大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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大切な場所

「ちゅー、ないと、おきれない……っ」

まだ寝ぼけているのか、それとも朝の儀式なのか、ソラはユウキとのキスを望んでいるようだ。
ここでしなければソラを傷つける。
それは旦那としてあるまじき行為。

ユウキは観念したのか、くるりと後ろを向いて、誰にもキスをするソラの顔を見られないようにキスを与えていた。

嬉しそうに笑うソラを抱きかかえたままこちらを向くと、目が覚めたソラはようやく今の状況に気づいたようだ。

リオが無邪気な笑顔を見せながら駆け寄り、

「ふふっ。仲良しさんだね」

と声をかけると恥ずかしそうにしていたが、

「風邪ひいてるから無理しちゃダメだよ」

と続けられた言葉に困惑しているようだった。

それはそうだ。
ソラは風邪など引いていないのだから。

ユウキは慌てたように二人の会話を遮り、朝食へといざなう。

まぁここはユウキに乗ってやるとするか。

私も続けてみんなにダイニングルームに行こうと声をかけ、ジュールにも

『朝食の支度を頼む』

というと、すぐに支度に取り掛かった。

皆で食べる最後の食事だ。
きっと張り切って準備してくれるだろう。

ユヅルを抱き上げると、一瞬何かを言いたげだったがそれを止めたのは視線の先にソラがいたからだろう。
ソラだけがずっと抱きかかえられたままだと恥ずかしがると思ったのだろうな。

本当に周りを見て行動ができる子だ。

ユヅルは私にだけ聞こえる声で、

「空良くん、喉が掠れて痛そうだから、ショコラショーはやめておいた方がいいかな?」

と聞いてきたが、その心配はない。
ソラの主治医であるユウキがついているから任せておけば大丈夫だと告げると、安心したように笑って見せた。

話題を変えるように、ユヅルに風邪の時に何か特別なものを食べたり、飲んだりしていたのかと尋ねると、ユヅルは少し悩んで、蜂蜜レモンと答えた。

蜂蜜にレモンを数滴垂らしてお湯を注ぐ。

とてもシンプルな飲み物だが、これがユヅルにとっての思い出の飲み物なのだろう。

アマネは貧しいながらもユヅルを愛情たっぷりに育て上げてきたのだな。

ユヅルが風邪気味になったらすぐにそれを用意してあげよう。
ジュールにも伝えておかなければな。

フランスに来て初めての冬を迎え、体調を崩すかと思ったが今のところはユヅルが苦しい思いをしたことは一度もない。
屋敷内で空調を整えているし、何より栄養バランスが整った食事をジュールが用意してくれているのだから、当然か。

この屋敷にいるもの全てがユヅルの健康を気遣っているのだからな。
いつまでもユヅルには笑顔でいてもらいたい、それだけだ。

ダイニングルームに入り、それぞれの席に着く。
そのタイミングでジュールが焼きたてのクロワッサンを運んできた。

リオはすっかりこのクロワッサンが気に入ったようで、嬉しそうな笑顔を見せている。
きっと日本でも食べたいと言い出すかもしれない。

ジュールがユヅルのところにショコラショーを運んできた時に、そっとクロワッサンのレシピをシャルルから聞いてくるようにと指示を出した。
それをミヅキに教えてやれば料理上手なミヅキのことだ。
きっとクロワッサンもリオへの愛で美味しく焼き上げることだろう。

「めるしぃ、ぱぴー」

ショコラショーを運んできたジュールにリオが可愛らしい発音でお礼を言う。
この光景が見られるのも今日で最後か。

私以上にジュールも感慨深そうに見つめている。
寂しさもひとしおだろうな。

「ではいただこうか」

私の言葉に一斉にクロワッサンに手が伸びる。
だが、焼きたてで熱いから手を伸ばすのはみんな、昨夜狼の姿になったものだけ。

焼きたてのクロワッサンを一口サイズにちぎり、口へと運ぶ。

幸せそうなユヅルの表情に私も嬉しくなる。
いいや、私だけではない。
みんな愛しい伴侶のその表情が見たくて、食べさせるのだ。

バターたっぷりのクロワッサンの後は甘いショコラショー。
ユヅルが飲みたいと思ったタイミングで口へ運ぶ。
もちろん火傷をしないようにふうふうと冷ましてあげてから。

この幸せな時間を堪能しながら、私も焼きたてのクロワッサンを楽しんだ。

「ふぅ、もうお腹いっぱい」

「ふふっ。それならよかった」

ユヅルにしては珍しくクロワッサンを三つも食べたからな。
きっとみんなが一緒だったのが、食欲をそそったのだろう。

空港に向かうまではもうしばらく余裕がある。
みんなで集まって会話を楽しむ間に、ジュールから渡されたレシピをミヅキに渡した。

『ミヅキ、良ければこれを』

『これは……』

『リオが気に入っていたクロワッサンのレシピだ。これであちらに戻っても焼きたてが食べられる。ミヅキの手作りなら、リオも喜ぶだろう』

『ありがとうございます、ロレーヌ。シャルルさんには敵わないでしょうが、作ってみますよ』

『ああ、日本に帰ってもフランスを思い出してくれ』

『ロレーヌ……もちろんですよ。私たちの大切な場所ですから』

ミヅキのその言葉が私は嬉しかった。
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