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第四章 (王城 過去編)
花村 柊 16−2
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しばらく経って、ブルーノさんが騎士さんたちを何人か連れてやってきた。
「トーマさま。シュウさま。準備が整いましてございます。こちらは今回同行をお願い致しました騎士団団長のヒューバートさまでございます」
ブルーノさんがそう紹介すると、少し離れた場所に立っていたイケメンさんが近づいてきて綺麗なお辞儀を見せてくれた。
「あれ、ヒューバート。団長自ら付いてきてくれるの?
忙しいんじゃない?」
「いいえ、トーマさまとシュウさまの警護より優先すべき仕事などございません。陛下もそう仰るはずでございます」
「そう? なら良いんだけど。ありがとう。今日は宜しくね」
「はっ。部下5名同行させますのでどうぞご安心ください」
その言葉に後ろにいた騎士さんたちが一斉に頭を下げた。
その時お父さんがぼくの耳元でこっそりと
『彼らがいる時は、“柊ちゃん”って呼ぶからね』と囁いた。
そうだね、ぼくは今女の子の姿だし、“くん”じゃ変だもんね。
わかったと言う代わりにお父さんの目を見て
『うん』と頷いた。
お父さんって呼ばないように気をつけないと!
「柊ちゃん、彼はこの前アンディーたちと一緒に僕たちを助けに来てくれた人だよ」
そうなんだ! それはちゃんと御礼を言わないと!
「あ、あの……この前は助けに来てくださってありがとうございました。おかげで助かりました」
とニッコリと笑顔で御礼を言うと、後ろの騎士さんたちがなんだかざわざわとし始めた。
変なこと言ったかな? と思ったけれど、団長のヒューバートさんが後ろを振り向くとピタッと静かになった。
そして、ゆっくりとぼくたちの方に振り返り、
「いえ、お元気になられてようございました」
と笑顔で返してくれた。
それは良かったけど、後ろにいる若い騎士さんたちの顔がちょっと引き攣ってるのが気になるなぁ。
「さぁ、早く行かないと泳ぐ時間がなくなっちゃうよ」
お父さんの言葉にヒューバートさんは
『では、参りましょうか』と案内してくれた。
連れて行かれたのは厩舎。
騎士さんたちの分も合わせて9頭のお馬さんたちが出かけるのを待ってくれているみたいだ。
「わぁーっ。お馬さんがいっぱい! 可愛い」
一頭一頭毛並みや色も違っていてとっても可愛い子達だな。
「ねぇ、お……冬馬さん。近づいてもいいかな?」
「ああ、いいよ。でも気をつけて!」
危ない、危ない。お父さんって言いそうになっちゃった。気をつけないと!
ぼくがお馬さんたちに近づくと、ヒューバートさんがそっと近くに来てくれた。
何かの時のために見守ってくれているのかもしれない。優しいな。
一番端にいた子は焦げ茶色の毛並みに緑色のふわふわの鬣がフレッドのお屋敷にいたドリューにそっくりで少し懐かしい気がした。
「この子、名前なんて言うんですか?」
「はい。ユージーンと言います」
「そっか。ユージーン、今日はよろしくね」
そう言って手を差し出すと、
「あっ、シュウさま! 危な……えっ??」
ヒューバートさんの焦った声が聞こえた気がしたけれど、ぼくは可愛いユージーンにもうメロメロになっていた。
ユージーンはぼくにスリスリと近寄ってきて、とって人懐っこい。
『どうぞ触って』と言うように鬣を近づけてきたので、そっと撫でてやると、ユージーンは気持ちよさそうに
『ヒヒーン』と嘶いた。
「ユージーン、とっても可愛いですね……あれっ?」
後ろを振り向くと、ヒューバートさんはもちろん他の騎士さんやブルーノさんも驚いた表情をしている。
みんな、どうしたんだろう?
「ヒューバート、ブルーノ、どうしたの?」
お父さんもみんなの様子がおかしいことに気づいたんだろう。
少し大きな声で話しかけると、ヒューバートさんがハッとした顔で、
「ユージーンは人見知りが強くて初対面で自ら触らせることはまずありません。威嚇をしてくることもしばしばありますので、シュウさまにこんなに懐いているのを見て驚いてしまって……失礼いたしました」
と頭を下げた。
そうなんだ、こんなに人懐っこい子なのに……。
ドリューやオルフェルもすぐ懐いてくれたからなぁ、ぼくきっとお馬さんと仲良くなれる能力でもあるのかもしれないな……なんて。ふふっ。
ユージーンがぼくの服を少し引っ張ってきた。
これって……もしかして乗せてくれようとしてくれてるのかな?
「シュウさまはユージーンに本当に懐かれたのかもしれませんね。ほら、背中に乗って欲しそうだ」
後ろにいた若い騎士さんがさっと駆け寄ってきてそう言ってくれた。
「宜しければ背中にお乗せしましょうか?」
柔かな笑顔でそう言ってくれたけれど、ヒューバートさんが慌てて若い騎士さんの傍にいって
『お前、私がさっき言ったことを忘れたのか?』と小声で怒鳴りつけている。
彼も親切で言ってくれたんだろうに……ヒューバートさん、あんなに怒ってどうしたんだろう?
そうしている間もユージーンはぼくを何とか背中に乗せようと必死に服を引っ張ってくる。
「やぁっ、ユージーン。そんなに引っ張ったら足が見えちゃう……」
見ると長いスカートを履いているのに膝上まで上がってきている。
「ううん、もう……ダメだったらぁ!」
必死に服を下げようとしていると、若い騎士さんたちが顔を真っ赤にして蹲っていく。
それを見ていたお父さんがユージーンに近づいて、
「ほら、ユージーン……やめて」
と優しく声をかけるとようやく服を離してくれた。
「シュウさま。お怪我はございませんか?」
ブルーノさんが心配そうに声をかけてくれたけれど、特に怪我はない。痛いところも無いし大丈夫だ。
「うん。大丈夫。ただ、服がユージーンの涎で濡れちゃったから早く着替えたいな」
「柊ちゃん、今から泳ぐんだから大丈夫だよ」
「ああっ、そっか……良かった。ふふっ」
「柊ちゃんは馬に乗れるの?」
あっ、そうだ……。
ぼくは1人では乗れないんだ。
どうしよう……。
「大丈夫でございますよ。横乗り用の鞍をご用意しておりますので、シュウさまは横乗りでお座りになりましたら、私が手綱を引いて川までお連れ致します」
ヒューバートさんが連れて行ってくれるんだ!
良かった! でも凄いな。鞍って横乗り用とかあるんだね。楽しそう!
「では、シュウさまはユージーンで宜しいですか?」
「はい。お願いします」
ぼくがそう頼むとヒューバートさんは手早くユージーンに横乗り用の鞍をつけてくれた。
「わぁ、椅子みたい! でも、ユージーンは重くないかな?」
「シュウさまのようにお軽い方でしたら、何の問題もございません。ご安心ください」
「それなら良かった」
お父さんとブルーノさんが手伝ってくれて、ユージーンの背中に乗ることができた。
この横乗り用の鞍も座りやすくて良い感じだ。
座高が高くなってとても気分がいい。
まるでフレッドになったみたい。
「わぁっ、乗れた!」
「上手! 上手! じゃあ僕も」
お父さんはユージーンの隣にいた焦げ茶色の毛並みに茶色のサラサラのストレートの鬣の子に鞍をつけてもらってサッと鮮やかに跨った。
「凄い! 冬馬さん、乗るのとっても上手!」
「ふふっ。ありがとう。
この子はね、アンディーが僕用にって連れてきてくれた子なんだ。
名前はチャーリーって言うんだよ。
ほら、チャーリー。柊ちゃんに挨拶して」
お父さんがそう促すと、チャーリーはぼくの方に顔を向けて『ヒヒーン』と優しく嘶いた。
「うわぁ、可愛い」
信頼し合ってる感じがして、すごく素敵だ。
周りを見ると、もうすでにみんな騎乗している。
さぁ、出発だ!
