ある教授夫夫の甘い思い出 〜右手がくれた奇跡シリーズ

波木真帆

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出会い  <後編> 

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「私の恩師である安慶名先生には高校生のお孫さんがいたんだ。両親は共に早くに亡くなり、彼は先生と一緒にずっと二人で暮らしていたらしい。辛かっただろうに葬儀が行われている間、涙を流すことなく毅然とした表情で喪主を務め上げる姿に私は感動したよ。葬儀がおわってもどうしても彼から離れがたくてね、先生の思い出話がてら、彼と話をすることにしたんだ。これからのことを尋ねたら、東京に遠い親戚がいるのでそこに世話になるのだと言っていた。だが、私は見ていたんだ。葬儀の最中だというのに、余計なものを押し付けられて困ると面倒臭そうに話していた親戚の連中の姿を……。あんな奴らの元に、先生の大切な孫を行かせるくらいなら、私が面倒を見たい……そう思ったら、もう口が動いていた。私と一緒に住まないか、とね。これはきっと運命なのだと思った。私を大学に行かせるために尽力してくれた先生のお孫さんを、今度は私が尽力してやりたいと思ったんだよ。本来ならば、皐月に先に意見を聞くべきだったのに、勝手に決めてしまってすまない。それだけは本当に悪かったと思ってる。だが私は……」

「宗一郎さん、私、怒ってますよ」

「皐月……っ、本当にすまない。だが……」

「反対なんてするわけないじゃないですか! 今だって、一緒に連れて帰ってこなかったのを怒ってるくらいなのに!!」

「皐月……!」

「いいですか、宗一郎さん。あなたの大切な人は私にとっても大切な人です。安慶名先生は言ってみれば、私たちを出会わせてくれたも同然の方ですよ。そんな大切な方のお孫さんが困っているなら、助けないなんて選択肢はありません。すぐにでも引き取る手続きをしましょう」

「皐月……ありがとう。私は皐月と出会えて本当に幸せだ」

「ふふっ。私もですよ。素敵な旦那さまに加えて、可愛い息子もできるんですから……」

「可愛い……。皐月、あの……伊織は驚くほど美形だぞ。まさかとは思うが……皐月と伊織が、その……」

宗一郎さんが珍しく言葉をどもらせているけれど、そんな心配なんていらない。

「ふふっ。宗一郎さん、高校生の伊織くんに嫉妬ですか?」

「違うっ! 私は皐月が心変わりしないかと心配で……」

「何心配してるんですか。私は一生宗一郎さんだけって知ってるくせに」

「皐月……っ、悪い。つい……。歳とるとどうも自分に自信が持てなくて困るな」

「じゃあ、自信が持てるようにしてあげましょうか?」

「えっ?」

「寝室に行きましょう。そして、宗一郎さんが自信つくまでいっぱい愛し合いましょう」

そういうと、嬉しそうに私を抱き上げ寝室へと連れて行ってくれた。

私の全ては宗一郎さん。
どんな人を見たってその気持ちは変わらない。

それからしばらく寝室の扉が開かれることはなかった。


それから数日後、宗一郎さんの知り合いの弁護士に全ての手続きを任せて、伊織くんが我が家にやってくることになった。
私たちの寝室とは一番離れた場所に作った彼の部屋には、受験勉強に必要なものを全て取り揃えておいた。

