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第四章 (王城 過去編)
フレッド 22−2※
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ブルーノは気を利かせたのか気づかない間に部屋を出てしまっていたが、しばらく経ってそろそろ入場だと知らせに来た。
ブルーノに案内され夜会の催される広間へと向かう道すがら、シュウは緊張している様子だったが、入り口から広間の様子をちらりと覗き見すると『わぁっ、すごい』と無邪気な笑顔を見せ目を輝かせた。
そういえば、屋敷の広間を案内した時も同じように喜んでいたな。
ここの広間は我が屋敷のものよりは狭いが、この時代にしては豪華な装飾に彩られていて侯爵家の広間としては合格点だと言えよう。
可愛らしい声を上げたシュウの頬を撫でると、恥ずかしかったのかほんのりと顔を赤らめた。
その赤い顔がさらに美しさを増していく。
入場前に失敗したと思いながら、シュウの身体をより一層私に寄り添わせた。
「アルフレッド=サンチェス公爵さま、並びに公爵夫人さま。ご入場!」
シュウと共に参加する初めての夜会は、本当ならば自分の名前で出たかったというのが本心ではあるが、
あの時代の夜会に行ってもシュウの美しさは変わらぬが、嫌悪感たっぷりに見られる私と一緒にいさせるのはシュウにとって可哀想だったかもしれない。
それなら好意的に見られるこちらの夜会がまだ良い。
パメラ嬢のおかしな行動には気をつける必要があるが……。
入場の声にシュウをエスコートしながら歩き進めると、広間の招待客から痛いほどの視線が降り注いできた。
この視線は慣れている嫌悪の視線ではなく、美しいシュウを伴う私への嫉妬と羨望だ。
彼らは会話どころか動きすらも止めて、シュウの美しさに見入っている。
そして、シュウと私の衣装、そして左耳につけられたピアスを見て一様にがっかりするのだ。
皆には悪いがそれを見て、愉快にならずにはいられない。
美しいシュウを見せるのはもったいないと思ったが、シュウが私のものだと見せつけられることがこんなにも楽しいとは思わなかった。
私がシュウと寄り添えば寄り添うほど、私に対する羨望の眼差しが強くなっていくのが楽しくて、必要以上にシュウにくっついてしまうのは許して欲しい。
『あんなに美しい令嬢いたか?』
『見てみろ、あの透き通るような白い肌!』
『すべすべとして柔らかそうだ!』
『それにあの折れそうなほど細い腰……』
『ふわりとしたスカートが余計に腰の細さを強調してるな』
『相手が公爵さまでなければな……』
『いやいや、あんな美しい子、お前が例え公爵でも無理だろ!』
『なんだとー!』
『やめろよ、ああ……本当に羨ましい……』
周りから漏れ聞こえるシュウへの言葉を聞くと少し腹立たしい気もするが、まあ想像するしかできない奴らだ。
一生触れることなどできないのだからそれくらいは許してやるか。
ふと、シュウが私を見上げてきたから、シュウに満面の笑顔を見せるとシュウもまた可愛らしい笑顔で返してくれた。
その笑顔を見た周りの輩から『わぁっ』と声が上がった。
皆に笑顔を見せてしまってもったいないとは思ったが、シュウから私へ向けられた笑顔がすごく可愛かったからまぁ良しとしよう。
広間の王族席へと案内され、アンドリュー王とトーマ王妃の入場を待った。
その間、シュウは私の耳元に顔を寄せ広間から見える光景を楽しそうに報告してくれる。
その姿が周りには私と戯れているようにしか見えず、図らずも周りに牽制しているように見えるからいい。
出席者たちの視線が一斉に入り口の方に向いた。
どうやらアンドリュー王とトーマ王妃が来られたようだ。
王族の入場を知らせる金管楽器の音と共に
「アンドリュー=フォン=オランディア国王陛下、
並びにトーマ=フォン=オランディア王妃殿下。ご入場!」
という入場の言葉が広間内に響いた。
お揃いの正装に身を包み、ぴったりと寄り添って入場する姿は我々に癒しを与えてくれているようだ。
途中、トーマ王妃が胸元にそっと手をやったのに気づいた。
あれは……
シュウがトーマ王妃に贈った氷翡翠のネックレス。
高位貴族の集まるこの夜会でシュウのネックレスだけをつけて出るということがどれだけ深い意味を持つのかをシュウは知らないだろうが、あのネックレスがトーマ王妃にとって最も重要なものであるということの現れなのだ。
きっとあのネックレスを見た者全てがあのネックレスの重要さに気づいたことだろう。
誰もがトーマ王妃の凛とした美しさとアンドリュー王の威風堂々とした姿に酔いしれている。
そんな中、急にシュウと繋いでいた手がきゅっと力強く握られた。
何かあったかと慌ててシュウを見やると、シュウが少し強張った表情をしている。
『どうした?』と尋ねると、そっと視線が動いた。
その視線の先にはパメラ嬢がいた。
シュウが小声でパメラ嬢の様子が少しおかしいことを教えてくれたが、たしかに私が見てもパメラ嬢のトーマ王妃を見る目つきは敵意に満ちているようなそんな気がする。
標的はてっきり私とシュウに変わったと思っていたが、2人寄り添う姿を見て何か思うところがあったのかもしれない。
こんな大勢の前だから、大丈夫だとは思うが不測の事態が起こってはいけない。
アンドリュー王にはトーマ王妃から目を離さぬよう伝えておくとしよう。
しかし、あくまでもパメラ嬢の標的は私とシュウだ。
先程のトーマ王妃へ対する敵意に満ちた表情を見ても、特にシュウには何かをしでかす可能性が高い。
「いいか、シュウは絶対に私から離れるな」とシュウにもう一度念を押した。
アンドリュー王とトーマ王妃が王族席に座ったのを確認して、我々も席に着いた。
身分の高いものから順々に挨拶にやってくる。
シュウにはこの挨拶で手を握ってはいけない、笑顔を見せてはいけないといい含めておいたので、それを忠実に守っているようだ。
初めての夜会でしかも、こんなに大勢の者たちの前に出ることも初めてのシュウは、いつまでも続く挨拶に次第に疲れの表情を見せ始めた。
その憂いを帯びた疲れの表情すらシュウの美しさを助長させていく。
私はもはや目の前にいる貴族たちよりもシュウの美しすぎる表情が気になって仕方がなかった。
長い挨拶が終わり、ようやく一息をつくとすぐにアンドリュー王とトーマ王妃のダンスが始まる。
夜会なのだからダンスが始まらないことにはどうしようもない。
レナゼリシアに到着したばかりで疲れているだろうに、お二人ともそれを微塵も見せずに軽やかな足取りで広間の中央へと進んでいく。
シュウもそんなトーマ王妃の姿を見て
『はぁっ……すごいなぁ』と感嘆の声を漏らしていた。
アンドリュー王とトーマ王妃が中央に向かい合って手を取り、見つめあっただけで広間に歓声が上がる。
改めてお二人の人気の高さが窺える。
あの大戦から3年。
いや、まだ3年。
アンドリュー王の話では大戦後のオランディアは国の存亡の危機というほどの状況に陥っていたはずだ。
誰しもが絶望した中で、それをたった3年でこれほどまでに回復させたのだから、お二人に敬愛の念を抱くのは当然だろう。
我々の時代では男性王妃も特に反対などは出ないが、この時代、男性の王妃ということで一部の貴族からは反対意見もあったらしい。
しかし、オランディア復活にはトーマ王妃の力無くしてはできなかったこと、そして何よりもアンドリュー王がトーマ王妃以外の妃を取らないと宣言したことで認められたそうだ。
次期国王にはアンドリュー王の弟君であるジュリアン王子が内定しているから後継の心配はないこともあり、国民からは男性王妃に対して反対意見などなかったらしい。
逆にトーマ王妃に対して女性よりも美しいという意見も多く、アンドリュー王に溺愛されているトーマ王妃に憧れを抱くものも多い。
さっと手を挙げたアンドリュー王の合図に軽やかなワルツの音楽が流れ始めた。
アンドリュー王の巧みなリードに合わせたトーマ王妃の滑らかな動きがまるでお手本のように美しい。
お二人の幸せそうな表情にこちらまで笑顔になってしまうほどだ。
観衆のうっとりとした表情の中、お二人のダンスは終了した。
大歓声の中で席に戻ってきたアンドリュー王から
「其方たちも一曲踊ってきたらどうだ?」
と誘いを受けた。
確かに王族の一員としてこの場に呼ばれている身とあっては、今この場で踊るのが当然だろう。
出席者たちもそれを待ち望んでいることだろう。
しかし、シュウはどうだろう?
