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第四章 (王城 過去編)

閑話  パメラ事件の顛末

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部屋に侍女を呼び、今日のために仕立ててもらったドレスに着替える。

今日のドレスはマリーゴールドの花をイメージして作らせたのよ。
美しい私にはやっぱり花がよく似合うわ。

「あの……お嬢さま。差し出がましいこととは存じますが、こちらのドレスより先日旦那さまがお嬢さまのために誂えてくださったあちらの淡い緑のドレスの方がお嬢さまにはお似合いかと……」

「なんですって?? あなた、誰に向かって口を聞いてるの? いい? このドレスはね、私が自分でレナゼリシアの中で一番有名な仕立て屋にわざわざ赴いて作らせたドレスなのよ! これ以上に素晴らしいドレスなんてあるわけないでしょう! ふふっ。あの女だって、こんな素敵なドレス持ってないに決まってるわ! いいから、早く髪の支度をしなさいよ!」

「は、はい。失礼なことを申しまして申し訳ございませんでした」

全く! このドレスの美しさがわからないなんて、やっぱり侍女は侍女ね。
お母さまについていた侍女は優秀だったのに、お母さまが亡くなった途端にこの侯爵家をやめて出ていくなんて……。
はぁ、あのメイドを引き止めておけばよかったわ。

さぁ、やっと支度も終わったし、あとは入場を待つだけね。
この美しい私をエスコートしてくれる男性がいないなんて、本当に恥だわ。
さっさとアルフレッドさまをものにしなくちゃ!

仕方なくお父さまと入場をして広間でアルフレッドさまの入場を待っていると、
入り口からアルフレッドさまの入場を知らせる声が聞こえてきた。

ああ、私のアルフレッドさまがやっと来た!!

パッと入り口に目を向けると、淡い水色のジャケットとズボンに身を包んだアルフレッドさまが歩いてこちらへと向かってくる。
その姿、本当に凛々しく格好良い。
はぁぁ……アルフレッドさま。素敵!!
さすが、私の旦那さまになる方だわ。

隣に立っているあの女。
ふうん。まぁまぁ可愛いドレスを着てるけど、私のドレスには負けるわね。

それにしても目立たないからってアルフレッドさまと色を合わせて少しでも目立たせようとするなんて、ほんと狡賢い女ね。
ちょっと歩き方も覚束ない感じだし儚げな雰囲気出してアルフレッドさまに守ってもらおうとして、はぁぁ最悪だわ、あの女。

王族席でこれ見よがしにアルフレッドさまに耳打ちしたりして、私に見せつけようとでも思っているのかしら?
ははーん、なるほどね。きっと美しい私を見て焦ったんだわ。

それで慌てて仲がいいフリなんて、ふふっ。
笑わせるわね。

あっ、陛下と王妃が入場してきたわ。
ふぅーん、やっぱり美しくても男性なのね。
でも、陛下とお揃いの衣装なんて……。
夜会用に特別に仕立てることなんて王妃には勿体ないっていう陛下の意思表示なのかしら?
同じ衣装ならお金もかからないものね。

私が王妃になっていれば、陛下はきっと特別なドレスを仕立てて下さったはずだわ。

ほら、その証拠に見て!
王妃ともあろう人があんなチャチなネックレスがひとつだけだもの。
きっと陛下から宝石なんて貰ってないのね。
それくらいの価値しかないってことかしら?

あの時、あの人が現れたりしなければ今頃私が陛下の横に立っていたはずなのに!!
あの時の悲しかった日々を思い出して、つい王妃を睨んでしまったわ。
危ない、危ない。
さすがに王妃を睨んだりしたらお父さまに怒られてしまうわね。
気をつけないと。

陛下たちに挨拶をする人たちで列を成している間に、私はこっそりとテラスにヴォルフを呼びつけた。
この時間なら何を話していても誰にも見られることはないもの。

「お嬢さま。なぜそのドレスを? あれほど旦那さまにあのドレスを着るようにと……」

「うるさいわね! こっちの方が良いに決まってるでしょ! 
悪いけど、お父さまのドレスは地味すぎるのよ!
大体、そんなことを言うためにあんたを呼び出したんじゃないわ!」