自分の馬に乗りながら手綱を引いてくれるヒューバートさんはぼくが怖がらないようにゆっくりゆっくり進んでくれて、カポッカポッと蹄の音がすごく心地よい。
今日はいい天気だし、ユージーンに乗っていると風も爽やかで気持ち良いな。
ゆったりとした振動に少し眠たくなってしまうくらいだ。
ほんの少しだけ目を瞑っていると、突然ユージーンの激しい嘶きが響いた。
なに? と思って目を開けた時には、ユージーンが前脚を大きく上げて棹立ちになっていた。
「柊ちゃん!」
「シュウさま! しっかりしがみついていてください!」
ぼくは振り落とされないように必死で首にしがみついた。
「わぁーーーっ! 助けてぇー!」
「ユージーン! 落ち着くんだ! ドウドウ、ドウドウ!」
ヒューバートさんが手綱を引いて必死に落ち着かせようとしているけれど、ユージーンの興奮は止まらない。
騎馬したままユージーンの手綱を持つヒューバートさんと一緒に猛スピードで森の中へと進んでいく。
あまりの恐怖に涙が止まらなくなってきた。
怖くて叫ぶことも出来なくて、
『フレッド助けてー!』
そう心の中で叫んだとき、
「……ウ! シュウ!」
フレッドの声が聞こえた気がした。
後ろを見るとものすごいスピードで馬を走らせて近づいてくるフレッドの姿が見えた。
「フレッド!!」
「ほら、手を伸ばして!」
フレッドが手を差し出してくれるけれど、怖くてユージーンの首にしがみついた手を離すことができない。
「こわいよ……、こわい」
「大丈夫! 絶対落としたりしないから私を信じろ!」
その言葉に物凄いスピードの中、ぼくはしがみついていた体勢からゆっくりと起き上がりそろそろと手を伸ばした。
指の先がフレッドの手に触れた途端、ものすごい力でグイッと引っ張られ気づいた時にはフレッドの腕の中にいた。
「ああっ、良かった。心配したぞ」
フレッドはゆっくりと速度を落とし、止まってからぎゅっとぼくを抱きしめてくれた。
「怖かった……怖かったよ。ひくっ」
「もう大丈夫だ。ほら、笑顔を見せてくれ」
親指でぼくの涙を優しく拭いながら、にっこりと微笑んでくれるフレッドに、ぼくも笑顔を見せた。
そこに落ち着きを取り戻したユージーンを連れ、ヒューバートさんが戻ってきた。
ぼくがフレッドの腕の中にいるのをみて安堵の溜め息を『ふぅ』と漏らして
「アルフレッドさま、シュウさまを危ない目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした」
馬から下り土下座して謝っている。
必死に止めようとしてくれてたんだから土下座なんてしなくていいのに……。
フレッドはヒューバートさんを怒ったりするのかな……。
そっとフレッドの表情を見ると少し怖い顔をしていたけれど、怒鳴りつけるようなことはせず
静かな声で『なぜこんなことになったのだ?』と尋ねた。
「ユージーンの前を仔ウサギが横切ってしまい、興奮して制御が利かなくなったようです」
ウサギさんが居たんだ……そっか。
あっ……!
「あ、あの……」
「んつ? どうした、シュウ?」
フレッドが心配そうに顔を覗き込んでくるけれど、
ぼくはどうしても気になってヒューバートさんに尋ねた。
「そのウサギさんはどうなったの?」
「はい。えっ? あの……驚いてすぐに逃げて行きました」
「ああ、そうなんだ。良かった……ウサギさんに怪我がなくて。ユージーンも大丈夫そうだし、ぼく……わたしもフレッドのおかげで怪我せずに済んだし。みんな無事で良かったね。ふふっ」
嬉しくて笑顔でそう言うと、フレッドとヒューバートさんは
『はぁーーーっ』と大きく息を吐いた。
そして、フレッドはぼくをぎゅっと抱きしめると
「ああ、怪我が無くて本当に良かった」
と心の底から嬉しそうにそう呟いた。
「フレッド、助けに来てくれてありがとう。
フレッドはやっぱりぼくの格好良い王子さまだね」
「ぐぅっっ、ああ! もう! シュウが可愛すぎると本当に困るな……。とりあえず、陛下たちの元へ戻ろう」
???
御礼を言っただけなのになんだか苦しそうにしているフレッドが気になったけれどぼくには何でなのかよくわからなかった。
フレッドに抱きしめられそのまま一緒の馬に乗ってぼくはお父さんたちの待つ場所へと戻った。
ぼくの姿を見て、お父さんが馬に乗ったまま駆け寄ってくる。
「柊ちゃん、怪我はない?」
「うん、大丈夫です。ありがとう」
「ああ、良かった~!!」
見ると、お父さんに寄り添うようにアンドリューさまも馬に乗っている。
「其方が無事で良かった。トーマがえらく心配していたのでな」
「だって、ユージーンがあんなに興奮してたから振り落とされちゃったんじゃないかって、そりゃあ心配もするよ!」
「アンドリューさま。ありがとうございます。そういえば……フレッドもアンドリューさまもどうしてここに?」
フレッドとアンドリューさまは顔を見合わせていたけれど、2人が答えるよりも先にお父さんが口を開いた。
「アンディーも彼も僕たちが心配で急いで迎えに来たんだって」
「えっ? 心配って?」
振り向いてフレッドにどういうこと? と聞いてみると、どうやらぼくたちが水遊びに出かけたと聞いて、慌てて飛んできたらしい。
「ふふっ。フレッドったら。ぼく泳げるんだから溺れたりしないよ」
「いや、そういうことを心配したわけでは……」
「んっ?」
他にどんな心配があったんだろう?
「まぁまぁ、せっかくだからアンディーもみんなで川で遊ぼう」
「トーマ、お前本当に川で泳ぐのか?」
「うん。だってこんなに暑いんだよ。水遊びぐらいしてもいいでしょ?」
「しかし……」
「良いよね?」
お父さんがアンドリューさまに詰め寄るとアンドリューさまは『はぁーーっ』と大きく溜め息を吐いて
『仕方ないな』と許してくれた。
「ヒューバート、私たちがついているから騎士たちはもう下がらせていいぞ」
「えーっ、せっかくここまでついて来てくれたのに帰しちゃうの?」
お父さんが抗議の声をあげたけれど、アンドリューさまが耳元で何かしら呟いたら、
『ああ、そっか。なるほど』と納得したようだった。
お父さん、アンドリューさまになんて言われたんだろう?