平民として生まれたシュウにダンスは踊れるだろうか?
確かダンスはまだ教えていなかったはずだ。
シュウが恥をかくようなことはしたくないが、どうするのがいいか……。
とりあえず、シュウにどうするか聞いてみると一瞬躊躇った様子を見せたが
「柊ちゃん、大丈夫だよ。行っておいで」
トーマ王妃にそう言われると、シュウは明るい表情で『頑張ってくる!』と言い切った。
トーマ王妃に目を向けると、にっこりと笑顔を浮かべていたからどうやらシュウのダンスの腕を知っているようだ。
私は緊張で少し冷たくなったシュウの手を取り広間の中央へと向かった。
『あの美しい人はどんな美しいダンスを踊るのだろうな』
『きっと花のように美しく舞うはずだ』
『公爵さまは羨ましすぎるな』
『あの方の手を取って私も踊りたい』
皆がシュウのダンスへ大きな期待をしている。
シュウにも皆の声が聞こえているかもしれない。
練習したのかもしれないが、初めてのダンスをこんなに大勢の前でしなければいけないシュウの精神的圧迫は途轍もないものだろう。
「シュウ、緊張しなくていい。私だけを見て踊ればいいのだ」
シュウの緊張が少しでも解れるようにと声をかけると、シュウはふわりとした笑顔を見せてくれた。
その笑顔に私の方が笑顔にさせられる。
シュウのその愛らしい顔を見ながら、向き合って手を取るとゆったりとした音楽が流れ始めた。
シュウに『楽しく踊ればいい』と伝えると、シュウは嬉しそうに笑った。
私がシュウの身体を支えステップを踏むと、シュウはそれを自然に受け止めステップを踏む。
軽やかに舞う姿に私の方がリードされているような錯覚に陥ってしまうほどだ。
ドレスの裾を軽やかに翻しながら舞う様は花の精のように美しい。
今まで夜会に出席して幾度か女性とダンスを踊った経験はあるが、相手が嫌がっていたこともあってこんなに楽しいダンスを踊ったのは初めてだった。
ダンスとはこんなにも幸せで楽しいものだったんだな。
シュウと踊って初めてわかった。
今日が私にとってもファーストダンスだ。
相手がシュウで本当に良かった。
このダンスを見て、シュウにダンスを申し込む輩も現れるかもしれない。
夜会では既婚者であってもダンスに誘うのはマナー違反ではないが、シュウは別だ。
私以外とダンスなど許すことはできない。
それを分からせるためにもダンスを終えた後、シュウを抱きかかえて席に戻った。
それはダンスを申込もうとしている奴らを近づけさせないためだ。
私のその行動に実際にシュウに近づこうとしていた奴らは、二の足を踏んでいた。
よし、これでいい。
本当ならそのまま膝に座らせさらに見せつけたかったが、ドレスを着ているからそれは叶わず仕方なくシュウの席とくっつけ身を寄せ合って座った。
あまりにも素晴らしいダンスだったから、いつの間にあんなに踊れるようになったのかとシュウに聞いていると、
『とても上手だったよ!』とトーマ王妃が駆け寄ってきた。
「お……トーマさまがお教えくださったおかげです」
やはりトーマ王妃の指導か。
ほんの少しトーマ王妃に嫉妬めいた気持ちが浮かんだものの、
「ふふっ。他の人からのダンスは誘われても断っていいからね。柊ちゃんたちは新婚だって話してるから大丈夫だよ。
まぁ、そんなにピッタリと怖そうな旦那さまがくっついてたら誘ってくる強者はいないと思うけど」
その配慮に感謝せずにはいられなかった。
国王と王妃から新婚だから誘うなと伝えられて、わざわざダンスを申し込みにくる馬鹿はいないだろう。
一気に安堵して気が楽になった。
ダンスして喉が渇いたろうシュウに何か飲み物でもと尋ねると、シュウはあのハーブティーが飲みたいと言い出した。
もう一度あれを頼めば、あのハーブティーの意味がわかるかもしれない。
そう思って、私はわざわざあの執事本人を呼び、
「私の大切な妻が先ほどのハーブティーを所望しているのだが、悪いが持ってきてはもらえぬか?」
と頼んだ。
案の定、執事は驚いた表情を浮かべ聞き直してきた。
やはりあれに秘密があるのかと問いかけてみると、あのハーブティーは執事の自作でもう一度飲みたいと言われるほど気に入ってもらえたことはなかったから嬉しくて驚いたと答えた。
表情を見た限りでは嘘を言っているようには見えない。
これはヴォルフの本心なのだろうと思う。
しかし、私はあの時のパメラ嬢のにニヤニヤした表情がどうしても気になるのだ。
まあ、いい。もう一度見てみればわかることだ。
シュウはヴォルフのいうことを疑うどころか、好きで飲んでいたものに似ていて美味しかったとさえ言っていた。
ヴォルフはシュウの言葉に心から喜んでいる様子だった。
シュウのハーブティーと私のシャンパンを頼むと、ヴォルフは急いでそれを用意しに行った。
「シュウはあのお茶がそんなに気に入ったのか?」
「あれはぼくが知っているのと同じだとローズヒップティーといってね、疲れを癒してくれる効果を持つんだ。
ヴォルフさんはそれを知っていて、長旅で疲れたぼくたちにそれを出してくれたんだよ、きっと」
疲れを癒すハーブティー。
そんな効果があのハーブにはあったとは知らなかった。
ヴォルフが紅茶でなく、ハーブティーを出してくれたのは我々のためだったのか。
それが本当ならばどうしてパメラ嬢はあんな表情をしていたのだろう……。
それだけがまだ理解できずにいた。
少し経ってヴォルフがハーブティーとシャンパンを持って戻ってきた。
チラリとカップを覗き見ると、応接室で見たものより薄い気がした。
そう、我々のカップに入っていたものと同じような色に見えた。
あの時のものと同じものなのか、これは?
