食べたり、飲んだりしていたのかと尋ねると、ユヅルは少し悩んで、蜂蜜レモンと答えた。
蜂蜜にレモンを数滴垂らしてお湯を注ぐ。
とてもシンプルな飲み物だが、これがユヅルにとっての思い出の飲み物なのだろう。
アマネは貧しいながらもユヅルを愛情たっぷりに育て上げてきたのだな。
ユヅルが風邪気味になったらすぐにそれを用意してあげよう。
ジュールにも伝えておかなければな。
フランスに来て初めての冬を迎え、体調を崩すかと思ったが今のところはユヅルが苦しい思いをしたことは一度もない。
屋敷内で空調を整えているし、何より栄養バランスが整った食事をジュールが用意してくれているのだから、当然か。
この屋敷にいるもの全てがユヅルの健康を気遣っているのだからな。
いつまでもユヅルには笑顔でいてもらいたい、それだけだ。
ダイニングルームに入り、それぞれの席に着く。
そのタイミングでジュールが焼きたてのクロワッサンを運んできた。
リオはすっかりこのクロワッサンが気に入ったようで、嬉しそうな笑顔を見せている。
きっと日本でも食べたいと言い出すかもしれない。
ジュールがユヅルのところにショコラショーを運んできた時に、そっとクロワッサンのレシピをシャルルから聞いてくるようにと指示を出した。
それをミヅキに教えてやれば料理上手なミヅキのことだ。
きっとクロワッサンもリオへの愛で美味しく焼き上げることだろう。
「めるしぃ、ぱぴー」
ショコラショーを運んできたジュールにリオが可愛らしい発音でお礼を言う。
この光景が見られるのも今日で最後か。
私以上にジュールも感慨深そうに見つめている。
寂しさもひとしおだろうな。
「ではいただこうか」
私の言葉に一斉にクロワッサンに手が伸びる。
だが、焼きたてで熱いから手を伸ばすのはみんな、昨夜狼の姿になったものだけ。
焼きたてのクロワッサンを一口サイズにちぎり、口へと運ぶ。
幸せそうなユヅルの表情に私も嬉しくなる。
いいや、私だけではない。
みんな愛しい伴侶のその表情が見たくて、食べさせるのだ。
バターたっぷりのクロワッサンの後は甘いショコラショー。
ユヅルが飲みたいと思ったタイミングで口へ運ぶ。
もちろん火傷をしないようにふうふうと冷ましてあげてから。
この幸せな時間を堪能しながら、私も焼きたてのクロワッサンを楽しんだ。
「ふぅ、もうお腹いっぱい」
「ふふっ。それならよかった」
ユヅルにしては珍しくクロワッサンを三つも食べたからな。
きっとみんなが一緒だったのが、食欲をそそったのだろう。
空港に向かうまではもうしばらく余裕がある。
みんなで集まって会話を楽しむ間に、ジュールから渡されたレシピをミヅキに渡した。
『ミヅキ、良ければこれを』
『これは……』
『リオが気に入っていたクロワッサンのレシピだ。これであちらに戻っても焼きたてが食べられる。ミヅキの手作りなら、リオも喜ぶだろう』
『ありがとうございます、ロレーヌ。シャルルさんには敵わないでしょうが、作ってみますよ』
『ああ、日本に帰ってもフランスを思い出してくれ』
『ロレーヌ……もちろんですよ。私たちの大切な場所ですから』
ミヅキのその言葉が私は嬉しかった。
まだ寝ぼけているのか、それとも朝の儀式なのか、ソラはユウキとのキスを望んでいるようだ。
ここでしなければソラを傷つける。
それは旦那としてあるまじき行為。
ユウキは観念したのか、くるりと後ろを向いて、誰にもキスをするソラの顔を見られないようにキスを与えていた。
嬉しそうに笑うソラを抱きかかえたままこちらを向くと、目が覚めたソラはようやく今の状況に気づいたようだ。
リオが無邪気な笑顔を見せながら駆け寄り、
「ふふっ。仲良しさんだね」
と声をかけると恥ずかしそうにしていたが、
「風邪ひいてるから無理しちゃダメだよ」
と続けられた言葉に困惑しているようだった。
それはそうだ。
ソラは風邪など引いていないのだから。
ユウキは慌てたように二人の会話を遮り、朝食へと誘う。
まぁここはユウキに乗ってやるとするか。
私も続けてみんなにダイニングルームに行こうと声をかけ、ジュールにも
『朝食の支度を頼む』
というと、すぐに支度に取り掛かった。
皆で食べる最後の食事だ。
きっと張り切って準備してくれるだろう。
ユヅルを抱き上げると、一瞬何かを言いたげだったがそれを止めたのは視線の先にソラがいたからだろう。
ソラだけがずっと抱きかかえられたままだと恥ずかしがると思ったのだろうな。