「畏まりました。では、お前たちは先に戻れ」
ヒューバートさんの指示に若い騎士さんたちは少し残念そうな表情を浮かべながらユージーンを連れ先に帰って行った。
「暑かったから、騎士さんたちも水遊びしたかったのかな? 一緒に行けたら良かったね」
そう言うと、フレッドは深い溜め息を吐いていた。
残ったのはぼくとフレッド、お父さんとアンドリューさま、そしてブルーノさんとヒューバートさんだけだ。
そこから目的地の川まではすぐだった。
小川という方が正しい本当に小さな川だったけれど、さらさらと流れる水は太陽の光に反射してキラキラしていてとても綺麗だ。
「わぁっ、冷たそう!」
フレッドに馬から下ろしてもらい、川に近寄ると
「滑らないように気をつけて!」
とお父さんから注意が飛んできた。
ふふっ。なんだか親子の休日っていう感じがして楽しい。
「トーマさま、シュウさま。お召し替えなさいますか?」
「はぁーい」
ユージーンの涎で汚れてたし、さっきの騒ぎで汗もかいちゃってるしな。早く着替えたい。
ヒューバートさんが軍事演習で使用する小さなテントを2つ手際よく立ててくれた。
「こちらのテントをお使いください」
「わぁ、ありがとう!」
「シュウさま、こちらお着替えでございます」
ブルーノさんから着替えを受け取り、テントへ入るとフレッドと一緒に入ってきた。
「フレッドも一緒に水遊びするの?」
「ああ。だが、着替えはシュウだけだ。
さぁ、着替えを手伝おう」
「ふふっ。ありがとう」
ワンピースの肩紐を外し、ストンと服を脱ぐとフレッドがハッと息を呑んだ。
「んっ? どうかした?」
「いや……。テントの中で見るシュウの肌は白さが映えて美しいなと思ってな。こんなに白いと紅い花を散らしたくなるな」
ニヤリと笑ってぼくを見つめてくる。
紅い花ってキスマーク……もうそんなこと言われると恥ずかしくなって来ちゃう。
「もう! フレッド……って、あれ? フレッドの指、血が出てる!」
「指? ああ、さっきシュウを馬上で抱き止めるときにでも掠ったんだろう。
こんなのすぐ治るから大丈夫……し、シュウ!!」
ぼくはフレッドの血を見て思わず、指先を口に入れて舌で血を舐めとってみた。
やっぱりちょっと鉄っぽい味がするなぁと思いながら、フレッドを見上げると顔を真っ赤にしてぼくを見ていた。
ちゅぽんと口から指を抜き、
「?? フレッド、大丈夫? ごめんね、痛くない?」
と謝ると、フレッドはぼくを力強く抱きしめて来た。
「シュウ……お前はどこまで私を煽るんだ。
ああ、もう可愛すぎておかしくなりそうだ」
フレッドがぼくの唇に自分のそれを重ね合わせようとしたところで……
「柊ちゃん、用意できたー?」
テントの外からお父さんの声が聞こえた。
「ええっ! あっ、はい。もうすぐ! もうすぐです!」
「ふふっ。じゃあ外で待ってるねー」
「は、はい」
なんだかすっごく焦っちゃった……。
フレッドを見るとバツが悪そうな顔をしてる。
「ウォッホン! シュウ、着替えを手伝おう」
その姿がなんだかとても可愛くて、『クスッ』と笑うと、フレッドもぼくを見て『ハハッ』と笑っていた。
バスタオルを身体に巻きつけると胸から膝までちょうど覆い被さって良い感じだ。
なんだか温泉にでも入るみたいだななんて思っていたら、ブルーノさんに手渡された着替えにもう一枚服が入っていることに気がついた。
「あれ? タオルだけじゃないんだ。これを上から着ろってことかな?」
服を広げて見ると、夜着だ。
だけど、なんか大きくない?
まぁいいやと羽織って見ると、手は指先しか出てないし、裾はふくらはぎ近くまである。
「これ、フレッドのじゃない? ブルーノさん、間違えちゃったのかな?」
そう言ってフレッドに見せると、
『ぐぅっっ、か……可愛すぎる。こんな姿で外に出していいのか?』
なんかブツブツと呟いている。
「も、森には虫もいるから大きいくらいがちょうどいいよ。刺されたりしたら大変だろう?」
ああ、そう言うことか。
なるほど。ブルーノさんが間違えるわけないもんね。
「そうだね。じゃあ行こう!」
ぼくはバスタオルを巻きつけた上からフレッドのローブを羽織って、外に出た。
草の上で裸足って久しぶりだ。
気持ちいい。
「冬馬さん、お待たせ」
テントの外で待ってくれていたお父さんを見ると、同じ格好をしている。
やっぱりローブはぼくと一緒でアンドリューさまの物みたい。
ふふっ。お揃いって感じで楽しいなぁ。
「じゃあ行こっか」
お父さんと川辺に近づくと、フレッドとアンドリューさまも一緒について来て、川に足をつけようとしたところでフレッドから腕を掴まれた。
「滑ると危ないから、一緒に入ろう」
見ると、フレッドは服のままだけど靴を脱いで裸足になってる。
そのギャップが面白くてつい笑いが溢れた。
「ふふっ。ありがとう」
水に指先をちょんと付けると、冷たすぎず気持ちいい。
「わぁっ、気持ちいい」
そのままじゃぶじゃぶと入って行くと、フレッドも
「おおっ、冷たいな」
と気持ちよさそうに笑っていた。
「ほら、ここに座るといい」
そう言って岩に座らされた。
両足を垂らすと、くるぶしの上まで水に浸かるくらいだ。
足をバタ足のように動かすと、水飛沫がバシャバシャと跳ねる。
すごく楽しくて、
「冬馬さんもここに座ってー!」
と呼ぶと、アンドリューさまに連れられてすぐにやってきた。
大きめの岩はぼくたち2人が座るとちょうどいいくらいの大きさで隣同士座って、足で水をバシャバシャと弾く姿をフレッドとアンドリューさまはじっと見つめていた。
「水遊びって初めてー! 気持ちいいね」
「僕の家は田舎だったから、目の前にすぐこんな小川があったんだ。そこでスイカとかキュウリとか冷やしてよく食べてたよ」
すごい! 本当にそうやって冷やすんだ!
「へぇー、そういうの食べてみたかったな……」
ぼくがポツリと呟くと、フレッドが近づいてきて
「シュウがしたいことならなんでも叶えてやるぞ」
と言ってくれた。
その言葉にお父さんもアンドリューさまも頷いてくれて、ぼくは優しい家族に包まれて幸せだなと感じた。
「ありがとう! 嬉しい」
そう言ってフレッドに抱きつこうとして、川に下りるとツルツルとした石で滑ってしまって、パシャンと川に膝をついてしまった。
「シュウ、大丈夫か?」
フレッドが慌てて抱き起こしてくれたおかげで、ローブは濡れてしまったけれど中に巻いていたバスタオルは大丈夫だった。
「うん、ちょっと滑っただけだから大丈夫。
バスタオル巻いてて良かったー!
ねっ、フレッド」
「あ、ああ……そう、だな」
そう言ってフレッドはぼくをまた岩の上へと座らせてくれた。
中のバスタオルはともかくローブはびしょ濡れになってるから脱いでも良いよね。
ぼくは濡れてしまったローブをささっと脱ぐとポイッと草むらに放り投げた。
濡れた肌に風がかかってすごく涼しい。
「はぁー、気持ちいい。やっぱり水遊びできてよかった。ねっ、冬馬さん」
「ああ、そうだね。僕もローブ邪魔だから脱いじゃおうかな」
2人でバスタオルだけを巻きつけた状態で石に座ってバシャバシャと水を蹴り上げたりして遊んでいると、フレッドとアンドリューさまが2人で何やらコソコソとおしゃべりをしている。
仲良いなー。あの2人も一応親戚っていっていいくらいの関係だし……そうだよ、ぼくとお父さんみたいなものなんだもんね。
「フレッドとアンドリューさま、兄弟みたいに見えますね」
お父さんの耳元でそう囁くと
『ふふっ。そうだね』と笑ってくれた。
こういうのどかな日常って楽しいな。
この世界に来られて本当に良かったな、ぼく。
バシャバシャと冷たい水に足をつけ、お互いに掛け合うのがすごく楽しい。
「ふふっ。あははっ。わぁっ」
ぼくたちの楽しく笑いながら遊んでいると
後ろの草むらで何かカサッと音が聞こえた。
「なに? 今の音」
お父さんと2人で恐る恐る後ろを向くと、ピョーンと何かが飛びついてきた。
「わぁーーっ!!」
パッシャーーン
飛びつかれて驚いて、ぼくたちは2人揃って石から落ちて川の中に座り込んでしまい、頭から全部水浸しだ。
「シュウ!」
「トーマ!」
ぼくたちの叫ぶ声とフレッドたちがぼくたちを呼ぶ声が相当大きかったみたいで
「大丈夫でございますか?!」
その声に驚いたのか森の外を警備していたヒューバートさんもブルーノさんも走ってぼくたちの方にやってきた。
「冷たっ……」
気づくとお父さんの腕の中に仔ウサギが一羽乗っかっていた。
ああ、さっき飛びかかってきたのはこのウサギちゃんか……。なんだ、びっくりした!