ああーっ、あの侍女といいヴォルフといいムカつくわ。

『お父さまにあのこと・・・・告げ口してやろうかしら?』
チラリとヴォルフを見ながら小声で呟いてやると、ヴォルフは焦って謝ってきた。

「で、出過ぎたことを申しまして申し訳ございません」

「ふん。わかれば良いのよ。
いい? アルフレッドさまとあの女性に飲み物を頼まれたら、すぐに私を呼びなさい!」

「えっ? それはなぜで……」

「理由なんかどうでもいいのよ! いい? わかったわね!」

私はそれだけをヴォルフに伝えると、すぐに広間へと戻った。
広間へと戻ると、挨拶も終わって、陛下と王妃がダンスのために中央に下りてきているところだった。

今からダンスなのね。
あの人がどれだけ踊れるかお手並み拝見ってとこね。

って、思っていたのに……何……?
あれ……どういうこと?

なんなの……? あの、上手さ……。
あれ、本当にあの人が踊ってるの?
見間違いじゃないよね?

嘘でしょ……。

ま、まぁ……ダンスは、ふん、まぁまぁね。
誰にでも一つくらいは取り柄があるものね。

次はアルフレッドさまとあの女ね。
あの女のダンスはどんなものかしら?

何? これ見よがしにあのドレスを見せつけたりして!
アルフレッドさまとお揃いというのがそんなに嬉しいのかしら?
周りも褒めすぎよ!

ダンスの腕前はまぁまぁだけど、そこまで持て囃すほどのことでもないんじゃない?

やっとダンスが終わったと思ったら、アルフレッドさまに抱き上げさせたりして!
はぁぁーっ、どこまで見せつけたいのかしら?
まぁ、それくらい私に取られるかもしれないって焦ってるのね。
ふふん。
アルフレッドさまが私のことをそれほどまでに意識してるってことよね。

まぁ、負け犬の最後の足掻あがきくらいはさせてあげないとね。
あの女が夫婦として一緒にいられるのも今日で終わりなんだから。ふふっ。

あら?
ヴォルフがアルフレッドさまたちのいる席に呼ばれてるわ!
ああ、ダンスして喉が渇いたから飲み物でも頼んでいるのかしら?
良いタイミングだわ。

そっと広間の裏に向かうと、ちょうどヴォルフが飲み物の準備をしているところだった。

「あっ、お嬢さま」

「ヴォルフ、知らせてって頼んだのになんで知らせに来ないのよ!」

「も、申し訳ございません」

「ふん。まぁ、いいわ。それで、あの方の飲み物はどっち?」

「こ、こちらのハーブティーでございますが……それが何か?」

ふん。あの女。こんなクソまずいハーブティーをわざわざ頼んだわけ?
本当に味覚がおかしいのね。

でも、温かいならちょうどいいわ。
薬も溶けやすくて良いわね。

ドレスにこっそり忍ばせておいた睡眠薬をカップに入れようとしていたら、

「パメラ! そこで何をしている?!」

「ひぃっ」

後ろから咎める声に驚いて思わず手に持っていた薬をポトリと落としてしまった。

咄嗟にドレスの裾でその薬を隠しながら、後ろを振り向くとそこには怒りの表情のお父さまの姿があった。

「お、お父さま……なぜこちらに?」

「お前のことをリヴァイ伯爵と子息にお願いしていたら、お前が裏に行くのが見えたんだ。
お前、私がこの夜会をなんのために催したかわかってるのか?」

「わ、わかっていますわ。お父さま。だからこそ、こちらにいたんですの。
伯爵子息なんて侯爵令嬢の私とは釣り合わなさすぎますでしょ?」

「お前……、はぁ、もういい! 余計な騒ぎだけは起こすな! いいか、わかったな!」

お父さまは言いたい放題言うとドスドスと怒ったような足取りで広間へと戻っていった。

はぁぁっ、お父さまと話している間にヴォルフは飲み物を持っていってしまったから結局薬は入れられなかったし、ほんと最悪だわ。
お父さまってば、なんてタイミングの悪いこと。
大体、この夜会の目的は私とアルフレッドさまを会わせることでしょう?
何を言ってらっしゃるのかしら、本当に。

がっかりして広間へと戻ると、アルフレッドさまとあの女が王族席にいなかった。

ダンスをしている様子はないし、まだ部屋に戻る時間でもない。
どこに行ったのかしら?

