5 / 5
一緒に食事を
しおりを挟む
「それじゃあ玄関で待っているから」
「は、はい」
職員室に荷物を取りに行くという彼を見送り、私は理事長室に向かった。
父は今日は来ていない。
イギリスの学校視察でまとめたものを理事長室に置いておく。
これで明日、すぐにこの資料を見てもらえるだろう。
彼を待たせるわけにはいかない。
急いで理事長室を出て玄関に向かう。
ちょうど彼もこちらに向かってきていた。
「すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、私もちょうどきたところだ。斎川先生は車通勤かな?」
「あ、いえ。僕はタクシーをお願いしています」
我が校の教職員は我が校の卒業生が多いこともあって、自分で運転してくるのは半分ほどだ。
それ以外は我が校で契約しているタクシーでの通勤が主になる。
「そうか、じゃあタクシーを呼ぼう」
彼が車通勤なら今日だけは乗せてもらおうと思ったが、一緒にタクシーに乗れるならちょうどいい。
契約タクシーを呼ぶとすぐにやってきた。
彼を奥に座らせて、隣に腰を下ろす。
運転手に銀座の『信桜』に向かうように声をかけた。
「ここからならすぐに着くよ」
「あ、あの……お蕎麦屋さんって、『信桜』さんなんですか?」
「ああ、知ってる店だった?」
「いえ、知ってるというか、一度行ってみたいと思ってました」
「そうか、ならちょうどよかった」
私が今日『信桜』を予約したのも、もしかしたら彼と出会う運命を予想していたのかもしれない。
そんなことを思ってしまう。
あっという間に銀座に到着。
『信桜』までもうすぐというところで、窓の外に目をやった。
歩道を歩く二人の姿が目に入る。
通り過ぎた二人は仲睦まじく寄り添っているのが見えた。
敬介だ。しかも周平くんも一緒のようだ。
まさかこのタイミングで敬介たちに会うとは思っていなかったが、この方向から考えればおそらく行き先は同じ。
敬介と斎川先生は年齢は違えど、同じ鳴宮教授のゼミをとっていた共通点があり顔を合わせたこともあるだろう。
敬介のことだから、きっと一緒に食べようと言い出すに違いない。
二人っきりで食事を……と思っていたのに、少しがっかりしてしまう。
さっきまで隣で感じていた体温がこのまま続くものだと無意識に思っていたのかもしれない。
それが、ほんの少し惜しい。
だが、考えてみたら学園長である私と二人っきりよりは、敬介がいたほうが話が盛り上がるだろう。
そうなれば、斎川先生のいろんな表情を見られるかもしれない。
ここは二人っきりで緊張させるよりは、和気藹々と話ができる環境の方が仲を進展させるにはきっといい。
自分にそう言い聞かせて、私は隣に座る斎川先生に声をかけた。
「ここで降りようか」
「えっ、は、はい」
タクシーを止め、さっと車から降りる。
彼の手を取ってエスコートしながらタクシーから降ろし、ちょうどいいタイミングでこちらにやってきた二人に声をかけた。
「敬介」
楽しそうに隣を見て話をしている敬介が私の声に前を向く。
「えっ、兄さん。イギリスから戻ってきたの?」
「ああ。今日帰ってきた。それで『信桜』の蕎麦が食べたくなって来たら、敬介と周平くんの姿が見えたから声をかけたんだよ」
「あ、ああ。そうなんだ……」
敬介は驚きの表情のまま、チラチラと斎川先生に視線を向ける。
「それでどうして兄さんと斎川くんが一緒なの?」
どうやら私のことよりも斎川先生がここにいる理由が気になって仕方がないようだ。
「空港から荷物を置きに学校に行ったんだよ。そこで新しい公民の先生になってくれた斎川先生と会って、せっかくだからと思って食事に誘ったんだ」
「兄さんが、食事に……へぇ、そうなんだ。俺たちも今から『信桜』に行くところだったから、一緒に食事しようよ」
敬介の言葉に、一瞬彼の緊張が和らいだ気がした。
やはり最初は二人っきりでなく、知っている敬介と一緒を選んで正しかったのだろう。
<side斎川一実>
偶然に学園長先生と出会い、食事に誘われてしまった。
