処刑予定の悪役令息に転生したのに、なぜか王子さまの膝上で甘やかされています

波木真帆

文字の大きさ
16 / 17
第二章

逃げ場のない距離

「はい、とてもいいですよ。殿下もリュシエルさまも表情まで素晴らしいです」

教師の言葉に、周りから拍手まで起こる。

「本当にお似合いですねー!」

「もう完成してるみたい!」

その言葉に、リュシエルの顔が熱くなる。

やめてほしい、本当に。こんなに注目されると居た堪れなくなる。
けれど繋がれたままの手は、なかなか離されなかった。

ふと視線を上げる。
ヴァレリウスは、なぜかじっとこちらを見ていた。

「ヴァレリウス? あの……どうかした?」

思わず小声で呼ぶと、ヴァレリウスはわずかに目を細める。

「いや、なんでもない」

それだけ言って、ようやく手を離した。
離れた瞬間、なぜか、指先に残った熱が妙に名残惜しく感じた。

「では、他のシーンも練習しますよ」

その言葉に、周囲の視線が霧散する。
リュシエルは、ふっと一息吐いた。

ちらりとヴァレリウスを見ると、エミールと話をしている。
先ほど、リュシエルと居たようなときの距離感に近い。

あれが、二人の中では普通なのだろうか。

やっぱり、姫になるんじゃなかった……
そんな気持ちがリュシエルの中に渦巻いていた。

  ◇◇◇

演劇発表会の日が近づくにつれて、練習にも熱が入ってくる。
授業以外でも、生徒たちが自主的に舞台ホールに集まり、練習を行っている。
リュシエルも、それに倣って練習に参加していた。

放課後の舞台ホールには、まだ僅かに昼間の熱気が残っていた。
生徒たちの声は今はほとんど消え、広い空間には台本をめくる音だけが静かに響いている。

その中央で、

「すみません。もう一回、お願いします」

小さく頭を下げながら、リュシエルはぎゅっと台本を握りしめた。

教師は困ったように眉を下げる。

「リュシエルさまはセリフは覚えておられるんです。問題は声、ですね」

わかっている。
頭の中では、ちゃんと読めているのだ。
けれど、元々の新野は引っ込み思案な性格。
こうして人前に立てるようなタイプではない。

いざ舞台の中央に立つと、周囲の視線を意識してしまう。
すると、途端に喉が固まり、うまく声が出なくなる。

「もう少しだけ、殿下を信頼して身体を預ける意識を持ってみましょう」

教師の言葉に、リュシエルは曖昧に頷いた。

身体を預けるって……そんな簡単に言われても……

ちらりと前を見る。
舞台中央では、ヴァレリウスが腕を組んだまま静かにこちらをみていた。

相変わらず整った顔。
真っ直ぐに向けられる灰色の瞳と視線があった瞬間、思わず目を逸らしてしまいそうになるほど、心臓が強く跳ねた。

「リュシエルさまは少し緊張しすぎておられるようですし、本日はここまでにしましょうか」

教師が、ぱんと手を叩いた。

「リュシエルさまはお一人で、繰り返し練習なさってください」

「はい……」

よかった、今日はこれで解放される……

そう思った瞬間、

「なら、私も残る」

低い声が、静かな舞台ホールに落ちた。

「えっ? なんで?」

思わず聞き返す。ヴァレリウスは当然のような顔で続けた。

「たった一人でやらせても意味はない。人前に立てば、また固まるだけだろう」

「っ……」

図星を突かれて、何も言えない。

教師は少し驚いたあと、安心したように頷いた。

「では、お二人で少し合わせてみてください」

そう言って、教師はホールに残っていた他の生徒たちをつれて舞台ホールを出ていく。
その背中を見送りながら、リュシエルはじわじわと嫌な緊張感を感じていた。

広い舞台ホールに、ヴァレリウスと二人きり。
静かすぎる空間の中、コツ、コツと靴音が近づいてきた

「台本」

「え?」

「台本、開け。第三幕だ」

「あ、う、うん……」

慌ててページを開く。
でも、中身は全て頭に入っている。

ヴァレリウスはリュシエルのすぐ目の前で立ち止まった。

昼間よりもずっと静かなせいで、余計にヴァレリウスとの距離を意識してしまう。

「お前は周囲を気にしすぎる」

「え……」

「視線を向けられるたびに身体が強張っている」

そんなことまで気づかれていたとは……
驚いて顔を上げると、ヴァレリウスは小さく息を吐いた。

「舞台に立ったら、周囲の視線など気にするな」

「でも……」

気にしないなんて、できない。
どうしたって、見られているのを意識してしまう。

するとヴァレリウスは、僅かに眉を寄せた。

「なら、周囲を見るな」

「えっ……?」

「舞台の上では、私だけを見ていればいい」

低い声が、静かな舞台ホールに落ちる。

「私の声だけを聞いて、私だけを見ていろ。そうすれば、少なくとも固まることはない」

「……っ」

一瞬、言葉を失った。
そんなこと、簡単にいうけれど、それって余計に意識してしまう。

灰色の瞳が、真っ直ぐこちらを見下ろしている。
逃げようとすればするほど、その視線につかまってしまう気がした。

するとヴァレリウスは、ふいにリュシエルの手から台本を抜き取った。

「今は台詞はいらない」

「えっ……?」

「まずは、私を見ることに慣れろ」

そう言って、ヴァレリウスが一歩近づく。

静かな舞台ホールに、リュシエルの心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
感想 11

あなたにおすすめの小説

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

BLノベルの捨て駒になったからには

カギカッコ「」
BL
転生先は前世で妹から読まされたBLノベルの捨て駒だった。仕える主人命令である相手に毒を盛ったはいいものの、それがバレて全ての罪を被らされ獄中死するキャラ、それが僕シャーリーだ。ノベル通りに死にたくない僕はその元凶たる相手の坊ちゃまを避けようとしたんだけど、無理だった。だから仕方なく解毒知識を磨いて毒の盛られた皿を僕が食べてデッドエンドを回避しようとしたわけだけど、倒れた。しかしながら、その後から坊ちゃまの態度がおかしい。更には僕によって救われた相手も僕に会いにきて坊ちゃまと険悪そうで……。ノベル本来の受け担当キャラも登場し、周囲は賑やかに。はぁ、捨て駒だった僕は一体どこに向かうのか……。 これはこの先恋に発展するかもしれない青年たちのプロローグ。

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。 お話を追加いたしました。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 ※本編のロアン編完結。  ヴィルヘルム編を連載中です。

【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。