もしかしたらテラスにいらっしゃるとか?
ドレスの裾を持ち上げ、急いでテラスの方へと向かっているとアルフレッドさまがこちらへ向かってくるのが見えた。

まぁ! 私にダンスを申し込みにでも来られたんだわ!

ウキウキしながらその場で待っていると、アルフレッドさまは私を見過ごされたのか通り過ぎようとする。
私は急いで通り過ぎていこうとするアルフレッドさまの腕を取ると、アルフレッドさまはすぐに立ち止まりこちらを向いた。

「急いでいるのだが、何か用か?」

アルフレッドさまの口から冷ややかな声が下りてきて、一瞬聞き間違えかと思ったわ。
だから、私は『私と踊っていただけませんか?』と、皆を虜にする甘い声で私の方からダンスに誘ったのよ。

本来なら、申し込まれる私の方からわざわざ誘ってあげたの。
それなのに……アルフレッドさまは怖い声で

「急いでいると言ったのが聞こえなかったか?」

と凄んできたの。

でも、周りの人たちが見ているし、ここで怯むわけにはいかないと思って

「女の私に恥をかかせないでくださいよぉ。
私、公爵さまと記念に踊りたいんですぅ」

と言って私の豊満な胸が当たるように腕を絡めようとしたのに……さっきよりももっと大きな凄みのある声で、
『部屋に戻る』と言って広間を出て行かれたの。

『ぷっ。あの子、公爵さまに振られてるわ』
『あれほどまでに公爵さまが奥さまを溺愛しているのが見えないのかしら?』
『あのお二人の間に割って入ろうとするなんて、バカね』
『ほら、あの子。陛下と王妃さまのご結婚の時にも割って入ろうとして騒ぎを起こしていた子でしょう』
『ああ、あの子。変わってないってことね』

周りから私を嘲笑う声が聞こえて、私は居た堪れなくなって広間を出た。
そして、自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。

今に見てらっしゃい!!
私を嘲笑った人たち全員に罰を与えてやるわ!!

あの時、アルフレッドさまは腕に誰かを抱きかかえていたわ。
多分、あの女ね。
もしかしたら体調でも悪くして、部屋に連れ戻ったのかしら?
お優しいアルフレッドさまは医者にでも見せようと思って急いでいたから心ならずもあんな声を出してしまったのよ。
今頃、きっと私に悪いことをしたと後悔なさってるはずだわ。

あっ、ちょっと待って!
体調が悪くて寝込んでいるということは……きっとあの女は今夜はずっと寝てるはずよね。
なら、睡眠薬を飲ませたのと一緒だわ。

ふふっ。私に運が向いてきたということね。

寝静まった頃にアルフレッドさまたちの部屋に行こう。
私の豊満なドレス姿をさっき間近で見てきっと悶々とされてるはずだから、それを見せつけながら誘えば男なんてみんな一緒。
アルフレッドさまもイチコロだわ。

なら、身体を綺麗に磨いとかなきゃね。

ふんふふーん。

お風呂に入って身体の隅々まで念入りに磨いて、胸元の大きく開いたドレスに着替えた。
これはね、少し肩紐をずらせばすぐに胸が見えるの。
きっと飛びついてくるわね。
だって、あの女……見るからに肉付き悪そうだもの。
きっとこんな美しい身体に飢えてるはずだわ。

夜会の客たちがみんな帰り、片付けも終わって屋敷の中がしんと静まり返った深夜、私は行動を起こした。

部屋をそっと抜け出て1階へと向かう。
カチャリと扉を開けた部屋はアルフレッドさまのお部屋の真下。
ここの荷物入れの天井からアルフレッドさまたちのいる部屋の寝室の奥にある荷物入れに行けるのよね。

私は音を立てないようにゆっくりと梯子を登り、思惑通りアルフレッドさまたちの部屋へと侵入した。
カチャリと扉の開く音を出してしまって焦ったけれど、ベッドからはスウスウと熟睡しているような声が聞こえる。
よかった。まだ気付かれてないわ。

今日長旅から着いたばかりだし、夜会もあって疲れているのね。
私がアルフレッドさまを癒して差し上げますからね。

私はそっとベッドの布団に潜り込んで、眠っているアルフレッドさまに抱きついた。

その瞬間!