シュウとヴォルフの動きに注意しながら先にシャンパングラスを傾けた。
私が飲むのを見届けたあと、シュウもカップに口をつけた。
「うん。やっぱり美味しい」
心配したが、シュウは美味しいと言っていた。
気になって、
「シュウ、私にも一口いいか?」
と頼むとシュウは快くカップを手渡してくれた。
匂いにおかしなところはない。
次は味の確認だな。
ゆっくりとカップを傾け、ハーブティーを口に入れると爽やかな酸味とほんのり甘い味が口の中に広がった。
うん、美味しい。特におかしなところもなさそうだ。
シュウにカップを返して、昼間飲んだものと同じ味かと尋ねると、これには蜂蜜が入っているから飲みやすいと答えた。
なるほど、ほんのり甘かったのは蜂蜜のせいか。
ヴォルフにシュウがハーブティーを気に入っていると伝えると、おどおどとした様子でシュウにハーブティーに詳しいのかと尋ねた。
「えっ? ああ、はい。詳しいというほどではありませんがハーブティーは好きですよ」
シュウがそう答えると、
「そうでございましたか……。そうとは知らず……」
ヴォルフの険しい表情にやはり、あのハーブティーには細工があったのだと感じシュウに聞こえないようにヴォルフに尋ねた。
「ヴォルフ、正直に言え。ここへきたときに出したシュウのハーブティーにだけ、何か細工をしなかったか?」
「そ、それは……」
ヴォルフの表情が一瞬にして曇った。やはり何かしていたようだな。
「パメラ嬢に何か頼まれたのか?」
「そ、そこまでご存知だったのですか……。はい。奥方さまの分だけ濃く出すように指示されました」
「濃く出すように? それは何故だ?」
「それは私にもわかりません。ただ……何かよからぬことを考えているのは確かなようです」
「わかった。あとでまた話を聞くことになるかもしれん」
「畏まりました」
ヴォルフは話すことができて安堵したのか、カップとシャンパングラスを持って頭を下げ離れていった。
ヴォルフと私の様子にシュウがどうしたの? と尋ねてきたが、今ここでシュウに知らせるわけにはいかない。
シュウにはテラスに行ってみようと声をかけ、アンドリュー王に話をしてくるからここで待っているように言った。
すぐにアンドリュー王の元へ行き、さっきのヴォルフの話をした。
「陛下。やはりシュウが狙われているようです。どういう方法かはわかりませんが、何かよからぬことを考えているのは事実のようです」
「ならば――――――――というのはどうだ?」
「なるほど。それはいい考えです。それならきっと尻尾を掴めますね」
2人でニヤリと顔を見合わせていると、
「アルフレッドさん! 柊ちゃんが!」
というトーマ王妃の声に慌ててシュウの方を向くとシュウに手を差し出している奴がいる。
ほんの少し目を離しただけでこのザマか。
あれだけ牽制したのに刺さらない奴もいるもんだなと少し呆れながら、シュウの元に駆け寄りシュウの手を取ろうとしている奴の手を握りしめてやった。
「ゔっっ」
「せっかくのダンスの誘いだが、申し訳ない。私の妻は疲れているようなので、失礼する。
さぁ、シュウ。行こうか?」
奴の言葉を聞くこともなく一気に言い切ると、すぐにシュウを連れその場から立ち去った。
「ほんの少し目を離しただけで誘いが来るのだからな、シュウはひとりにしてはおけぬな」
「フレッド……怒ってる? ぼく、誘いに乗るつもりはなかったよ」
「ははっ。怒るわけないだろう? シュウが誘いに乗らないことくらいわかっているさ。
ただ、私のシュウの手に触れようとしたのが許せないだけだ」
そう。
ダンスに誘うことはもちろんだが、私のシュウの手に触れようとするなどもってのほかだ。
シュウの小さくて柔らかな手を持ち上げそっと手の甲に口づけを送ると、シュウは嬉しそうに私の手を持ち上げ同じように手の甲に口づけをしてくれた。
思わぬシュウの行動に思考が止まった。
『わぁっ』
『きゃー、素敵!』
『羨ましい』
『はぁ……っ』
周りから口々に聞こえる声にハッと我にかえり、シュウを見ると白い肌が首筋まで赤く染まっている。
そのピンク色になった肌がいやらしさをそそる。
こんなエロいシュウを見せるわけにはいかない。
それを見るのは私だけだ。
シュウを胸元に隠すように抱きかかえ、急いでテラスに向かった。
テラスから見える中庭は庭師の素晴らしい仕事ぶりがわかる。
綺麗に整えられた木々にランプが彩られ、景色を楽しむことができる。
しかし、その美しい景色もシュウを目の前にすれば色褪せてしまう。
テラスに置かれたベンチにシュウを抱えたまま腰を下ろし、腕の中にすっぽりと包み込んだ。
シュウは目の前の景色に目を奪われていたが、私の目にはシュウしか入らなかった。
「シュウ、私はお前の可愛さに翻弄されてばかりだ」
「フレッド……」
「女神のごとき美しいシュウを私の腕の中に閉じ込めておけるなんて私は幸せ者だな」
シュウにどうしても想いを伝えたくて言葉にすると、シュウは私の頬を柔らかな両手のひらで挟んでゆっくりとシュウの口へと近づけていく。
シュウの行動の意味に気づいた時には、もうシュウの柔らかで甘い唇と重なり合っていた。
ちゅっと甘やかな音が聞こえた瞬間、私の理性は吹き飛んだ。
離れようとするシュウの頭を押さえ、開いた唇に舌を滑り込ませた。
口づけをしているシュウのそそる顔を誰にも見られないように自分の身体で隠しながら、シュウの甘い唇を貪り続けた。
「……んっ……ん」
シュウの漏れ聞こえる吐息に興奮しながら、シュウの口内を蹂躙し唾液を吸い尽くし絡めあった。
名残惜しい気もしたが、これ以上ここでするわけにはいかないと未練を残しながらも唇を離すと、シュウはもっともっとと強請るような表情で離れていった私の唇を見つめ続けていた。
こんな表情をしたシュウを連れて広間へ戻ることなどできるわけがないだろう!
「もう無理だ。シュウ、部屋に戻ろう」
急いで色揃いのジャケットを脱ぎシュウの色っぽい顔が見えないように被せると、そのまま抱きかかえて人波をかき分けて広間を通り抜けていく。
早く部屋に行こう!
足早に歩を進めていると、突然私の腕を掴むものが現れた。
王族の遠戚でもあり、公爵でもある私に勝手に触れるなど、この場に貴族としてのマナーがわかっていないものがいるとはな。
誰だ、そんな馬鹿は。
私とシュウの行く手を阻んだ愚かな奴は誰だと目を向けると、そこにはゾッとするような作り物の笑顔で私を見るパメラ嬢の姿があった。
「急いでるのだが、何か用か?」
無表情で機械的に何の用か尋ねると
「サンチェス公爵さま。私と踊っていただけませんかぁ?」
身体をクネクネとさせながら甘ったるい声で誘ってくる。
これが可愛いとでも思っているのか?
急に私の足が止まったことに驚いたシュウがジャケットを取ろうとしていたが、それを制してそのまま私の腕の中に留めて、パメラ嬢に対して声を荒らげた。
「急いでいると言ったのが聞こえなかったか?」
「女の私に恥をかかせないでくださいよぉ。私、公爵さまと記念に踊りたいんですぅ」
そう言ってさらに縋りつこうとする手を跳ね除け、
「申し訳ないが、部屋に戻るので失礼する」
周りに聞こえるように大きな声で拒絶の声をあげ広間をでて部屋に向かった。
乱暴に寝室の扉を開け、シュウを寝室に寝かせてから顔にかけていたジャケットを外した。
「フレ……」
シュウの言葉を遮るように唇でシュウの口を塞ぎ、舌を絡めあいながらシュウのドレスの釦を外していく。
どんどん火照っていく肌を見て興奮しながら、シュウのドレスを全て剥ぎ取った。
「シュウ、愛してるよ」
今日はあの五芒星の性感帯に触れてみようと思っていた。
シュウの唇を離れ、耳たぶのピアスを舐め、そのまま襟足へと唇を動かしていく。
襟足の五芒星を捉え、それに吸い付いた瞬間、
「ひゃあっ……んっ!」
激しいほどのシュウの喘ぎ声が寝室に響いた。
「いま、の……な、に……?」
驚くシュウを前に、やはりあれは性感帯だったかと喜ばずにはいられなかった。
本当にいいことを聞いたものだ。
一度吸い付いた五芒星には何かしらの効力があるのだろう。
元々感じやすいシュウの身体がさらに感度を増し、どこに触れても快感に身を捩っている。
