ある教授夫夫の甘い思い出 〜右手がくれた奇跡シリーズ

波木真帆

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特別企画 ホワイトデーの思い出+おまけの小話

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ホワイトデーのお話。
こちらは伊織が志良堂家に引き取られてすぐの高校生時代の話がベースになってます。


  *   *   *


「宗一郎さん、ただいま帰りました」

「ああ、もう伊織が帰ってくる時間だったか? 集中しすぎて気づかなかった」

「いえ、それよりも何を作っているんですか? 玄関にまで甘い匂いが漂ってましたよ」

「これだよ、皐月の好きなアップルパイだ」

シナモンとカスタードクリームがたっぷり入ったアップルパイが皐月の大好物だと知ったのは、皐月と付き合うようになってすぐのことだった。



「ここのアップルパイがとにかく美味しくて、宗一郎さんと一緒にきたかったんです」

そういって連れて行ってくれた女性だらけの店内に可愛らしい皐月は馴染んでいたが、どう見ても私は目立っていただろう。

ただ、焼きたてのアップルパイの香りが漂う店内は、私でも少しワクワクしてしまった。

注文してから焼き上げるというアップルパイは、待ち時間もかなりのものだったがそれを待つ価値は十二分にあった。

焼きたてでサクサクとしたアップルパイにバニラアイスクリームとチョコレートソースがかかったアップルパイは、何度でも食べたくなるほどの美味しさだった。
何よりもそれを食べている時の皐月が女神のような美しい笑顔でいつも周りの注目を浴びていた。

本人は何も気づかずに美味しそうに食べていたが……。
私はいつも周りへの牽制の意味も込めて、唇についたチョコレートをいつも指で拭って舐めていた。

そんな私たちの憩いの場所だった店が閉店してしまった時、皐月はかなり落ち込んでいた。
あのアップルパイも好きだったが、あの空間が好きだったのだろう。

あれ以来、外でアップルパイを食べることは無くなった。
だから、私はその年のホワイトデーに初めて皐月にアップルパイを作ったんだ。

料理には多少の自信があったものの、お菓子作りというものは別物で、最初は思ったように上手くいかなかった。
それでも皐月は私の作った甘すぎのりんごと緩すぎたカスタードクリームが入った、歪なアップルパイをあの時のような笑顔で食べてくれた。

あれから懲りもせずアップルパイを作り続け、ようやく最近、思い描いていたようなアップルパイを作れるようになったんだ。


「今日はホワイトデーだろう? 我が家では毎年私がアップルパイを作るんだよ。伊織の分もちゃんと作っているから、皐月が帰ってきたら一緒に食べよう」

「アップルパイなんて家で作れるんですね。宗一郎さんがスイーツまで作れるなんて知りませんでした」

「いや、アップルパイしか作れないんだよ。これは特別だからな。きっと、伊織も美味しいスイーツを作れるようになるさ。運命の人が喜ぶ顔を見るのは幸せなことだよ」

そういうと、伊織は何とも言えない表情をしつつも頷いてくれた。

きっと思うところがあったのだろう。

「ただいまー。わぁー、いい匂いっ!!」

「ふふっ。そろそろ焼き始めるか」

アップルパイをオーブンにいれてから、皐月の元に向かう。

「おかえり、皐月。お茶にするから着替えておいで」

当然のように挨拶のキスをすると、

「ふふっ。宗一郎さんから甘い匂いがしますね。美味しそう」

と笑顔を見せる。

ああ、そんな顔を見せられたらすぐに滾ってしまうじゃないか。

それでも皐月に焼きたてのアップルパイを食べさせるべく、必死に愚息を抑えつける。

「わぁっ! サクサクでとっても美味しいです! ねぇ、伊織」

「ええ。こんなに美味しいアップルパイは初めて食べました」

「ふふっ。喜んでくれて嬉しいよ。あっ、皐月」

「んっ?」

唇の端にカスタードクリームをつけているのが見えて、いつものようにぺろっと舌でなめとると

「――っ!!」

視界の隅で伊織が驚愕の表情を浮かべたのが目に入った。

あっ、しまった!

薄々感じてはいるだろうが、相手は思春期真っ只中の高校生。
あからさまなことは見せないようにと思っていたのについいつもの癖が出てしまった。

だが、私たちは家族になったんだ。
これからも必死に隠したとしても結局いつかはバレるはず。
私たちにとっても大事なスキンシップを、まるで悪いもののように思うのもおかしいのではないか……?

ここは堂々としていればいい。
だって、私たちは愛し合っている夫夫なのだから。

「どうした、伊織?」

「えっ……い、いえ。何でもありません」

「そうか」

「あ、あの……」

「なんだ?」

「その……宗一郎さんと皐月さんは、その……」

「ああ、そうだよ。私たちは愛し合ってる。それを恥じたこともないし、私は皐月と出会えたことを誇りに思ってる。相手が異性であれ、同性であれ、好きな相手にいつでも愛のある行動をするのは人として当然だろう?」

「――っ、そう、ですね……。私にもいつか、そういう相手が見つかるでしょうか?」

「ああ。伊織はまだ高校生だ。これからたくさんの出会いも別れもあるだろう。だが、必ず最愛に出会える。運命と出会ったその時に、それまでの自分を恥じないように、いつでも誠実でいるよう心がけて過ごしていくといい」

私が皐月と出会えたように、きっと伊織にも運命の相手と出会う日がきっとくる。
今はまだわからないかもしれないが……その時、運命の相手の手を何の躊躇いもなく掴めるように、いつでも誠実であって欲しいものだ。

私の言葉に伊織は素直に頷いた。
伊織の心にこの出来事がどこまで響いたかはわからない。

だが、それから二十年近く経って、我が家に運命の相手を連れてきた時の伊織は、あの時の私と同じように愛しい伴侶を決して離さないという強い目をしていた。

あれからアップルパイを食べるたびにあの日のことを思い出す。

そして今日もまた、我が家は甘いリンゴとシナモンの香りに包まれる。


<おまけ>

「悠真、できましたよ」

「わぁっ、美味しそうっ!」

目を輝かせて喜ぶ悠真の前にあるのは、フランスパンにじっくりと卵液を染み込ませたフレンチトーストにマンゴーとバニラアイス、そして蜂蜜をかけた、悠真の大好物。

これは、初めて西表島の悠真の家に泊まった時に作った思い出の料理。

あれから何度も作るうちに、より悠真が好むようにと作り上げてきた至極の逸品だ。

「んんっ、美味しいっ!!」

嬉しそうに食べる悠真の唇の端についたバニラアイスを当然のように舌でなめとる。

あの時の宗一郎さんの気持ちが今なら痛いほどわかる。
こんな可愛い姿、舐めない方がどうかしてる。

私が舐めとるのを見て恥ずかしそうにする悠真が可愛くてたまらない。
きっと、いや必ずこのフレンチトーストを食べた後は、寝室に行くだろう。
これは決定事項だ。

ああ、今日もフレンチトースト以上に甘い時間が始まる。
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