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第四章 (王城 過去編)
花村 柊 15−1
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「トーマ、一体どうしたというのだ?」
ぼくを抱きしめたまま泣き続ける冬馬さんにアンドリュー王が優しく声を掛けると、冬馬さんはゆっくりとぼくの首に回していた腕を離し、アンドリュー王の腕の中へと包まれていった。
「アンディー……僕、僕……」
「ゆっくり話を聞くから、落ち着け」
冬馬さんから腕を解かれた後もぼくがその場に立ち尽くしていると、後ろからそっとフレッドが抱きしめてくれた。
「シュウ、大丈夫か?」
「フレッド……何がどうなってるのか、わからないよ……」
「ああ、私もだ」
ぼくたちが顔を見合わせて困惑していると、
「すまないが、少しここで待っていてもらえるか?」
アンドリュー王はそう言って、冬馬さんを連れぼくたちの寝室へと入っていった。
ぼくたちはソファーに腰を下ろし、2人が出てくるのをただ待つしかなかった。
「ねぇ、一体何があったの?」
「いや、本当に私にも分からないのだ。
突然トーマ王妃が泣き出して……だからなぜシュウに謝罪したのかもわからない」
本当に何だったんだろう……。
冬馬さんがぼくに謝らなきゃいけないことなんて何もないのに。
部屋が静まり返っているせいか、
2人が入っていた部屋の中から
『それはまことか? まさか……』
というアンドリュー王の困惑した声がぼくたちの方まで微かに漏れ聞こえてくる。
本当にどうしたんだろう……。
冬馬さんは初めて会った時からいつも柔かな笑顔を見せてくれて……あの人たちに怪我させられたあとだって、ぼくを気遣ってずっと笑顔で……あんなに泣きじゃくって感情が制御できていない冬馬さんを見たのは初めてだ。
どうしたらいいのかわからない中で、フレッドはずっとぼくを抱きしめたまま離そうとしない。
「何があったとしても、私はずっとシュウの傍にいる。何も心配しなくていい」
「うん。ありがとう……」
ぼくはフレッドのその気持ちが嬉しかった。
フレッドのその温もりに包まれているおかげで何とか穏やかな気持ちを保っていられるんだ。
フレッドのそういう優しさが今のぼくには本当にありがたかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
カチャリと扉が開く音が聞こえて、アンドリュー王が顔を出した。
「申し訳ないが、これから話すことは誰にも聞かれたくない。こちらの部屋に来てもらえぬか?」
そう言われて、ぼくたちは寝室へと足を踏み入れた。
冬馬さんは奥のソファーに座ったまま、身動きひとつしていない。
ぼくは案内されるまま、ゆっくりと冬馬さんと向かい合わせに腰を下ろした。
「これから、トーマが話すことは其方にとって辛い事実かもしれない。もし、途中でやめたければすぐに申し出てくれ」
「……わかりました」
ぼくはどんな話が始まるんだろうとドキドキしながら、冬馬さんが話し始めるのを待った。
「トーマ、大丈夫か?」
「うん。平気だよ。柊くんもフレデリックさんもごめんね」
笑顔でそういってくれる冬馬さんにほんの少しだけ気が楽になるのを感じた。
冬馬さんは大きく『ふぅーーーっ』と深呼吸してから、ぼくをじっと見つめながらゆっくりと口を開いた。
「あのね、柊くんの父親は多分……僕だと思う」
えっ?
い、今……なんて言ったの?
ぼくの父親?
父親って……お父さんってことだよね?
えっ? 冬馬さんが? お父さんだってこと?
ぼくの? なに? ほんとに??
「ごめんね、急にこんなこと言われても困っちゃうよね……」
あまりの驚きに頭が真っ白になってしまって、ぼくは何も言えずにただ冬馬さんを見つめることしかできなかった。
「……もしかしてあの痣が何か……父親である証のようなものなのですか?」
フレッドがそう問いかけると、
冬馬さんは声を出さずに静かに頷いた。
「痣? 痣ってなに?」
「シュウには見えないところだから気づいていないと思うが、この襟足のところに小さい五芒星の痣があるんだ」
「んっ……」
フレッドの指がぼくの襟足をそっとなぞると、ゾクリと身体が震えてしまう。
声を出さないように必死に耐えたけれど、少し声が漏れ聞こえたかもしれない。
フレッドの眉がピクリと動いた。
それにしても、こんなところに痣があったなんて全然知らなかった。
「あの星形の痣は、僕の一族の中で直系にのみ現れる痣でね、必ず身体のどこかに現れるんだ。もし、良かったら柊くんの痣を見せてもらえないかな?」
「どこかわからないけど……どうぞ」
ぼくはドキドキしながら、冬馬さんに背中を向け頭を下げた。
冬馬さんは指を差し出そうとしたけれど、
「あの……フレデリックさん、柊くんの髪を避けて痣が見えるようにしてもらえるかな?」
と急にフレッドを呼んで頼んでいた。
フレッドがさっと髪を避けると、冬馬さんは
『ああっ、この痣……やっぱり間違いない』
と震える声で呟いた。
ぼくは恐る恐る冬馬さんに尋ねた。
「じゃ、じゃあ……本当に冬馬さんがぼくのお父さんってこと?」
「うん、そうだね」
涙声でそう話す冬馬さんを見て、ぼくは急に嬉しさが込み上げてきて、冬馬さんの元に駆け寄り抱きついた。
「嬉しい!!
ぼく、ずっとお父さんに会いたかった!!
お父さんが生きててくれて嬉しい!!!」
あまりの喜びにこみあげてくる涙を抑えきれずにぼくは冬馬さんに抱きつきながら、子どものようにわあわあと泣いてしまっていた。
「えっ?! 柊くん、僕のこと……怒って、ないの?」
「ひくっ……な、なんで……ひくっ、怒るの?