「フレ、ッド……なんか、へん……おかし、くなっちゃう……」
シュウの胸の蕾も美味しそうにぷくりと尖り、私に舐められるのを待っているようだ。
吸い寄せられるように胸の尖りに舌を這わせると、シュウはただひたすらに可愛い声を上げ続け、私がちゅっと胸に吸い付いただけで喘ぎ声をあげながら甘い蜜を溢した。
「ああっ……可愛い」
その蜜を綺麗に舐め取り、シュウの可愛らしい果実を口に咥えるとヒクヒクと身体を震わせあっという間にまた甘い蜜を溢した。
シュウの痴態に愚息も一気に昂って我慢できずに、まだ解してもいないシュウの尻の蕾にあてがうと可愛らしい蕾はするりと私の愚息を受け入れ始めた。
なんの抵抗もなく奥まで挿入りこんだ愚息はシュウの中のうねりに吸い込まれるように最奥まで到達し、あまりの気持ちよさに奥の奥に叩きつけるように何度も蜜を吐き出した。
シュウももう何度イったかもわからないほどにとろとろに蕩けて、最後はそのまま夢の世界へと旅立っていった。
ブルーノに寝室を片付けるように声をかけ、シュウの姿を見られないうちにすぐに風呂場に連れて行った。
温かな湯でシュウの身体を清めて寝室へと連れて戻った時にはもうすでにブルーノの手によって綺麗に整えられていた。
そのベッドにゆっくりと横たわらせ、スウスウと穏やかな表情で眠るシュウの頭を優しく撫でながら、私の心は幸せに満ち溢れていた。
気づけば、私たちが寝室に籠って数時間が経っていた。
微かに部屋の扉を叩く音がする。
こんな真夜中に……とは思ったが、もしかしたら尻尾を捕まえたのかもしれない。
私はシュウに柔らかな布団を掛け、さっと夜着を羽織り起こさないようにゆっくりと寝室を出た。
部屋の扉を開けると、そこにはブルーノとこの家の執事であるヴォルフの姿があった。
「お休みのところ、申し訳ございません。
アンドリューさまがお呼びでございます」
「ああ、わかった。着替えてすぐに行く」
私は呼び出しの理由をあえて尋ねることなく、急いで着替えて部屋を出るとブルーノだけが部屋の前で待っていた。
ヴォルフは先にアンドリュー王の元に向かったらしい。
ブルーノの案内で連れて行かれた部屋はアンドリュー王のために用意された客間ではなく、レナゼリシア侯爵の執務室だった。
中に入ると、大きなソファーにアンドリュー王が怒りの表情を見せて座っており、少し離れた床の上にガックリと項垂れた侯爵と後ろ手に縛られ泣いているパメラ嬢が並んで正座で座らされ、そしてその紐を持って立っているヒューバートの姿があった。
ヴォルフは部屋の隅に立ってただその様子をじっと眺めていた。
一瞬にして状況は大体把握したものの、とりあえずアンドリュー王に声をかけた。
「遅くなりました。何かございましたか?」
「ああ、アルフレッド……休んでいたところ悪いな。
客間への侵入者を捕らえたとヒューバートから報告があってな、そこに縛られている奴がその侵入者だ」
顎で指し示す方向に座っていたパメラは身体をビクリと震わせつつも、私を救世主とでも思ったのか、必死に弁解の言葉を叫び出した。
「違うんです!! 誤解なんです!!
私はただ、アルフレッドさまにお会いしたくて!!」
胸元が大きく開いた誘惑する気満々といった格好で見せかけの涙をポロポロと溢しながら訴えられても何も刺さりはしないが、本人はそれで許してもらえるとでも思っているのだろう。
「アルフレッドさまぁ、どうか助けてください」
甘ったるい猫撫で声をあげ、私に擦り寄ってこようとするが、後ろ手に縛られているせいでその場から動くこともできずパメラはキッとヒューバートを睨みつけていた。
あまりにも自分勝手なその姿に怒りが込み上げてくる。
「お前、自分の立場がわかっているのか?
大体、誰がお前に名を呼んでいいと言った?」
至極真っ当なことを冷ややかな声で投げつけると、助け舟を出してくれるとでも思い込んでいたのだろう、パメラはハッと驚いた表情を見せ力なく俯いた。
「侯爵、其方がやるべきことは分かっているか?」
我々のやりとりを黙って聞いていたアンドリュー王は、怒りに満ちた声で侯爵に判断を促した。
侯爵はその言葉にがっくりと項垂れていた頭をゆっくりとあげ、意を決した表情で
「心得ております」
と強い声で答えた。
「一度ならず二度までも王族の方に手を出そうとするなどお前みたいな奴は我がレナゼリシア家の恥だ。今日のこの時を以ってお前をこの侯爵家から勘当する」
パメラは父親の口から飛び出した言葉を理解するのに時間がかかったのか、部屋の中に一瞬の静寂が訪れた。
しんとなった部屋に間を置いて
「勘当?? お父さま!! どうして??
嘘でしょう??? ねぇ!! お父さま!!」
と半狂乱のパメラの声が響き渡った。
「うるさい!!! どうしてだと??
本当に理由がわからないのか??」
「だってぇ!! アル……いえ、サンチェス公爵さまがこの家に来られたのは私と結婚させるためなのでしょう?
だから、私の方から行って差し上げただけですのに!!」
なにを言い出すかと思えば、またおかしな妄想を……。
どうしようもない馬鹿女だな、こいつは。
「ふざけるな! 私には自分の命より大切な伴侶がいる。お前みたいな馬鹿女と結婚する気などさらさらない」
「そ、そんな……」
「おい、ヒューバート! これ以上話を続けたら頭がおかしくなる。さっさと連れて行け」
「はっ。ほら、いくぞ!」
「やめて! 離して! お父さまーー!!」
ヒューバートは手に持った紐をグイッと引っ張って、大声で叫び続けるパメラを引き摺るように部屋から連れて行った。
外からもまだ騒ぐ声が聞こえる。
遠ざかっていく騒ぎ声に応接室には誰が吐いたのかわからない溜息が漏れ聞こえた。
「陛下。サンチェス公爵さま。此度の件、誠に申し訳ございませんでした。
処分はなんなりとお受けいたします」
侯爵は床に平伏しながらアンドリュー王の言葉を待っている。
そして、アンドリュー王がゆっくりと口をひらいた。
「レナゼリシア侯爵。其方の娘がしでかしたことは前回のことと合わせても到底許せるものではないが、其方にはこれからもこの地を統治し、我が国の大事には力を貸してもらわねばならん。あの娘は勘当して排除したことであるし、これで其方とこの家に害は無くなったはずだ。処分はそれで良い。いいな?」
「はっ。ありがとうございます。これからの人生全てを陛下とこの国のために捧げて参ります」
侯爵は大粒の涙を流しながら、アンドリュー王に何度も何度も頭を下げていた。
「そうか。ならば、一つだけ私の願いを聞いてもらおうか」
「はっ。なんなりとお申し付けください」
「この広い領地を円滑に統治していくには、其方ひとりでは大変なこともあろう。
其方には支えが必要だな。どうだ、私の薦める相手と添い遂げる気はないか?」
アンドリュー王の突然の話に侯爵は驚きつつも、アンドリュー王の薦める相手ならばなんの反対もないと言わんばかりにすぐに
「陛下のお話ならば謹んでお受け致します」
と了承した。
「そうか。よかった。ならば……ヴォルフ。お前が侯爵の伴侶として、このレナゼリシア領を支えていってくれ」
「「えっ??」」
やはりアンドリュー王もヴォルフの侯爵を見つめる眼差しに気づいていたのだ。
彼ならきっと侯爵の右腕となってこの地を守り立てていってくれることだろう。
ずっと好意をもっていただろうヴォルフはともかく、侯爵はどうだろうかと思ったが、侯爵もずっと近くで見守ってくれていたヴォルフのことをまんざらでもなかったようで
「はっ。ありがとうございます」
とアンドリュー王に笑顔でお礼を言っていた。
思いがけない出来事にヴォルフの身体がガクンと大きく崩れ落ちそうになるのを侯爵はさっと抱き止め、2人顔を見合わせてにこやかな笑顔を見せた。
この2人はきっとうまくいくだろう。
先ほどまでのピリついた空気から一転、和やかな雰囲気になったところで、
「アルフレッド、長い時間悪かったな。奥方が待っているだろう。もう部屋に戻っていいぞ」
「はい。それでは失礼いたします」
私は行きとは違ってすっきりとした気分でシュウの待つ部屋へと戻った。
もしかして目覚めているかも……と心配になったが、寝室で眠るシュウは離れた時と同じ穏やかな表情ですやすやと眠っていた。
これでこの旅の憂いは全て無くなった。