「皐月のおかげで素晴らしい部屋になったな。伊織も喜んでくれるはずだ」

「ふふっ、よかった。じゃあ、そろそろ空港に迎えに行きましょう」

車を飛ばし、空港に着いた時には到着の15分前。

「なんだか緊張してきました」

「私もだ。だが、伊織はとても心の優しい子だから心配はいらないよ」

宗一郎さんに抱きしめられるとホッとする。

「あ、そうだ。伊織くんには私たちのことはなんと?」

「大切なパートナーと一緒に暮らしているとだけ話してある」

「えっ、大丈夫でしょうか?」

「そこは多分大丈夫だろう」

なぜ宗一郎さんがその時、自信があるように話したのか……その時の私にはわからなかった。



「伊織っ!!」

宗一郎さんが声をかけた先にいたのは、長身で目鼻立ちのはっきり整った本当に美形という表現が似合う男性だった。

「志良堂先生、それから鳴宮先生。この度は本当にありがとうございます。これからお世話になります」

高校1年生とは思えないほどしっかりとした挨拶に驚いてしまう。

「丁寧な挨拶をありがとう。だが、伊織。私たちはこれから家族なんだ。もっと気楽に接してくれ」

「は、はい。ありがとうございます」

「ふふっ。いきなり言われても緊張しちゃうよね。さぁ、とりあえず家に帰りましょう」

そう言って、彼を連れ車に戻った。

彼から緊張感がすごく漂っているのがわかる。
車の中でたわいもない話を繰り返しながら、私たちはようやく自宅に戻った。

「こ、ここが……先生のご自宅ですか……?」

「ああ、これからは伊織の家だ。好きに過ごしてくれ」

一度自室となる部屋に案内し、荷物を置いたらリビングに下りてきてと声をかけ、宗一郎さんと二人でリビングに戻った。

「皐月、どうだ? 伊織の印象は?」

「多分、今まで色々我慢していたんじゃないかしら。彼が私たちにわがままを言ってくれるようになる日が楽しみですね」

「ああ、そうだな」

しばらくして、伊織が部屋から下りて来た。

「お茶でよかった? コーヒーにする?」

「あ、なんでも大丈夫です」

「ふふっ。うちではなんでもはだめ。伊織くんの好きなものを言って」

「えっ、あの、コーヒーをお願いします」

「ふふっ。コーヒーね」

私がコーヒーを淹れると伊織は嬉しそうにそれを啜った。

「ああ、美味しいです」

「よかった。これから、どんどん好みを教えてね。あ、食事の好みは宗一郎さんにね。食事は宗一郎さんが作ってくれるの」

「えっ! 先生が?」

「ああ。伊織、愛しい人ができたら料理を振る舞いたくなるものさ。伊織もいつか現れる最愛の人のために料理を覚えておくといい。決して無駄にはならないよ」

「は、はい。ぜひ教えてください」

真面目で誠実そうな伊織に私は初日から好感を持っていた。
もちろん、人として……。

伊織はそれから一生懸命勉強をして、時々勉強のストレス発散にと宗一郎さんと料理をしたり……日々を過ごすほどにどんどん私たちの家族としての絆は深まっていった。

そして、2年後。
迎えた桜城大学の合格発表。
結果はもちろん、合格。

「わぁーっ! 伊織っ! おめでとう! よく頑張ったね」

「はい。ありがとうございます!!」

これまでのいろんな大変なことが甦ったんだろう。
伊織の目にはうっすらと涙が滲んでいた。

大学入学を機に伊織は大学近くで一人暮らしを始めた。
それでも週に一度は必ず家に帰ってきて食事を一緒に摂ってくれた。

たまに伊織の手料理もご馳走になったり……。
家族揃って外食に行ったり……。

これが家族の幸せなんだろう。

ひとつ、気になるのは伊織に女性の影が全く見えないこと。
学内での人気はかなりあるのに、どうもお付き合いする気にはなれないみたい。

いつか素敵な人を紹介してくれたら……なんて思っていたけど、今はそれよりも勉強が楽しいのかな。
私も宗一郎さんと出会うまでは勉強しか考えたことなかったし……同じかな。

伊織は結局大学4年間どころか、弁護士として働き始めても誰かと付き合っているそぶりは一切見られなかった。

「ねぇ、宗一郎さん……伊織はもしかして……?」

「ああ、そのようだな。だから、無理強いはしないでおこう。きっといつか私たちのような運命に出会えるはずだ」

「そっか。そうだね」


そんな話をした数年後、伊織から

――実は……宗一郎さんと皐月さんに紹介したい方ができまして……

という電話に狂喜乱舞したのは、また別のお話。
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