仔ウサギはぼくたちの胸元をクンクン匂いを嗅いだり、一生懸命ぼくたちに近づこうとちっちゃい足で登ろうとしている。
「ふふっ。可愛い」
「ほんと、ちっちゃくてふわふわ」
お父さんと仔ウサギちゃんの頭や背中を優しく撫でていると、みんながぼくたちを見つめていることに気づいた。
「見てー! フレッド。このウサギちゃん、すごく可愛い♡」
「アンディーも見て! もふもふしてて可愛いよ♡」
立ち上がって2人に仔ウサギちゃんを見せてあげると、フレッドもアンドリューさまもなんとも言えない表情を浮かべ、ぼくたちをじっと見ていた。
もしかしたらこの子はさっきユージーンの前に飛び出ちゃった子かな?
「きみは危ないからお馬さんの前に出てきちゃダメだよ」
と注意すると、仔ウサギちゃんは返事をするようにぼくの頬をペロペロと舐めてくれた。
「ふふっ。もうくすぐったいよ」
すると、仔ウサギちゃんは今度はお父さんの顔や首筋を舐め始めた。
「や……っ、もう、ダメだよ」
お父さんが仔ウサギちゃんを引き離そうとしたら、前脚がバスタオルに引っかかって、お父さんは慌てて押さえようとしたけれど、バスタオルはあっという間にポチャンと川の中に落ちてしまった。
「わぁっ!!」
一瞬お父さんの裸が見えた気がしたけれど、お父さんが叫んだのとほとんど同じタイミングでアンドリューさまがお父さんを覆い隠すように抱きしめて周りから見えなくしてくれた。
「アンディー、ありがとう」
「トーマ、今日はもう帰るぞ」
「えっ? もう? まだ良いじゃない!」
「ダメだ! ブルーノ、ボケっとしてないでさっさと代わりのバスタオルを持ってこい!
ヒューバートもいつまでそこにいるつもりだ!!」
いつものアンドリューさまとは思えないような荒々しい口調で2人を怒鳴りつけた。
ぼくはその声に圧倒されて何もできずにそのまま立ち尽くしていたけれど、フレッドがそっと近くにやってきて
「シュウも着替えるぞ」
と低い声で有無を言わさず先ほど着替えをしたテントへと連れて行かれた。
テントに入ってもぼくを抱きしめたまま何も言葉を発さないフレッドがほんの少し怖くなってぼくは恐る恐る尋ねた。
「……フレッド、怒ってる?」
そう言うと、フレッドは『いや、そうではない』と小さく答えた。
「陛下には悪いが、裸を見られたのがシュウじゃなくて良かった。お前の裸を見られたら私は見た者全員を八つ裂きにしていただろう。一瞬でもそう思った自分が恐ろしいと思っていただけだ。シュウに対して怒っていたわけではない」
フレッドもアンドリューさまもぼくとお父さんを心の底から愛してくれてるから、他の人に裸を見られたことが許せないんだ……。
例えそれが事故だったとしても、心の整理がつかないんだろうな。
だから、ブルーノさんとヒューバートさんを怒鳴ったのか……。
いつも冷静で穏やかなアンドリューさまが感情を乱すのはお父さんに対することだけなんだな。
ぼくはただ単純にお父さんと夏の休日のようなことが出来て楽しいとしか思っていなかったけれど、
水着もないようなこの世界で水遊びはやってはいけなかったことなのかもしれない。
だから、フレッドとアンドリューさまは急いでぼくたちを追いかけてきたんだろうか?
それなら心配かけちゃって申し訳ないことしちゃったな……。
「……シュウ、トーマ王妃はシュウにとって大切な父であり、私にとっても大切なお方だ。だから、トーマ王妃とシュウがこの時代で一緒の時を過ごせている間はどんな夢でも叶えてあげたいと思っているのだ。いつ、時の扉が私たちを元の時代に連れて帰るかわからないのだからな」
「うん。フレッドの気持ちすごく嬉しい」
「だがな、シュウもトーマ王妃も私や陛下にとって命にも変えられない大事な存在なのだ。シュウとトーマ王妃、2人の願いはなんでも叶えてあげたいが、人前で無闇に肌を晒したり、ましてや裸になるようなことはやめて欲しい」
「うん……ごめんなさい」
「それから、シュウもトーマ王妃も己の美しさをもう少し自覚しないといけない。今日の若い騎士たちを見たか?
シュウとトーマ王妃の姿に目が釘付けになっていたのだぞ。陛下があの時あやつらを帰さなかったら、あやつらにもシュウの肌やトーマ王妃の裸を見られることになって……そんなことになれば今頃どうなっていたかわかるだろう?
あやつらは、いの……いや、職を失うことになるのだぞ」
ぼくたちのせいで仕事を失う……?
ぼくが理不尽に辞めさせられたのと同じ気持ちをあの騎士さんたちに味わわせることになっていた?
「うん。ぼく……軽率だった。本当にごめんなさい」
「わかってくれたならもう良いんだ。濡れたバスタオルのままだと風邪を引いてしまう。服に着替えよう」
フレッドがそう言ってくれて、着てきた服に着替えようと思って思い出した。
あっ、これ涎と汗で汚れてたんだった……。
どうしよう……。
「……フレッド、着替え持ってくるの忘れちゃった」
「ブルーノは……着替えまでは持ってきていないだろうな」
「どうしよう……ブルーノさんに新しいバスタオル貰ってこようか?」
フレッドは少し考えた様子で、『うーん』と唸っていた。
そして、自分の上着を脱ぐとぼくにそれを差し出した。
「シュウ、これを着るんだ。バスタオルだといつ外れるか分からん。これなら前をしっかり止められるだろう」
「うん。ありがとう、フレッド」
ぼくはテントに置いていた小さなタオルで身体を拭くと、バスタオルを外してフレッドの上着を羽織った。
その様子をフレッドははぁはぁと少し苦しそうな呼吸をしながらぼくをじっと見つめていた。
「どう?」
フレッドの服は大きすぎて服を着ていると言うより着せられているようだったけれど、フレッドの匂いに包まれているようですごく嬉しく感じた。
フレッドはボーッとぼくを見ていたけれど、ハッと表情を変えぼくを抱き抱えてテントの外に出た。
見ると、お父さんもアンドリュー王に抱き抱えられていた。
一緒にお馬さんたちがいる場所へと戻りながら。
「柊ちゃん、ごめんね」
そう謝るお父さんは少し虚ろな目をしていて、疲れていた様子だった。
もしかしたら、ぼくと同じようにアンドリューさまに怒られちゃったのかな……。
ぼくが泳ぎたいなんて言ったからとんでもないことになっちゃった。
「ううん、大丈夫だよ。ぼくこそごめんなさい」
そう謝るとお父さんは柔かな笑顔を返してくれた。
これからはフレッドやアンドリューさまに心配かけないようにお父さんと遊ぼう!