『ぐぅぅっ』

私の身体はなんの抵抗もできないままに跳ね飛ばされ、気づいた時には床で背中を膝で押さえつけられながら腕を捻りあげられていた。

「侵入者だ!! 侵入者を捕獲した!! 急いで縄を持て!!」

「ぐぅぅっ、ううっ」

頭上で大声で叫ぶ声に反論しようとしても、膝で押さえつけられた身体と捻りあげられた腕が痛くて悶えることしかできない。

バタバタと駆け入ってくる男たちが縄を渡すと、私の両手は後ろ手にギュッと縛られようやく背中を抑えていた膝が外された。
パッと顔を上げると、そこにはアルフレッドさまの姿はどこにも見えず、厳つい男性がいた。

「あ、あなた、誰よ! ここはアルフレッドさまのお部屋のはずよ! あなたの方が、侵入者でしょ!
私はね、この屋敷の娘よ! アルフレッドさまに呼ばれてきたんだから!」

「公爵さまに呼ばれて……? 嘘を言うな!!
私は王室騎士団団長ヒューバート・ロックウェルだ。
今日ここに忍び込んでくるネズミを捕まえるよう陛下と公爵さまから命令を受けていたんだ。
そして、お前はまんまと罠にかかったわけだな。馬鹿なやつだ!」

「嘘よ! 陛下とアルフレッドさまがそんなこと命令するわけないわ!!」

「それは直接確認するんだな。私は陛下とレナゼリシア侯爵に報告してくる。お前たちはこいつを見張っていろ!」

私の周りに若い騎士たちを3人も置いて、騎士団長とやらはバタバタと急いで出ていった。

まずい! お父さまに知られたら怒られてしまうわ!
どうしよう……どうしたらいい?

そうだ! この騎士たちを私の味方に引き込めばいいのよ!

「いたぁーい!! ねぇ、この縄を外してよぉ。
ただの誤解なのに縛るなんてひどいわぁー。
ねぇっ、外してくれたら少しくらい触ってもいいからぁ」

うふふっと極上の笑顔で微笑むと、その瞬間騎士たちの視線が私の胸元に突き刺さる。
ふふっ。チョロいものだわ。

1人の騎士がゆっくりと私の縄に手を掛ける。
さぁ、早く外してちょうだい。

「痛っ!!!!」

外してくれると思ったのに、グイッと引っ張られて床にひっくり返された。

「な、何よ! 外してくれるんじゃないの??」

バタバタと亀のようにもがきながら文句を言うと、

「馬鹿か、お前! 俺たちは日々、トーマ王妃とシュウさまの女神のような美しいお姿を目の当たりにしてるんだ。
あの神々しいほどの美しいお姿……お前とは雲泥の差、いやお前には泥ほどの価値もないか。
そんな俺たちが今更お前の汚い身体なんかにそそられるわけがないだろう!」

と吐き捨てられた。

「何よ!! ひどすぎる! 屈辱だわ!!」

「ははっ。言いたいことがあるなら、陛下とレナゼリシア侯爵の前で言うんだな」

なんなのよ!
誰も私の話なんて聞いてくれないじゃない!
私はこの家の大切な一人娘だっていうのに!

その後、すぐに戻ってきた騎士団長に引きずられるように私はお父さまの執務室へと連れて行かれた。
部屋に入ってすぐに、

バシーーーン!!