ぼく、こんなに……ひくっ、嬉しいのに……」
「だって、僕がいないせいで柊くんずっと辛い目に遭ってたのに……」
「お、父さんの……ひくっ、せいじゃない、よ。
ぼくは……会えただけで、ひくっ、嬉しいのに……、そんなこと……言わないで、よ」
ぼくは冬馬さんの、いや、お父さんの胸にぎゅっとしがみついた。
お父さんが生きてた!
しかも、こんなに優しい人!
怒るなんて気持ち全く起こらなかった。
それよりもお父さんに会えたことの方が嬉しくてたまらなかった。
「柊くん……」
お父さんがぎゅっと力強くぼくを抱きしめてくれて、フレッドとはまた違う安心感に包まれた。
この時代に来られて、お父さんと出逢えて本当によかった。
もしかしたら、お父さんに逢わせるために神さまがここに呼んでくれたのかな……。
「あーっ、ウォッホン。
そろそろシュウをこちらにお返しいただけますか?
トーマ王妃」
フレッドのその言葉にお父さんは
『ああっ、ごめんなさい……』と手を緩めた。
その瞬間、フレッドに物凄い力で抱きしめられ、気づいた時にはもうフレッドの腕の中に戻っていた。
「フレッド……」
「申し訳ない。いくら父親とはいえ、あんなにも激しく抱き合っているのをみるのはあれ以上我慢できなかった……」
本当に申し訳なさそうに項垂れながらもぼくのことを抱きしめる腕は緩めない、そんなフレッドが可愛くて
『ふふっ』と笑みが溢れた。
「トーマは子が出来ていたことを知っていたのか?
そんな話は聞いてなかったが……」
今までずっと静観していたアンドリュー王がお父さんに話しかけた。
「ううん、知らなかったというか、わからなかったんだ、まだ……それよりも先にここに来ちゃったから……」
「あの……もし良かったら、その時の話聞かせてもらえませんか? あっ、ダメだったら、その……無理には……」
あのお母さんとこんなに穏やかで優しいお父さんがどうやって知り合ったのかすごく聞いてみたかったけれど、アンドリュー王の前で聞いていいものなのか、急に心配になって、ぼくは慌てて止めようとしたけれど、お父さんは
「ううん、ちゃんと聞いてほしい。柊くんにも……そして、アンディーにも……」
そう言って、昔のことを語り始めた。
「僕の家は田舎だけど、江戸時代から500年以上続く旧家でね、土地や畑、山なんかを当主が代々世襲してきたんだ。
世襲できるのは身体のどこかに痣のある直系男子だけとされていて、それが確認できた者が後継と認められたんだ」
江戸時代からって……お父さんってそんなすごい家に生まれた人だったんだ……。
「僕には生まれた時から肩に痣があって、後継者となるべく育てられてきたんだ。
許嫁もいて、僕の18の誕生日にその子と正式に婚約して、20歳になったら結婚すると決められていてね。僕はそれに疑問を持ったことはなかったんだけど相手は嫌だったのかな……婚約直前に彼女があろうことか弟と深い仲になっていたことがわかって……そりゃあもうあの時は大騒ぎだったよ」
弟に婚約者さんを取られちゃったってこと?
そりゃあ、大騒ぎにもなるよね。
「弟と自分の婚約者がそんなことになってるなんて思いもしなかったし……。
もしかしたら、弟もあの子も最初からお互い好きあってたのかもしれないね。
無理矢理決められて、婚約してしまったら後戻りできないと思って2人で強硬手段にでたのかも。
親はめちゃくちゃ怒ってたけど、彼女はすでに妊娠していたし、弟とそんな仲になった子を本家の当主である僕が奪って結婚するわけにもいかないしね、それで僕の新しい婚約者探しを慌てて始めたんだ」
もしかして、それがお母さんとか?
いや、でもそうならおじいちゃんとかおばあちゃんに会ったりしそうなもんだよね?
ぼくはお母さん以外の身内には会ったことなかったし……。
「僕は幼い頃から当主として決められた人と結婚して後継をつくることが大事だってずっと言われてたから、あんまり恋愛には興味なくて……親が選んできた相手と結婚すればいいと思ってたんだ」
うん、なんだかお父さんらしい。
「でもね、うちの両親が求めるような……なんていうのかな、箱入りのお嬢さまみたいな子はなかなか見つからなくて、僕は婚約者が決まらないまま大学生になって親元を離れたんだ。
ある時、一人暮らしをしてる大学の男友達に誘われて家に行ったら、無理やりお酒を飲まされて眠っちゃったんだ。
で、朝起きたらその友達はいなくなってて代わりに何故か知らない女性が僕の隣で裸で寝てたんだよ」
「ええっ? 知らない女性が、は、裸で?」
黙って話を聞いていたのに、驚きすぎてつい声が出てしまった。
でも、なにそれ……怖すぎる……。
大体、その友達はどこに行っちゃったの?
「うん。たまたま遊びに来た彼女に酔っ払った僕が無理やり襲ってきたんだって泣きながら言われて……。
『責任とってくれないと警察に被害届を出す』って言われてさ。僕も記憶がないとは言え、裸の女性と一緒に寝てたのは事実でしょ? そういうことをしてしまったかどうかは別として、男として責任は取らないといけないと思って『わかった』って言ったんだ。
彼女は僕の家のことを良く知ってて、
『早く親に紹介して、結婚して』って毎日のように催促されてね。
仕方がないから、親に連絡して
『付き合ってる人がいて結婚するつもりだ』って話をしたんだ。
親はものすごく怒ってたけど、
『もしかしたら子どもができているかもしれない』って言ったら、
『とりあえず会う』って言ってくれて、彼女と一緒に会うことになったんだ。
その日は朝から大学で大事な講義があって、どうしても休めなくて講義が終わってから彼女と待ち合わせして親に会いに行くことになってたんだけど、
数日の間にいろんなことがあって、身体が疲れてしまっていたのかな……ホームで待ってたら誰かとぶつかって身体が耐えきれずに線路に落ちちゃったんだ。で、運悪くそこに電車が来て、『あー死ぬな』って思って……でも、気づいたら、このお城の花壇に倒れてたんだよ」
すごい……なんだか情報量が多すぎてどこから聞いて良いのかわからないけど……
「じゃ、じゃあ……お父さんは亡くなってここに来たっていうこと? それとも……?」
「うーん、それは僕にも分からないけど……こっちに来た時はその時の格好そのままだったし、荷物も持ったままだったから、多分あのぶつかる瞬間にこっちに移動したんじゃないかな?」
「じゃあ、死ななかったってことだよね?