そう心に刻みながら、ぼくたちはお互いの伴侶の馬に乗って城へと帰った。
「トーマさま。シュウさま。準備が整いましてございます。こちらは今回同行をお願い致しました騎士団団長のヒューバートさまでございます」
ブルーノさんがそう紹介すると、少し離れた場所に立っていたイケメンさんが近づいてきて綺麗なお辞儀を見せてくれた。
「あれ、ヒューバート。団長自ら付いてきてくれるの?
忙しいんじゃない?」
「いいえ、トーマさまとシュウさまの警護より優先すべき仕事などございません。陛下もそう仰るはずでございます」
「そう? なら良いんだけど。ありがとう。今日は宜しくね」
「はっ。部下5名同行させますのでどうぞご安心ください」
その言葉に後ろにいた騎士さんたちが一斉に頭を下げた。
その時お父さんがぼくの耳元でこっそりと
『彼らがいる時は、“柊ちゃん”って呼ぶからね』と囁いた。
そうだね、ぼくは今女の子の姿だし、“くん”じゃ変だもんね。
わかったと言う代わりにお父さんの目を見て
『うん』と頷いた。
お父さんって呼ばないように気をつけないと!
「柊ちゃん、彼はこの前アンディーたちと一緒に僕たちを助けに来てくれた人だよ」
そうなんだ! それはちゃんと御礼を言わないと!
「あ、あの……この前は助けに来てくださってありがとうございました。おかげで助かりました」
とニッコリと笑顔で御礼を言うと、後ろの騎士さんたちがなんだかざわざわとし始めた。
変なこと言ったかな? と思ったけれど、団長のヒューバートさんが後ろを振り向くとピタッと静かになった。
そして、ゆっくりとぼくたちの方に振り返り、
「いえ、お元気になられてようございました」
と笑顔で返してくれた。
それは良かったけど、後ろにいる若い騎士さんたちの顔がちょっと引き攣ってるのが気になるなぁ。
「さぁ、早く行かないと泳ぐ時間がなくなっちゃうよ」
お父さんの言葉にヒューバートさんは
『では、参りましょうか』と案内してくれた。
連れて行かれたのは厩舎。
騎士さんたちの分も合わせて9頭のお馬さんたちが出かけるのを待ってくれているみたいだ。
「わぁーっ。お馬さんがいっぱい! 可愛い」
一頭一頭毛並みや色も違っていてとっても可愛い子達だな。
「ねぇ、お……冬馬さん。近づいてもいいかな?」
「ああ、いいよ。でも気をつけて!」
危ない、危ない。お父さんって言いそうになっちゃった。気をつけないと!
ぼくがお馬さんたちに近づくと、ヒューバートさんがそっと近くに来てくれた。
何かの時のために見守ってくれているのかもしれない。優しいな。
一番端にいた子は焦げ茶色の毛並みに緑色のふわふわの鬣がフレッドのお屋敷にいたドリューにそっくりで少し懐かしい気がした。
「この子、名前なんて言うんですか?」
「はい。ユージーンと言います」
「そっか。ユージーン、今日はよろしくね」
そう言って手を差し出すと、
「あっ、シュウさま! 危な……えっ??」
ヒューバートさんの焦った声が聞こえた気がしたけれど、ぼくは可愛いユージーンにもうメロメロになっていた。
ユージーンはぼくにスリスリと近寄ってきて、とって人懐っこい。
『どうぞ触って』と言うように鬣を近づけてきたので、そっと撫でてやると、ユージーンは気持ちよさそうに
『ヒヒーン』と嘶いた。
「ユージーン、とっても可愛いですね……あれっ?」
後ろを振り向くと、ヒューバートさんはもちろん他の騎士さんやブルーノさんも驚いた表情をしている。
みんな、どうしたんだろう?
「ヒューバート、ブルーノ、どうしたの?」
お父さんもみんなの様子がおかしいことに気づいたんだろう。
少し大きな声で話しかけると、ヒューバートさんがハッとした顔で、
「ユージーンは人見知りが強くて初対面で自ら触らせることはまずありません。威嚇をしてくることもしばしばありますので、シュウさまにこんなに懐いているのを見て驚いてしまって……失礼いたしました」
と頭を下げた。
そうなんだ、こんなに人懐っこい子なのに……。
ドリューやオルフェルもすぐ懐いてくれたからなぁ、ぼくきっとお馬さんと仲良くなれる能力でもあるのかもしれないな……なんて。ふふっ。
ユージーンがぼくの服を少し引っ張ってきた。
これって……もしかして乗せてくれようとしてくれてるのかな?
「シュウさまはユージーンに本当に懐かれたのかもしれませんね。ほら、背中に乗って欲しそうだ」
後ろにいた若い騎士さんがさっと駆け寄ってきてそう言ってくれた。
「宜しければ背中にお乗せしましょうか?」
柔かな笑顔でそう言ってくれたけれど、ヒューバートさんが慌てて若い騎士さんの傍にいって
『お前、私がさっき言ったことを忘れたのか?』と小声で怒鳴りつけている。
彼も親切で言ってくれたんだろうに……ヒューバートさん、あんなに怒ってどうしたんだろう?
そうしている間もユージーンはぼくを何とか背中に乗せようと必死に服を引っ張ってくる。
「やぁっ、ユージーン。そんなに引っ張ったら足が見えちゃう……」
見ると長いスカートを履いているのに膝上まで上がってきている。
「ううん、もう……ダメだったらぁ!」
必死に服を下げようとしていると、若い騎士さんたちが顔を真っ赤にして蹲っていく。
それを見ていたお父さんがユージーンに近づいて、
「ほら、ユージーン……やめて」
と優しく声をかけるとようやく服を離してくれた。
「シュウさま。お怪我はございませんか?」
ブルーノさんが心配そうに声をかけてくれたけれど、特に怪我はない。痛いところも無いし大丈夫だ。
「うん。大丈夫。ただ、服がユージーンの涎で濡れちゃったから早く着替えたいな」
「柊ちゃん、今から泳ぐんだから大丈夫だよ」
「ああっ、そっか……良かった。ふふっ」
「柊ちゃんは馬に乗れるの?」
あっ、そうだ……。
ぼくは1人では乗れないんだ。
どうしよう……。
「大丈夫でございますよ。横乗り用の鞍をご用意しておりますので、シュウさまは横乗りでお座りになりましたら、私が手綱を引いて川までお連れ致します」
ヒューバートさんが連れて行ってくれるんだ!
良かった! でも凄いな。鞍って横乗り用とかあるんだね。楽しそう!
「では、シュウさまはユージーンで宜しいですか?」
「はい。お願いします」
ぼくがそう頼むとヒューバートさんは手早くユージーンに横乗り用の鞍をつけてくれた。
「わぁ、椅子みたい! でも、ユージーンは重くないかな?」
「シュウさまのようにお軽い方でしたら、何の問題もございません。ご安心ください」
「それなら良かった」
お父さんとブルーノさんが手伝ってくれて、ユージーンの背中に乗ることができた。
この横乗り用の鞍も座りやすくて良い感じだ。
座高が高くなってとても気分がいい。
まるでフレッドになったみたい。
「わぁっ、乗れた!」
「上手! 上手! じゃあ僕も」
お父さんはユージーンの隣にいた焦げ茶色の毛並みに茶色のサラサラのストレートの鬣の子に鞍をつけてもらってサッと鮮やかに跨った。
「凄い! 冬馬さん、乗るのとっても上手!」
「ふふっ。ありがとう。
この子はね、アンディーが僕用にって連れてきてくれた子なんだ。
名前はチャーリーって言うんだよ。
ほら、チャーリー。柊ちゃんに挨拶して」
お父さんがそう促すと、チャーリーはぼくの方に顔を向けて『ヒヒーン』と優しく嘶いた。
「うわぁ、可愛い」
信頼し合ってる感じがして、すごく素敵だ。
周りを見ると、もうすでにみんな騎乗している。
さぁ、出発だ!