壁に叩きつけられるように引っ叩かれ床に倒れ込んだ。
ジンジンと押し寄せてくる猛烈な頬の痛みを必死に耐えながら恐る恐る顔を上げると、目の前には頭から湯気を出さんばかりに激怒したお父さまの姿があった。

「お、お父……さ、ま」

「お前がここまでの馬鹿だったとはな」

「違うの! 誤解なの! 助けてお父さま!」

必死でお父さまに縋りつこうとしたけれど、後ろ手に縛られて動くこともできず張り倒された状態のまま、
『違う! 違う!』と否定し続けることしかできなかった。

陛下がきて、私は騎士団長の手によって引っ張られ正座させられた。

陛下は夜会で見た穏やかな表情とは一転、私を犯罪者を見るような目で見ている。
その目つきの鋭さに身体がガタガタと震えてしまう。

大体、アルフレッドさまはどこに行ってしまったの?
あの部屋はアルフレッドさまの部屋だったはずなのに!
確かにあの部屋に案内されるのを見たのに……どういうことなの?

「パメラ、お前……私の結婚が決まった時にトーマを襲おうと企てたであろう?
あの時私は憤懣ふんまんやるかたない気持ちだったが、お前の父への恩もあって泣く泣く赦したのだ。
あれから3年……お前もようやく改心したかと思っていたが、性根は全く変わっていなかったようだな。
お前、何をしにアルフレッドの部屋に忍び込んだ?」

「お、お言葉ではございますが、陛下。
私は……王妃になれるはずだったんです! あの男がそれを奪ったから会いに行っただけです!
実際には襲ってもいないし、私は何もしていませんわ。
それに、今夜はアルフレッドさまに誘われたんです! 部屋にきてほしいって!
あの女が眠っているから、一緒に夜を過ごしたいって! 本当です!」

「ふっ。私のトーマをあの男呼ばわりか。しかもアルフレッドに誘われただと?
お前の口からは嘘しかでらんな。まぁ、良い。それが本当かどうか本人に聞くとしよう。
ブルーノ、アルフレッドを呼んできてくれ」

アルフレッドさまが来る?
どうしよう、まずいわ。
でも、アルフレッドさまならきっと私の話に合わせてくださるわ。
そうよ、きっと助けてくださるはずだわ!


そう期待していたのに……。

なぜか私は今、騎士団長に引き摺られて暗くじめじめとしたうちの地下牢にいる。
ならず者が入ってきた時に収容する場所になぜ私がいれられなければいけないの?

アルフレッド、いや、サンチェス公爵さまが助けてくださると思っていたのに何の慈悲も与えられずにお父さまに勘当だと言われるなんて! 酷過ぎじゃない?

なんでこんなことに……。
私はただ、公爵さまと愛し合って甘い夜を過ごそうと思っただけなのに……。

大体、何であの部屋に公爵さまはいなかったのかしら?
あの女もいないなんておかしいじゃない!

「ねぇ、何で公爵さまはあの部屋にいらっしゃらなかったの?
おかしいじゃない! 確かにあの部屋にいるはずだったのに!」

「馬鹿な女だな、まだわからないのか?
お前の行動が怪しいと睨んだ陛下が公爵さまの部屋を違う部屋に替えさせたんだ。
だから、公爵さまと奥方さまは他の部屋で愛を育んでいらっしゃるよ。ハハッ、残念だったな」

なんてこと……。
最初から疑われてたなんて。

私は何のためにあの部屋に忍び込んだの……。

「後でお父上が来られるだろうが、それまでこれからどうやって生活していくかよく考えるんだな。
まぁ、碌に仕事もしたことのない没落令嬢じゃ、どこかの貴族の下働きか娼館ぐらいしか引き取り手はないだろうがな」

下働きか娼館ですって?
この私が侍女じゃなく下働き?
この私が娼婦??

「ふざけないで! 何が下働きよ! 何が娼婦よ!!
そんなこと、いくらお父さまだって言うはずがないわ!!」

「さぁて、どうかな」

「ねぇ、出して! 大声を出すわよ!」

「好きにしたらいい。でも、お前は知ってるだろう?
ここでどんなに大声を出しても上には届かないってことを。大声出すだけ無駄だぞ」

ニヤリと笑う騎士団長の顔が本当に腹が立つ。
彼は地下牢の鍵をピラピラと見せつけながら、
『じゃあな』と階段を上がっていった。
コツコツと段々遠ざかっていく足音を聞きながら、

なんでこんなことになってしまったのよ。
こんなことならお父さまの紹介してくださるあの伯爵子息にしておけばよかったわ……。

と今更どうしようもない後悔にただ涙を流すことしかできなかった。
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