ふう……っ、良かった」
お父さんが痛い思いしないで本当に良かった。
「うーん……とすれば、その女性がシュウの母親ということでしょうか?」
「多分、そうだと思う。僕はここに来るまで、誰かと……その、した可能性があるのは彼女しかいないから」
「しかし、トーマがいなくなったなら、トーマの親は余計生まれてきた後継を欲しがるのではないか?
なぜ、母親から引き取らなかったのだ?」
確かに……そんなに血筋を気にする家系なら、そのあと生まれたぼくが男の子だって分かったら、有無を言わさずお母さんから引き取りそうなのに……。
お父さんの子どもがどうかは痣を確認すればわかったはずだし。
「うん、僕にも詳しくはわからないけど、多分……弟のところに後継が生まれるまで待ってたんじゃないかな」
「どういう意味だ?」
「直系男子に現れる痣は、あの時、僕と弟だけに現れてた。僕がいなくなった後、痣があったのは弟と柊くんだけ。柊くんが18になって、まだ弟のところに痣を持つ子が生まれていなければ、その時に引き取るつもりだったんじゃないかな。うちの親のことだから18で引き取る時に育てた分のお金を渡すとか言ったのかもね」
「じゃあ15でお母さんがいなくなったのは……?」
「……多分、弟のところに痣を持つ子が生まれたんだよ」
「だからぼくがいらなくなったんだ……」
そうか……。
お母さんにとっても、おじいさんたちにとってもぼくはその時必要なくなったんだ。
お父さんの話を聞いている時、ほんの一瞬だけ、お母さん以外に親戚がいるということに喜んだ自分がいた。
ずっとひとりだったから、本当は誰かが近くで見守ってくれたりしてたんじゃないかって……。
でも、一瞬にしてそれは打ち砕かれたんだ。
ぼくは誰からも必要とされなかった。
あの、ひとりになった日……ぼくはお母さんに捨てられたと思っていたけれど、違った。
みんなから捨てられた日だったんだ。
「あの時、ぼくは誰からもいらない存在になったんだね……」
「それは違う!」
フレッドの突然の大声に身体がビクッと震えた。
後ろからぼくを抱きしめるフレッドの腕が緩められ、向かい合わせに座らされた。
「……フレ、ッド……」
「シュウ、よく聞いてくれ。シュウはいらなくなったんじゃない。私のところへ来るために、神がそいつらに後継を作ってくれたんだよ。シュウはその時、全てから自由になったんだ」
「えっ? 自由に?」
「ああ、そうだ。もし、そのまま18になっていたら、金のために会ったこともない祖父母の元へ連れて行かれて、後継を作るために好きでもない女と結婚させられて……血筋しか見ないような奴らだ。後継が生まれたらそれこそもう用済みだと邪魔者扱いされたかもしれない」
フレッドの言葉が矢のようにどんどん突き刺さっていく。
そうだ、フレッドの言う通りだ。
ぼくにはそんな未来が待っていたのかもしれない。
そんな未来が現実になっていたらと思うと、怖くてサァーッと血の気が引いていくのがわかった。
「でも、今は違うだろう? シュウには私がいるし、父であるトーマ王妃にも会うことができた。
シュウは今、幸せだろう?」
そうだ……。
会ったこともない知らない親戚に捨てられて何を悲しむことがあったんだろう。
ぼくを心から愛してくれるフレッドと、一生会えないと思っていたお父さんが傍にいてくれて、他に望むものなんて何もない。
「……うん、ぼく……今が1番幸せだ」
ぼくが涙をぼろぼろと溢していると、フレッドとお父さんから同じタイミングでハンカチが出された。
そして、どちらも引っ込めようとしない。
「トーマ王妃、御心遣いは有難いのですが、シュウには私のハンカチがありますのでお気遣いなく」
「いやいや、柊くんが僕の子どもなら肌が弱いはずだから、こっちのハンカチの方が柊くんに合ってると思うんだよね」
表情や声は柔かなのに、何か角があるように聞こえるのはぼくの気のせいだろうか?
でも、普段穏やかな2人がハンカチなんかで言い合いをしているそんな光景が面白くて、ぼくは涙を流しながら
『ふふっ、あははっ』と大笑いしてしまった。
「フレデリックもトーマも何を競い合ってるのだ。
シュウに笑われておるぞ」
「だってぇー、せっかく会えた息子なのに……彼が全然離してくれないし」
拗ねているお父さんがなんだかとても可愛らしい。
それに、お父さんの口から息子だなんて言われると、なんだか照れてしまう。
「今日は朝からずっと離れ離れだったのですよ。
まだ足りないくらいなんです」
「あっ、そうだ! 離れ離れで思い出した!