いつもならなんとか理由をつけて断っていただろう。
たとえ、それが大好物のお蕎麦だったとしても……
でも、断れなかった。
いや、断りたくなかったのかもしれない。
二人でタクシーに乗り、お店に向かう。
その間も話が弾んだわけではない。
隣に座っているだけで、背筋が自然と伸びてしまう。
だけど、一緒の空間は緊張はしても嫌ではなかった。
どう振る舞えばいいのか、わからない。それが僕の本音だった。
すると、突然まだお店にもついていないのに学園長先生に降りるように声をかけられた。
彼に手を取られエスコートされながら車を降りると、学園長先生は後方から歩いて来た人に声をかけた。
あっ、敬介さんだ。
隣には恋人さんの姿もある。
だから、学園長先生はここで降りたんだ。
そう理解するまでに少し時間がかかった。
声に出さないように必死に抑えながら、胸の奥で小さく息を吐く。
それに気づかれたのかはわからない。
だけど、敬介さんが僕たちも一緒に食事をしようと誘ってくれた。
正直に言って、助かったと思ってしまった。
だって、学園長先生と二人っきりなんて緊張しすぎてお蕎麦も喉を通らないかもしれなかったから。
「斎川くん。行こう! こっちだよ」
敬介さんに手を取られて、僕はようやくほっとした表情を見せることができた。
「は、はい」
職員室に荷物を取りに行くという彼を見送り、私は理事長室に向かった。
父は今日は来ていない。
イギリスの学校視察でまとめたものを理事長室に置いておく。
これで明日、すぐにこの資料を見てもらえるだろう。
彼を待たせるわけにはいかない。
急いで理事長室を出て玄関に向かう。
ちょうど彼もこちらに向かってきていた。
「すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、私もちょうどきたところだ。斎川先生は車通勤かな?」
「あ、いえ。僕はタクシーをお願いしています」
我が校の教職員は我が校の卒業生が多いこともあって、自分で運転してくるのは半分ほどだ。
それ以外は我が校で契約しているタクシーでの通勤が主になる。
「そうか、じゃあタクシーを呼ぼう」
彼が車通勤なら今日だけは乗せてもらおうと思ったが、一緒にタクシーに乗れるならちょうどいい。
契約タクシーを呼ぶとすぐにやってきた。
彼を奥に座らせて、隣に腰を下ろす。
運転手に銀座の『信桜』に向かうように声をかけた。
「ここからならすぐに着くよ」
「あ、あの……お蕎麦屋さんって、『信桜』さんなんですか?」
「ああ、知ってる店だった?」
「いえ、知ってるというか、一度行ってみたいと思ってました」
「そうか、ならちょうどよかった」
私が今日『信桜』を予約したのも、もしかしたら彼と出会う運命を予想していたのかもしれない。
そんなことを思ってしまう。
あっという間に銀座に到着。
『信桜』までもうすぐというところで、窓の外に目をやった。
歩道を歩く二人の姿が目に入る。
通り過ぎた二人は仲睦まじく寄り添っているのが見えた。
敬介だ。しかも周平くんも一緒のようだ。
まさかこのタイミングで敬介たちに会うとは思っていなかったが、この方向から考えればおそらく行き先は同じ。
敬介と斎川先生は年齢は違えど、同じ鳴宮教授のゼミをとっていた共通点があり顔を合わせたこともあるだろう。
敬介のことだから、きっと一緒に食べようと言い出すに違いない。
二人っきりで食事を……と思っていたのに、少しがっかりしてしまう。
さっきまで隣で感じていた体温がこのまま続くものだと無意識に思っていたのかもしれない。
それが、ほんの少し惜しい。
だが、考えてみたら学園長である私と二人っきりよりは、敬介がいたほうが話が盛り上がるだろう。
そうなれば、斎川先生のいろんな表情を見られるかもしれない。
ここは二人っきりで緊張させるよりは、和気藹々と話ができる環境の方が仲を進展させるにはきっといい。
自分にそう言い聞かせて、私は隣に座る斎川先生に声をかけた。
「ここで降りようか」
「えっ、は、はい」
タクシーを止め、さっと車から降りる。
