箱入り御曹司はスーツの意味を知らない

波木真帆

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甘い時間

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「渚くんはコーヒー飲める?」

「はい、あの……ミルクがたくさん入っていたら大丈夫です」

「ふふっ。わかった。じゃあ、ブレンドコーヒーとカプチーノ・キアロ1つずつ頼むよ。あとケーキも持って来てくれ」

「承知いたしました」

スタッフの人が下がっていくのを確認して、

「あの、欧介さん……カプチーノ・キアロって普通のカプチーノとは違うんですか?」

と尋ねてみた。

「ああ、通常のカプチーノよりミルクが多めのものをカプチーノ・キアロというんだよ。そのほうが渚くんに合うかと思ってね」

「へぇ、そうなんですね。知らなかったです。すごく楽しみ」

「ふふっ。きっと気にいると思うよ」

そんな話をしているうちにすぐにケーキがワゴンで運ばれてきて、たくさんの種類に目移りしてしまいそうになったけれど、やっぱり僕は大好きなモンブランをお願いした。

「渚くんは栗が好き?」

「はい。あとはお芋と……フルーツも大好きです」

「そうか、じゃあ次はまた美味しいケーキを食べに行こう」

にっこりと笑顔を向けてくれる欧介さんの口から次の約束が出てきた。
またこうやって一緒に食事ができるんだ……って思えるだけで本当に嬉しく思える。


「お待たせいたしました」

僕の前に置かれたコーヒーにはモコモコの泡が浮かんでいた。

うん、やっぱりカプチーノって可愛い。
しかも、いつもよりミルクが多めなんて……楽しみでしかない。

「さぁ、召し上がれ」

「はい。いただきます」

僕は早速カプチーノに口をつけた。
いつもよりミルクの味が感じられて僕好みだ!!

「すごく美味しいですっ!!」

「ふふっ。良かった。あっ、こっち向いて」

その声に欧介さんを見ると、スッと腕を伸ばし僕の口元を優しく指で拭い、それを自分の唇にあてチュッと吸い取った。

「――っ! えっ?」

「ふふっ、ごめん。口に泡が付いてたから」

「わっ、ごめんなさい……恥ずかしい」

「大丈夫、私しかみてないよ」

「――っ!」

ことあるごとに欧介さんの言葉にドキドキさせられてなんだかおかしくなってしまいそう。
僕は恥ずかしさを隠すように、目の前のモンブランにフォークを入れた。

線の細かいマロンペーストがたっぷりとかけられていて、みているだけで涎が出て来そうになる。
それをフォークにとりパクリと口に運ぶと、口の中が栗の味でいっぱいになる。

「うーん、美味しいっ!!!」

やっぱりモンブランは最高だよね!!
なんて幸せを噛み締めていると、

「くっくっ。本当に美味しそうに食べるね」

と満面の笑みで尋ねられた。

もう、さっきから欧介さんには恥ずかしいところを見られてばっかりだ。
こうなったら欧介さんも道連れにしちゃおう!
きっと欧介さんだって、この美味しいモンブランを食べたら僕みたいに笑顔になっちゃうはずだ!

「あの、欧介さんも一口どうぞ」

「えっ? い、いやいいよ。渚くんが食べるといい」

「モンブラン……嫌い、ですか?」

断られてちょっと寂しくなって尋ねると、

「くっ――っ!! い、いや……じゃあ、一口もらおうかな」

と言ってくれた。

嬉しくて

「あ~ん」

と差し出すと、さっきまでの余裕そうな表情から一転、ほんのり赤い顔をしながらも食べてくれた。
ああ、なんだかすごく嬉しい。

「どうですか?」

「あ、ああ。美味しいな。栗の甘みがよく出てる」

「ふふっ。そうですよね。ここのモンブラン、初めて食べましたけど、今まで食べて来た中で僕も一番美味しいと思いました」

「栗好きの渚くんがいうならそうなんだろうな。きっとここのパティシエも喜ぶよ」

美味しいケーキを一緒に共有できたことも嬉しかったし、何よりこうやって楽しい時間が過ごせたこともすごく嬉しかった。

そこにピリリリっと無機質な音が入ってきて、それが僕のスマホからだと気づいた。
慌ててスマホを取り出すと画面にはお父さまの表示があった。

きっとなかなか帰ってこない僕を心配したんだろう。

そろそろ帰らないといけない時間か……。
もっと欧介さんと話していたかったな……なんて、いままで思ったことのない感情が湧き上がってくる。

「すみません、父から電話で……」

「そうか、とっていいいよ。あっ、そうだ。途中で代わってくれないか? お父上に挨拶しておきたいから」

「は、はい」

お父さまに挨拶?
不思議に思いながら電話をとると、お父さまは案の上心配していて矢継ぎ早に問いかけられた。

ー渚? 今、どこにいるんだ? 杉下くんに電話をしたらもう疾うに帰ったと言っていたぞ。

ーあっ、ごめんなさい。ちょっと近くのホテルでお茶をしていて……。

ーホテルでお茶? 一人でか?

ーいえ、あの……

ーどうしたんだ?

欧介さんのことをどう言って代わればいいかわからなくて困っていると、欧介さんが電話を貸してとジェスチャーで訴えてきた。

ーあの、電話代わります。

ー代わるって誰――

お父さまの話の途中で欧介さんに電話を差し出し、そのままぼーっとその様子を見ていると、なぜか楽しそうに会話をしているようで、時折お父さまの笑い声も漏れ聞こえてくる。

なんだかすごく仲良しみたい。
元々知り合いだったのかなって思うくらいだ。

ー後ほど、家までお送りしますのでご安心ください。

欧介さんがそういうと、僕に電話が代わられることもなく電話は終わったようだった。

「あの、父はなんて言ってましたか?」

「ああ、渚くんが一人でいるかと心配なさってたみたいだけど、私が一緒だと知って安心していらしたよ。帰りは自宅までお送りすると約束したから、責任もって家まで送るからね」

「えっ、そんな……申し訳ないです。ここからそんなに離れていないですし、僕一人で電車で帰れますよ……」

「帰り道だから問題ないよ。私にお父上との約束を守らせてくれないか?」

そう言われたらこれ以上断ることもできなくて、僕はお願いしますと返事をすると欧介さんは嬉しそうに笑ってくれた。
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