今日の公務はどうだった?」
お父さんがキラキラした目でぼくを見つめてくる。
「其方が今日頑張ったことをトーマとフレデリックに教えてあげるといい」
アンドリュー王が優しげな目で見つめながらそう言ってくれて、ぼくは嬉しくなって2人に今日の出来事を話した。
子どもたちに囲まれて絵本を読んだこと。
お父さんとアンドリュー王の絵本にドキドキしたこと。
自分の大好きな物語を聞かせたらみんなが喜んでくれたこと。
ふわふわのパンケーキを焼いて見せたらすごく喜んでくれたこと。
どれもこれもが楽しい想い出で、1日があっという間に感じた。
「子どもたちがみんな素直で可愛くて……今日行けて良かったです」
「そっか。良かった! 柊くんもこれで自信ついたでしょ?」
「えっ?」
「今、話してる時の顔、すごくイキイキしてたよ。みんなのために何かしてあげたいってそう思えるって素敵なことだよ。きっと、こういうこと向いてるんだと思う」
ぼくに向いてることなんて考えたことなかった。
ぼくはいつも役立たずで言われたことしかできないって怒られていたし……。
でも、今日ぼくの持っている僅かな知識で子どもたちが笑顔を見せてくれた時、嬉しくてたまらなかった。
あの笑顔をいつでも見られるように頑張ろうって思えたんだ。
「お父さん……ありがとう。今日行けなかったらぼくはずっと気付けずにいたかも」
「ふふっ。柊くんから『お父さん』って呼ばれるのはなんだかくすぐったい気分になっちゃうけど、なんか良いね」
2人で顔を見合わせて笑っていると、フレッドが口を挟んだ。
「それはそうと……シュウの焼いたパンケーキはどうしたんだ?」
「ああ、それはアンドリュー王に召し上がってもらってって…………ああっ、ごめんなさい。これは内緒だったのに……」
慌ててアンドリュー王に謝ると、フレッドはにこりと笑って
「へぇ……そうですか、陛下がわざわざ……申し訳ありません。それで……内緒というのは、どういう意味なのですか?」
と言うと、アンドリュー王はなぜか少し後退りながら言葉を返していた。
「い、いや……あれは、不可抗力でな」
そうそう、美味しくないのに食べてくれたんだよ。
アンドリュー王っていい人だ。
フレッドに料理が下手だって隠しておこうとしてくれたのに、ぼくったらつい口が滑って……はぁ、申し訳ない。
「違うんだよ、フレッド! 失敗しちゃって美味しくなかったのにアンドリュー王が優しさで食べてくれたんだよ! だから内緒にしておこうって……」
ぼくが必死にそう説明したんだけど、フレッドは柔かにアンドリュー王を見つめたまま動かなかった。
2人は目でお喋りでもしているんだろうか?
そのまま見つめあっている2人の横で、お父さんが
「えーーっ! アンディーだけずるーい!!
僕も柊くんのパンケーキ食べたい!!」
と言い出した。
えっ? お父さんも食べてくれるの?
失敗しちゃったけど?
「ぼくで良かったら作りま……」
「ウォッホン!
シュウの手料理はまず私から……ですよね! 陛下」
お父さんの言葉を遮るように、フレッドがなぜかアンドリュー王に話を振っている。
どうしたんだろう、一体。
別に順番なんか決めなくても……。
「ぼくはみんなに食べてもらえれば……」
「い、いや……其方の料理はまずフレデリックに」
「えーーっ! アンディー、ヒドイ!」
「いや、トーマ……今回は、なっ」
アンドリュー王がお父さんになんだか必死な様子で訴えてる。
お父さんは渋々と言った感じでふぅと溜め息を吐き、『わかったよ』と納得しているようだった。
ぼくとしてはそんなに言ってくれるならいっぱい作ってみんなで食べてもらえれば良いんだけどなぁ……。
ここでは1人分ずつしか作っちゃいけないルールがあるとか?
うーん、よくわからないな……。
「ウォッホン! と、とにかく、其方がトーマの息子というのなら、私にとっても大事な息子だ。
ここにいる間は今まで以上に気兼ねなく過ごしてくれればいい」
アンドリュー王の言葉にぼくはもちろん、お父さんも感激してしまった。
「はい。ありがとうございます!」
「アンディー、ありがとう」
アンドリュー王に御礼を言うと、
『ふふっ』と自然に笑みが溢れた。
「うむ。それから、王を付けずとも
『アンドリューさま』で良いぞ」
「えっ? 良いんですか?」
「ああ。もう家族なのだからな。今日練習したのだから、すぐに言えるようになるだろう」
ふふっ。そうだった。
あっちではお父さんの代わりだったからそう呼んでたんだよね。
でも、『家族』って言ってくれて嬉しい!!
よぉし!
「はい。あ、アンドリュー、さま」
あっ、ちょっと緊張しちゃった……。
『ぐぅっっ、そうだった……これを忘れていた』
「やはり……」
アンドリューさまは小声で呟いたかと思うと、何かを言いかけたけれど、
「ああ、いいじゃない!
毎回毎回『アンドリュー王』ってちょっと余所余所しくて硬いなって思ってたんだよね」
とお父さんがものすごく賛成してくれて、ぼくからの呼び名はめでたく『アンドリューさま』に決定した。
フレッドだけはなんだかアンドリューさまをじっと見ていたけれど……。
今日は2人が見つめあってることが多いなぁ。
気のせいかな??
「そ、それじゃあ……そろそろ夕食にでもするか。
ブルーノを呼ぶとしよう。
ああ、そういえばブルーノが部屋で2人が騒いでいると言っていたが、結局何をやっていたのだ?」
そうだ、ブルーノさん、なんかすごい血相変えて来てたよね?
「えっ? ああ、窓を開けたら蜂が入ってきて、それを追い出そうと格闘してたんだよ」
ふぅん。蜂って、この世界にもいるんだ。
大きいのだと怖いよね。
「なるほどな。玄関でブルーノが部屋で2人の叫び声が聞こえると報告しに来たのでな、慌てて部屋に来たのだ」
そっか。あれはそういう報告だったんだ。
ブルーノさんが慌てて報告しにくるほど、そんなに大きな叫び声だったのかな?
虫が怖いなんて、お父さん……田舎育ちなのになんか可愛い。
「蜂じゃなかったら、そんなに騒がなかったんだけど、一度刺されたことがあるから怖くって……」
「刺されたりはしなかったのか? 痛みはないのか?」
アンドリュー王がお父さんの手足を甲斐甲斐しく調べている。
「うん、フレデリックさんがすぐに服を脱ぐように言ってくれたから大丈夫だった」
「なんだと? 服を脱ぐように?」
なんだろう、アンドリュー王のフレッドを見る目がやけに怖く感じるんだけど……。
「えっ? いや、その蜂が服の中に入ったというので、上着を……そう!