明日からの視察は楽しくなりそうだ。
私は腕の中にシュウを包み込み、穏やかな気持ちで眠りについた。
ブルーノに案内され夜会の催される広間へと向かう道すがら、シュウは緊張している様子だったが、入り口から広間の様子をちらりと覗き見すると『わぁっ、すごい』と無邪気な笑顔を見せ目を輝かせた。
そういえば、屋敷の広間を案内した時も同じように喜んでいたな。
ここの広間は我が屋敷のものよりは狭いが、この時代にしては豪華な装飾に彩られていて侯爵家の広間としては合格点だと言えよう。
可愛らしい声を上げたシュウの頬を撫でると、恥ずかしかったのかほんのりと顔を赤らめた。
その赤い顔がさらに美しさを増していく。
入場前に失敗したと思いながら、シュウの身体をより一層私に寄り添わせた。
「アルフレッド=サンチェス公爵さま、並びに公爵夫人さま。ご入場!」
シュウと共に参加する初めての夜会は、本当ならば自分の名前で出たかったというのが本心ではあるが、
あの時代の夜会に行ってもシュウの美しさは変わらぬが、嫌悪感たっぷりに見られる私と一緒にいさせるのはシュウにとって可哀想だったかもしれない。
それなら好意的に見られるこちらの夜会がまだ良い。
パメラ嬢のおかしな行動には気をつける必要があるが……。
入場の声にシュウをエスコートしながら歩き進めると、広間の招待客から痛いほどの視線が降り注いできた。
この視線は慣れている嫌悪の視線ではなく、美しいシュウを伴う私への嫉妬と羨望だ。
彼らは会話どころか動きすらも止めて、シュウの美しさに見入っている。
そして、シュウと私の衣装、そして左耳につけられたピアスを見て一様にがっかりするのだ。
皆には悪いがそれを見て、愉快にならずにはいられない。
美しいシュウを見せるのはもったいないと思ったが、シュウが私のものだと見せつけられることがこんなにも楽しいとは思わなかった。
私がシュウと寄り添えば寄り添うほど、私に対する羨望の眼差しが強くなっていくのが楽しくて、必要以上にシュウにくっついてしまうのは許して欲しい。
『あんなに美しい令嬢いたか?』
『見てみろ、あの透き通るような白い肌!』
『すべすべとして柔らかそうだ!』
『それにあの折れそうなほど細い腰……』
『ふわりとしたスカートが余計に腰の細さを強調してるな』
『相手が公爵さまでなければな……』
『いやいや、あんな美しい子、お前が例え公爵でも無理だろ!』
『なんだとー!』
『やめろよ、ああ……本当に羨ましい……』
周りから漏れ聞こえるシュウへの言葉を聞くと少し腹立たしい気もするが、まあ想像するしかできない奴らだ。
一生触れることなどできないのだからそれくらいは許してやるか。
ふと、シュウが私を見上げてきたから、シュウに満面の笑顔を見せるとシュウもまた可愛らしい笑顔で返してくれた。
その笑顔を見た周りの輩から『わぁっ』と声が上がった。
皆に笑顔を見せてしまってもったいないとは思ったが、シュウから私へ向けられた笑顔がすごく可愛かったからまぁ良しとしよう。
広間の王族席へと案内され、アンドリュー王とトーマ王妃の入場を待った。
その間、シュウは私の耳元に顔を寄せ広間から見える光景を楽しそうに報告してくれる。
その姿が周りには私と戯れているようにしか見えず、図らずも周りに牽制しているように見えるからいい。
出席者たちの視線が一斉に入り口の方に向いた。
どうやらアンドリュー王とトーマ王妃が来られたようだ。
王族の入場を知らせる金管楽器の音と共に
「アンドリュー=フォン=オランディア国王陛下、
並びにトーマ=フォン=オランディア王妃殿下。ご入場!」
という入場の言葉が広間内に響いた。
お揃いの正装に身を包み、ぴったりと寄り添って入場する姿は我々に癒しを与えてくれているようだ。
途中、トーマ王妃が胸元にそっと手をやったのに気づいた。
あれは……
シュウがトーマ王妃に贈った氷翡翠のネックレス。
高位貴族の集まるこの夜会でシュウのネックレスだけをつけて出るということがどれだけ深い意味を持つのかをシュウは知らないだろうが、あのネックレスがトーマ王妃にとって最も重要なものであるということの現れなのだ。
きっとあのネックレスを見た者全てがあのネックレスの重要さに気づいたことだろう。
誰もがトーマ王妃の凛とした美しさとアンドリュー王の威風堂々とした姿に酔いしれている。
そんな中、急にシュウと繋いでいた手がきゅっと力強く握られた。
何かあったかと慌ててシュウを見やると、シュウが少し強張った表情をしている。
『どうした?』と尋ねると、そっと視線が動いた。
その視線の先にはパメラ嬢がいた。
シュウが小声でパメラ嬢の様子が少しおかしいことを教えてくれたが、たしかに私が見てもパメラ嬢のトーマ王妃を見る目つきは敵意に満ちているようなそんな気がする。
標的はてっきり私とシュウに変わったと思っていたが、2人寄り添う姿を見て何か思うところがあったのかもしれない。
こんな大勢の前だから、大丈夫だとは思うが不測の事態が起こってはいけない。
アンドリュー王にはトーマ王妃から目を離さぬよう伝えておくとしよう。
しかし、あくまでもパメラ嬢の標的は私とシュウだ。
先程のトーマ王妃へ対する敵意に満ちた表情を見ても、特にシュウには何かをしでかす可能性が高い。
「いいか、シュウは絶対に私から離れるな」とシュウにもう一度念を押した。
アンドリュー王とトーマ王妃が王族席に座ったのを確認して、我々も席に着いた。
身分の高いものから順々に挨拶にやってくる。
シュウにはこの挨拶で手を握ってはいけない、笑顔を見せてはいけないといい含めておいたので、それを忠実に守っているようだ。
初めての夜会でしかも、こんなに大勢の者たちの前に出ることも初めてのシュウは、いつまでも続く挨拶に次第に疲れの表情を見せ始めた。
その憂いを帯びた疲れの表情すらシュウの美しさを助長させていく。
私はもはや目の前にいる貴族たちよりもシュウの美しすぎる表情が気になって仕方がなかった。
長い挨拶が終わり、ようやく一息をつくとすぐにアンドリュー王とトーマ王妃のダンスが始まる。
夜会なのだからダンスが始まらないことにはどうしようもない。
レナゼリシアに到着したばかりで疲れているだろうに、お二人ともそれを微塵も見せずに軽やかな足取りで広間の中央へと進んでいく。
シュウもそんなトーマ王妃の姿を見て
『はぁっ……すごいなぁ』と感嘆の声を漏らしていた。
アンドリュー王とトーマ王妃が中央に向かい合って手を取り、見つめあっただけで広間に歓声が上がる。
改めてお二人の人気の高さが窺える。
あの大戦から3年。
いや、まだ3年。
アンドリュー王の話では大戦後のオランディアは国の存亡の危機というほどの状況に陥っていたはずだ。
誰しもが絶望した中で、それをたった3年でこれほどまでに回復させたのだから、お二人に敬愛の念を抱くのは当然だろう。
我々の時代では男性王妃も特に反対などは出ないが、この時代、男性の王妃ということで一部の貴族からは反対意見もあったらしい。
しかし、オランディア復活にはトーマ王妃の力無くしてはできなかったこと、そして何よりもアンドリュー王がトーマ王妃以外の妃を取らないと宣言したことで認められたそうだ。
次期国王にはアンドリュー王の弟君であるジュリアン王子が内定しているから後継の心配はないこともあり、国民からは男性王妃に対して反対意見などなかったらしい。
逆にトーマ王妃に対して女性よりも美しいという意見も多く、アンドリュー王に溺愛されているトーマ王妃に憧れを抱くものも多い。
さっと手を挙げたアンドリュー王の合図に軽やかなワルツの音楽が流れ始めた。
アンドリュー王の巧みなリードに合わせたトーマ王妃の滑らかな動きがまるでお手本のように美しい。
お二人の幸せそうな表情にこちらまで笑顔になってしまうほどだ。
観衆のうっとりとした表情の中、お二人のダンスは終了した。
大歓声の中で席に戻ってきたアンドリュー王から
「其方たちも一曲踊ってきたらどうだ?」
と誘いを受けた。
確かに王族の一員としてこの場に呼ばれている身とあっては、今この場で踊るのが当然だろう。
出席者たちもそれを待ち望んでいることだろう。
しかし、シュウはどうだろう?
