ブルームーンに誘われて 〜名も知らぬ彼と裸の付き合いをした夜

波木真帆

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どちらがいい?

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「お待たせいたしました。ロブ・ロイです」

「ロブ・ロイ……」

鮮やかな美しい赤色のカクテル。
この名前は聞いたことがある、どんなカクテルだったか……
悩んでいる間に、彼の前にもカクテルが置かれた。

「キールです」

「ありがとう。じゃあ、乾杯しようか」

「えっ、あ、はい」

グラスを持ち、重ねる真似だけをして口に運ぶと、ウイスキーの香りがふわっと広がる。
だが甘みがあって飲みやすい。

「美味しい……」

「やっぱりイケる口だね。飲みやすいカクテルだろう?」

「ええ。初めてですが、美味しいです」

「それはよかった。だが、少し度数が高めだからゆっくり飲むといい」

「はい。ありがとうございます」

そう言いつつも見つめられるとドキドキして、飲むペースが早くなり、あっという間にグラスが空になってしまった。だめだ、身体が熱い。

「もしかして、今日結婚式に参列してきたのかな?」

「えっ、あっ、そうなんです」

少しふわふわとしてきたところで、彼の視線が、俺が椅子に置かせてもらっていた引き出物の紙袋に向いていることに気づいた。

「いつもはこの時期、海外に出掛けてるんですが、同期のよしみで絶対に出席してくれと頼まれて……おかげで年の暮れに一人飲みすることになりましたよ」

「ははっ。優しいんだな。だが、そのおかげで私は君に会えたというわけか。やっぱり奇跡の出会いだったわけだな」

奇跡なんて二度も言われると流石に照れてしまう。

「もし、結婚式に出席しなければ、今頃どこにいるつもりだったのかな?」

「えっ、ああ。そうですね……」

尋ねられて少し悩んでしまう。

「実は、いつもどこに行きたいと明確な目的があるわけじゃないんですよ。ただ日本を離れて一人でのんびり過ごしたいと思っていただけで……。だから、ここ数年はモルディブの水上コテージでのんびり海を眺めて過ごしてましたね。何もしないで過ごすのが一番贅沢だってことに気づいたんですよ。だからきっと今年も同じところに行っていたかも……」

三か月前に紺野から直接招待状を貰ってから、旅の計画を諦めていたから確実ではないけれど、多分何も考えずに同じ場所に言っていただろうと思う。

「なるほど。何もしないで過ごすのが贅沢……いいことを言うな。じゃあ、私から君に最高の時間をプレゼントしよう」

「えっ? プレゼントって、どういうことですか?」

「今から私と一緒に一週間海外旅行に行くか、日本で温泉旅館に一週間宿泊するかどちらがいい?」

「はっ?」

彼の突然の提案は冗談としか思えない。そもそももうすぐ大晦日になろうかというこの時期に、日本の旅館も海外のホテルも取れるはずがない。まぁ、こんな酒の席での戯言を本気にする方がバカだな。こんな仮の話、ここは酒の席らしく、話にのってみるとしようか。

笑顔のまま俺の反応を待っている彼に、俺は笑顔を向けた。

「そうですね。それなら、温泉旅館がいいかな。誰にも邪魔されない離れの部屋で、露天風呂に浸かりながら日本酒でも呑めたらこれこそ最高の贅沢かもしれないですね」

「なるほど。それはいいな」

「まぁ、そんなこと今すぐなんて絶対に無理でしょうけどね。でも夢見るだけはタダですから……」

「無理じゃないよ。じゃあ、行こうか」

「えっ? 行くって、どこに……?」

「いいから。さぁ、行こう!」

突然立ち上がった彼は焦る俺の横でさっと二人分の支払いを済ませた。
何が起こっているのかもわからないでいる俺の腰を抱いて椅子から下ろし、そのまま俺の荷物を持ってスタスタと入り口に連れて行かれた。

「えっ、ちょ――っ、待っ――!」

その場にとどまろうと足を止めようとするけれど、さっきのカクテルが効いているのが足が覚束ない。
そうこうしている間に、店の前に止まっていた車の後部座席に乗せられてしまっていた。

彼が扉を閉めたと同時に車がスッと動き出す。
けれど、運転席と俺たちのいる後部座席の間に仕切りがあって、運転席の様子はおろか窓の外もよく見えない。

「あの、どこに連れて行く気ですか?」

「だから、さっき言っただろう? これから温泉に行くんだよ。一週間、のんびりと過ごそう」

「さっきのこと、本気なんですか?」

「私はずっと本気だよ。やっと君をこの手にできたんだからね」

「えっ? やっとって……どこかで会ったことが……?」

「さて、どうかな」

その優しい笑顔に見覚えがあるような気がする。
どこだったか……。

本当なら見も知らぬ相手に車に連れこまれてどこかに連れて行かれるなんてこの上なく怖い状況のはずなのに、一切恐怖を感じないのは彼に対する恐怖が一切ないからなのかもしれない。

彼は一体誰なんだろう?
そして、本当にどこに連れて行かれるんだ?

俺はそれが気になって仕方がなかった。
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