上着を脱ぐように勧めただけです。
トーマ王妃が刺されでもしたら大変ですから」
「ほぉ、なるほどな……」
じっとりとした目で見ているアンドリュー王の顔は何か怒っているように見える。
本当に今日はよく見つめあっている。
けれど、さっきまでと違って、フレッドの方が怖がってるみたい。
なんなんだろうな……不思議だ。
ぼくを抱きしめたまま泣き続ける冬馬さんにアンドリュー王が優しく声を掛けると、冬馬さんはゆっくりとぼくの首に回していた腕を離し、アンドリュー王の腕の中へと包まれていった。
「アンディー……僕、僕……」
「ゆっくり話を聞くから、落ち着け」
冬馬さんから腕を解かれた後もぼくがその場に立ち尽くしていると、後ろからそっとフレッドが抱きしめてくれた。
「シュウ、大丈夫か?」
「フレッド……何がどうなってるのか、わからないよ……」
「ああ、私もだ」
ぼくたちが顔を見合わせて困惑していると、
「すまないが、少しここで待っていてもらえるか?」
アンドリュー王はそう言って、冬馬さんを連れぼくたちの寝室へと入っていった。
ぼくたちはソファーに腰を下ろし、2人が出てくるのをただ待つしかなかった。
「ねぇ、一体何があったの?」
「いや、本当に私にも分からないのだ。
突然トーマ王妃が泣き出して……だからなぜシュウに謝罪したのかもわからない」
本当に何だったんだろう……。
冬馬さんがぼくに謝らなきゃいけないことなんて何もないのに。
部屋が静まり返っているせいか、
2人が入っていた部屋の中から
『それはまことか? まさか……』
というアンドリュー王の困惑した声がぼくたちの方まで微かに漏れ聞こえてくる。
本当にどうしたんだろう……。
冬馬さんは初めて会った時からいつも柔かな笑顔を見せてくれて……あの人たちに怪我させられたあとだって、ぼくを気遣ってずっと笑顔で……あんなに泣きじゃくって感情が制御できていない冬馬さんを見たのは初めてだ。
どうしたらいいのかわからない中で、フレッドはずっとぼくを抱きしめたまま離そうとしない。
「何があったとしても、私はずっとシュウの傍にいる。何も心配しなくていい」
「うん。ありがとう……」
ぼくはフレッドのその気持ちが嬉しかった。
フレッドのその温もりに包まれているおかげで何とか穏やかな気持ちを保っていられるんだ。
フレッドのそういう優しさが今のぼくには本当にありがたかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
カチャリと扉が開く音が聞こえて、アンドリュー王が顔を出した。
「申し訳ないが、これから話すことは誰にも聞かれたくない。こちらの部屋に来てもらえぬか?」
そう言われて、ぼくたちは寝室へと足を踏み入れた。
冬馬さんは奥のソファーに座ったまま、身動きひとつしていない。
ぼくは案内されるまま、ゆっくりと冬馬さんと向かい合わせに腰を下ろした。
「これから、トーマが話すことは其方にとって辛い事実かもしれない。もし、途中でやめたければすぐに申し出てくれ」
「……わかりました」
ぼくはどんな話が始まるんだろうとドキドキしながら、冬馬さんが話し始めるのを待った。
「トーマ、大丈夫か?」
「うん。平気だよ。柊くんもフレデリックさんもごめんね」
笑顔でそういってくれる冬馬さんにほんの少しだけ気が楽になるのを感じた。
冬馬さんは大きく『ふぅーーーっ』と深呼吸してから、ぼくをじっと見つめながらゆっくりと口を開いた。
「あのね、柊くんの父親は多分……僕だと思う」
えっ?
い、今……なんて言ったの?
ぼくの父親?
父親って……お父さんってことだよね?
えっ? 冬馬さんが? お父さんだってこと?
ぼくの? なに? ほんとに??
「ごめんね、急にこんなこと言われても困っちゃうよね……」
あまりの驚きに頭が真っ白になってしまって、ぼくは何も言えずにただ冬馬さんを見つめることしかできなかった。
「……もしかしてあの痣が何か……父親である証のようなものなのですか?」
フレッドがそう問いかけると、
冬馬さんは声を出さずに静かに頷いた。
「痣? 痣ってなに?」
「シュウには見えないところだから気づいていないと思うが、この襟足のところに小さい五芒星の痣があるんだ」
「んっ……」
フレッドの指がぼくの襟足をそっとなぞると、ゾクリと身体が震えてしまう。
声を出さないように必死に耐えたけれど、少し声が漏れ聞こえたかもしれない。
フレッドの眉がピクリと動いた。
それにしても、こんなところに痣があったなんて全然知らなかった。
「あの星形の痣は、僕の一族の中で直系にのみ現れる痣でね、必ず身体のどこかに現れるんだ。もし、良かったら柊くんの痣を見せてもらえないかな?」
「どこかわからないけど……どうぞ」
ぼくはドキドキしながら、冬馬さんに背中を向け頭を下げた。
冬馬さんは指を差し出そうとしたけれど、
「あの……フレデリックさん、柊くんの髪を避けて痣が見えるようにしてもらえるかな?」
と急にフレッドを呼んで頼んでいた。
フレッドがさっと髪を避けると、冬馬さんは
『ああっ、この痣……やっぱり間違いない』
と震える声で呟いた。
ぼくは恐る恐る冬馬さんに尋ねた。
「じゃ、じゃあ……本当に冬馬さんがぼくのお父さんってこと?」
「うん、そうだね」
涙声でそう話す冬馬さんを見て、ぼくは急に嬉しさが込み上げてきて、冬馬さんの元に駆け寄り抱きついた。
「嬉しい!!
ぼく、ずっとお父さんに会いたかった!!
お父さんが生きててくれて嬉しい!!!」
あまりの喜びにこみあげてくる涙を抑えきれずにぼくは冬馬さんに抱きつきながら、子どものようにわあわあと泣いてしまっていた。
「えっ?! 柊くん、僕のこと……怒って、ないの?」
「ひくっ……な、なんで……ひくっ、怒るの?