平民として生まれたシュウにダンスは踊れるだろうか?
確かダンスはまだ教えていなかったはずだ。
シュウが恥をかくようなことはしたくないが、どうするのがいいか……。
とりあえず、シュウにどうするか聞いてみると一瞬躊躇った様子を見せたが
「柊ちゃん、大丈夫だよ。行っておいで」
トーマ王妃にそう言われると、シュウは明るい表情で『頑張ってくる!』と言い切った。
トーマ王妃に目を向けると、にっこりと笑顔を浮かべていたからどうやらシュウのダンスの腕を知っているようだ。
私は緊張で少し冷たくなったシュウの手を取り広間の中央へと向かった。
『あの美しい人はどんな美しいダンスを踊るのだろうな』
『きっと花のように美しく舞うはずだ』
『公爵さまは羨ましすぎるな』
『あの方の手を取って私も踊りたい』
皆がシュウのダンスへ大きな期待をしている。
シュウにも皆の声が聞こえているかもしれない。
練習したのかもしれないが、初めてのダンスをこんなに大勢の前でしなければいけないシュウの精神的圧迫は途轍もないものだろう。
「シュウ、緊張しなくていい。私だけを見て踊ればいいのだ」
シュウの緊張が少しでも解れるようにと声をかけると、シュウはふわりとした笑顔を見せてくれた。
その笑顔に私の方が笑顔にさせられる。
シュウのその愛らしい顔を見ながら、向き合って手を取るとゆったりとした音楽が流れ始めた。
シュウに『楽しく踊ればいい』と伝えると、シュウは嬉しそうに笑った。
私がシュウの身体を支えステップを踏むと、シュウはそれを自然に受け止めステップを踏む。
軽やかに舞う姿に私の方がリードされているような錯覚に陥ってしまうほどだ。
ドレスの裾を軽やかに翻しながら舞う様は花の精のように美しい。
今まで夜会に出席して幾度か女性とダンスを踊った経験はあるが、相手が嫌がっていたこともあってこんなに楽しいダンスを踊ったのは初めてだった。
ダンスとはこんなにも幸せで楽しいものだったんだな。
シュウと踊って初めてわかった。
今日が私にとってもファーストダンスだ。
相手がシュウで本当に良かった。
このダンスを見て、シュウにダンスを申し込む輩も現れるかもしれない。
夜会では既婚者であってもダンスに誘うのはマナー違反ではないが、シュウは別だ。
私以外とダンスなど許すことはできない。
それを分からせるためにもダンスを終えた後、シュウを抱きかかえて席に戻った。
それはダンスを申込もうとしている奴らを近づけさせないためだ。
私のその行動に実際にシュウに近づこうとしていた奴らは、二の足を踏んでいた。
よし、これでいい。
本当ならそのまま膝に座らせさらに見せつけたかったが、ドレスを着ているからそれは叶わず仕方なくシュウの席とくっつけ身を寄せ合って座った。
あまりにも素晴らしいダンスだったから、いつの間にあんなに踊れるようになったのかとシュウに聞いていると、
『とても上手だったよ!』とトーマ王妃が駆け寄ってきた。
「お……トーマさまがお教えくださったおかげです」
やはりトーマ王妃の指導か。
ほんの少しトーマ王妃に嫉妬めいた気持ちが浮かんだものの、
「ふふっ。他の人からのダンスは誘われても断っていいからね。柊ちゃんたちは新婚だって話してるから大丈夫だよ。
まぁ、そんなにピッタリと怖そうな旦那さまがくっついてたら誘ってくる強者はいないと思うけど」
その配慮に感謝せずにはいられなかった。
国王と王妃から新婚だから誘うなと伝えられて、わざわざダンスを申し込みにくる馬鹿はいないだろう。
一気に安堵して気が楽になった。
ダンスして喉が渇いたろうシュウに何か飲み物でもと尋ねると、シュウはあのハーブティーが飲みたいと言い出した。
もう一度あれを頼めば、あのハーブティーの意味がわかるかもしれない。
そう思って、私はわざわざあの執事本人を呼び、
「私の大切な妻が先ほどのハーブティーを所望しているのだが、悪いが持ってきてはもらえぬか?」
と頼んだ。
案の定、執事は驚いた表情を浮かべ聞き直してきた。
やはりあれに秘密があるのかと問いかけてみると、あのハーブティーは執事の自作でもう一度飲みたいと言われるほど気に入ってもらえたことはなかったから嬉しくて驚いたと答えた。
表情を見た限りでは嘘を言っているようには見えない。
これはヴォルフの本心なのだろうと思う。
しかし、私はあの時のパメラ嬢のにニヤニヤした表情がどうしても気になるのだ。
まあ、いい。もう一度見てみればわかることだ。
シュウはヴォルフのいうことを疑うどころか、好きで飲んでいたものに似ていて美味しかったとさえ言っていた。
ヴォルフはシュウの言葉に心から喜んでいる様子だった。
シュウのハーブティーと私のシャンパンを頼むと、ヴォルフは急いでそれを用意しに行った。
「シュウはあのお茶がそんなに気に入ったのか?」
「あれはぼくが知っているのと同じだとローズヒップティーといってね、疲れを癒してくれる効果を持つんだ。
ヴォルフさんはそれを知っていて、長旅で疲れたぼくたちにそれを出してくれたんだよ、きっと」
疲れを癒すハーブティー。
そんな効果があのハーブにはあったとは知らなかった。
ヴォルフが紅茶でなく、ハーブティーを出してくれたのは我々のためだったのか。
それが本当ならばどうしてパメラ嬢はあんな表情をしていたのだろう……。
それだけがまだ理解できずにいた。
少し経ってヴォルフがハーブティーとシャンパンを持って戻ってきた。
チラリとカップを覗き見ると、応接室で見たものより薄い気がした。
そう、我々のカップに入っていたものと同じような色に見えた。
あの時のものと同じものなのか、これは?