自分の馬に乗りながら手綱を引いてくれるヒューバートさんはぼくが怖がらないようにゆっくりゆっくり進んでくれて、カポッカポッと蹄の音がすごく心地よい。
今日はいい天気だし、ユージーンに乗っていると風も爽やかで気持ち良いな。
ゆったりとした振動に少し眠たくなってしまうくらいだ。
ほんの少しだけ目を瞑っていると、突然ユージーンの激しい嘶きが響いた。
なに? と思って目を開けた時には、ユージーンが前脚を大きく上げて棹立ちになっていた。
「柊ちゃん!」
「シュウさま! しっかりしがみついていてください!」
ぼくは振り落とされないように必死で首にしがみついた。
「わぁーーーっ! 助けてぇー!」
「ユージーン! 落ち着くんだ! ドウドウ、ドウドウ!」
ヒューバートさんが手綱を引いて必死に落ち着かせようとしているけれど、ユージーンの興奮は止まらない。
騎馬したままユージーンの手綱を持つヒューバートさんと一緒に猛スピードで森の中へと進んでいく。
あまりの恐怖に涙が止まらなくなってきた。
怖くて叫ぶことも出来なくて、
『フレッド助けてー!』
そう心の中で叫んだとき、
「……ウ! シュウ!」
フレッドの声が聞こえた気がした。
後ろを見るとものすごいスピードで馬を走らせて近づいてくるフレッドの姿が見えた。
「フレッド!!」
「ほら、手を伸ばして!」
フレッドが手を差し出してくれるけれど、怖くてユージーンの首にしがみついた手を離すことができない。
「こわいよ……、こわい」
「大丈夫! 絶対落としたりしないから私を信じろ!」
その言葉に物凄いスピードの中、ぼくはしがみついていた体勢からゆっくりと起き上がりそろそろと手を伸ばした。
指の先がフレッドの手に触れた途端、ものすごい力でグイッと引っ張られ気づいた時にはフレッドの腕の中にいた。
「ああっ、良かった。心配したぞ」
フレッドはゆっくりと速度を落とし、止まってからぎゅっとぼくを抱きしめてくれた。
「怖かった……怖かったよ。ひくっ」
「もう大丈夫だ。ほら、笑顔を見せてくれ」
親指でぼくの涙を優しく拭いながら、にっこりと微笑んでくれるフレッドに、ぼくも笑顔を見せた。
そこに落ち着きを取り戻したユージーンを連れ、ヒューバートさんが戻ってきた。
ぼくがフレッドの腕の中にいるのをみて安堵の溜め息を『ふぅ』と漏らして
「アルフレッドさま、シュウさまを危ない目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした」
馬から下り土下座して謝っている。
必死に止めようとしてくれてたんだから土下座なんてしなくていいのに……。
フレッドはヒューバートさんを怒ったりするのかな……。
そっとフレッドの表情を見ると少し怖い顔をしていたけれど、怒鳴りつけるようなことはせず
静かな声で『なぜこんなことになったのだ?』と尋ねた。
「ユージーンの前を仔ウサギが横切ってしまい、興奮して制御が利かなくなったようです」
ウサギさんが居たんだ……そっか。
あっ……!
「あ、あの……」
「んつ? どうした、シュウ?」
フレッドが心配そうに顔を覗き込んでくるけれど、
ぼくはどうしても気になってヒューバートさんに尋ねた。
「そのウサギさんはどうなったの?」
「はい。えっ? あの……驚いてすぐに逃げて行きました」
「ああ、そうなんだ。良かった……ウサギさんに怪我がなくて。ユージーンも大丈夫そうだし、ぼく……わたしもフレッドのおかげで怪我せずに済んだし。みんな無事で良かったね。ふふっ」
嬉しくて笑顔でそう言うと、フレッドとヒューバートさんは
『はぁーーーっ』と大きく息を吐いた。
そして、フレッドはぼくをぎゅっと抱きしめると
「ああ、怪我が無くて本当に良かった」
と心の底から嬉しそうにそう呟いた。
「フレッド、助けに来てくれてありがとう。
フレッドはやっぱりぼくの格好良い王子さまだね」
「ぐぅっっ、ああ! もう! シュウが可愛すぎると本当に困るな……。とりあえず、陛下たちの元へ戻ろう」
???
御礼を言っただけなのになんだか苦しそうにしているフレッドが気になったけれどぼくには何でなのかよくわからなかった。
フレッドに抱きしめられそのまま一緒の馬に乗ってぼくはお父さんたちの待つ場所へと戻った。
ぼくの姿を見て、お父さんが馬に乗ったまま駆け寄ってくる。
「柊ちゃん、怪我はない?」
「うん、大丈夫です。ありがとう」
「ああ、良かった~!!」
見ると、お父さんに寄り添うようにアンドリューさまも馬に乗っている。
「其方が無事で良かった。トーマがえらく心配していたのでな」
「だって、ユージーンがあんなに興奮してたから振り落とされちゃったんじゃないかって、そりゃあ心配もするよ!」
「アンドリューさま。ありがとうございます。そういえば……フレッドもアンドリューさまもどうしてここに?」
フレッドとアンドリューさまは顔を見合わせていたけれど、2人が答えるよりも先にお父さんが口を開いた。
「アンディーも彼も僕たちが心配で急いで迎えに来たんだって」
「えっ? 心配って?」
振り向いてフレッドにどういうこと? と聞いてみると、どうやらぼくたちが水遊びに出かけたと聞いて、慌てて飛んできたらしい。
「ふふっ。フレッドったら。ぼく泳げるんだから溺れたりしないよ」
「いや、そういうことを心配したわけでは……」
「んっ?」
他にどんな心配があったんだろう?
「まぁまぁ、せっかくだからアンディーもみんなで川で遊ぼう」
「トーマ、お前本当に川で泳ぐのか?」
「うん。だってこんなに暑いんだよ。水遊びぐらいしてもいいでしょ?」
「しかし……」
「良いよね?」
お父さんがアンドリューさまに詰め寄るとアンドリューさまは『はぁーーっ』と大きく溜め息を吐いて
『仕方ないな』と許してくれた。
「ヒューバート、私たちがついているから騎士たちはもう下がらせていいぞ」
「えーっ、せっかくここまでついて来てくれたのに帰しちゃうの?」
お父さんが抗議の声をあげたけれど、アンドリューさまが耳元で何かしら呟いたら、
『ああ、そっか。なるほど』と納得したようだった。
お父さん、アンドリューさまになんて言われたんだろう?