ぼく、こんなに……ひくっ、嬉しいのに……」
「だって、僕がいないせいで柊くんずっと辛い目に遭ってたのに……」
「お、父さんの……ひくっ、せいじゃない、よ。
ぼくは……会えただけで、ひくっ、嬉しいのに……、そんなこと……言わないで、よ」
ぼくは冬馬さんの、いや、お父さんの胸にぎゅっとしがみついた。
お父さんが生きてた!
しかも、こんなに優しい人!
怒るなんて気持ち全く起こらなかった。
それよりもお父さんに会えたことの方が嬉しくてたまらなかった。
「柊くん……」
お父さんがぎゅっと力強くぼくを抱きしめてくれて、フレッドとはまた違う安心感に包まれた。
この時代に来られて、お父さんと出逢えて本当によかった。
もしかしたら、お父さんに逢わせるために神さまがここに呼んでくれたのかな……。
「あーっ、ウォッホン。
そろそろシュウをこちらにお返しいただけますか?
トーマ王妃」
フレッドのその言葉にお父さんは
『ああっ、ごめんなさい……』と手を緩めた。
その瞬間、フレッドに物凄い力で抱きしめられ、気づいた時にはもうフレッドの腕の中に戻っていた。
「フレッド……」
「申し訳ない。いくら父親とはいえ、あんなにも激しく抱き合っているのをみるのはあれ以上我慢できなかった……」
本当に申し訳なさそうに項垂れながらもぼくのことを抱きしめる腕は緩めない、そんなフレッドが可愛くて
『ふふっ』と笑みが溢れた。
「トーマは子が出来ていたことを知っていたのか?
そんな話は聞いてなかったが……」
今までずっと静観していたアンドリュー王がお父さんに話しかけた。
「ううん、知らなかったというか、わからなかったんだ、まだ……それよりも先にここに来ちゃったから……」
「あの……もし良かったら、その時の話聞かせてもらえませんか? あっ、ダメだったら、その……無理には……」
あのお母さんとこんなに穏やかで優しいお父さんがどうやって知り合ったのかすごく聞いてみたかったけれど、アンドリュー王の前で聞いていいものなのか、急に心配になって、ぼくは慌てて止めようとしたけれど、お父さんは
「ううん、ちゃんと聞いてほしい。柊くんにも……そして、アンディーにも……」
そう言って、昔のことを語り始めた。
「僕の家は田舎だけど、江戸時代から500年以上続く旧家でね、土地や畑、山なんかを当主が代々世襲してきたんだ。
世襲できるのは身体のどこかに痣のある直系男子だけとされていて、それが確認できた者が後継と認められたんだ」
江戸時代からって……お父さんってそんなすごい家に生まれた人だったんだ……。
「僕には生まれた時から肩に痣があって、後継者となるべく育てられてきたんだ。
許嫁もいて、僕の18の誕生日にその子と正式に婚約して、20歳になったら結婚すると決められていてね。僕はそれに疑問を持ったことはなかったんだけど相手は嫌だったのかな……婚約直前に彼女があろうことか弟と深い仲になっていたことがわかって……そりゃあもうあの時は大騒ぎだったよ」
弟に婚約者さんを取られちゃったってこと?
そりゃあ、大騒ぎにもなるよね。
「弟と自分の婚約者がそんなことになってるなんて思いもしなかったし……。
もしかしたら、弟もあの子も最初からお互い好きあってたのかもしれないね。
無理矢理決められて、婚約してしまったら後戻りできないと思って2人で強硬手段にでたのかも。
親はめちゃくちゃ怒ってたけど、彼女はすでに妊娠していたし、弟とそんな仲になった子を本家の当主である僕が奪って結婚するわけにもいかないしね、それで僕の新しい婚約者探しを慌てて始めたんだ」
もしかして、それがお母さんとか?
いや、でもそうならおじいちゃんとかおばあちゃんに会ったりしそうなもんだよね?
ぼくはお母さん以外の身内には会ったことなかったし……。
「僕は幼い頃から当主として決められた人と結婚して後継をつくることが大事だってずっと言われてたから、あんまり恋愛には興味なくて……親が選んできた相手と結婚すればいいと思ってたんだ」
うん、なんだかお父さんらしい。
「でもね、うちの両親が求めるような……なんていうのかな、箱入りのお嬢さまみたいな子はなかなか見つからなくて、僕は婚約者が決まらないまま大学生になって親元を離れたんだ。
ある時、一人暮らしをしてる大学の男友達に誘われて家に行ったら、無理やりお酒を飲まされて眠っちゃったんだ。
で、朝起きたらその友達はいなくなってて代わりに何故か知らない女性が僕の隣で裸で寝てたんだよ」
「ええっ? 知らない女性が、は、裸で?」
黙って話を聞いていたのに、驚きすぎてつい声が出てしまった。
でも、なにそれ……怖すぎる……。
大体、その友達はどこに行っちゃったの?
「うん。たまたま遊びに来た彼女に酔っ払った僕が無理やり襲ってきたんだって泣きながら言われて……。
『責任とってくれないと警察に被害届を出す』って言われてさ。僕も記憶がないとは言え、裸の女性と一緒に寝てたのは事実でしょ? そういうことをしてしまったかどうかは別として、男として責任は取らないといけないと思って『わかった』って言ったんだ。
彼女は僕の家のことを良く知ってて、
『早く親に紹介して、結婚して』って毎日のように催促されてね。
仕方がないから、親に連絡して
『付き合ってる人がいて結婚するつもりだ』って話をしたんだ。
親はものすごく怒ってたけど、
『もしかしたら子どもができているかもしれない』って言ったら、
『とりあえず会う』って言ってくれて、彼女と一緒に会うことになったんだ。
その日は朝から大学で大事な講義があって、どうしても休めなくて講義が終わってから彼女と待ち合わせして親に会いに行くことになってたんだけど、
数日の間にいろんなことがあって、身体が疲れてしまっていたのかな……ホームで待ってたら誰かとぶつかって身体が耐えきれずに線路に落ちちゃったんだ。で、運悪くそこに電車が来て、『あー死ぬな』って思って……でも、気づいたら、このお城の花壇に倒れてたんだよ」
すごい……なんだか情報量が多すぎてどこから聞いて良いのかわからないけど……
「じゃ、じゃあ……お父さんは亡くなってここに来たっていうこと? それとも……?」
「うーん、それは僕にも分からないけど……こっちに来た時はその時の格好そのままだったし、荷物も持ったままだったから、多分あのぶつかる瞬間にこっちに移動したんじゃないかな?」
「じゃあ、死ななかったってことだよね?
