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番外編
夢か現実か 10
マンションに入り、近づいてこようとするコンシェルジュを手で制して、透也はさっさと俺をエレベーターに乗せた。
もしかしたら……と思っていたけれど、透也の部屋は最上階の七階。
ここに大学生の透也が一人で……。
自分の大学時代と比べるとあまりにも違いすぎてただただ驚きしかない。
「杉山さん、どうぞ。入ってください」
優しく案内されてドキドキしながら足を踏み入れると、広々としたシューズボックスのある玄関に圧倒される。
口をぽかんと開けながらその場に佇む俺に、透也はさっとふかふかのスリッパを出してくれた。
「これ……」
「来客があった時用に一応用意していたんですが、初めて使いました」
これを誰も使っていないのは足を入れてすぐにわかる。
来客用のスリッパが使われていないってことは、透也がここに誰も入れていないってことだ。
「その、入って良かったのかな?」
「もちろんですよ。中にどうぞ」
笑顔で俺を中に案内する透也は俺がいつも見ている透也そのものだ。
それについつい安心してしまう。
今の透也は俺の透也じゃないのに。
だから絶対に間違えないようにしないとな。
気合を入れて部屋の中に入ると、これまた広々としたリビングに迎えられる。
決して全てが高級ではないけれど、家具やソファーは透也の好みにぴったりなもので揃えられていてセンスがいい。
「すごいな」
「大したことはないですよ。飲み直そうって仰ってましたが、お酒飲みますか? それともコーヒーにしておきますか?」
「えっ、あ、ああ。そうだな……」
うちに送られたら困ると思って、つい飲み直そうなんて言ってしまったけれど、正直もう十分飲みすぎている気がする。
さっき立ちくらみもしてしまったしな……。
そういえば、美味しいコーヒーが飲みたい。
透也と一緒に暮らすようになってからは毎朝コーヒーを淹れてくれていた。
それなのに今日は飲んでいない。
宇佐美くんが缶コーヒーを奢ってくれて、それはそれで美味しかったけれど、透也が淹れてくれるコーヒーは別物だ。
一日飲んでいないだけでこんなにも恋しく思うなんて思わなかった。
「コーヒー、もらってもいいかな?」
「もちろんです。実は先日いいコーヒーが手に入って、そのおかげでレポートも捗ったんです」
「いいコーヒー?」
「ええ。敦己の同期の友人が、喫茶店の店主をしている祖父に習ってコーヒーの修行をしているそうなんです。それで常連さんに気に入ってもらえるようにって焙煎した試作品のブレンドコーヒーの粉を譲ってもらったんですよ。俺のイメージで作ってくれたらしいんですけどそれがかなり美味しくて……すっかりハマってしまいました。杉山さんも気に入ってくださったら嬉しいです」
それって、もしかして長瀬さんのコーヒー?
うわー、飲みたい。
だけど、もし透也が長瀬さんのコーヒーのあの話を知っていたら俺を運命の相手だと気づいてしまわないか?
それを言われてしまったら、俺は嘘をつけないかもしれない。
ここは危ない橋は渡らないほうがいい。
「やっぱりコー……」
コーヒーはやめておこう。そう言いかけたところでコーヒーの香りが漂ってきた。
その香りを嗅いだだけで、あれだとすぐにわかってしまった。
やめておこうと思ったのに、あのコーヒーの香りを嗅ぐと我慢できなくなってくる。
コーヒーは媚薬にもなる不思議な飲み物だと透也からも長瀬さんからも聞いたけれど、それが本当だと身をもって知った。
「ミルクと砂糖は使いますか?」
「えっ、あ……えっと、頼もうかな」
断ることもできずに返事をすると、透也は嬉しそうに頷き、淹れたばかりのコーヒーをミルクポットと小皿に盛られた茶色の角砂糖と一緒に置いてくれた。
角砂糖を一つ入れ、ミルクを少し多めに入れると、その様子を透也はじっと見ていた。
なぜだろうと思って、透也に視線を向けると俺の視線に気付いたのか笑顔で口を開いた。
「杉山さんの好みは覚えたので、次にコーヒーを淹れる時は任せておいてください」
まさか俺の好みを知るために……。
そういう気配りが俺の透也とよく似ていてドキドキする。
「砂糖を入れるのはいつもじゃない。甘いものと一緒に食べるときはミルクだけしか入れないんだ」
透也についそんなことを言ってしまう。
目の前にいるのは俺の透也じゃないのについ、自分のことをもっと知って欲しいと思ってしまった。
「そうなんですね。しっかりと頭に入れておきます」
この上なく嬉しそうな透也を見て、俺もつい顔が綻んでしまう。
俺の透也じゃないから、間違えないように気合を入れたはずなのに透也といると、自分だけを見て欲しくて、自分の全てを知ってもらいたくなってしまう。
もう自分で自分のやっていることが意味がわからない。
透也の笑顔に釣られるようにコーヒーを口にすると、我慢することもすっかり忘れて、コーヒーを飲んだ時のいつもの声が出てしまった。