「畏まりました。では、お前たちは先に戻れ」
ヒューバートさんの指示に若い騎士さんたちは少し残念そうな表情を浮かべながらユージーンを連れ先に帰って行った。
「暑かったから、騎士さんたちも水遊びしたかったのかな? 一緒に行けたら良かったね」
そう言うと、フレッドは深い溜め息を吐いていた。
残ったのはぼくとフレッド、お父さんとアンドリューさま、そしてブルーノさんとヒューバートさんだけだ。
そこから目的地の川まではすぐだった。
小川という方が正しい本当に小さな川だったけれど、さらさらと流れる水は太陽の光に反射してキラキラしていてとても綺麗だ。
「わぁっ、冷たそう!」
フレッドに馬から下ろしてもらい、川に近寄ると
「滑らないように気をつけて!」
とお父さんから注意が飛んできた。
ふふっ。なんだか親子の休日っていう感じがして楽しい。
「トーマさま、シュウさま。お召し替えなさいますか?」
「はぁーい」
ユージーンの涎で汚れてたし、さっきの騒ぎで汗もかいちゃってるしな。早く着替えたい。
ヒューバートさんが軍事演習で使用する小さなテントを2つ手際よく立ててくれた。
「こちらのテントをお使いください」
「わぁ、ありがとう!」
「シュウさま、こちらお着替えでございます」
ブルーノさんから着替えを受け取り、テントへ入るとフレッドと一緒に入ってきた。
「フレッドも一緒に水遊びするの?」
「ああ。だが、着替えはシュウだけだ。
さぁ、着替えを手伝おう」
「ふふっ。ありがとう」
ワンピースの肩紐を外し、ストンと服を脱ぐとフレッドがハッと息を呑んだ。
「んっ? どうかした?」
「いや……。テントの中で見るシュウの肌は白さが映えて美しいなと思ってな。こんなに白いと紅い花を散らしたくなるな」
ニヤリと笑ってぼくを見つめてくる。
紅い花ってキスマーク……もうそんなこと言われると恥ずかしくなって来ちゃう。
「もう! フレッド……って、あれ? フレッドの指、血が出てる!」
「指? ああ、さっきシュウを馬上で抱き止めるときにでも掠ったんだろう。
こんなのすぐ治るから大丈夫……し、シュウ!!」
ぼくはフレッドの血を見て思わず、指先を口に入れて舌で血を舐めとってみた。
やっぱりちょっと鉄っぽい味がするなぁと思いながら、フレッドを見上げると顔を真っ赤にしてぼくを見ていた。
ちゅぽんと口から指を抜き、
「?? フレッド、大丈夫? ごめんね、痛くない?」
と謝ると、フレッドはぼくを力強く抱きしめて来た。
「シュウ……お前はどこまで私を煽るんだ。
ああ、もう可愛すぎておかしくなりそうだ」
フレッドがぼくの唇に自分のそれを重ね合わせようとしたところで……
「柊ちゃん、用意できたー?」
テントの外からお父さんの声が聞こえた。
「ええっ! あっ、はい。もうすぐ! もうすぐです!」
「ふふっ。じゃあ外で待ってるねー」
「は、はい」
なんだかすっごく焦っちゃった……。
フレッドを見るとバツが悪そうな顔をしてる。
「ウォッホン! シュウ、着替えを手伝おう」
その姿がなんだかとても可愛くて、『クスッ』と笑うと、フレッドもぼくを見て『ハハッ』と笑っていた。
バスタオルを身体に巻きつけると胸から膝までちょうど覆い被さって良い感じだ。
なんだか温泉にでも入るみたいだななんて思っていたら、ブルーノさんに手渡された着替えにもう一枚服が入っていることに気がついた。
「あれ? タオルだけじゃないんだ。これを上から着ろってことかな?」
服を広げて見ると、夜着だ。
だけど、なんか大きくない?
まぁいいやと羽織って見ると、手は指先しか出てないし、裾はふくらはぎ近くまである。
「これ、フレッドのじゃない? ブルーノさん、間違えちゃったのかな?」
そう言ってフレッドに見せると、
『ぐぅっっ、か……可愛すぎる。こんな姿で外に出していいのか?』
なんかブツブツと呟いている。
「も、森には虫もいるから大きいくらいがちょうどいいよ。刺されたりしたら大変だろう?」
ああ、そう言うことか。
なるほど。ブルーノさんが間違えるわけないもんね。
「そうだね。じゃあ行こう!」
ぼくはバスタオルを巻きつけた上からフレッドのローブを羽織って、外に出た。
草の上で裸足って久しぶりだ。
気持ちいい。
「冬馬さん、お待たせ」
テントの外で待ってくれていたお父さんを見ると、同じ格好をしている。
やっぱりローブはぼくと一緒でアンドリューさまの物みたい。
ふふっ。お揃いって感じで楽しいなぁ。
「じゃあ行こっか」
お父さんと川辺に近づくと、フレッドとアンドリューさまも一緒について来て、川に足をつけようとしたところでフレッドから腕を掴まれた。
「滑ると危ないから、一緒に入ろう」
見ると、フレッドは服のままだけど靴を脱いで裸足になってる。
そのギャップが面白くてつい笑いが溢れた。
「ふふっ。ありがとう」
水に指先をちょんと付けると、冷たすぎず気持ちいい。
「わぁっ、気持ちいい」
そのままじゃぶじゃぶと入って行くと、フレッドも
「おおっ、冷たいな」
と気持ちよさそうに笑っていた。
「ほら、ここに座るといい」
そう言って岩に座らされた。
両足を垂らすと、くるぶしの上まで水に浸かるくらいだ。
足をバタ足のように動かすと、水飛沫がバシャバシャと跳ねる。
すごく楽しくて、
「冬馬さんもここに座ってー!」
と呼ぶと、アンドリューさまに連れられてすぐにやってきた。
大きめの岩はぼくたち2人が座るとちょうどいいくらいの大きさで隣同士座って、足で水をバシャバシャと弾く姿をフレッドとアンドリューさまはじっと見つめていた。
「水遊びって初めてー! 気持ちいいね」
「僕の家は田舎だったから、目の前にすぐこんな小川があったんだ。そこでスイカとかキュウリとか冷やしてよく食べてたよ」
すごい! 本当にそうやって冷やすんだ!
「へぇー、そういうの食べてみたかったな……」
ぼくがポツリと呟くと、フレッドが近づいてきて
「シュウがしたいことならなんでも叶えてやるぞ」
と言ってくれた。
その言葉にお父さんもアンドリューさまも頷いてくれて、ぼくは優しい家族に包まれて幸せだなと感じた。
「ありがとう! 嬉しい」
そう言ってフレッドに抱きつこうとして、川に下りるとツルツルとした石で滑ってしまって、パシャンと川に膝をついてしまった。
「シュウ、大丈夫か?」
フレッドが慌てて抱き起こしてくれたおかげで、ローブは濡れてしまったけれど中に巻いていたバスタオルは大丈夫だった。
「うん、ちょっと滑っただけだから大丈夫。
バスタオル巻いてて良かったー!
ねっ、フレッド」
「あ、ああ……そう、だな」
そう言ってフレッドはぼくをまた岩の上へと座らせてくれた。
中のバスタオルはともかくローブはびしょ濡れになってるから脱いでも良いよね。
ぼくは濡れてしまったローブをささっと脱ぐとポイッと草むらに放り投げた。
濡れた肌に風がかかってすごく涼しい。
「はぁー、気持ちいい。やっぱり水遊びできてよかった。ねっ、冬馬さん」
「ああ、そうだね。僕もローブ邪魔だから脱いじゃおうかな」
2人でバスタオルだけを巻きつけた状態で石に座ってバシャバシャと水を蹴り上げたりして遊んでいると、フレッドとアンドリューさまが2人で何やらコソコソとおしゃべりをしている。
仲良いなー。あの2人も一応親戚っていっていいくらいの関係だし……そうだよ、ぼくとお父さんみたいなものなんだもんね。
「フレッドとアンドリューさま、兄弟みたいに見えますね」
お父さんの耳元でそう囁くと
『ふふっ。そうだね』と笑ってくれた。
こういうのどかな日常って楽しいな。
この世界に来られて本当に良かったな、ぼく。
バシャバシャと冷たい水に足をつけ、お互いに掛け合うのがすごく楽しい。
「ふふっ。あははっ。わぁっ」
ぼくたちの楽しく笑いながら遊んでいると
後ろの草むらで何かカサッと音が聞こえた。
「なに? 今の音」
お父さんと2人で恐る恐る後ろを向くと、ピョーンと何かが飛びついてきた。
「わぁーーっ!!」
パッシャーーン
飛びつかれて驚いて、ぼくたちは2人揃って石から落ちて川の中に座り込んでしまい、頭から全部水浸しだ。
「シュウ!」
「トーマ!」
ぼくたちの叫ぶ声とフレッドたちがぼくたちを呼ぶ声が相当大きかったみたいで
「大丈夫でございますか?!」
その声に驚いたのか森の外を警備していたヒューバートさんもブルーノさんも走ってぼくたちの方にやってきた。
「冷たっ……」
気づくとお父さんの腕の中に仔ウサギが一羽乗っかっていた。
ああ、さっき飛びかかってきたのはこのウサギちゃんか……。なんだ、びっくりした!