ふう……っ、良かった」
お父さんが痛い思いしないで本当に良かった。
「うーん……とすれば、その女性がシュウの母親ということでしょうか?」
「多分、そうだと思う。僕はここに来るまで、誰かと……その、した可能性があるのは彼女しかいないから」
「しかし、トーマがいなくなったなら、トーマの親は余計生まれてきた後継を欲しがるのではないか?
なぜ、母親から引き取らなかったのだ?」
確かに……そんなに血筋を気にする家系なら、そのあと生まれたぼくが男の子だって分かったら、有無を言わさずお母さんから引き取りそうなのに……。
お父さんの子どもがどうかは痣を確認すればわかったはずだし。
「うん、僕にも詳しくはわからないけど、多分……弟のところに後継が生まれるまで待ってたんじゃないかな」
「どういう意味だ?」
「直系男子に現れる痣は、あの時、僕と弟だけに現れてた。僕がいなくなった後、痣があったのは弟と柊くんだけ。柊くんが18になって、まだ弟のところに痣を持つ子が生まれていなければ、その時に引き取るつもりだったんじゃないかな。うちの親のことだから18で引き取る時に育てた分のお金を渡すとか言ったのかもね」
「じゃあ15でお母さんがいなくなったのは……?」
「……多分、弟のところに痣を持つ子が生まれたんだよ」
「だからぼくがいらなくなったんだ……」
そうか……。
お母さんにとっても、おじいさんたちにとってもぼくはその時必要なくなったんだ。
お父さんの話を聞いている時、ほんの一瞬だけ、お母さん以外に親戚がいるということに喜んだ自分がいた。
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でも、一瞬にしてそれは打ち砕かれたんだ。
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「あの時、ぼくは誰からもいらない存在になったんだね……」
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フレッドの突然の大声に身体がビクッと震えた。
後ろからぼくを抱きしめるフレッドの腕が緩められ、向かい合わせに座らされた。
「……フレ、ッド……」
「シュウ、よく聞いてくれ。シュウはいらなくなったんじゃない。私のところへ来るために、神がそいつらに後継を作ってくれたんだよ。シュウはその時、全てから自由になったんだ」
「えっ? 自由に?」
「ああ、そうだ。もし、そのまま18になっていたら、金のために会ったこともない祖父母の元へ連れて行かれて、後継を作るために好きでもない女と結婚させられて……血筋しか見ないような奴らだ。後継が生まれたらそれこそもう用済みだと邪魔者扱いされたかもしれない」
フレッドの言葉が矢のようにどんどん突き刺さっていく。
そうだ、フレッドの言う通りだ。
ぼくにはそんな未来が待っていたのかもしれない。
そんな未来が現実になっていたらと思うと、怖くてサァーッと血の気が引いていくのがわかった。
「でも、今は違うだろう? シュウには私がいるし、父であるトーマ王妃にも会うことができた。
シュウは今、幸せだろう?」
そうだ……。
会ったこともない知らない親戚に捨てられて何を悲しむことがあったんだろう。
ぼくを心から愛してくれるフレッドと、一生会えないと思っていたお父さんが傍にいてくれて、他に望むものなんて何もない。
「……うん、ぼく……今が1番幸せだ」
ぼくが涙をぼろぼろと溢していると、フレッドとお父さんから同じタイミングでハンカチが出された。
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表情や声は柔かなのに、何か角があるように聞こえるのはぼくの気のせいだろうか?
でも、普段穏やかな2人がハンカチなんかで言い合いをしているそんな光景が面白くて、ぼくは涙を流しながら
『ふふっ、あははっ』と大笑いしてしまった。
「フレデリックもトーマも何を競い合ってるのだ。
シュウに笑われておるぞ」
「だってぇー、せっかく会えた息子なのに……彼が全然離してくれないし」
拗ねているお父さんがなんだかとても可愛らしい。
それに、お父さんの口から息子だなんて言われると、なんだか照れてしまう。
「今日は朝からずっと離れ離れだったのですよ。
まだ足りないくらいなんです」
「あっ、そうだ! 離れ離れで思い出した!