彼の手を取ってエスコートしながらタクシーから降ろし、ちょうどいいタイミングでこちらにやってきた二人に声をかけた。
「敬介」
楽しそうに隣を見て話をしている敬介が私の声に前を向く。
「えっ、兄さん。イギリスから戻ってきたの?」
「ああ。今日帰ってきた。それで『信桜』の蕎麦が食べたくなって来たら、敬介と周平くんの姿が見えたから声をかけたんだよ」
「あ、ああ。そうなんだ……」
敬介は驚きの表情のまま、チラチラと斎川先生に視線を向ける。
「それでどうして兄さんと斎川くんが一緒なの?」
どうやら私のことよりも斎川先生がここにいる理由が気になって仕方がないようだ。
「空港から荷物を置きに学校に行ったんだよ。そこで新しい公民の先生になってくれた斎川先生と会って、せっかくだからと思って食事に誘ったんだ」
「兄さんが、食事に……へぇ、そうなんだ。俺たちも今から『信桜』に行くところだったから、一緒に食事しようよ」
敬介の言葉に、一瞬彼の緊張が和らいだ気がした。
やはり最初は二人っきりでなく、知っている敬介と一緒を選んで正しかったのだろう。
<side斎川一実>
偶然に学園長先生と出会い、食事に誘われてしまった。
いつもならなんとか理由をつけて断っていただろう。
たとえ、それが大好物のお蕎麦だったとしても……
でも、断れなかった。
いや、断りたくなかったのかもしれない。
二人でタクシーに乗り、お店に向かう。
その間も話が弾んだわけではない。
隣に座っているだけで、背筋が自然と伸びてしまう。
だけど、一緒の空間は緊張はしても嫌ではなかった。
どう振る舞えばいいのか、わからない。それが僕の本音だった。
すると、突然まだお店にもついていないのに学園長先生に降りるように声をかけられた。
彼に手を取られエスコートされながら車を降りると、学園長先生は後方から歩いて来た人に声をかけた。
あっ、敬介さんだ。
隣には恋人さんの姿もある。
だから、学園長先生はここで降りたんだ。
そう理解するまでに少し時間がかかった。
声に出さないように必死に抑えながら、胸の奥で小さく息を吐く。
それに気づかれたのかはわからない。
だけど、敬介さんが僕たちも一緒に食事をしようと誘ってくれた。
正直に言って、助かったと思ってしまった。
だって、学園長先生と二人っきりなんて緊張しすぎてお蕎麦も喉を通らないかもしれなかったから。
「斎川くん。行こう! こっちだよ」
敬介さんに手を取られて、僕はようやくほっとした表情を見せることができた。
295
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
いぬぞ〜さま。コメントありがとうございます!
一緒に食事するニャンコが敬介なのは大きいですよね、
なんでも聞いてくれちゃいそうだし(笑)
知成にとっては自分の可愛いニャンコと可愛い弟が戯れているのは楽園にいるようなものですから。
周平までは行かなくてもちょっと時間のかかる二人ですが早くラブラブにさせたいですね。
新作有難う御座います❣️
明日からの仕事
ストレス解消の糧になります!
るりままさま。コメントありがとうございます!
あっというまにお正月休みも終わり。早いですよね。
今年も楽しんでいただけるように頑張ります⭐️
いぬぞ〜さま。コメントありがとうございます!
ふふ🤭やっぱりお兄ちゃんはブラコン無しには語れないですよね(笑)
長くなりそうだから独立しようかなと思ってたので独立記念に可愛い弟カップル登場させちゃいました♡
まぁ一人は首領なんで可愛くはないですがwww
出会ってすぐに二人っきりの食事緊張しますよね。
ここは社交性の塊の敬介がいてくれたら安心です。
可愛いニャンコを愛でながらお酒を飲んだりする旦那たちもいるかもですね。
本当、せっかくの信桜のお蕎麦を美味しく食べられそうで良かったです。
ふふ🤭多分何度か会ってるんでしょうね。
さっちゃんの部屋とか。一人で大学には行かせないだろうから周平もついてきそうだし。
やっぱり桜守学園に引き抜かれるだけあってニャンコの本能が出ちゃってます(笑)