シュウとヴォルフの動きに注意しながら先にシャンパングラスを傾けた。
私が飲むのを見届けたあと、シュウもカップに口をつけた。
「うん。やっぱり美味しい」
心配したが、シュウは美味しいと言っていた。
気になって、
「シュウ、私にも一口いいか?」
と頼むとシュウは快くカップを手渡してくれた。
匂いにおかしなところはない。
次は味の確認だな。
ゆっくりとカップを傾け、ハーブティーを口に入れると爽やかな酸味とほんのり甘い味が口の中に広がった。
うん、美味しい。特におかしなところもなさそうだ。
シュウにカップを返して、昼間飲んだものと同じ味かと尋ねると、これには蜂蜜が入っているから飲みやすいと答えた。
なるほど、ほんのり甘かったのは蜂蜜のせいか。
ヴォルフにシュウがハーブティーを気に入っていると伝えると、おどおどとした様子でシュウにハーブティーに詳しいのかと尋ねた。
「えっ? ああ、はい。詳しいというほどではありませんがハーブティーは好きですよ」
シュウがそう答えると、
「そうでございましたか……。そうとは知らず……」
ヴォルフの険しい表情にやはり、あのハーブティーには細工があったのだと感じシュウに聞こえないようにヴォルフに尋ねた。
「ヴォルフ、正直に言え。ここへきたときに出したシュウのハーブティーにだけ、何か細工をしなかったか?」
「そ、それは……」
ヴォルフの表情が一瞬にして曇った。やはり何かしていたようだな。
「パメラ嬢に何か頼まれたのか?」
「そ、そこまでご存知だったのですか……。はい。奥方さまの分だけ濃く出すように指示されました」
「濃く出すように? それは何故だ?」
「それは私にもわかりません。ただ……何かよからぬことを考えているのは確かなようです」
「わかった。あとでまた話を聞くことになるかもしれん」
「畏まりました」
ヴォルフは話すことができて安堵したのか、カップとシャンパングラスを持って頭を下げ離れていった。
ヴォルフと私の様子にシュウがどうしたの? と尋ねてきたが、今ここでシュウに知らせるわけにはいかない。
シュウにはテラスに行ってみようと声をかけ、アンドリュー王に話をしてくるからここで待っているように言った。
すぐにアンドリュー王の元へ行き、さっきのヴォルフの話をした。
「陛下。やはりシュウが狙われているようです。どういう方法かはわかりませんが、何かよからぬことを考えているのは事実のようです」
「ならば――――――――というのはどうだ?」
「なるほど。それはいい考えです。それならきっと尻尾を掴めますね」
2人でニヤリと顔を見合わせていると、
「アルフレッドさん! 柊ちゃんが!」
というトーマ王妃の声に慌ててシュウの方を向くとシュウに手を差し出している奴がいる。
ほんの少し目を離しただけでこのザマか。
あれだけ牽制したのに刺さらない奴もいるもんだなと少し呆れながら、シュウの元に駆け寄りシュウの手を取ろうとしている奴の手を握りしめてやった。
「ゔっっ」
「せっかくのダンスの誘いだが、申し訳ない。私の妻は疲れているようなので、失礼する。
さぁ、シュウ。行こうか?」
奴の言葉を聞くこともなく一気に言い切ると、すぐにシュウを連れその場から立ち去った。
「ほんの少し目を離しただけで誘いが来るのだからな、シュウはひとりにしてはおけぬな」
「フレッド……怒ってる? ぼく、誘いに乗るつもりはなかったよ」
「ははっ。怒るわけないだろう? シュウが誘いに乗らないことくらいわかっているさ。
ただ、私のシュウの手に触れようとしたのが許せないだけだ」
そう。
ダンスに誘うことはもちろんだが、私のシュウの手に触れようとするなどもってのほかだ。
シュウの小さくて柔らかな手を持ち上げそっと手の甲に口づけを送ると、シュウは嬉しそうに私の手を持ち上げ同じように手の甲に口づけをしてくれた。
思わぬシュウの行動に思考が止まった。
『わぁっ』
『きゃー、素敵!』
『羨ましい』
『はぁ……っ』
周りから口々に聞こえる声にハッと我にかえり、シュウを見ると白い肌が首筋まで赤く染まっている。
そのピンク色になった肌がいやらしさをそそる。
こんなエロいシュウを見せるわけにはいかない。
それを見るのは私だけだ。
シュウを胸元に隠すように抱きかかえ、急いでテラスに向かった。
テラスから見える中庭は庭師の素晴らしい仕事ぶりがわかる。
綺麗に整えられた木々にランプが彩られ、景色を楽しむことができる。
しかし、その美しい景色もシュウを目の前にすれば色褪せてしまう。
テラスに置かれたベンチにシュウを抱えたまま腰を下ろし、腕の中にすっぽりと包み込んだ。
シュウは目の前の景色に目を奪われていたが、私の目にはシュウしか入らなかった。
「シュウ、私はお前の可愛さに翻弄されてばかりだ」
「フレッド……」
「女神のごとき美しいシュウを私の腕の中に閉じ込めておけるなんて私は幸せ者だな」
シュウにどうしても想いを伝えたくて言葉にすると、シュウは私の頬を柔らかな両手のひらで挟んでゆっくりとシュウの口へと近づけていく。
シュウの行動の意味に気づいた時には、もうシュウの柔らかで甘い唇と重なり合っていた。
ちゅっと甘やかな音が聞こえた瞬間、私の理性は吹き飛んだ。
離れようとするシュウの頭を押さえ、開いた唇に舌を滑り込ませた。
口づけをしているシュウのそそる顔を誰にも見られないように自分の身体で隠しながら、シュウの甘い唇を貪り続けた。
「……んっ……ん」
シュウの漏れ聞こえる吐息に興奮しながら、シュウの口内を蹂躙し唾液を吸い尽くし絡めあった。
名残惜しい気もしたが、これ以上ここでするわけにはいかないと未練を残しながらも唇を離すと、シュウはもっともっとと強請るような表情で離れていった私の唇を見つめ続けていた。
こんな表情をしたシュウを連れて広間へ戻ることなどできるわけがないだろう!
「もう無理だ。シュウ、部屋に戻ろう」
急いで色揃いのジャケットを脱ぎシュウの色っぽい顔が見えないように被せると、そのまま抱きかかえて人波をかき分けて広間を通り抜けていく。
早く部屋に行こう!
足早に歩を進めていると、突然私の腕を掴むものが現れた。
王族の遠戚でもあり、公爵でもある私に勝手に触れるなど、この場に貴族としてのマナーがわかっていないものがいるとはな。
誰だ、そんな馬鹿は。
私とシュウの行く手を阻んだ愚かな奴は誰だと目を向けると、そこにはゾッとするような作り物の笑顔で私を見るパメラ嬢の姿があった。
「急いでるのだが、何か用か?」
無表情で機械的に何の用か尋ねると
「サンチェス公爵さま。私と踊っていただけませんかぁ?」
身体をクネクネとさせながら甘ったるい声で誘ってくる。
これが可愛いとでも思っているのか?
急に私の足が止まったことに驚いたシュウがジャケットを取ろうとしていたが、それを制してそのまま私の腕の中に留めて、パメラ嬢に対して声を荒らげた。
「急いでいると言ったのが聞こえなかったか?」
「女の私に恥をかかせないでくださいよぉ。私、公爵さまと記念に踊りたいんですぅ」
そう言ってさらに縋りつこうとする手を跳ね除け、
「申し訳ないが、部屋に戻るので失礼する」
周りに聞こえるように大きな声で拒絶の声をあげ広間をでて部屋に向かった。
乱暴に寝室の扉を開け、シュウを寝室に寝かせてから顔にかけていたジャケットを外した。
「フレ……」
シュウの言葉を遮るように唇でシュウの口を塞ぎ、舌を絡めあいながらシュウのドレスの釦を外していく。
どんどん火照っていく肌を見て興奮しながら、シュウのドレスを全て剥ぎ取った。
「シュウ、愛してるよ」
今日はあの五芒星の性感帯に触れてみようと思っていた。
シュウの唇を離れ、耳たぶのピアスを舐め、そのまま襟足へと唇を動かしていく。
襟足の五芒星を捉え、それに吸い付いた瞬間、
「ひゃあっ……んっ!」
激しいほどのシュウの喘ぎ声が寝室に響いた。
「いま、の……な、に……?」
驚くシュウを前に、やはりあれは性感帯だったかと喜ばずにはいられなかった。
本当にいいことを聞いたものだ。
一度吸い付いた五芒星には何かしらの効力があるのだろう。
元々感じやすいシュウの身体がさらに感度を増し、どこに触れても快感に身を捩っている。
「フレ、ッド……なんか、へん……おかし、くなっちゃう……」
シュウの胸の蕾も美味しそうにぷくりと尖り、私に舐められるのを待っているようだ。
吸い寄せられるように胸の尖りに舌を這わせると、シュウはただひたすらに可愛い声を上げ続け、私がちゅっと胸に吸い付いただけで喘ぎ声をあげながら甘い蜜を溢した。
「ああっ……可愛い」