仔ウサギはぼくたちの胸元をクンクン匂いを嗅いだり、一生懸命ぼくたちに近づこうとちっちゃい足で登ろうとしている。
「ふふっ。可愛い」
「ほんと、ちっちゃくてふわふわ」
お父さんと仔ウサギちゃんの頭や背中を優しく撫でていると、みんながぼくたちを見つめていることに気づいた。
「見てー! フレッド。このウサギちゃん、すごく可愛い♡」
「アンディーも見て! もふもふしてて可愛いよ♡」
立ち上がって2人に仔ウサギちゃんを見せてあげると、フレッドもアンドリューさまもなんとも言えない表情を浮かべ、ぼくたちをじっと見ていた。
もしかしたらこの子はさっきユージーンの前に飛び出ちゃった子かな?
「きみは危ないからお馬さんの前に出てきちゃダメだよ」
と注意すると、仔ウサギちゃんは返事をするようにぼくの頬をペロペロと舐めてくれた。
「ふふっ。もうくすぐったいよ」
すると、仔ウサギちゃんは今度はお父さんの顔や首筋を舐め始めた。
「や……っ、もう、ダメだよ」
お父さんが仔ウサギちゃんを引き離そうとしたら、前脚がバスタオルに引っかかって、お父さんは慌てて押さえようとしたけれど、バスタオルはあっという間にポチャンと川の中に落ちてしまった。
「わぁっ!!」
一瞬お父さんの裸が見えた気がしたけれど、お父さんが叫んだのとほとんど同じタイミングでアンドリューさまがお父さんを覆い隠すように抱きしめて周りから見えなくしてくれた。
「アンディー、ありがとう」
「トーマ、今日はもう帰るぞ」
「えっ? もう? まだ良いじゃない!」
「ダメだ! ブルーノ、ボケっとしてないでさっさと代わりのバスタオルを持ってこい!
ヒューバートもいつまでそこにいるつもりだ!!」
いつものアンドリューさまとは思えないような荒々しい口調で2人を怒鳴りつけた。
ぼくはその声に圧倒されて何もできずにそのまま立ち尽くしていたけれど、フレッドがそっと近くにやってきて
「シュウも着替えるぞ」
と低い声で有無を言わさず先ほど着替えをしたテントへと連れて行かれた。
テントに入ってもぼくを抱きしめたまま何も言葉を発さないフレッドがほんの少し怖くなってぼくは恐る恐る尋ねた。
「……フレッド、怒ってる?」
そう言うと、フレッドは『いや、そうではない』と小さく答えた。
「陛下には悪いが、裸を見られたのがシュウじゃなくて良かった。お前の裸を見られたら私は見た者全員を八つ裂きにしていただろう。一瞬でもそう思った自分が恐ろしいと思っていただけだ。シュウに対して怒っていたわけではない」
フレッドもアンドリューさまもぼくとお父さんを心の底から愛してくれてるから、他の人に裸を見られたことが許せないんだ……。
例えそれが事故だったとしても、心の整理がつかないんだろうな。
だから、ブルーノさんとヒューバートさんを怒鳴ったのか……。
いつも冷静で穏やかなアンドリューさまが感情を乱すのはお父さんに対することだけなんだな。
ぼくはただ単純にお父さんと夏の休日のようなことが出来て楽しいとしか思っていなかったけれど、
水着もないようなこの世界で水遊びはやってはいけなかったことなのかもしれない。
だから、フレッドとアンドリューさまは急いでぼくたちを追いかけてきたんだろうか?
それなら心配かけちゃって申し訳ないことしちゃったな……。
「……シュウ、トーマ王妃はシュウにとって大切な父であり、私にとっても大切なお方だ。だから、トーマ王妃とシュウがこの時代で一緒の時を過ごせている間はどんな夢でも叶えてあげたいと思っているのだ。いつ、時の扉が私たちを元の時代に連れて帰るかわからないのだからな」
「うん。フレッドの気持ちすごく嬉しい」
「だがな、シュウもトーマ王妃も私や陛下にとって命にも変えられない大事な存在なのだ。シュウとトーマ王妃、2人の願いはなんでも叶えてあげたいが、人前で無闇に肌を晒したり、ましてや裸になるようなことはやめて欲しい」
「うん……ごめんなさい」
「それから、シュウもトーマ王妃も己の美しさをもう少し自覚しないといけない。今日の若い騎士たちを見たか?
シュウとトーマ王妃の姿に目が釘付けになっていたのだぞ。陛下があの時あやつらを帰さなかったら、あやつらにもシュウの肌やトーマ王妃の裸を見られることになって……そんなことになれば今頃どうなっていたかわかるだろう?
あやつらは、いの……いや、職を失うことになるのだぞ」
ぼくたちのせいで仕事を失う……?
ぼくが理不尽に辞めさせられたのと同じ気持ちをあの騎士さんたちに味わわせることになっていた?
「うん。ぼく……軽率だった。本当にごめんなさい」
「わかってくれたならもう良いんだ。濡れたバスタオルのままだと風邪を引いてしまう。服に着替えよう」
フレッドがそう言ってくれて、着てきた服に着替えようと思って思い出した。
あっ、これ涎と汗で汚れてたんだった……。
どうしよう……。
「……フレッド、着替え持ってくるの忘れちゃった」
「ブルーノは……着替えまでは持ってきていないだろうな」
「どうしよう……ブルーノさんに新しいバスタオル貰ってこようか?」
フレッドは少し考えた様子で、『うーん』と唸っていた。
そして、自分の上着を脱ぐとぼくにそれを差し出した。
「シュウ、これを着るんだ。バスタオルだといつ外れるか分からん。これなら前をしっかり止められるだろう」
「うん。ありがとう、フレッド」
ぼくはテントに置いていた小さなタオルで身体を拭くと、バスタオルを外してフレッドの上着を羽織った。
その様子をフレッドははぁはぁと少し苦しそうな呼吸をしながらぼくをじっと見つめていた。
「どう?」
フレッドの服は大きすぎて服を着ていると言うより着せられているようだったけれど、フレッドの匂いに包まれているようですごく嬉しく感じた。
フレッドはボーッとぼくを見ていたけれど、ハッと表情を変えぼくを抱き抱えてテントの外に出た。
見ると、お父さんもアンドリュー王に抱き抱えられていた。
一緒にお馬さんたちがいる場所へと戻りながら。
「柊ちゃん、ごめんね」
そう謝るお父さんは少し虚ろな目をしていて、疲れていた様子だった。
もしかしたら、ぼくと同じようにアンドリューさまに怒られちゃったのかな……。
ぼくが泳ぎたいなんて言ったからとんでもないことになっちゃった。
「ううん、大丈夫だよ。ぼくこそごめんなさい」
そう謝るとお父さんは柔かな笑顔を返してくれた。
これからはフレッドやアンドリューさまに心配かけないようにお父さんと遊ぼう!
そう心に刻みながら、ぼくたちはお互いの伴侶の馬に乗って城へと帰った。
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み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
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