今日の公務はどうだった?」
お父さんがキラキラした目でぼくを見つめてくる。
「其方が今日頑張ったことをトーマとフレデリックに教えてあげるといい」
アンドリュー王が優しげな目で見つめながらそう言ってくれて、ぼくは嬉しくなって2人に今日の出来事を話した。
子どもたちに囲まれて絵本を読んだこと。
お父さんとアンドリュー王の絵本にドキドキしたこと。
自分の大好きな物語を聞かせたらみんなが喜んでくれたこと。
ふわふわのパンケーキを焼いて見せたらすごく喜んでくれたこと。
どれもこれもが楽しい想い出で、1日があっという間に感じた。
「子どもたちがみんな素直で可愛くて……今日行けて良かったです」
「そっか。良かった! 柊くんもこれで自信ついたでしょ?」
「えっ?」
「今、話してる時の顔、すごくイキイキしてたよ。みんなのために何かしてあげたいってそう思えるって素敵なことだよ。きっと、こういうこと向いてるんだと思う」
ぼくに向いてることなんて考えたことなかった。
ぼくはいつも役立たずで言われたことしかできないって怒られていたし……。
でも、今日ぼくの持っている僅かな知識で子どもたちが笑顔を見せてくれた時、嬉しくてたまらなかった。
あの笑顔をいつでも見られるように頑張ろうって思えたんだ。
「お父さん……ありがとう。今日行けなかったらぼくはずっと気付けずにいたかも」
「ふふっ。柊くんから『お父さん』って呼ばれるのはなんだかくすぐったい気分になっちゃうけど、なんか良いね」
2人で顔を見合わせて笑っていると、フレッドが口を挟んだ。
「それはそうと……シュウの焼いたパンケーキはどうしたんだ?」
「ああ、それはアンドリュー王に召し上がってもらってって…………ああっ、ごめんなさい。これは内緒だったのに……」
慌ててアンドリュー王に謝ると、フレッドはにこりと笑って
「へぇ……そうですか、陛下がわざわざ……申し訳ありません。それで……内緒というのは、どういう意味なのですか?」
と言うと、アンドリュー王はなぜか少し後退りながら言葉を返していた。
「い、いや……あれは、不可抗力でな」
そうそう、美味しくないのに食べてくれたんだよ。
アンドリュー王っていい人だ。
フレッドに料理が下手だって隠しておこうとしてくれたのに、ぼくったらつい口が滑って……はぁ、申し訳ない。
「違うんだよ、フレッド! 失敗しちゃって美味しくなかったのにアンドリュー王が優しさで食べてくれたんだよ! だから内緒にしておこうって……」
ぼくが必死にそう説明したんだけど、フレッドは柔かにアンドリュー王を見つめたまま動かなかった。
2人は目でお喋りでもしているんだろうか?
そのまま見つめあっている2人の横で、お父さんが
「えーーっ! アンディーだけずるーい!!
僕も柊くんのパンケーキ食べたい!!」
と言い出した。
えっ? お父さんも食べてくれるの?
失敗しちゃったけど?
「ぼくで良かったら作りま……」
「ウォッホン!
シュウの手料理はまず私から……ですよね! 陛下」
お父さんの言葉を遮るように、フレッドがなぜかアンドリュー王に話を振っている。
どうしたんだろう、一体。
別に順番なんか決めなくても……。
「ぼくはみんなに食べてもらえれば……」
「い、いや……其方の料理はまずフレデリックに」
「えーーっ! アンディー、ヒドイ!」
「いや、トーマ……今回は、なっ」
アンドリュー王がお父さんになんだか必死な様子で訴えてる。
お父さんは渋々と言った感じでふぅと溜め息を吐き、『わかったよ』と納得しているようだった。
ぼくとしてはそんなに言ってくれるならいっぱい作ってみんなで食べてもらえれば良いんだけどなぁ……。
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うーん、よくわからないな……。
「ウォッホン! と、とにかく、其方がトーマの息子というのなら、私にとっても大事な息子だ。
ここにいる間は今まで以上に気兼ねなく過ごしてくれればいい」
アンドリュー王の言葉にぼくはもちろん、お父さんも感激してしまった。
「はい。ありがとうございます!」
「アンディー、ありがとう」
アンドリュー王に御礼を言うと、
『ふふっ』と自然に笑みが溢れた。
「うむ。それから、王を付けずとも
『アンドリューさま』で良いぞ」
「えっ? 良いんですか?」
「ああ。もう家族なのだからな。今日練習したのだから、すぐに言えるようになるだろう」
ふふっ。そうだった。
あっちではお父さんの代わりだったからそう呼んでたんだよね。
でも、『家族』って言ってくれて嬉しい!!
よぉし!
「はい。あ、アンドリュー、さま」
あっ、ちょっと緊張しちゃった……。
『ぐぅっっ、そうだった……これを忘れていた』
「やはり……」
アンドリューさまは小声で呟いたかと思うと、何かを言いかけたけれど、
「ああ、いいじゃない!
毎回毎回『アンドリュー王』ってちょっと余所余所しくて硬いなって思ってたんだよね」
とお父さんがものすごく賛成してくれて、ぼくからの呼び名はめでたく『アンドリューさま』に決定した。
フレッドだけはなんだかアンドリューさまをじっと見ていたけれど……。
今日は2人が見つめあってることが多いなぁ。
気のせいかな??
「そ、それじゃあ……そろそろ夕食にでもするか。
ブルーノを呼ぶとしよう。
ああ、そういえばブルーノが部屋で2人が騒いでいると言っていたが、結局何をやっていたのだ?」
そうだ、ブルーノさん、なんかすごい血相変えて来てたよね?
「えっ? ああ、窓を開けたら蜂が入ってきて、それを追い出そうと格闘してたんだよ」
ふぅん。蜂って、この世界にもいるんだ。
大きいのだと怖いよね。
「なるほどな。玄関でブルーノが部屋で2人の叫び声が聞こえると報告しに来たのでな、慌てて部屋に来たのだ」
そっか。あれはそういう報告だったんだ。
ブルーノさんが慌てて報告しにくるほど、そんなに大きな叫び声だったのかな?
虫が怖いなんて、お父さん……田舎育ちなのになんか可愛い。
「蜂じゃなかったら、そんなに騒がなかったんだけど、一度刺されたことがあるから怖くって……」
「刺されたりはしなかったのか? 痛みはないのか?」
アンドリュー王がお父さんの手足を甲斐甲斐しく調べている。
「うん、フレデリックさんがすぐに服を脱ぐように言ってくれたから大丈夫だった」
「なんだと? 服を脱ぐように?」
なんだろう、アンドリュー王のフレッドを見る目がやけに怖く感じるんだけど……。
「えっ? いや、その蜂が服の中に入ったというので、上着を……そう!
上着を脱ぐように勧めただけです。
トーマ王妃が刺されでもしたら大変ですから」
「ほぉ、なるほどな……」
じっとりとした目で見ているアンドリュー王の顔は何か怒っているように見える。
本当に今日はよく見つめあっている。
けれど、さっきまでと違って、フレッドの方が怖がってるみたい。
なんなんだろうな……不思議だ。
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