その蜜を綺麗に舐め取り、シュウの可愛らしい果実を口に咥えるとヒクヒクと身体を震わせあっという間にまた甘い蜜を溢した。
シュウの痴態に愚息も一気に昂って我慢できずに、まだ解してもいないシュウの尻の蕾にあてがうと可愛らしい蕾はするりと私の愚息を受け入れ始めた。
なんの抵抗もなく奥まで挿入りこんだ愚息はシュウの中のうねりに吸い込まれるように最奥まで到達し、あまりの気持ちよさに奥の奥に叩きつけるように何度も蜜を吐き出した。
シュウももう何度イったかもわからないほどにとろとろに蕩けて、最後はそのまま夢の世界へと旅立っていった。
ブルーノに寝室を片付けるように声をかけ、シュウの姿を見られないうちにすぐに風呂場に連れて行った。
温かな湯でシュウの身体を清めて寝室へと連れて戻った時にはもうすでにブルーノの手によって綺麗に整えられていた。
そのベッドにゆっくりと横たわらせ、スウスウと穏やかな表情で眠るシュウの頭を優しく撫でながら、私の心は幸せに満ち溢れていた。
気づけば、私たちが寝室に籠って数時間が経っていた。
微かに部屋の扉を叩く音がする。
こんな真夜中に……とは思ったが、もしかしたら尻尾を捕まえたのかもしれない。
私はシュウに柔らかな布団を掛け、さっと夜着を羽織り起こさないようにゆっくりと寝室を出た。
部屋の扉を開けると、そこにはブルーノとこの家の執事であるヴォルフの姿があった。
「お休みのところ、申し訳ございません。
アンドリューさまがお呼びでございます」
「ああ、わかった。着替えてすぐに行く」
私は呼び出しの理由をあえて尋ねることなく、急いで着替えて部屋を出るとブルーノだけが部屋の前で待っていた。
ヴォルフは先にアンドリュー王の元に向かったらしい。
ブルーノの案内で連れて行かれた部屋はアンドリュー王のために用意された客間ではなく、レナゼリシア侯爵の執務室だった。
中に入ると、大きなソファーにアンドリュー王が怒りの表情を見せて座っており、少し離れた床の上にガックリと項垂れた侯爵と後ろ手に縛られ泣いているパメラ嬢が並んで正座で座らされ、そしてその紐を持って立っているヒューバートの姿があった。
ヴォルフは部屋の隅に立ってただその様子をじっと眺めていた。
一瞬にして状況は大体把握したものの、とりあえずアンドリュー王に声をかけた。
「遅くなりました。何かございましたか?」
「ああ、アルフレッド……休んでいたところ悪いな。
客間への侵入者を捕らえたとヒューバートから報告があってな、そこに縛られている奴がその侵入者だ」
顎で指し示す方向に座っていたパメラは身体をビクリと震わせつつも、私を救世主とでも思ったのか、必死に弁解の言葉を叫び出した。
「違うんです!! 誤解なんです!!
私はただ、アルフレッドさまにお会いしたくて!!」
胸元が大きく開いた誘惑する気満々といった格好で見せかけの涙をポロポロと溢しながら訴えられても何も刺さりはしないが、本人はそれで許してもらえるとでも思っているのだろう。
「アルフレッドさまぁ、どうか助けてください」
甘ったるい猫撫で声をあげ、私に擦り寄ってこようとするが、後ろ手に縛られているせいでその場から動くこともできずパメラはキッとヒューバートを睨みつけていた。
あまりにも自分勝手なその姿に怒りが込み上げてくる。
「お前、自分の立場がわかっているのか?
大体、誰がお前に名を呼んでいいと言った?」
至極真っ当なことを冷ややかな声で投げつけると、助け舟を出してくれるとでも思い込んでいたのだろう、パメラはハッと驚いた表情を見せ力なく俯いた。
「侯爵、其方がやるべきことは分かっているか?」
我々のやりとりを黙って聞いていたアンドリュー王は、怒りに満ちた声で侯爵に判断を促した。
侯爵はその言葉にがっくりと項垂れていた頭をゆっくりとあげ、意を決した表情で
「心得ております」
と強い声で答えた。
「一度ならず二度までも王族の方に手を出そうとするなどお前みたいな奴は我がレナゼリシア家の恥だ。今日のこの時を以ってお前をこの侯爵家から勘当する」
パメラは父親の口から飛び出した言葉を理解するのに時間がかかったのか、部屋の中に一瞬の静寂が訪れた。
しんとなった部屋に間を置いて
「勘当?? お父さま!! どうして??
嘘でしょう??? ねぇ!! お父さま!!」
と半狂乱のパメラの声が響き渡った。
「うるさい!!! どうしてだと??
本当に理由がわからないのか??」
「だってぇ!! アル……いえ、サンチェス公爵さまがこの家に来られたのは私と結婚させるためなのでしょう?
だから、私の方から行って差し上げただけですのに!!」
なにを言い出すかと思えば、またおかしな妄想を……。
どうしようもない馬鹿女だな、こいつは。
「ふざけるな! 私には自分の命より大切な伴侶がいる。お前みたいな馬鹿女と結婚する気などさらさらない」
「そ、そんな……」
「おい、ヒューバート! これ以上話を続けたら頭がおかしくなる。さっさと連れて行け」
「はっ。ほら、いくぞ!」
「やめて! 離して! お父さまーー!!」
ヒューバートは手に持った紐をグイッと引っ張って、大声で叫び続けるパメラを引き摺るように部屋から連れて行った。
外からもまだ騒ぐ声が聞こえる。
遠ざかっていく騒ぎ声に応接室には誰が吐いたのかわからない溜息が漏れ聞こえた。
「陛下。サンチェス公爵さま。此度の件、誠に申し訳ございませんでした。
処分はなんなりとお受けいたします」
侯爵は床に平伏しながらアンドリュー王の言葉を待っている。
そして、アンドリュー王がゆっくりと口をひらいた。
「レナゼリシア侯爵。其方の娘がしでかしたことは前回のことと合わせても到底許せるものではないが、其方にはこれからもこの地を統治し、我が国の大事には力を貸してもらわねばならん。あの娘は勘当して排除したことであるし、これで其方とこの家に害は無くなったはずだ。処分はそれで良い。いいな?」
「はっ。ありがとうございます。これからの人生全てを陛下とこの国のために捧げて参ります」
侯爵は大粒の涙を流しながら、アンドリュー王に何度も何度も頭を下げていた。
「そうか。ならば、一つだけ私の願いを聞いてもらおうか」
「はっ。なんなりとお申し付けください」
「この広い領地を円滑に統治していくには、其方ひとりでは大変なこともあろう。
其方には支えが必要だな。どうだ、私の薦める相手と添い遂げる気はないか?」
アンドリュー王の突然の話に侯爵は驚きつつも、アンドリュー王の薦める相手ならばなんの反対もないと言わんばかりにすぐに
「陛下のお話ならば謹んでお受け致します」
と了承した。
「そうか。よかった。ならば……ヴォルフ。お前が侯爵の伴侶として、このレナゼリシア領を支えていってくれ」
「「えっ??」」
やはりアンドリュー王もヴォルフの侯爵を見つめる眼差しに気づいていたのだ。
彼ならきっと侯爵の右腕となってこの地を守り立てていってくれることだろう。
ずっと好意をもっていただろうヴォルフはともかく、侯爵はどうだろうかと思ったが、侯爵もずっと近くで見守ってくれていたヴォルフのことをまんざらでもなかったようで
「はっ。ありがとうございます」
とアンドリュー王に笑顔でお礼を言っていた。
思いがけない出来事にヴォルフの身体がガクンと大きく崩れ落ちそうになるのを侯爵はさっと抱き止め、2人顔を見合わせてにこやかな笑顔を見せた。
この2人はきっとうまくいくだろう。
先ほどまでのピリついた空気から一転、和やかな雰囲気になったところで、
「アルフレッド、長い時間悪かったな。奥方が待っているだろう。もう部屋に戻っていいぞ」
「はい。それでは失礼いたします」
私は行きとは違ってすっきりとした気分でシュウの待つ部屋へと戻った。
もしかして目覚めているかも……と心配になったが、寝室で眠るシュウは離れた時と同じ穏やかな表情ですやすやと眠っていた。
これでこの旅の憂いは全て無くなった。
明日からの視察は楽しくなりそうだ。
私は腕の中にシュウを包み込み、穏やかな気持ちで眠りについた。
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だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
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詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
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