本当に周りを見て行動ができる子だ。
ユヅルは私にだけ聞こえる声で、
「空良くん、喉が掠れて痛そうだから、ショコラショーはやめておいた方がいいかな?」
と聞いてきたが、その心配はない。
ソラの主治医であるユウキがついているから任せておけば大丈夫だと告げると、安心したように笑って見せた。
話題を変えるように、ユヅルに風邪の時に何か特別なものを食べたり、飲んだりしていたのかと尋ねると、ユヅルは少し悩んで、蜂蜜レモンと答えた。
蜂蜜にレモンを数滴垂らしてお湯を注ぐ。
とてもシンプルな飲み物だが、これがユヅルにとっての思い出の飲み物なのだろう。
アマネは貧しいながらもユヅルを愛情たっぷりに育て上げてきたのだな。
ユヅルが風邪気味になったらすぐにそれを用意してあげよう。
ジュールにも伝えておかなければな。
フランスに来て初めての冬を迎え、体調を崩すかと思ったが今のところはユヅルが苦しい思いをしたことは一度もない。
屋敷内で空調を整えているし、何より栄養バランスが整った食事をジュールが用意してくれているのだから、当然か。
この屋敷にいるもの全てがユヅルの健康を気遣っているのだからな。
いつまでもユヅルには笑顔でいてもらいたい、それだけだ。
ダイニングルームに入り、それぞれの席に着く。
そのタイミングでジュールが焼きたてのクロワッサンを運んできた。
リオはすっかりこのクロワッサンが気に入ったようで、嬉しそうな笑顔を見せている。
きっと日本でも食べたいと言い出すかもしれない。
ジュールがユヅルのところにショコラショーを運んできた時に、そっとクロワッサンのレシピをシャルルから聞いてくるようにと指示を出した。
それをミヅキに教えてやれば料理上手なミヅキのことだ。
きっとクロワッサンもリオへの愛で美味しく焼き上げることだろう。
「めるしぃ、ぱぴー」
ショコラショーを運んできたジュールにリオが可愛らしい発音でお礼を言う。
この光景が見られるのも今日で最後か。
私以上にジュールも感慨深そうに見つめている。
寂しさもひとしおだろうな。
「ではいただこうか」
私の言葉に一斉にクロワッサンに手が伸びる。
だが、焼きたてで熱いから手を伸ばすのはみんな、昨夜狼の姿になったものだけ。
焼きたてのクロワッサンを一口サイズにちぎり、口へと運ぶ。
幸せそうなユヅルの表情に私も嬉しくなる。
いいや、私だけではない。
みんな愛しい伴侶のその表情が見たくて、食べさせるのだ。
バターたっぷりのクロワッサンの後は甘いショコラショー。
ユヅルが飲みたいと思ったタイミングで口へ運ぶ。
もちろん火傷をしないようにふうふうと冷ましてあげてから。
この幸せな時間を堪能しながら、私も焼きたてのクロワッサンを楽しんだ。
「ふぅ、もうお腹いっぱい」
「ふふっ。それならよかった」
ユヅルにしては珍しくクロワッサンを三つも食べたからな。
きっとみんなが一緒だったのが、食欲をそそったのだろう。
空港に向かうまではもうしばらく余裕がある。
みんなで集まって会話を楽しむ間に、ジュールから渡されたレシピをミヅキに渡した。
『ミヅキ、良ければこれを』
『これは……』
『リオが気に入っていたクロワッサンのレシピだ。これであちらに戻っても焼きたてが食べられる。ミヅキの手作りなら、リオも喜ぶだろう』
『ありがとうございます、ロレーヌ。シャルルさんには敵わないでしょうが、作ってみますよ』
『ああ、日本に帰ってもフランスを思い出してくれ』
『ロレーヌ……もちろんですよ。私たちの大切な場所ですから』
ミヅキのその言葉が私は嬉しかった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
空港清掃員58歳、転生先の王宮でも床を磨いたら双子に懐かれ、国王に溺愛される
木風
恋愛
羽田空港で十五年、黙々と床を磨いてきた清掃員・田中幸子(58)は事故死し、没落寸前の子爵令嬢エルシアとして転生する。
婚約破棄の末に家を追われた彼女が選んだのは、王宮の清掃員――前世の技で空気まで変わるほど磨き上げていく仕事だった。
やがて母を亡くした双子王子王女に懐かれ、荒れた執務室の主である喪中の国王とも距離が縮まり……。
「泣くなら俺の胸で」――床も心も磨き直す、清掃令嬢の溺愛成り上がり。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。