「ああ……美味しい……」
「えっ」
心の底から出た俺の言葉にすぐに反応した透也は、目を丸くして俺をじっと見ていた。
もしかしたら……と思っていたけれど、透也の部屋は最上階の七階。
ここに大学生の透也が一人で……。
自分の大学時代と比べるとあまりにも違いすぎてただただ驚きしかない。
「杉山さん、どうぞ。入ってください」
優しく案内されてドキドキしながら足を踏み入れると、広々としたシューズボックスのある玄関に圧倒される。
口をぽかんと開けながらその場に佇む俺に、透也はさっとふかふかのスリッパを出してくれた。
「これ……」
「来客があった時用に一応用意していたんですが、初めて使いました」
これを誰も使っていないのは足を入れてすぐにわかる。
来客用のスリッパが使われていないってことは、透也がここに誰も入れていないってことだ。
「その、入って良かったのかな?」
「もちろんですよ。中にどうぞ」
笑顔で俺を中に案内する透也は俺がいつも見ている透也そのものだ。
それについつい安心してしまう。
今の透也は俺の透也じゃないのに。
だから絶対に間違えないようにしないとな。
気合を入れて部屋の中に入ると、これまた広々としたリビングに迎えられる。
決して全てが高級ではないけれど、家具やソファーは透也の好みにぴったりなもので揃えられていてセンスがいい。
「すごいな」
「大したことはないですよ。飲み直そうって仰ってましたが、お酒飲みますか? それともコーヒーにしておきますか?」
「えっ、あ、ああ。そうだな……」
うちに送られたら困ると思って、つい飲み直そうなんて言ってしまったけれど、正直もう十分飲みすぎている気がする。
さっき立ちくらみもしてしまったしな……。
そういえば、美味しいコーヒーが飲みたい。
透也と一緒に暮らすようになってからは毎朝コーヒーを淹れてくれていた。
それなのに今日は飲んでいない。
宇佐美くんが缶コーヒーを奢ってくれて、それはそれで美味しかったけれど、透也が淹れてくれるコーヒーは別物だ。
一日飲んでいないだけでこんなにも恋しく思うなんて思わなかった。
「コーヒー、もらってもいいかな?」
「もちろんです。実は先日いいコーヒーが手に入って、そのおかげでレポートも捗ったんです」
「いいコーヒー?」
「ええ。敦己の同期の友人が、喫茶店の店主をしている祖父に習ってコーヒーの修行をしているそうなんです。それで常連さんに気に入ってもらえるようにって焙煎した試作品のブレンドコーヒーの粉を譲ってもらったんですよ。俺のイメージで作ってくれたらしいんですけどそれがかなり美味しくて……すっかりハマってしまいました。杉山さんも気に入ってくださったら嬉しいです」
それって、もしかして長瀬さんのコーヒー?
うわー、飲みたい。
だけど、もし透也が長瀬さんのコーヒーのあの話を知っていたら俺を運命の相手だと気づいてしまわないか?
それを言われてしまったら、俺は嘘をつけないかもしれない。
ここは危ない橋は渡らないほうがいい。
「やっぱりコー……」
コーヒーはやめておこう。そう言いかけたところでコーヒーの香りが漂ってきた。
その香りを嗅いだだけで、あれだとすぐにわかってしまった。
やめておこうと思ったのに、あのコーヒーの香りを嗅ぐと我慢できなくなってくる。
コーヒーは媚薬にもなる不思議な飲み物だと透也からも長瀬さんからも聞いたけれど、それが本当だと身をもって知った。
「ミルクと砂糖は使いますか?」
「えっ、あ……えっと、頼もうかな」
断ることもできずに返事をすると、透也は嬉しそうに頷き、淹れたばかりのコーヒーをミルクポットと小皿に盛られた茶色の角砂糖と一緒に置いてくれた。
角砂糖を一つ入れ、ミルクを少し多めに入れると、その様子を透也はじっと見ていた。
なぜだろうと思って、透也に視線を向けると俺の視線に気付いたのか笑顔で口を開いた。
「杉山さんの好みは覚えたので、次にコーヒーを淹れる時は任せておいてください」
まさか俺の好みを知るために……。
そういう気配りが俺の透也とよく似ていてドキドキする。
「砂糖を入れるのはいつもじゃない。甘いものと一緒に食べるときはミルクだけしか入れないんだ」
透也についそんなことを言ってしまう。
目の前にいるのは俺の透也じゃないのについ、自分のことをもっと知って欲しいと思ってしまった。
「そうなんですね。しっかりと頭に入れておきます」
この上なく嬉しそうな透也を見て、俺もつい顔が綻んでしまう。
俺の透也じゃないから、間違えないように気合を入れたはずなのに透也といると、自分だけを見て欲しくて、自分の全てを知ってもらいたくなってしまう。
もう自分で自分のやっていることが意味がわからない。
透也の笑顔に釣られるようにコーヒーを口にすると、我慢することもすっかり忘れて、コーヒーを飲んだ時のいつもの声が出てしまった。
「ああ……美味しい……」
「えっ」
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